10話:冒険者ギルド!
そんなわけで拠点を見事にゲットした俺達は冒険者ギルドを訪れることにしていた。
我らが宿泊先『超大皿亭』から歩いてすぐの距離にあるとのことで、夏人君が張り切ってしまったのである。
しかしまあロマンスもへったくれもない、いつもの固定メンバー四人で闊歩していると異世界というワクワク感が異常に減るのだが俺だけだろうか。
ちらり、とファンタジー要素の塊である巨大アーチの上に立つ『教会』を見る。
あそこにステラちゃんとドリアーヌさんがいるらしい。折を見て訪ねてみよう。ムサイ男どもとばっかり行動していると腦が腐る。
「しかしまあ、意外と僕ら目立ってないね」
「この都市、随分と色んな種族が歩いてるでござるからなあ。拙者らの恰好、アリよりのナシってところではなかろうか」
『冒険鼎立都市』フェリシダは随分と栄えているようだった。
大通りの人の波は途切れることなく、人々の顔は陽気だ。中にはオークのような人も普通に歩いている。
いやだが待てパットン。そこはせめてナシよりのアリじゃなきゃ困るだろ。また通報されたらめんどくせえし。
俺が突っ込み、会話がしばらく続くとどういうわけだか犬耳と猫耳の話に発展した。
「やっぱり王道の猫耳。猫耳こそが至高でござるよ。メイドさんだとなおのこと可」
「わかるけど、僕としては猫耳って正直属性として古い気がするんだよね。可愛い女の子に可愛い猫ちゃんのパーツを足しただけという安直さというか」
「チッ。俺もパットン氏と同じく猫耳派なんだよな。安直最高。いやでも勘違いすんなよ? 犬耳が100点なら猫耳は200点ってだけの話だから」
「レンタロー氏~拙者は氏を信じていたでござるよ~」
「クソっ。このオタク同調するとめんどくさいタイプだから嫌なんだよ!」
「ふーむ。まあどっちでもいいんだけどさ。夏人は?」
「あっ」
喧々諤々の議論を交わしているうちに夏人が喧噪の中に消えていた。
猫耳犬耳論争に全く興味がなかったらしく、さっさと冒険者ギルドに行ってしまったのである。
あいつを単独行動させると碌なことにならねえ。
俺達は『超大皿亭』の婆ちゃんに書いて貰った地図を頼りに、慌てて目的地に急いだ。
「おー。きたか」
「な、なん……だと……」
冒険者ギルドは一見酒場のような姿をしていて、その中でよっすとアロハ野郎が手をあげる。もう片方の手には【魔王剣】が握られていた。
なるほどねえ。これが冒険者ギルドか。中々俺のイメージ通りで素敵な場所だ。
ただ一つ問題があるとすれば建物内は有体に言って死屍累々で、鎧を着た屈強な男たちが地面に倒れ伏しているってことカナ。
受付らしきところで、犬耳の女の子がガタガタと震えている。
あ、ごめんなさいね。さっき猫耳派って言ってたけど別に犬耳も嫌いじゃないよ。
とか思考している場合ではなかった。
かいつまんで表現すると、冒険者ギルドは壊滅していた。
この世で一番怪しい容疑者であるアロハ野郎を見やる。
するとあっさり、フンと鼻を鳴らして拗ねたように供述した。
「だって喧嘩売られたんだもん。足ひっかけられてさあ」
「もんじゃねーよバーカ!」
「それよくあるやつだから! テンプレだから! いきなり何してくれてんでござるか!? 拙者らの冒険者ライフは!?」
いきなりのことに俺達は戸惑いを隠せなかった。
本当に何やってんねんこいつ。アホの子だとは思っていたけれど、ここまでだとは思いませんでした。
「や、何か俺が思ってたよりこいつら脆いし……」
つまらなそうに言って、夏人が溜息をついた。
地面に転がっているオッサンを蹴飛ばしながら机に足を放りだし、勝手に皿の中の食い物をつまみながらアロハがのたまう。
「うーん。微妙なもん食ってんなここのオッサン達」
「い、いやだが待て……ここで強さを示した拙者たちはいきなりSランク冒険者としての道が開けるとかそういうコースなのでは……?」
そんな蛮族みたいな思考で認められる展開あるかあ?
