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7話 前線――機械国の砦


 新たな生存圏を得ようと侵略してきた魔族。

 それに対抗するため、人族の前線に立つ機械国グレゴリアードの領地は、広く長い形をしている。

 農業国アグルダイルとの境であり、大陸を横断しているエンダリフ連山の全域。そこから弧を描いて膨らむように、国土が展開している。

 強いて国土の形を表すなら、弓の形や太い三日月型と言える。

 そんな膨らんだ方の弧の中心部に、魔族との前線基地が作られていた。

 背の高い岩山の中をくり抜いて居住区を作り、多種多様な兵器と多量の弾薬を山の中と外に配置展開し、万が一のときには後方に脱出できる秘匿経路すらある、機械国随一の要塞。

 ここに、とある通信が送られてきた。


「連隊長! 本国から最優先確認の報告が来ました!」


 山中を削り取ったツルハシ痕がある岩壁の部屋の中で、ヘッドホンを付けた通信兵が差し出してきた紙には、数行にわたって書かれた文字が並んでいた。

 この砦を預かっている連隊長のレジメン・コマディアッタ――短く刈り込まれた茶色い髪を持ち、渋み走った強面に無精ひげを生やした50代前半の男性――は紙を受け取り、内容を確認する。


「……農業国との境にある砦の一つが、地竜に落とされたとは。しかも砦に配置されていた兵器が一切通用しなかったとは、にわかに信じられん内容だな」

「あ、あの。正規の通信であることは、発進電波で認証をしたので、間違いはないかと」


 心外だと言いたげな通信兵の言葉に、レジメンは苦笑いを浮かべる。


「いや、通信の確度を疑ったのではなくてだな。送られてきた内容を正気か疑ったのだよ」


 レジメンは通信兵に気にするなと身振りしてから、目を細めてさらに文面を読んでいく。暗い部屋と自身の老眼も合わさり、こうしないと読みにくいのだ。

 しかし強面で目を細めるものだから、様子を盗み見している通信兵は、レジメンが不愉快そうに紙面を読んでいると誤解して怯えた調子になる。

 そんなことを知らず、レジメンは読み終わった紙面をサビが浮いた鉄製の灰皿に入れ、マッチで火をつけて燃やしてしまう。

 紙が黒焦げになったところで、レジメンは通信兵の肩を叩き、通信兵は怒られると誤解して体をビクつかせた。


「参謀のスタッフォを呼び出してくれ。それと、いまあった通信の内容を他者に漏らさないように」

「わ、分かりました。喋りません!」

「うむっ。スタッフォの呼び出しも忘れずにな」

「は、はい!」


 通信兵が怯えながら作業する姿を、レジメンは『そんなにこの顔が怖いかな』と思いながら自分の顔を撫でたのだった。




 レジメンと彼に呼び出されたスタッフォは、細面の神経質そうな30代半ばの男性で、肩幅があっていない軍服を着ていた。

 レジメンとスタッフォは廊下で落ち合うと、砦で一番防御が硬い作戦指令室で、先ほど受けた通信文について相談を始める。


「――というわけだ。スタッフォ、貴様の意見を聞かせてほしい」


 レジメンから伝えられた通信内容、大怪獣アデムが機械国領土を通ってこの前線砦に近づきつつあるという報告に、スタッフォはこの砦の参謀の長として意見を述べる。


「農業国が伝えてきたとおりに、アデムとやらが魔族を攻撃するために近づいてきていることが本当なのでしたら、そのまま魔族たちにぶつけることこそが上策かと」


 スタッフォの静々とした丁寧口調に、レジメンは渋面を作る。


「貴様のことだ。この地竜アデムを魔族との戦いに利用する際に、どんな問題が起こりえるかわかっているだろう」

「いくつか考えられますね。一つ、本当にアデムが魔族を攻撃するのか。一つ、農業国が言うように魔族を倒し得る力を持っているのか。一つ、魔族を攻撃しなかったり魔族に敵わなかった場合、この砦へ向かってくるかもしれないこと。その他、細々したことも考えられますが、大別すると以上の三点が懸念されますね」

「そうだ。問題が起こりえる。それなのになぜ、そのまま地竜アデムを魔族にぶつけようというんだ」


 レジメンが理解しがたいと呟くと、スタッフォはあからさまに肩をすくめてみせる。


「国境砦の兵器が通用しなかったのですよね。そしてこの砦にある、本国の方向に切っ先が向っている兵器たちは、おおよそ国境砦と同程度の兵器しかありません。なにせ強力な武装は、魔族たちが攻め入ってくる前面と、迂回しようとしてくる側面に集中展開しているのですからね」

「つまり貴様は、地竜アデムが後方から砦に迫ってきた場合、こちらに足止めする方法がないと言いたいわけか」

「だからこそ、アデムを魔族へ嗾けるように仕向けるのですよ。この砦の側面ないしは前面に出てくれれば、魔族の侵攻を押し止められるほど強力な兵器の数々を、アデムに使用することができるのですから」


 スタッフォの考えの理屈を聞き、レジメンは腕組みして理解しようとする。


「なるほどな。嗾けることができさえすれば、貴様が言った地竜アデムの行動の懸念は、確実に潰すことができるか」

「アデムが魔族を倒すことができれば、こちらにとって万々歳の結果です。仮に倒すことができずにこちらに逃げてこようと、魔族に敵わない相手であるならば、この砦の強力な兵器で撃ち滅ぼすことは可能です。残る懸念はアデムが魔族を本当に攻撃するのかですが、これも問題はないかと」

