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メアテボシのあなた  作者: つめ
第一章 高校生篇
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17才の夏、馬鹿たち

「え? 初デートがそれだけ? マジでゴミ」

「兄ちゃんがいつ振られるか来月のお小遣い賭けよっか? 多分もって夏休み」

「もうこれが最初で最後のデートっしょ」

「言えてるー。……って、これじゃ賭けにならないじゃんね」


 きゃははー。重ねたそっくりの声たちに、俺の初デートは酷評を受けた。

 俺が買ってきたプリンを腹に収めながら、兄を小馬鹿にする妹たち。

 ムカついたのでプリンの表面をべろべろ舐めてやったら「キモイ」の嵐を食らい、母親に怒鳴られた。理不尽が過ぎる。


 プラネタリウムを出たあと、バスケはー? と茶化す咲幸をあしらって、俺は昼食を提案した。

 田舎は手軽な価格の飯にありつくまでに、三十分近く歩いたりする。

 空腹が最高のスパイスになったハンバーガーは、安物のくせにやたらと美味かった。

 ファーストフード店でひたすら駄弁り、残ったポテトがしなびた漬物のようになってしまったころ店を出る。


 その後、一時間かけて咲幸をバス停まで送り届けた。

 しゅわしゅわしゅわ。蝉たちに支配された町。

 少し西へと傾いた太陽を目指すよう歩く。


 マジ田舎なんもねえよな、バス停遠いな。今日暑くね? つーか蝉、うるせえ。

 雑談の合間にちょくちょく文句を挟み込み、彼女と歩く一駅分の距離。

 本当はなにもなくとも彼女がいれば満足で、バス停に着かなければいいと願う。

 暑さも蝉の声も気にならない。隣の咲幸にただ意識が向かっていた。


 人通りがない道に入ると、咲幸が距離を詰めてきては指先で二回、俺の手の甲をつつく。手を繋ごう? という合図らしい。

 その小さなアプローチを受けたくて、俺は無駄に遠回りになる小道を選んでみたりする。

 彼女となら一駅だろうが十駅だろうが、歩きつづけたって構わなかった。


 しかし妹たちに指摘されてみると、確かに俺は炎天下の中、咲幸を歩かせてばかりいた。


「あそこ、俺の家」

「へえ、平屋なんだあ」

「マジで狭いよ。俺、部屋二畳だもん。机しか置けないから」


 唐突な自宅紹介から始まって、あそこ俺の行ってた幼稚園。小学校、中学校。

 続く出身学校を指差しては、田舎道をひたすら歩いた。


 隣の咲幸は「幼稚園の萩乃くん見てみたいー」「大きな学校だねえ」「家から近くていいなあ」と、ずっと微笑んでくれていた。

 ニコニコ。効果音つきの笑顔は俺に安心をもたらした。好感触で初デートは大成功、そう信じていたのだ。


 初デートに出身学校巡礼とか馬鹿じゃないの? っていうか、初デートじゃなくてもキモイし。妹たちに断罪された。


 冷静になってみれば楽しいわけねえよなと、自分でもわかる。

 それでも咲幸は別れ際に、よくできましたのはなまるを俺につけてくれた。満面の笑みを俺に向けて、今日はすごく楽しかった、と。

 続けて律儀に俺の名前を呼んで、ショルダーバックから小包を取りだす。


「なにそれ」

「誕生日プレゼントだよー。萩乃くん、明日じゃん?」

「あ、覚えててくれたのか。……嬉しい」

「もちもち。男子ってなにが欲しいかわからないからさあ、選ぶの迷ったよ」


 咲幸にならペットボトルのキャップを貰ったって喜ぶ自信があった。実際そんなものを貰ってもいらないけれど。