俺は完全に事件現場と化してしまった建物内を眺める。確かに血の一滴も流れていない。
倒れている男たちは「うぅ……」とかうめき声を漏らしているので、死んでいないというのも嘘ではないらしい。
なるほど……パットン氏の言うことも一理あるか?
ここは異世界、そして冒険者ギルド。きっとアレだ。全ては強さによって仕切られるはず。
強さこそが正義。強さことが法。弱肉強食の世界なのである。
受付嬢さんが叫んだ。
「け……憲兵を……憲兵を呼びます!」
そんなことはなかった。
異世界は立派に法治国家をしているらしい。
「し、失礼しましたー!」
俺とパットンが慌てて夏人を担ぎ出した。何事かと通行人たちがどよめくが気にしている場合ではない。
『冒険鼎立都市』の町を俺たちは全速で駆け、路地裏へと駆け込んだ。
「急ぎすぎたね」
「それな」
そういう問題じゃねーだろ。
俺は溜息を吐いた。お前らなんだ。本日二度目だぞ。
一日に二度も通報されるやつがあるか。
「別にアソコ以外にも冒険者ギルドはあるらしいからいいんじゃないかい?」
「まあ、夏人殿が喧嘩をする時はよっぽどのことがあった時でござるからなあ」
信長とパットンが渋々とうなずく。夏人はバツが悪そうに頬を掻いた。
まあ、そこは、そうだな。
俺には大方予想がついていた。夏人のやつは、基本的に他人に嫌われるような下手を打たない。
リア充というのは、人の好感度を上げることこそが自分の得に繋がるということを無自覚に知っているからだ。
そんなこいつが暴れたということは、よっぽどその場所に価値がなかったんだろう。
まあ、大層なクソ野郎の巣窟だったとかな。俺は人を見る目がないので、その辺はリア充である夏人の判断を信頼している。
俺は提案をした。
「じゃ、とりあえず別のギルドとやらを訪ねてみるか?」
「うーん。何かケチがついたからな。ちょっとその辺ブラつこうぜ」
特に異論は出なかった。冒険はいつだってできるからな。
俺達は特に目的もなく、『冒険鼎立都市』の大通り付近をプラプラと散策することにした。
とは言っても、4人で行動していたのはほんの30分ほどだ。
とりあえず日が暮れたら『超大皿亭』に集合することにして、後は適当に人数がバラける……いつものことである。
これは俺達の興味のあるものが違うからで、信長のやつは本屋らしき店にフラフラと引き寄せられて行ったし、パットンもそれに着いていった。
日本だったらこういう時、大抵俺は一人で行動するのだが……。
いくら何でも不測の事態があってはアレなので、とりあえず俺は夏人に引っ付いていくことにした。
「まあ、いざって時のためにパットンかお前と常に行動した方がいいよな」
俺は屋台で買った『グラグラ鳥』とやらの焼き鳥串を手で揺らしながら夏人に聞いた。
見た目は普通の鶏もも肉みたいな感じなんで多分食っても大丈夫なやつだろうという判断である。
いかにも香ばしそな肉に齧りつく。うーん。味は塩だけか。ちょっと簡素だが肉汁が染みててすきっ腹に染みるぜ。
よお【大魔王】様。いざって時はお前の戦闘力に期待してるからな。
「見ろよレンタロー! 剣だぜ! めっちゃ剣置いてある! ウケる!」
頼れる大魔王様は何やら剣の玩具らしきものが並べられている出店でハシャいでいた。
店主のおっちゃんがいい歳して玩具の剣を振り回すアホを変な目で見ている。
ごめんなさいね。壊したら俺が弁償しますんで。
「レンタロー! これ買おうぜ!」
「いや要らねえだろどう考えても。普通の剣買えばいいじゃん」
「それもそうな!」
アッサリと夏人は玩具の剣への未練を断ち切った。
大体こいつはいつもこんな感じだ。
よくわからん玩具を買っては、3日くらいで飽きて俺達に渡してくるのが常である。
