6話 砦――撃退兵器
今回は、かなり長いです
兵の半分ほどが農業国へ通じる道へと去ってから、四半日経った。
砦を守る兵士は、とうとう大怪獣アデムの姿を、その目で見ることになる。
「なんだよ、あの大きさは。森の木より、体半分も大きいじゃねえか」
「この砦の壁の高さなんて、奴の膝ほどもないぞ」
怖気づく兵士たちを、上官が一括する。
「相手が大きいことは情報にあっただろう! 体躯が大きかろうと、相手は地竜に変わりなし! 魔族が操る翼竜や地竜を撃ち落とした実績がある、機械国の兵器を用いれば恐れるに値する相手ではない!」
上官が指し示すのは、砦の壁の上に間隔をあけて並べられた、座席がついた四角い箱に長大な鉄の配管をくっつけたような兵器。
それを見て、兵士たちの顔色が幾分よくなった。
「そうだ。俺たちにはコレがある! 使用者の魔力を吸い、デカい弾丸を爆発の魔法でぶっ放せば、竜の鱗だって打ち砕く【機関速射砲】が!」
「あれだけ大きな地竜相手の武器なら、携行武器のこいつだって使えるはずだ!」
「【飛翔円筒爆薬投射機】! 弾頭がぶつかった瞬間に爆発し、その爆風を注射のように相手に送る携行武器!」
その二つだけでなく、細い鉄管を四本束ねた回転式の砲、毒を含ませた銛のように大きな矢を打ち込む巨大な弩、燃える石を投げつける投石機などもある。
それら頼もしい兵器の数々に、兵士たちは勝利を確信する。
「デカいだけの地竜がなんだ! この平気で撃ち滅ぼしてやるぜ!」
「意気だけじゃ戦えねえぞ! 飯ができたぞ、飯を食いやがれ!」
戦意が向上したところで、さらに押し上げるように戦闘食が配られていく。腹持ちが良く栄養価も高い、麦粉の中に木の実と雑穀と動物油脂を混ぜて作ったパン。人に活力を与える塩分と腸詰肉が多量に、さらに嵩増しの芋も入っているスープ。デザート代わりに、歯が浮きそうなほどに甘いジャムが小瓶に一つ。
機械国らしいメニューの戦闘食を受け取った兵士たちは、笑顔で口にしていく。
「くふー! パンを一齧り、スープを一啜りしただけで、力が腹の底から湧いてきやがる!」
「あっ! テメエ、ジャムを隠し持とうとしてやがるな!」
「うっせ! 一度貰ったからには、これは俺のだ! どうしようと勝手だろ!」
騒がしい食事の光景だが、上官はなにも言わない。下手に注意して雰囲気に水を差し、戦意を落とすことを恐れたのだ。
なにせ彼自身、目で確認できるようになったアデムの姿に、嫌な予感がして止まらなかった。
(やはり農業国から要求された通り、兵を纏めて逃げたほうが良かったのかもしれない。だが、この砦にある兵器を地竜アデムに一当てすることは、機械国上層部からの自分にだけもたらされた極秘命令。自分と部下の命を払ってでも、実行しないわけにはいかない)
上官は複雑な心境を抱えながら、監視台にいる兵士に声をかける。
「対象との距離はどうか!」
「はっ! いまだに交戦距離に至っておりません! あの歩調と速度では、もう1000秒ほどかかるかと!」
「対象の大きさに、距離を幻惑されてはいないな?」
「地竜の足の先にある木を目印に、距離を算出しています。距離に間違いはありません」
「ならばよし。交代まで、監視を続けてくれ。そして変化があれば、自分が近くにいようといまいと、大声で叫んで伝えるように」
上官はそう命令を下して、自分も野戦食を取ることにした。
メニューには、一般兵用にはなかった、コップ半分ほどの黒い液体――覚醒作用がある一種のお茶もある。
上官は兵士らしく早食いでパンもスープもジャムも食べ終え、ぐっと一気に黒い茶を飲み干したのだった。
砦に大怪獣アデムが近づいてきた。
「速射砲の最大射程距離に到達しました! いかがしましょう!?」
監視兵から伝えられた報告に、上官は少し考え、伝令に命令を伝えた。
