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メアテボシのあなた  作者: つめ
第二章 大学生篇
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空白

「あれだな、女ってマジで意味わかんねえ思考する時あるからな。俺の嫁もよー」


 二人とも最後は、『女って意味わからねえよな』という方向に話を終息させ、俺の味方をしてくれた。どう考えても意味わからねえことをしでかしたのは俺の方なのだが、彼らなりの優しさだったのだろう。


 心の中では呆れていたのかもしれない。それでもいまだに関係を続けてくれていることが、ありがたかった。


「まあ、元気出せよ。今からキャバクラでも行くか?」

「行かねえよ。そもそもねえだろ、こんなド田舎。つーかおまえ嫁さんに怒られねえの?」

「パブならあるんだけどなあ。姉貴の友達の母ちゃんがやってる。……ま、次行くべ次。ハギ顔はいいんだからいけるら」

「……いや、まあ、それはもういるんだけど」


 は? 間の抜けたその声がどちらのものなのか、俺は判断に迷う。


「え? 健一おまえ、もういるの? 彼女。その傷つきようで? いや逆か。彼女いて、なんでそんなに人生終わりました感出してんだよ」

「まあ。つっても、もうすぐ別れそうな気いするし」

「あ、もしかして浮気相手とは続いてたってことか?」

「いや、そいつとは別れた。今は……女子……中学生」


 高遠と浦山が一瞬呆けたあと、「ふざけんなカス!」と声を揃えた。



 自分史上最悪の幕開けとなった十九歳の新年。

 咲幸と別れた帰り道、放心状態の俺は自宅前で車を派手にぶつけた。人生初のエアバッグ体験だ。車内も泥だらけにしたためこっぴどく父親に叱られ、修理代やら清掃代やら諸々で貯金が消えた。


 わずか二畳の自室すら高校生になった妹二人に乗っ取られ、実家には落ち着ける場所もない。顔を合わせれば辛気臭いと煙たがられる。


 再来年には引っ越しをするから部屋を片付けておけと言われたが、その部屋がもうねえんだっつーの。俺の荷物は、段ボール三箱に勝手にまとめられていた。二十年近く住んで少なすぎだろ、俺の私物。


 翌日ぼんやり食べた雑煮が喉につまり、人生が終わりかけた。いっそ終わらせてくれと生を放棄しかけたが、掃除機を口に突っ込まれしぶとく生還。

 荷物持ちに付き合わされた初売りのデパートでは階段から転がり落ち、あろうことか左手の小指が折れた。母親も妹たちも荷物に駆け寄って、俺の心配なんてしてくれやしねえし。


 折れた心にセロハンテープやガムテープを貼り付けて、ついでに左手には包帯をぐるぐる巻きつけて、どうにか千葉へと帰る。

 そこに待っていたのは、怒り心頭の巴。もう本当に、笑えない。


 新年早々、俺は二人の女に振られた。

 冬休み中に音沙汰がなかった俺に不信感を募らせた巴は、ことあるごとに俺の気持ちを試すようになった。気のない返事をすると機嫌を損ねられ、少し連絡を怠ると探りを入れられる。


 このころの俺は大学もバイトも生きることのなにもかもが億劫で、脳は思考を手放し、身体はただ呼吸だけを繰り返した。

 だから当然、彼女のこともどうでもよかった。

 そんな俺に業を煮やした巴は頻繁に尋ねてくる。

 ねえ、本当に私のこと好きなの? と。


 口を開くことすら面倒だった。……別に。放った三文字の呟きに返ってきたのは、盛大な張り手。いきなり武力行使かよ、マジかよ。呆けた俺を後日待っていたのは、バスケサークル女子メンバーによるリンチまがいな説教タイム。

 こういう時の女子の団結力には感服する。小学生時代から「ちょっと男子ー!」経験値を地道に積んできた成果なのだろう。


 しかも彼女たちはサークル活動中の体育館で、それをおっぱじめやがった。馬鹿でかい彼女たちの声で他サークルの人間が集まり始め、実質ただの公開処刑。

 被告人俺は終始黙秘を貫く。男連中は庇ってもくれた、あの瞬間までは。


「結局、咲幸さんと別れてくれなかったじゃん。どうせ冬休み中も会ってたんでしょ!」


 巴の涙交じりのダメ押しに、その場は凍り付く。お、なんだなんだ、と増えるギャラリー。

 信じてたのに、と泣き出した巴の肩に女子たちは手を添えた。路地裏のゴキブリでも見るかのような視線を俺に浴びせながら。


 今ここで言うのか、それを。鬼かよ、おまえは。


 実際その通りなので、完全にギルティー。俺は味方を失った。

 庇ってくれていた男友達も巴の発言を受けて、いや、おまえさすがにそれはさあ……と呆れた色が濃くなっていく。こんなところで俺の肩なんて持ったら巻き添え食らうもんな。つーか持つ肩なんてどこにもねえわ。俺だって第三者の立場だったらドン引いている。


 彼女持ちの男に手出しといて被害者ヅラかよ。

 開き直ると再び頬が熱くなった。それが巴からのものだったのか別の女子からのものだったのか、よく憶えていない。

 やめろよ、この前の腫れがまだ引いてないんだよ。痛さのあまり出した情けない声は、記憶しているというのに。


 体育館を出ていく際、出入り口で一人の女と目が合った。

 女子の中で唯一、なにも口を開かずに騒動を見守っていた、飯田だ。


「ほんと、馬鹿だよ」


 俺と同じ視線の高さで、彼女の冷ややかな目は俺と、巴に向いていた。

 だから言ったのに。彼女だけが、この結末を予想していたのだろう。そんな静けさだった。

 当たり前だが、俺はサークルを辞めた。


 巴にも悪いことをしたと、今なら思える。やり方こそ強引だったものの、彼女の好意は本物だった。都合よく寄りかかり、結果的に俺は弄んだのだから、当然の報いだ。


 卒業式の日に顔を合わせたので、気まずさを漂わせながらも謝った。

 印象的だったのは、相変わらず馬鹿でかい身体を包んでいた燃えるような色の袴。対照的に冷めていた瞳。


 「別にもういいし。元気でね」だと。地元に帰るらしい。青森だったか秋田だったか、結局訊きそびれてしまった。

 もう一生、知ることはないのだろう。


 大学生活は、抜け殻のまま水面に浮かぶ船のごとく時間に揺蕩っていた。

 気が付くとまた、肌寒い季節が巡る。記憶に残しておくことなどなにもない。

 講義に出てバイトへ行き、家に帰り勉強をする。そんな日々をルーチンのようにただ繰り返していたのだと思う。


 交友関係の大半がサークルだった俺は、一連の騒動で一気に友人をなくした。

 巴が同学科だったことが不幸中の不幸で、俺は学部でも二股クソ野郎として後ろ指を差されることになる。孤立し、常に一人になった。一から誰かとの関係を構築する気にも、なれなかった。


 惰性のままひたすら勉強に励み、教授からの評価ばかりが上がる。空き時間は勉強に飽きるとゲームや本を片手に、延々と煙草を咥える。

 それは高校一年生のころを彷彿とさせる生活。けれど飴玉を差しだしてくれる手も、向けられる笑顔もどこにもない。

 無為に流れる時間を、悲しいとも虚しいとも感じることもなく、ただ生きた。

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