 初めての誕生日プレゼントは、シャープペンだった。一部にだけシルバーの幾何学模様を散らした、光沢ある濃紺のボディ。

 普段はアホでふざけているわりに、咲幸は案外センスがいい。


「ありがとな、大事にする。千國の誕生日は来月だよな?」


 俺の言葉に咲幸はスカートを翻しながら大袈裟に体を動かす。俺と同じ言葉を、俺よりずっと可愛らしく返した。


「覚えててくれたんだあ、うれしー」


 俺もバイトをしよう、と決意する。翌週から一年間、俺は週三でバイトを続けた。近所の回転寿司屋。

 妹二人にダブルパンチを食らおうが、俺にとっては咲幸の笑顔こそが指標だったのだ。



 二度とは訪れない高校二年生の夏休みを、咲幸というできたての恋人と謳歌した。

 俺も咲幸もバイトをしていて、咲幸に至っては博物館でボランティアまでしていて、遊べる日は限られていた。

 それでも夏祭りに花火大会、プラネタリウムの帰りにする図書館での勉強会。高校生らしい夏は、高い密度で俺たちに充足感を残していく。


 高遠や浦山とも馬鹿をやった。だいたいはゲームかバスケだったが、カラオケに行き二人が見事なデュエットを披露してくれたこともあった。俺は爆笑した。


 気が付くと盆が過ぎ、朝夕はどことなく涼しい風が吹く季節がやってくる。

 やがて処暑の訪れとともに俺たちの夏休みは終わりを告げ、二学期が始まった。


「そして俺は男になったのである」

「なってねえよ」


 新学期早々調子づく高遠のふくらはぎを蹴とばす。


 始業式やら終業式やら、なんとか式と名がつくものは、仰々しいわりには中身がない。現に壊れた蓄音機のように同じ話を繰り返す校長の言葉を、誰一人聞いていないだろう。


 カンペ用意しておけや、という的確なツッコミが隣の列から聞こえ、大いに同意した。


 残暑立ち込める体育館に詰められた生徒たちは、みなどこか気だるげだ。

 男子も女子も傾いた姿勢で立ち、頭をゆらゆらとさせながら欠伸をかみ殺している。俺も両手をポケットに入れたまま、前に立つ高遠と後ろにいる浦山とともに私語を慎まずにいた。


「夏休みという絶頂の機会に絶頂を逃した男、萩乃健一!」

「うるせえな」


 あと絶好の機会だ、馬鹿野郎。


 高遠の声に浦山が盛大に吹き出し、俺たちの周辺二、三メートルに笑いが伝播した。大きく振りかぶり、夏休み中に染髪してきた高遠の頭を叩く。


 本当にやめろよ、咲幸が振り返ったじゃねえか。声を潜めながら、舌を鳴らす。


 だいたいブロッコリーをシルバーアッシュになんて染めてきてるんじゃねえよ。カリフラワーか。


「はは、わり。でもマジでなにやってたんだよ。夏休みのデートなにしたかもう一回言ってみろって」

「プラネタリウム。図書館で勉強。夏祭り。花火大会。カラオケ。……あ、あとイオン」

「中学生か! ピュアピュアかよ。二人はピュアピュア~」


 こんな場所でクネクネ腰を振る高遠の方が、よっぽど中学生だ。


「ハギー、おまえ前世ピュアマヨネーズな。あ、全然関係ないけど放送禁止になったCM集って動画見てたんだけどよお、広末涼子のお茶のCM、やっぱエロくねえ?」

「マジで関係ねえな。なんなんだよ」


 おまえ本当に広末涼子好きな、と適当な相槌を打つ。


「健一ん家の近くで遊んでたんだろ? なんで家呼ばねえんだよ」

「いや、ウチは普通にないから」


 パートの母親は夕方には帰宅し、そうでなくとも2LDKのアパート暮らしな俺は、妹二人と自室を分け合っている。そんな場所に彼女を呼んで、一体なにをするというのだ。人生ゲームか?