「有効射程距離でしか竜の鱗は抜けないというが、牽制と射撃修正を行うため、いまから射撃を始めろ。ただし、砲身を長持ちさせるよう、射撃は間隔を開けて行うように」
「ハッ! 命令、受諾いたしました!」
伝令が砦を駆け巡ると、にわかに砦が騒がしくなった。
砦の片側に十門ある速射砲の照準を、アデムに合わせるために、受け持ちの兵士がハンドルを回しているのだ。
「回せ、回せえ! まだまだ回せ!」
「次は仰角だ、上げろ、もっと上に向かせろ!」
速射砲にある測量器で、アデムがいる場所に当たるように、速射砲の先端が向けられていく。
「そこだ、そこでいい! だが最初の射撃は当たらないのが普通だ! 何発か撃った後で位置調整するぞ!」
「上官に射撃命令を出してくれって願い出てこい! 今なら初弾で当てられそうだぞ!」
準備が終わったと喚く兵士の声が聞こえてきたところで、上官が近寄ってくる伝令に先んじて、砦中に響くような大声を発した。
「射撃準備が済み次第、各自で射撃してヨシ! ただし、全力射は有効射程内にはいってからだと忘れないように!」
上官の命令に、速射砲の座席に座っていた兵士が、操縦桿を握り始めた。それと同時に、彼らの体から生きる力――魔力が吸われて、速射砲の機構を動かす力に変わっていく。
「魔力伝達に支障なし! 射撃に移ります!」
「第一射、発射します!」「発射!」「発射するぞ!」
各銃座から兵が声を上げ、それと同時に速射砲が火を噴いた。
砲身から発射されるのは、対竜用に開発された特殊な鋼。速射砲から放たれる速度と、弾丸の硬さによって、竜の硬い鱗を破壊することができる特殊弾である。
その弾は空中を飛び、そして大半がアデムから外れて、その後方に飛び去っていく。
速射砲を撃った兵士たちは、自分の弾がどれほどの距離外れたのかわかるようで、即座にハンドルを握っている兵士に調整を号令する。
「次は三目盛り左にして撃つ! 高さは変えなくても、あの図体なら当たるはずだからな!」
「少し距離が足りなかった。仰角を四目盛り上げてくれ。そうすれば胴体に直撃するはずだ!」
兵士たちが言われた目盛りに合わせて、ハンドルを回して位置調整をする。
そんな中で、幸運にも一射目で命中を出した速射砲が一門あり、その座席に座る兵士は更なる射撃を続けざまに行っていた。
「二射目も命中! どうやら風は一定みたいだぞ!」
「天候が変わりやすいって評判のエンダリフ連山が、今日に限って従順だってのは、いい情報だぜ!」
調整を終えた速射砲が、次々に発射される。今度の砲弾は、十門中八門が命中という成果だった。
「いやっほー! 風が大人しいだけで、こんなに当てやすいだなんてな!」
「命中はしたが、やはり最大射程じゃ傷は負わせられないか。有効射程まで、射撃中止して待つぞ!」
速射砲の兵士たちが勝手な判断をしたことに対し、伝令がうかがうように上官を見る。しかし返ってきたのは、好きにさせろという身振りだった。
「彼らの判断は妥当だ。速射砲は一発撃つことに魔力と弾丸を消費する。効かないと知りながら無駄遣いするより、節約しつつ、必要な場面で最大限に使った方が戦術に適っている」
「そういうものですか……」
伝令がよくわかっていない調子で呟くのと同時に、いままで当てられなかった速射砲から三射目が放たれた。今度はしっかりとアデムに命中し、その黒い鱗に火花を散らさせることに成功したのだった。
大怪獣アデムの接近を待つ砦の兵士たち。
アデムは一定速度で歩いているため、速射砲の有効射程距離に入るまでには時間に余裕があると判断して、兵士は呑気に構えていた。
しかしそれは、監視塔にいる兵士の叫びによって、消し飛ぶことになる。
「大変だ! 地竜の足元から、蛮人族が出てきた! こっちに向かってきている!」