「ほう。それはどうしてだ。地竜アデムを誘導する策を思いついたとかか?」


 レジメンが興味深そうに聞くと、スタッフォは首を横に振る。


「我々が何かする必要はありませんよ。放っておいても、魔族の方からアデムにちょっかいをかけにいくはずですから」

「それはまたどうしてだ」

今日こんにちまでの戦闘を調べればわかりますよ。魔族の連中は、強い相手に挑みかかり、力比べをすることが好きなようです。そして強い相手がいなくなった後で、弱者が住む土地を接収する。そういう生態を持っているのですよ」

「要は、地竜アデムという大きくて強そうな竜が挑んできたら、こちらのことはそっちのけで戦いを挑みに行くっていうわけか」


 スタッフォの予想を、レジメンなりに考えてみた。

 レジメンがこの砦の指揮官に収まったのは、二年前からだ。

 その二年の間に、砦にある兵器について疑問に思っていたことが三つあった。

 一つ目は、山の内外に弾を発射する砲や爆発物投射機を多量に配備しているにも拘らず、人型の動く機械【機動ゴーレム】も配備されていること。機動ゴーレムは巨人に野戦で対抗するための兵器であり、砦で拠点防衛している現在の状況に似つかわしくはない兵器である。

 二つ目は、その機動ゴーレムが砦の外で銃や爆発物を使っていると、魔族の中でも有数の実力者が一対一を申し込んでくることが何度もあったこと。

 三つ目は、機動ゴーレムが一騎打ちで勝てば、その日から二日は戦線が停止するという不可思議な現象が起こること。

 それらについて、先ほどのスタッフォの予想を加味して考えると、疑問は解消するように感じられてしまう。


「なにはともあれ、いま話し合った内容も、地竜アデムがここに到着するまで戦線を維持せねば意味がないことだ」

「予想では5日でしたか。エンダリフ連山からくることを考えたら、早駆けの馬以上の速度で移動しているようですね」

「国境砦で戦った後に農業国に退避した兵士からの報告が来て、本国が農業国との通信と地竜アデムの現状位置を纏めてから、こちらに送ってきたという時間経過を考えると、エンダリフ連山からの旅路はもうすでに二、三日は経過しているだろうよ」

「おっと、それはうっかりしました。それでも、速歩の馬以上の速度で移動していますね」


 スタッフォは少し気恥ずかしそうに弁明を入れてから、作戦指令室の大机にある大地図――この砦を中心に周囲の地形がかかれているもの――に手を乗せた。


「まずは、この五日を戦い抜くことを考えます。秘密経路から人員と物資は次々に運び入れられていますからね、継戦能力は十分あります」

「問題は、魔族の連中も無茶な特攻はせずに、こちらの消耗と疲労を待つ戦い方をしてくるってことだな。それと、バカスカ魔法を撃ってくることもだ。お陰で、この砦の外殻はだいぶ削られてしまっている。今はまだ大丈夫だが、いずれは全面の斜面が崩落して、内部が丸見えになりかねない」

「魔族は、人間よりも寿命が長いようですから、気が長いんでしょうね。まあ、長耳族の純血ほど長いわけじゃないそうですけど」

「……どうして、そんな魔族の生態に関する情報を知っている」

「向こうに捕らえられて、こっちに帰ってきたゴーレム乗りから聞いたんですよ。なんでも、魔族は力ある者に対しては寛容かつ尊重の意思を持つそうです。ゴーレム乗りは健闘を称えられて歓待を受け、親しく話をする相手もできたそうです」

「おいおい。懐柔工作にはまっているってことじゃないか」

「手は打ってありますよ。魔族と戦いたくないという彼の気持ちを汲んで、本国で快適な軟禁生活を送っていただいてます」


 レジメンは何か言いたそうな顔をしたが、ゴーレム乗りのことより戦線を支える作戦の方が大事だと判断して、スタッフォと共に地図を見ながら知恵を絞ることにしたのだった。




 魔族の侵攻は、日も明けきらない早朝に始まった。


「またこんな朝っぱらからかよ。たまには寝坊してくれてもいいだろうによ!」

「愚痴るな。迎撃に走れ!」


 山を削って作った砦の中を、兵士たちが駆けまわる。

 勝手がわからない機械国グレゴリアード農業国アグルダイル出身の新兵も、数年この砦で暮らしている熟練の兵に引っ張られて、各持ち場に移動する。


「魔族どもを近づけさせるな。榴弾だ、榴弾を撃て!」

「速射砲は直接照準だ。弾丸でぶち抜いてやれ!」

「機動ゴーレムの運転手はどうした! 装備をつけ終えて、あとは出発するだけの状態だぞ!」


 上役の兵士が怒鳴り声を放ち、部下の兵士たちの尻を蹴っ飛ばしながら急がせる。

 兵士たちの配置が完了すると、砦の様子が変化し始める。

 大型の速射砲だけが山の側面に配置されているような外見が、各所にある隠し扉が開放されて、そこから大砲の筒が現れる。木々に偽装した出入口が開き、大型の弩を腕にくっつけた量産に重点を置いた小型の機動ゴーレムが出撃準備に入る。

 それらの照準は全て、砦に近づきつつある魔族に向けられていた。

 

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