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メアテボシのあなた  作者: つめ
第二章 大学生篇
32/60

怒れる男たち

***


「カスカスカスカスカス……スカ!」


 高遠と浦山の盛大な一声に、テーブルから肘がスカッとずり落ちる。


「ったく、なんなんだよ健一。おまえのその、なんつーか。なんつーかよ。ああ、もう! このカス野郎」

「カスカスカスカス!」


 歩く下半身の二人ですら、俺の話には厳しい瞳を向けてきた。

 酔いがまわり実際には虚ろな目つきなのだが、俺を見る時だけ鋭い光が宿る。


「ハギカスよお、あのおっぱいが側にありながら浮気い? そりゃないだろ」

「だから側になかったからなんだろ?」

「あー、そうだったあ」


 こういう発言は、やはりいつも通りの二人だ。一発ぶん殴りたい。


「咲幸も咲幸で馬鹿だし意味わからねえし、どうなってたんだよおまえら。なんで俺らに相談しなかったんだよ」

「いや、普通に忘れてたわ。おまえらのこと」


 ひでえな! 自称義母兄弟は声を揃える。

 日々の生活で手いっぱいであろう社会人一年目に、こんな相談ができるかよ。

 それになにより俺は、少しずつ狂い始めてしまった咲幸との関係を知られまいと考えていた。どうしてかこいつらの前では、つつがなくバカップルをやっている俺たちでありたかった。


「カスカスカスカス! ハギ、てめーなあ」


 避ける間もなく飛んできたなにかを顔面に食らう。水っぽく生温かい。手で拭って確かめると、顔がぬるぬるとしていた。

 ビール漬けにされていた浦山のからあげだ。水しぶき、もといビールしぶきを飛び散らせたそれは、俺の顔面で跳ねて今は目の前のジョッキに沈んでいる。きたねえ。


「おい、浦山おまえ、なんなんだよ?」

「うるせえ馬鹿! ハギカスハゲカス! ハゲハゲハゲハゲ死ね!」


 突如言葉にならないわめきをあげた浦山は、別の揚げをもう一度俺に投げつけて後ろに倒れこんだ。数秒後には突貫工事のようないびきだけを個室に響かせ、俺を唖然とさせる。


「え、なんなのこいつ? 浦山にはハゲ言われたくないんだけど」

「放っておけ、飲み過ぎだって。すげえ酒癖わりいの。中学の同級会の時もカラオケの廊下で立ちションしようとしだしてやばかったから」

「はは、なんだよそれ」


 見たかったな、つーか浦山いびきうるせえ。

 大袈裟に笑い、俺は畳に落ちたから揚げを吹いて口に放る。すでに冷めていた。


「まあ仕方ねえかもな。今だから言えるけど、こいつ咲幸のこと好きだったし」

「そんなの知ってたよ。あれだけヤりてえとか騒いでたら」


 そのたびにケツを蹴り上げていたので、浦山のケツはもう死んでいるだろう。

 だいたい彼氏を目の前にして口にする言葉じゃねえだろ。再びこみ上げてきた怒りとともに、俺も油がえったから揚げを一つ、爆睡男の顔に投げつけた。

 馬鹿、やめろって。隣の高遠が笑い混じりに拾って食べている。


「いや、こいつは結構ガチめな方でな。『ハギには叶わねえもんなあ』っていつも言ってたな」

「ふーん」

「ぶっちゃけ俺も咲幸好きだったわ」


 それも知ってる。そう返すと、逆三角のおにぎりみたいな赤ら顔をくしゃくしゃにした。だよなあ、と。

 急に高校生へと戻った無邪気な笑顔には、蓄えた顎鬚がまったく似合っていない。


 あのクラスの男共は、大半が咲幸を好きだった。それは少しばかり優越感を抱かせ、同時に俺はいつだって変な虫が彼女についたりしないよう目を光らせていた。


「でも手え出したら、マジでおまえに殺されるんだろうなって気してたな」

「殺してたよ、マジで」


 あのころの俺なら、本気で殴り殺していただろう。


「やっぱやべえな。なにもしなくてよかった。つーか俺も健一なら仕方ねえなって思ってたし」

「……そうか」

「なのによお」


 なみなみと注がれたビールを数秒で飲み干して、高遠がジョッキをテーブルに叩きつける。けたたましい音を響かせた。


 てめえ、本気で咲幸が浮気したとか思ってたのか?

 唾とビールを飛ばす口は呂律が回っていなかった。恐らく訊きたかったのは、そういう類のこと。

 おまえも飲み過ぎだよ、グラス割れるだろうが。呆れながら俺は黙り込む。


 ああ、俺はこいつらに相談するべきだった。そうしたらきっと、今と同じ言葉をそっくりそのまま、十九歳の俺にぶつけてくれただろう。

 叶わないタラレバとともにビールを飲み込む。埃と油まみれで、から揚げも浮いていて、本当にきたねえなとか思いながら。

 味もすでによくわからない。

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