予想外の報告に、上官は砦の外壁の欄干から身を乗り出すようにして、アデムの近くを見る。すると確かに、様々な種族の蛮人たちが、武器を手に砦に走ってきていた。その速度は、アデムの歩みより若干早いぐらいで、見ようによってはアデムと共に砦に攻め入ろうとしているように見えなくもなかった。
農業国から報告がなかった現状の光景に、上官は混乱する。
「どういうことだ。地竜が蛮人たちを魔法で召喚したのか?」
「違います! 地竜の後ろに隠れて、砦に接近してきていたみたいです!」
「小賢しい真似をしてくれた。人間と同じように魔族に追い立てられて、エンダリフ連山で多数の死者を出しながらも農業国に逃れた連中だからと、甘く見て討伐の手を緩めてあげていたというのに」
上官は、勝手ながら裏切られたような気分になり、兵士に命令を下す。
「速射砲の有効射程距離は対竜のもの。蛮人相手ならあの位置からなら、今でも射貫けるはず。左右の端と真ん中の三門の速射砲だけ照準を地竜から外し、蛮人たちに向けるように。蛮人たちが近づいてきたら、回転砲や弩でさらなる攻撃をするように!」
上官の言葉に従い、三門の速射砲が蛮人たちに向けられた。
「無駄弾は使いたくないんだ。この一撃で、逃げ散ってくれよ」
兵士の一人は呟きながら、速射砲から弾を放った。単発ではなく、連続発射だ。
蛮人たちが走る大分先から、初弾着弾の煙が上がり、そこから段々と着弾位置が近づいてくる。やがて、先頭を走っていた蛮人数名が、弾に体を引きちぎられて地面に倒れた。流石は対竜用の特殊弾。人と変わらない柔らかさの肌を持つ蛮人なら、掠っただけで致命傷になり得てしまう。
瞬く間に、弾を受けて血を流して倒れる蛮人が十名を超えた。
通常なら、無謀と悟った蛮人たちが森に変える状況。
しかし今回はアデムがいるためか、逃げる素振りもなく、前へ前へと突っ込んでくる。
三門の速射砲からさらに弾が発射され、さらに十名ほどが弾に体を引き裂かれて地面に倒れた。それでも蛮人たちは走ることを止めない。
戦場を見ていた上官は、蛮人とアデムの位置を見て、周囲の兵士たちに新たな命令を下す。
「地竜が有効射程距離に入る。いま蛮人を撃っている者も含めて、速射砲は全て地竜に照準を合わせよ! 近寄ってくる蛮人は、その他の武器と兵士たちで行う。手空きの兵士は、倉庫から手投げ爆弾を運んでくるように!」
「はっ! 倉庫から引っ張り出してきます!」
速射砲や回転砲と弩の担当ではない兵士たちが、倉庫へと走っていくなか、監視塔から報告が飛んできた。
「地竜、有効射程距離に入りました!」
「よしっ。速射砲、全門、全力射撃せよ!」
上官の命令に、速射砲の座席にいる兵士たちが俄然やる気を出す。
「魔力が尽きてぶっ倒れるまで、撃ちに撃ってやるぜ!」
「俺が魔力切れで倒れたら、箱の中に弾丸を満杯にしてから、次の射手が座席に入ってくれよ!」
各兵士がそれぞれの班の仲間に声をかけてから、銃身よ焼け付けとばかりに、速射砲を撃ち始めた。
十門から一斉に、二秒間に一発放つ連続射撃。それを途切れることなく行う全力射。砲身から魔法の火が噴き、爆発の衝撃で押し出された弾丸がアデムへ殺到し、命中した。
アデムの黒い体表の上に連続した火花が起き、夕暮れが迫った薄暗い光景を、少しだけ明るくする。
その光景に、監視塔の兵士が喜色を含んだ声を上げる。
「全弾命中してます! まるで地竜が花火になったように、火花が散ってますよ!」
「喜ぶのは早い。あれほどの図体だ。速射砲の弾でも、即座に致命傷ではないはず。与えた被害の様子を知らせるように」
慎重な上官の言葉に、監視塔の兵士は小さく笑みを浮かべた。
「それもそうですね。それでは与えた被害ですが――」
監視塔の兵士の笑い混じりだった声が、段々と真剣なものになり、やがて悲痛を含んだものに変わる。
