プロローグ:巨竜防衛都市グルガニア
対巨竜防衛都市グルガニア──現・最前線『牙の平原』。
竜に挑むという行為は最も愚かしい蛮行の一つとされる。
だが、愚か者も集まれば世界を変える。
今、まさに人間は己を取り巻く全ての摂理を変えるべく、竜に挑んでいた。
「竜を殺せえええええええええ!!」
平原で繰り広げられる12体の巨竜と人の軍勢の死闘。
要塞の鉄門扉を出て東に3キロほど行った──巨竜たちの支配域『牙の平原』にて人間種と竜種の生存戦争が行われていた。
人類を憎悪せし『邪竜グルガニア』率いる竜の軍勢。
対するは人類の生存圏を守護し続ける流動要塞『対巨竜防衛都市グルガニア』の兵たちである。
「隊列を崩すな! 魔法部隊を護り抜き、回復魔法を途切れさせるな!」
「都市長殿! 右翼の魔法部隊の損耗が激しい! 至急応援を求める!」
──竜を討ちとれ! 巨竜狩りだ! 巨竜狩りだ!
ウォークライ。戦士たちの雄叫びが空へと溶けていく。
人類は竜に勝てない。なぜだろう。人は弱く、竜は強いからだ。そんなことは誰でも知っていた。
だが立ち向かわない理由にはならなかった。
約300年もの間、ひたすらに邪竜グルガニアの侵攻を受け続けた防衛都市は、ついに反撃に打って出ることを決めたのだ。
決めたからには、やる。
それが都市長の流儀だった。
分の悪い賭けだ。だが、防衛都市の荒くれもの達は都市長の美学にベットした。
防衛都市より、巨竜達の支配圏・通称『牙の平原』への前線移行。これは、歴史に残すべき大業であると言える。
「隊列を崩すな! ……崩すなと言っているんだ!」
「わかっている。こんな──こんな緒戦で立ち止まってたまるかよ!」
──竜を討ちとれ! 巨竜狩りだ! 巨竜狩りだ!
ウォークライは鳴りやまない。
人々は武器を携え、対竜装備を身に纏い、戦意を奮い立たせる。巨竜が翼をはためかせるだけで暴風を呼び、巨竜が魔力を帯びたブレスを吐くだけで、歴戦の戦士たちは百の単位で倒れてゆく。
だが、それが何だと言うのだろうか。
ある者は、巨竜に両親を殺された復讐のため。
ある者は巨竜より人類を守るため。
ある者は邪竜グルガニアが蓄えているという秘宝、財宝を求めて。
ある者は『竜殺し』そのものに酔い狂って。
理由はそれぞれだが、目的は一つだ。人々は団結し、手を取り合い、身分も人種も関係なく──竜を打ち倒さんと決めたのだ。
だからこそ、彼らの眼には一縷の迷いもない。
「とびきりの【光弾】をぶちかます! 射線より離脱せよ!」
「ハルドーゲン殿の作った隙を私が突く! 強化魔法が使えるものは私についてこい!」
「『光の暴風』ハルドーゲン! 『鼎立魔法騎士』ドリアード! 貴公らも参戦していたのか!」
「こんな祭りに参加しない理由がないのでな! 3つ数える! 衝撃に備えよ!」
3、2、1──爆音と共に一筋の眩い紫の光が疾走し一体の竜の頭を穿つ。
巨体の動きが一瞬止まった。地鳴りのような声が戦場に響き、人々が体勢を崩した巨竜に殺到する。
──竜を討ちとれ! 巨竜狩りだ! 巨竜狩りだ!
ウォークライ。
無骨な戦士たちの雄叫びが青い空へと溶けていく──
──とかなんとかいうのは、俺達には関係のない話だった……。
「頑張るなあ。みんな……あっすごい。何かビーム出たビーム!」
時刻にして昼時。晴天の空の下。
せわしなく状況が移り変わる戦場の様子を、俺達は前線が見下ろせる切り立った崖の上からのんびりと眺めていた。
「うわぁ、すっごいなあ。ドラゴンつえー」
先ほど「死闘」とか言ったが、失礼。大嘘だ。
どちらかと言うと一方的な蹂躙である。ワンサイドーゲーム甚だしい。
何しろ、全長数十メートル、3階建てのビルよりもデカそうな竜に、人間達がせっせと挑んでいるのだ。
ぶっちゃけ勝負になっていない。サイズ差は正義って言葉を実感してしまう。
人類軍側にも何人か腕の立つ戦士やら魔法使いがいるらしいが、どうにも戦力差は埋められそうにないと見た。
俺と友人二人は串肉を齧りながら、そういった様子、つまりは巨竜さんたちに蹴散らされる人間さんの様子を観戦していた。
「あ、この肉美味しい。酒もうめー。天気もいいし最高のバーベキュー日和だな」
「今日は晴れてよかった。せっかくの下ごしらえが無駄になるところだったよ」
そう、俺達は人対竜の戦闘を見ながらのバーベキューと洒落こんでいるのである。
趣味が悪い?
