9話:イケメンなら宿に泊まれる
『冒険鼎立都市』はその名の通り冒険の都市であり、鼎の都市である。
見所は何と言っても『翡翠の教会』と呼ばれる都市中央の大教会だろう。
都市の要所から伸びた3つの白磁のアーチが結ぶ中央点に位置する大教会には、都市の神フェリシダが住まうとされている。
アーチは即ち大橋の役割も果たしており、都市の神に祈りを捧げるために毎日多くの人が行き来をする姿が見られるはずだ。
そして何よりの特徴として、都市の道行く人々はそのほとんどが『冒険』に携わっているということは語るべきだろう。
だが、この都市において主役なのは冒険者だけではない。
『冒険者』『工匠』『商人』。その3つの職が対等に権力を握ることで近年稀にみる成長を遂げた。
また、彼らの疲れを癒す『大温泉街』も人気であり、観光名所としても名高い。
志がある人間であれば、1度は立ち寄るべき都市の1つであろう──
ドリアーヌさんからもらったらしい観光ガイドを信長が音読してくれたが、聞いていたのは俺くらいであった。
夏人とパットン氏は2人でワーワーとはしゃいでいる。
「すっげー! マジすっげーわ!」
「うおー! ファンタジーでござる! ドリームでござるよ!」
確かに巨大な門をくぐると、そこはファンタジー世界であった。
石畳の町の上を、いかにも冒険者といった人々が歩き回っている。
道の上には屋台が立ち並び、ある者は巨大な剣を、ある者は弓を、ある者は杖を携え往来を闊歩していた。
「確かにすっげえな。テンションあがる」
俺も車内で呟く。
俺達は結局の所、車で都市に乗り込んでいた。この際いつまでも車を隠しておけないという判断だ。
だがしかし……。
「あ、案の定目立ちまくってるわけだが」
俺達の車は人々に取り囲まれていた。冒険者っぽい人々がわらわらと寄って来ている。
街の建物の窓から身を乗り出す人々もいる。
全員こちらに注目していると思うと、俺のような小市民はものすごく居心地が悪い。
そりゃそうだわな。つーかこのまま行くと轢き殺しちゃうので、車は身動きがとれなくなっていた。
「憲兵を呼ぶぞ!」
すると、車の外で誰かが叫んだ。や、やべえ!
呼ばれる! 官憲を呼ばれる!
こんな時は【賢者】様に頼るのが一番だろう。
信長ー! 大丈夫なのか【賢者】様ー!
「ふむ……様式としては中世ヨーロッパが近いがやはり『どこでもない』か……この清潔な街並み……思っていたより技術レベルが高いのか……?」
だめだ。眼鏡は役に立たない。
ぶつぶつと何かをつぶやきながら考え込んでいる運転手を後目に、夏人が叫んだ。
「ここは俺に任せろー!」
いやちょっと待てって……とか言う前にドアを開け放ち、夏人は颯爽と都市に降り立った。
バサァ、と赤いアロハシャツをはためかせながらイケメンが都市に降り立つと、「キャー!」という黄色いドヨメキが起こった。
見れば、車に寄って来ていた都市の女性陣が顔を赤くしながら夏人を指で射している。
異世界の淑女の皆様もやはりイケメンには弱いらしい。クソっ死ねばいいのに。
「夏人氏ずるい! 拙者も行くでござる!」
金髪のイケメンオタクも夏人に続く。
ドアを開け、見てくれだけは王子様ルックスなオタク野郎がシュタっと街に繰り出すと再び黄色い悲鳴が聞こえた。
な、なんだこの流れ。アイドルが来日したみたいになってるじゃん。
「の、信長……俺ら車降りちゃって大丈夫かな。一回都市の外に出ない?」
「いや……百聞は一見にしかず、だ。それに夏人とパットンを上回るステータスの人間はここにはいない。降りても最悪の事態にはならないはずだ」
【賢者】の力でこの辺の人間のステータスを確認したのか。でもさあ……俺らどんな扱い受けるかわかんないわけじゃん。
と言ってはみたが、華麗にスルーされた。
この男、知的好奇心を満たすためなら多少の危険はスルーできるタイプだ。
それでも尚渋っていますよ、とアピールする俺の顔を見て、眼鏡は指をパチン、と鳴らした。
キザか。
「いいじゃないか。行こう。パットンじゃないけどさ。僕らの冒険はここから始まる……ってところじゃないかな」
そしてキーを引き抜くと、信長のやつも車の外へと出た。
再び黄色い悲鳴が巻き起こる。
まあ……確かにすぐにボコボコにされるとか標本にされるとかではないようだ。
冒険……冒険ねえ。
そんな歳じゃねえんだけどなあ。
まあ、行ってみてもいいか。俺はドアに力を込めて、初めての異世界の都市へと降り立った──おっとお?