「――か、皆無です。一切、有効弾は認められません。全て、あの黒い鱗に跳ね返されているようです」
「火花が散っているため、もしやと思っていたけれど、やはり」
上官は予想していたように呟くと、速射砲を撃つ兵士に伝令を送ることにした。
「あの地竜の硬さは予想以上。であるため、胴体への攻撃ではなく、顔面に攻撃を集中するように伝えなさい」
「分かりました!」
伝令が駆けていくのと入れ替えに、倉庫に爆弾を持ちに行っていた兵士たちが戻ってきた。
「手投げ爆弾、全て運んできました!」
「よろしい。ならば、周辺警戒に残していた兵士たちに配り回るように。その爆弾は竜を殺すには威力不足なものではあるが、壁に被害を出さずに、壁に取り付いた人を叩くにはもってこいの武器。有効に使うようにと伝えなさい」
「了解! 配ってまいります!」
慌ただしく兵士が走る姿を見送って、上官はアデムへと視線を向けなおす。
(果たして、どれほど砦に接近されれば、速射砲が効くようになるのだろうか。そして高射砲より竜の鱗に効く飛翔円筒爆薬投射機は、ちゃんと効力を発揮するのだろうか。もしどちらも距離に関係なく効かなかった場合、自分はどのような命令を部下に下すべきか)
あまりに速射砲の効果のなさに、上官は部下と砦から撤退するための最終判断点を決めていたほうがいいと、意識を変えるようになっていた。
大怪獣アデムは進む。
飛んで来る小さな礫に鱗を叩かれながらも、一定の速度で一直線に進む。
砦の兵士たちは、アデムの平然とした様子に、段々と恐れを抱きつつあった。
「おい、射撃が止まってるぞ、どうした!?」
「こいつ、魔力の使い過ぎで気絶してるぞ!」
「退かせ! 俺が代わりに撃つ!」
魔力を使い果たした人と交代に入った兵士が、速射砲を全力射撃する。
とっくに有効射程距離に入っているはずなのに、全ての発射された弾は、黒い鱗に火花を散らす結果になっている。
「くそ、くそ! 倒れろ、倒れろよ!」
「いや、近づいてこい。近づいてくれれば、その分だけ着弾が早くなって、弾の威力が上がるってものだ」
「余裕かましてんじゃねえよ! この距離で被害を与えられてないんだ――」
連射を続けていた速射砲の一門が突如爆発し、悪態をついていた射手もろとも吹っ飛んだ。
兵士たちは咄嗟に身を伏せて爆発と破片を避けてから、大急ぎで救護に駆け回る。
「こいつはもうダメだ。楽にしてやった方がいい」
「くそっ、銃身が焼け過ぎて破裂しやがったんだ! 他の速射砲も、連射速度を落とせ!」
「銃身を冷やそうとして水をかけるな! 砲身にヒビが入って逆に破裂しやすくなるぞ!」
「換えの砲身を持ってこい! 一門ずつ交換するぞ!」
速射砲の兵士たちが慌ただしくなったが、その他の兵士も近づいてくる蛮人たちの迎撃で忙しくなった。
回転砲と弩が発射され、蛮人たちを倒していく。
しかし蛮人たちも、ただやられているだけではない。回転砲と弩の威力が一発で致命傷にはならないとわかると、棍棒などの武器を急所の前に置いて盾にして、怪我を負いながら無理にでも前へ進む。さらには死んだ仲間の体すら盾に使って、前へ前へ。
やがて蛮人たちは距離を進み切って砦の壁に取り付くと、閉まった門の前に集合していく。
回転砲や弩では壁の直近の相手に対応できない。兵士たちが慌てて叫ぶ。
「こいつら、砦の門を破壊しようとしてやがる!」
「手投げ爆弾を落とせ! 石もだ! ただし、爆弾は門の近くには落とすなよ!」
号令に合わせて、砦の壁の上から爆発物や石が投げ落とされた。
導火線がついた陶器の弾が落ち、地面に落着する前に爆発する。爆発力で割れて射出された破片が、蛮人たちに突き刺さる。
落とされた石も、蛮人の体や頭にあたり、それなりの被害を与えていた。