俺もそう思う。取り合えずその辺は置いておこう。この世界ではよくあることだ。
何せよ、日本から持ってきたバーベキューグッズが本日も大活躍である。金網の上でジュージューと肉が焼ける音が食欲をそそる。
酒と食材はこの世界のものだが、やはり調理器具が違うと味が締まるというものだ。
「む、結構頑張っていたタンク役が飛んでいった。グルガニア軍、敗退目前でありますな。やっぱドラゴンはすごいですな」
金髪オタク野郎のパットン氏が、やや興奮気味に俺に語りかけてきた。
ええい、バタ臭い顔を近づけるな。もう酔ってんのかおめー。
この男、俺の幼馴染なのだが、どうやらドラゴンなるファンタジー色濃いめの生き物を相当気に入ってしまったようで、どちらかというとドラゴンびいきの応援をしている。
同じ霊長類として人間を応援するという意識は進化の過程で失くしてしまったらしい。
悲しいことだ。人類みな兄弟だよパットン君。
あ、パットン君の言う通り前線を支えてた騎士がいなくなったから陣形が総崩れしてらあ。あの人どこに行ったんだろう──なるほど、舞ってますね。宙を。
まあ竜相手に盾役とか無茶ぶりにもほどがあるしね。
「すごいね、人がゴミのようだねパットン氏!」
「ハッハッハ! いやあ何かもう、いっそのこと爽快ですな!かんぱーい!」
「かんぱーい!」
なんだかテンションが上がって俺達は乾杯をした。酒を飲み干し、肉にかぶりつく。
それにしても、『防衛都市』の面々はその名の通り、防衛に優れた戦闘能力、装備、魔法を持っている。
それらの壁役ともなればその辺の一流冒険者も裸足で逃げ出す超一流のガーダーな筈なのだが──
「フン、グルガニアの戦士は都市防衛には優れている。だが、この手の戦争には1ミリも向いていないね。ノウハウが無さすぎる。見なよ。輜重隊の損害が大きい。たとえ勝ってもこれ以上の遠征は無理だ」
眼鏡をクイッと持ち上げて、パットンと同じく俺の幼馴染で、インテリ野郎の信長が会話に参加してきた。
その上、パットンと俺にやけに毒々しい七色の野菜──野菜かこれ? 本当に食べ物なの?って色をした何かがぶっ刺さった串を押し付けてくる。
どうやら、肉ばかりではなく野菜も食えとのことらしい。オカンかお前は。
「何この野菜……色グロくない?」
「仕様だ」
仕様なのですか。仕様なら仕方ないみたいなこと、食べ物関係で言ったらあかんと思うのですが。
俺は一応その禍々しい地獄みたいな色をした野菜串を受け取る。これ、食えるんだろうか。
もしかして俺、信長君にダイレクトな暗殺とかされかけてる?