俺だけ歓声がないぞお?
「……ハズレ?」
「ハズレだね……」
目の前の女冒険者っぽい二人組がボソボソと会話をするのが聞こえた。
都市に降り立ったイケメン3人衆の後に突如として登場したモブ顔の登場に観客は落胆を隠せなかったようだ。
だがこんな扱い日本で慣れてるわ。舐めんな異世界人。
俺は冷静に舌打ちをしながら、女の子に囲まれている夏人に近づいていく。
何ちょっと俺が目を離した隙に囲まれてんだよクソイケメンが。
見れば、パットンと信長にも同じく女性達が寄って来ている。
俺?
敵かな? 殴ろうかな? ってオーラを隠そうともしないオッサンとか兄ちゃんが武器に手をかけながらにじり寄って来てますね。
なんだよこの差は。
夏人! オラぁ! 助けろ夏人君!
俺はたまらずイケメンに泣きついた。
だが、イケメンは犬耳の女の子の一人の顎をクイッとしながら耽美なスマイルを浮かべている真っ最中であった。
「子猫ちゃん……オレに教えてくれるかい?」
「は、はい……! あの、私にできることでしたらなんでも……!」
「この都市に来るの、初めてでさ……宿の場所がわからないんだ。案内してくれないかな……?」
「もちろん! あっでも! 私の家とかも空いてますよ……!?」
キザなセリフを並べ立てながら、女の子にお持ち帰りされようとする幼馴染を見て俺はドン引きした。
「じゃあ……そういうことで」
夏人が頷くと、犬耳の女の子の顔がみるみると赤く染まっていく。
いや、そういうことでって……そんなあっさり決めちゃっていいのかよ。
よかったらしい。
俺達はその女の子の家に厄介になることになった。
「ここが私の家です! えっと……おばあちゃんにちょっと話してきますので、ここで待っていてください!」
門に入ってから10分ほど。
歩く俺達の後ろを信長が運転するワンボックスカーが着いてくる形の珍パーティが辺りを騒がせながら。
俺達は街の大通りの一角にある、そこそこ大きめな石レンガの家にたどり着いていた。
見れば、看板に『超大皿亭』と書いてある。そしていい匂いがする。どうやら食堂らしい。
庭に車を止めて待機中、俺は夏人を軽くこづいた。
「オイオイ。いいのかよ。えっと……あの犬耳の子に世話になるのか?」
「ああ。いいんじゃねえの? あの子の名前はシエルちゃんな」
「この世界のことは何も知らないんだ。早めに現地民と仲良くなるにこしたことはないと思うよ僕も」
「猫耳もいいけど犬耳も捨てがたいでござるな」
オタクは相変わらず何言ってるんだって感じだが、俺以外は満場一致でここで厄介になることに賛成のようだ。
ステラちゃんからもらった金あるし、宿に泊まればいいと思うんだがな。
まあ、確かにとって食われるってことはなさそうだけどよ。
とか思っていると、食堂の木製のドアがバーンと開かれた。
「シエル! うちは宿屋じゃないって何度も言ってるだろう! 追い出すからね!」
「ちょ、ちょっと待っておばあちゃん!」
何やら魔女みたいな婆ちゃんが出てきたぞ、オイ。
そして残念ながら、俺達の宿泊には反対らしい。
シエルちゃんを叱りつけながらこちらに近づいてくる。
「ふん! いいかい良くお聴き、あんたらみたいなボンクラどもを泊めてやる義理はうちにはない──」
「おっとお姉さん──そんなに怒っては美人が台無しですよ?」
夏人が婆ちゃんの手を取って微笑んだ。
信長も申し訳なさそうに語る。
「失礼しました──僕らはお邪魔だったでしょうか。しかし、行く当てがなく……」
婆ちゃんの頬が赤く染まった。
キラキラという効果音がこちらにも聞こえそうだ。
「は、早くお入り! 二階が実は空いててね! 困ったときはお互い様だよ!」
即落ち──であった。
宿泊先が決まった瞬間だった。そんなんでいいんかい。
「あいつらって毎回アレやってんのかな」
「げに恐ろしきは陽の者でござるな……」
パットンと俺はあまりにもスムーズな展開にビビっていた。
かくいうわけで、拠点を確保し俺達の『冒険鼎立都市フェリシダ』での生活が始まったのである──