「じゃあ千國んとこはー?」

「無理だと思うけど。あいつの家、常に親いるだろうし。小学生の妹もいるみたいだし」

「じゃあしょうがねえな。もうあそこしかないら? インターの近くにあるよお」

「リゾート・ドバイ」


 目に痛いネオンが煌めく建物の名前を同時に口にして、品のない笑い声をあげる二人。隣の女子列から冷たい視線が飛んでくるが、気づかないらしい。


 猛暑で脳が溶けてアホが増している。

 こいつらと関わっているだけで、俺もアホエロの一味と括られてしまうのだろうか。けれどまあ仕方ねえか、と諦められるくらいには二人と駄弁る時間が気に入ってもいた。


「そういや健一、気をつけろよ。アレは財布に入れておくと駄目になるみたいだぞ。銅に弱いらしい」

「……小銭と一緒には入れないだろ普通」

「使い終わったワックスの缶がいいって聞いたな」

「うわ、それカモフラ感やべえな。でもハギワックス使ってなくね?」

「俺もうすぐ使い終わるから、缶だけ健一にやるわ」

「高遠の使ってた缶に入れとくのかよ、なんか嫌だな。てかもう黙ってくれ頼むから」


 無駄に大きい二人の声が、五列前の咲幸に届いていないか気が気ではなかった。


 肩まで伸びる栗色の毛に視線を送っても、後ろ姿はだんまりでなにもわからない。

 日焼けのせいか明るさを増した髪は、この後の頭髪検査でひっかかるのだろう。


 すると唐突に咲幸の膝が崩れ、前方の女子に勢いよく倒れ掛かかる。不意打ちをくらった前の女子もつんのめり、連鎖的に咲幸からドミノ倒しのように女子が三人転んだ。

 貧血だろうか。

 ざわめく周囲に混じり背伸びをして覗きこむ。

 後ろにいた女子と巻き込まれた三人だけは、軽快な笑い声を上げはじめた。


「ちょ、咲幸寝てんじゃん! マジもー、馬鹿」


 マジで馬鹿だな。その声に、俺もつられて少し肩を震わせた。



***



「萩乃くん、お別れの時だ」

「……う」


 冗談めかした咲幸の声すら、胸に刺さる。黒板に書かれた座席表を目に俺はうなだれた。


 回答を教えてくれる隣の男子からポジションアップをとげた俺だが、それでも隣にはいつも咲幸がいて欲しい。そんな気持ちをぶら下げているのは俺だけなのか、横を向くと咲幸は鼻歌なんぞを歌っている。


「わ、机のラクガキ消してたら消しゴム崩壊しちゃったよう」


 指の爪ほどになった丸い消しゴムが、咲幸の机で粉々になっていた。学生の消しゴムとして生きてきたというのに、あまりに哀れな最期だ。


 それはちょっとばかりウケたけれど、俺の心も今はさながら消しゴム。

 咲幸は全然寂しそうではない。女々しい感傷が過ぎたため、頭を振って机の中の掃除を始めた。


「萩乃くーん、あたし六番だよ。萩乃くんはここだしてー、ここー」


 先にクジを引いた咲幸が、黒板の座席表を指さして教壇で跳ねている。十二番、咲幸の隣の席だ。


 どうしてクラス中の注目を浴びながら、馬鹿でかい声で騒げるのだろうか。呆れる冷静な俺と、えー、なにあれ可愛いすぎだろ、というアホな俺が脳内に混在している。


 リア充死ね、という罵倒も今は気にもならない。まだ死ねねー。煽りながらクジを引いて、俺は死んだ。


「ジーザス」


 呟きは教室の喧騒に飲み込まれる。神はいないのか。


 咲幸が引いた窓際の一番後ろという羨む席の対角線を、俺は引いた。最悪の席だ。冬はストーブがありえない猛威をふるい、前のドアからテロリストが乗り込んで来たら真っ先に殺られる。


 おまけに授業中は咲幸の横顔や後ろ姿を拝むことも敵わない。いや、おまけというかそれが一番重要なわけだが。


 二学期が一番長いんだよな。一人ごちる俺の肩に手が置かれた。


「よーう、ハギちゃーん」


 ニキビ面を日焼けでまつざきしげる色にして、ニタニタ笑う浦山だ。おまえもうイガグリそのものになっているな。チャリで県内縦断をした結果らしい。


「なんだ?」

「これ、昼飯一週間分と交換しねえ?」


 浦山の指が摘まむのは、十二という数字が書かれた紙きれ。


「神かよ!」

「千國の胸見ながら受ける授業もオツかと思ったけど、特別にくれたるわ」

「殺したいけど今は許す。テロリストが教室に来たら頑張ってくれ」

「なんでハギ俺の脳内覗いてんだよ!」


 二学期も俺たちは馬鹿だった。


「へ? 本当にまた萩乃くんが隣? やったー」


 隣に荷物を置いた人物が俺だとわかると、咲幸はオーバーに驚き無邪気な声をあげる。机の下でソックスに覆われた足をぷらぷらさせては、サンダルを前の席へと飛ばしていた。


「偶然、だな」


 どうやら不正取引は知られていないらしい。


「愛のパワーだねえ」


 恥ずかしげもなくこういうセリフを口にする咲幸の馬鹿を垣間見ると、心が緩む。


「そう、かもな」


 前髪をいじりながらそっぽを向いた先で、右隣りの男子と目が合った。


「マジでくたばれよリア充!」


 二学期終わるまではくたばれねえよ。

 先生には申し訳ない。どうやら馬鹿に感染してしまったらしい。

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