しかし、本当に色んな屋台があるな。剣の玩具の店の隣には盾の玩具を売っている出店があり、親子連れがちらほらと訪れているようだった。
「冒険者ごっこ」とかいうワードが聞こえる。どうやら冒険者は憧れの職業らしい。
横にいるアロハ野郎がやらかさなければ俺も今頃は冒険をしていたのだろか。
「あ、そうだレンタロー。やることやっとこうぜ。おっちゃん、道教えてくれてありがとうな」
「うん? やることってなんだ?」
「は? お前そりゃアレだよ。軍資金チート」
何かよくわからんけど、まあやっとくか。
ずんずんと進んでいく夏人の背中に着いていって、俺は一軒の店を訪れた──
──その日の夜。『超大皿亭』2階。
何故か溜まり場として認定された6畳くらいの俺の部屋にて。
夏人がドヤ顔で本日の戦果を解放した。
眼鏡とオタクの反応は正反対だった。
「……なるほど。その手があったか」
「えぇ……どういうことでござるかあ? レンタロー氏、また夏人氏に変なもの買い与えて……」
『冒険鼎立都市』は栄えた都市だった。冒険だけでなく商売の都市でもある、というのは伊達ではないらしい。
要は都会だ。大抵のものは売っていた。
そして、俺達の目の前に積まれた物品。これも当然のように専門店があった。
夏人が意気揚々と大量購入したの物である。
あくどい笑みを浮かべながら、アロハ野郎はニタリ、と笑った。
「やっぱ宝石はテンションブチ上がるわ~」
赤、青、緑。紫、また赤──5つの小さな宝石。
それが本日、ドリアーヌさんに渡された金をほぼツッパし購入したものである。
俺は頭のスイッチを押して【複製箱】を取り出した。
パットンがハッとする。おいおい。今更目的に気が付いたのか。
「成程。まずは金策、というわけか。確かに効率的だね。僕もこの世界の印刷技術ばっかり気にしている場合ではなかった」
信長が頷く。俺の【複製箱】は1日3回まで使える。
容積は大したことないが、逆に【箱】に収納できるのであれば1個を2個に増やし、2個を4個に増やし、更に4個を8個にできるということでもある。
「え……宝石増やせるんでござるか!? つええええええ! 何!? それアリなやつでござるか!?」
「ああ? パットン。おめえこの能力見たとき思いつかなかったのかよ」
そうだぞパットン。こんなの一番最初に思いつくわ。
……いや、俺ももちろん思いついてたよ? と、当然な。
夏人がパチン、と指を弾く合図に合わせて、俺は軽く頷き、白い【複製箱】の蓋を占めた。
空いた手に黒い【複製箱】が出現する。
ゴクリ、と唾を飲み込み、落ち着いて黒い【複製箱】の蓋を開ける。
その中には、確かに同じ宝石が5つ入っていた──
「も、もしかして拙者たちって……」
「決まってるだろ! 世界一の大金持ちだぜ!」
「ふ……フフフ……」
「は、ハハハハハ……」
誰から、ということもなく、笑い声が漏れる。
そして声は自然と共鳴するかのように、大きくなっていった。
「ワーハッハッハハ!! 勝った! 勝ったでござる! 拙者たち大勝利ー!」
「いやまあ、フフフフ。これはアレだね。明日欲しい本買い放題ってことでいいのかな」
「ハーハッハッハ。オイオイ。まずはレンタロー君にお礼だろお? ま、もちろん思いついたのは俺様ってとこはあるけど? やっぱレンタローのおかげだからねえ? いよっ! 大将!」
フ……フフフ。そう褒めるなよお。フハハハハハハ!!
俺達は浮かれまくった。やがて、4人組の下卑た大笑いはどこまでも膨張し、『超大皿亭』の2階に鳴り響いた──
──ついでに1階にも鳴り響いていたようで、その後、普通にシエルの婆ちゃんに怒られました。
──とにかく。
俺達はどうやら金の心配はしなくていいようだ。