「この世界の地球人は僕だけでいい…死ね!」
とかいう感じなのではないだろうか。……可能性を否定できない。この間冷蔵庫のお菓子こっそり食べたからなあ。怖い。
不安に思ってパットン氏を見るとニカリ、とやはりバタ臭い笑みを浮かべて、七色の野菜串にかぶりついた。
勇者かこいつは……。だがパットン氏が食ったのに俺が食わないというわけにはいかない。渋々串を口に運ぶ。
「えっと、戦ってるの、どっちがグルガニア勢なんだっけ? あっこの野菜美味い! 何これ」
「ぬふふ。こいつは信長氏と拙者で作った夏野菜ですぞ。レンタロー氏にも高評価をもらえると嬉しいもんですな」
「へー! なんつーの、甘味はカボチャに似てるけどホクホク感はジャガイモっぽいというか、とにかく美味いな。色がちょっとレインボーで毒々しいけど……」
「当然だ。僕の農園の中でも、この夏のヒット商品間違いなしの自信作だ。冒険の果てに種を手に入れて、エルフと協力して品種改良して……とにかく、頑張ったからね。当然の結果さ」
信長の眼鏡がキラリ、と光った。
この前から人を雇って畑作ってたと思ったら農園だったのかよアレ。それにしてもこの野菜美味いなあ。
まあ幼馴染が異世界で繰り広げている牧場物語に深くツッコむ気はないので、とりあえず野菜を褒めちぎっておく。
「いや、マジ売れると思うわ。スイーツにするってのもありじゃないか? 大学芋的とかスイートポテト的な」
「ふむ。それもありだね。でもちょっと甘味に関しては市場調査が不足してる。夏人がもうちょい魔族とのコネを使って頑張ってくれてば……」
「ハハハ。魔族をコントロールするのも、夏人氏をコントロールするのも、無理というものだ」
「違いないな」
「だね」
今、此処にはいない破天荒な幼馴染『夏人』のことを想うと苦笑しかこみ上げてこないが、不快ではない。
美味い肉。美味い野菜。そして快晴の空。
気持ちのいい風が肌を撫でてくれる。
この『グルガニア前線観戦バーベキューツアー』の考案者である男、『夏人』に感謝したくなるというものだ。
「戦争見ながら肉食うとか滅茶苦茶悪趣味じゃねえか」
という総ツッコミを押しのけて敢行されているこのツアー。
倫理的問題を解決するために俺も色々動いたのだが──まあ、その辺の話は長くなるので後々語ることにしょう。
しばらく心地いい沈黙が続いた。風が気持ちいい。もうすぐ秋だな。
俺達はこの世界特産野菜の味を堪能しながら、野外でエール酒を煽る贅沢な時間を全身で愉しんだ。
「……で、どっちが『グルガニア軍』なんだっけ?」
「あ、ごめん。ええと、人類側が『グルガニア軍』のつもりであった」
「向こうの竜の親玉も『グルガニア』なんだろ? ややこしいなあ」
「歴史書によると『対巨竜防衛都市』の土地を元々支配していたのが邪竜グルガニアだ。そこに勝手に人間が住み着いた上、あんな都市なんか作るから、グルガニアは怒って都市を襲い続けてるらしい。やれやれ。だから正確には『防衛都市』じゃなくて『侵略都市』なのさ。今のこれも立派な侵略戦争だよ」
旅行先の歴史やらなんやらを調べるタイプの信長のウンチク語りをBGMに、俺はカップを煽り、ああ、そういえばヨーグルトが食べたいな、などと考えていた。
「グルガニアヨーグルト」とかいって、ここの名産品にしてしまうというのも悪くないかもしれない。
無性にそれがいいアイデアのように思えて、俺はニヤリと笑った。本格的に酔ってきたらしい。
「フフ……あ、ところで、その夏人のやつは何やってんだ? あいつ肉ほとんど食ってないだろ」
「そういえば、ドラゴンステーキを食べたいと言っていたが……。車にそんな高級品積んでいましたかな? 夏人氏のことだから車でそのまま居眠りでもしてるのだろうか……ちょっと見てくるでござる」
「あ、車行くならついでに酒も持ってきて。2瓶ね」
「えー。レンタロー氏は人使いが荒いなー。もー」
パットンが俺達の乗ってきた車(白のワンボックスカー。8人乗りの優れものだ)に向かっていく。崖の上に車を置くと何となく危ない気がしたので、近場の森に駐車してるのだ。
ここにいない男──『夏人』は、少々破天荒な性格をしているので眠っていた場合、起こすのは苦労するだろう。
まあ、いざとなったら荷物持ちとヤツを起こすヘルプに行こう。それより肉が焦げるからな。早く食ってやらなければ。
「……ちょっと待て。レンタロー。僕は今、ものすごく悪い予感がしている」
「ん? 何が?」
「……ドラゴンの肉なんて僕は買ってないぞ。まさかとは思うんだが、まさかとは思うんだが」
ちらり、と信長が戦場の方に視線をやる。
竜と人が相変わらず戦っている。巨象と蟻のワンサイドゲームだ。
……竜、つまりドラゴンが、そこにいる。
『ドラゴンステーキが食べたい』
俺は信長が何を言っているのか、すぐに理解した。してしまった。
いや、待て落ち着け。あれは確か、高速道路の上で──この世界に飛ばされた日のことだったか。
…………。
「いやいやいや。ないって。アイツならやりかねないけど、それはないって」
──食料? いざとなったら現地調達すりゃあいい!
