男三人
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俺が順当に行けば千葉に進学を決められるころ、高遠と浦山は地元で働く準備を始めていたらしい。
卒業式を除けば最後の登校日。俺たちは裾の擦れた学生ズボンを引き摺り、弾みの悪いバスケットボールを投げ合う。
国立の二次試験も終わった俺は、どことなく燃え尽き症候群を抱えていた。それでも今日だけは全力で遊ぶ。
こんな日々も、終わりだ。
「いやー、終わりかよ。マジで今日で終わりかよお」
「実感ねえよな。俺たちの高校生活はまだまだ続く! とかならねえかな」
「打ち切りじゃねえか」
ツッコミついでに騒ぐ二人からボールを奪い、スウィッシュを決める。久しぶりにしては今日は感覚が冴えていた。
「でも卒業してもよ、また俺ら集まろうぜ」
「ハギもたまにはこっち帰ってこいよー」
「しんみりするなよ」
今ごろ教室では女子たちが「ウチらズッ友だよ!」とか口にしながら、半泣きになっているのだろう。やはり高校生は馬鹿だなあ、としみじみ思う。
三人でバスケをやるときは基本1on2だった。俺対高遠と浦山。圧倒的に俺の実力が高いからという理由らしいが、だいたいは俺の気力が尽きて終わる。
だから結局はシュートばかりを打つ意味のわからない遊びになってしまう。
その日もダンクやるべ、とかふざけたノリの中で、ふと彼女の名前が挙がった。
「つーか咲幸ってマジで進路未定なのか?」
二月も残りわずか。結果待ちの進学希望者を除くと、未定組は咲幸一人になっていた。
「ああ、まあ。みたいだな」
「本っ当馬鹿だよな。馬鹿っつーか、どうかしてるだろ、マジで。来週卒業式だぞ」
数週間前、めげることなく県外で就職活動をしていた咲幸に朗報が舞い込んだ。
ボランティアをしていた時に親しくなった、地元の博物館の館長からだった。「ウチでは募集をしてないけど、あそこなら」ということで口添えをしてもらえたのだという。
それが岐阜にあるという科学館。臨時職員ではあるものの、上手くいけば春から数ヶ月ないし一年、学芸員補として働けるそうだ。
しかし先方の都合で、試験は四月に入ってからになる。そのため咲幸は、進路未定のまま卒業することになるのだろう。
「一応アテ、みたいのがあって岐阜に行くかもとは言ってる、けど」
「あー。短期で臨時バイトみたいのするってやつか? 職員室でヨシティーに怒られてんの見たわー」
「岐阜か。千葉からどんくらいかかるんだよ」
「三、四時間……かな」
金は往復でだいたい二万五千円ほど。学生とフリーターには少々厳しいかもしれない。バスを利用すれば半額に抑えられるけれど、時間は二倍かかる。
高遠の言葉に答えつつ改めて口に出すと、遠いなと実感する。
受験で千葉や東京へ行った際も感じた。県外に出ることは俺にとってまだ非日常で、知らない土地となればなおさらだった。
「うわ、結構かかるな。チャリじゃいけねえよな」
行けるかよ、馬鹿と笑い声が溢れる。
「でもよお、なにもどっちが行かなくても中間くらいで会うって手もあるら?」
「どこだよ、中間って」
「ちょうど富士山じゃねえ?」
浦山のボケがツボったらしく高遠がゲラゲラと笑いだし、俺は馬鹿じゃねえの、と呆れた。
普通に考えて地元でいいだろうが。
「まあ、でも月イチで会えるか会えないかってくらいの距離なんかな」
「月イチ……か」
ひと月に一回。
今まで三年間、付き合いだしてからは一年半ほぼ毎日顔を合わせていたというのに、一カ月後にはあいつと月に一度しか会えなくなるのか。
健一くん、おはようと見せる笑顔も、健一くんバイバイと大袈裟に振る手も、春が来たら日常ではなくなる。
やべえ、それめちゃくちゃ寂しくないか。戸惑いがこみ上げる。その日々を何年続けたら、また隣に咲幸がいる毎日が来るのだろう。
あやふやな現実が、ようやく手に取れる形を帯びてきた気がした。
できることなら光になって、数百キロの距離を毎日でも超えたい。
「浮気するんじゃねえぞー」
その声が高遠のものだったのか浦山のものだったのか。それとも両者のものだったのか、ぼんやりとしていた俺には判別がつかなかった。
あれから十年近くの月日が流れたが、高遠と浦山とは今でも連絡を取っていた。時々メッセージを飛ばし合い、年に一度くらいの頻度で集まっては飲んでいる。
ささやかな交流が続いていた。
学生時代、下ネタ製造機の名を欲しいままにした高遠も、今では二児のパパだ。女の子二人を見せびらかしたいためだけに、写真付き年賀状が毎年送られてくる。
浦山はいつの間にか地元を離れ、職を転々としては日本中を放浪しているらしい。以前集まった時には「故郷は別にないさ、強いて言えば宇宙かな」と漏らし、パクリじゃねえかと俺たちから叩かれた。
最後のバスケをした日から二年後。
成人式の翌日。久しぶりに再会した俺たちを、最も沸かせたのは高遠だった。
「重大発表!」
乾杯からわずか五分。既に顔を赤らめた高遠が、馬鹿でかい声を張り上げて立ち上がる。うるせーよ、と野次を飛ばしながら俺たちはその顔を眺めていた。
「俺、高遠広大、パパになります!」
浦山と二人、吹き出したビールで虹をつくった。手を叩いて盛り上がり、飛んできた店員に注意される。
「いや、なんつーかやっちまってな。予定日が七月だから夏って字、使いてえんだよ。あ、籍は先月入れたんだ」
変わらないへらりとした笑顔で髪をかく。コイツらしいな、と呆れた。それでも身を固める決心はできているのか、黒に戻った髪は短く刈られていた。
ブロッコリー収穫したのかよ、という茶化しは浦山にウケた。
「で、健一。おまえはどうなんだよ、咲幸とは」
高遠の馴れ初め話やどうしようもない下品な話を聞いているうちに、やがて矛先が俺へと移る。
ああ、だよなあ。やっぱそれ訊かれるんだよな、当然だよなあと閉じた口の中で繰り返す。
「……別れた」
嘘やごまかしをしても仕方がないので、俺は打ち明けていた。
箸を滑った浦山のから揚げが、ビールジョッキに吸い込まれていく。
「え? マジで? え? 嘘だろ」
「おいおいおいおい、なにがあったんだよ」
こいつらはどういう反応をするのだろうか。俺と咲幸の、こいつらが知らない空白の一年間を口にしたら。
批判されるのだろうか、それとも慰めてくれるのだろうか。
よく、わからなかった。