在りし日の我らが四人組のリーダー・夏人の思い出が脳裏に蘇る。死んでないわ。
いやいや。流石にそれはないよ信長くん。
だってほら、今、戦争中じゃん?
ここは日本とは違うわけじゃん。なんつーか、ファンタジーな世界だし、なんだったら異世界じゃん。
スーパーで肉買ってくるのとはちょっと趣が違うよねっていう。
いくらあいつがアホでもさあ、戦場に突っ込んでさあ、あの何か歴戦っぽい戦士の皆さんをちぎっては投げ、ちぎっては投げしてる馬鹿みたいに強い竜をさあ。
「俺らの飯になれー!」
とか言いながら突っ込んで行くアホなわけが……。
行くわあいつ。あいつならやりかねん。つーかやる。
次の瞬間。轟音と共に戦場に巨大な光の柱が立った。
それは、巨竜よりも巨大で、青空まで届くかというほどの、美しい紫色の光柱だった。先ほどグルガニア戦士団の誰かが似たような魔法を撃っていたが、その二百倍はあろうかという極太ビームだった。
俺と信長の手から串がスルリと抜け、ポトリと空しく地面に落ちた。
「マジでやりやがったあのアホ……」
「れ、レンタロー。僕はどうしたらいい……? 魔法……魔法を使えばいいのか……!?」
「俺が『箱』を出す──いや、パットンだ! こういう時はパットンを呼びに──」
だが俺たちの焦燥を嘲笑うかのように事態は急転する。
竜のうちの一体・赤い鱗を持つ竜が、突然飛翔した。もがき苦しむように翼をはためかせ、ヨロヨロと空中を彷徨う。
グルガニア軍も、他の巨竜も、全くなにが起きているのか理解できないようで、一様に動きを止めていた。戦場全体を戸惑いという感情が駆け抜けていく。
だが、俺にはわかる。例えば人間は、背中に虫がついた時、ああいう動きをするだろう。
問題はその虫が、明確な敵意を持っていて、しかも一撃一撃が強烈に痛い──スズメバチなんかよりずっと凶悪な動きをしている。
そんな場合、ああいう狂った動きになるだろう。
赤鱗の竜はたまらず、空中でのた打ち回りながら戦線を離脱する。
何というか、凄まじく痛がっている。そして信長の予感は最悪に近い形で的中しているらしい。
「なあ、おい。あれ──こっちに来てねえか……!?」
「あわわわわわわわわ。はわわわわわわわわわ」
現在絶賛テンパり中の我らが幼馴染グループの参謀役・信長曰く、この世界の竜は戦闘機よりも早いらしい。
──そこに戦闘機についても一家言ある軍オタなパットン氏が「えっ戦闘機ってどの戦闘機でござるか? ソースは? 科学なめんなファンタジーでござるよ?」と食いついて大喧嘩になったのもいい思い出だ。
あ、これもしかして走馬灯ってやつですか? やだなあ男との思い出が最期に見るものとか。
そんなことを考えている間にも、巨竜はぐんぐんと俺達の方に迫ってきた──
──竜の背に、一人の男が乗っている。一人のアホが載っている。そいつは、この世界には似つかわしくない真っ赤なアロハシャツを着ていた。漆黒の巨剣を鱗に突き立て、朗らかに笑ってこっちにぶんぶんと手を振っている。
アホだ。あれはアホだ。
【チャット魔法】で、のんきな声が俺達の脳内に響く。
《いえーい。みんなー。ドラゴンステーキ持ってきたぜー!》
「この馬鹿あああああああああああああ!」
「あほオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ぐんぐんと迫る巨竜の身体。
激突5秒前。
近づく死。
俺はどうしてこんなことになったのか。それだけを考えていた。
俺達は何故こんな、クソッたれな剣と魔法の世界で、竜なんて生物に押しつぶされるというファンタジックな最期を迎えようとしているのか──。そうだ。全ては、あの日、変わったのだ。
決定的に人生が変わった『あの日』のことを、俺は思い出していた。