しかし、それだけでは蛮人たちの勢いを止めることができない。
「ギャギャギャギャグル!」「ブゴーブゴゴゴー!」「ガア、ガアアアア!」
ゴブリンとオークは手に持ったこん棒を閉まっている扉に叩きつけ、オーガは落ちてきた石を掴むと扉に投げつけて破壊しようとしている。
その他の蛮人たちも、落ちている石を拾って、壁の上にいる兵士へ投石して牽制している。
兵士たちも奮戦して扉を防衛するが、手が足りていない。
「上から石を落としても、こいつら門の前から離れようとしねえ!」
「こっちが手投げ爆弾が門の前に落とせないとわかってやがるのか!?」
「そんな知恵が蛮人にあるわきゃないだろ! ただ単に、門を壊そうとしているだけだ!」
ここで、兵士たちにとって不幸なことが、蛮人たちが壊そうとしている門にあった。
元々、この砦は機械国を突破してきた魔族の侵攻を、農業国の手前で防ぐためのもの。そのため機械国側の門はとても頑丈に作られていて、鉄の格子すら用意されている。しかし農業国側からの攻められることを想定してないため、そして資材の節約のために、こちら側の門はあまり頑丈には作られていなかった。
つまり蛮人たちが挙って破壊しようとすれば、壊せなくもないぐらいの耐久度しかない。
そのことは兵士もわかっていて、爆弾の爆発力で扉が壊れる可能性がため、手投げ爆弾を扉の近くに投げない。
「くそっ、防ぎきれない! このままじゃ扉が壊される!」
「上官に許可をもらいに行け! 爆弾を門の前で使っていいかってな!」
兵士たちの怒号は、少し離れた場所の上官にも聞こえていた。
上官は壁上の際に立つと、門を破壊しようとしている蛮人たちの様子を見る。
「……扉の防衛はしなくていい。そして、反対側の門も開け放ってやりなさい。防衛している連中は、門から移動して、こちらに上ってきたり重要施設に入ろうとする蛮人の排除を行うように」
「どういうことですか!? そんなことをすれば、蛮人たちがこの砦に入ってくるばかりか、機械国まで進出することになります!」
伝令の疑問の声に、上官は近づきつつあるアデムを指さす。
「我が国の兵器をもってすれば、蛮人たちなど小蟻も同然の相手。連中を通過させても、毛ほどの障害にもならない。ただし、あの地竜――いや、アデムは違う。ここで撃破せねばいけない。そのためには、砦に残っている兵士たち全員の力が必要となる」
アデムに敬意を感じている口調に、伝令が訝しんだ顔をする。
「あの地竜を倒すために、あえて蛮人たちは見逃すと?」
「その通りだ。さあ、命令は下した。お前はお前の役割を果たすといい」
伝令は不承という顔を崩さずに敬礼すると、走って兵士たちに命令を伝えに向かう。
それからほどなくして、門は蛮人たちに撃ち壊された。
砦の中に入った蛮人たちは、砦にいる兵士たちや保持してある食料や武器に目もくれず、上官の命令で開け放たれていた機械国側の扉へと走りだす。
その光景に、階段や重要施設を守っていた兵士たちが目を丸くした。
「なんだ。蛮人どもが素直に走り去っていくぞ」
「さては連中、機械国へ行くことが目的だったようだな」
「いやいや。あの地竜を攻撃された報復に襲い掛かってきたものの、こちらの武器の威力を恐れて逃げていったに違いない」
兵士たちがそれぞれに予想を呟いていると、蛮人の最後の一人まで機械国側へと出ていったところで、上官から叱責が飛んできた。
「なに呑気に喋っているのか! 蛮人たちが戻ってこれないように、すぐに機械国側の門を閉じるんだ! 飛翔円筒爆薬投射機も持ってきなさい、地竜がもうすぐ射程距離に入る!」
「「了解!」」
兵士たちは反射的に声を発し、それぞれが行動を始めた。
砦に、アデムがさらに接近する。
その巨体にある鱗の模様が、監視台の兵士には確りと見てとれる距離になっていた。
相手の巨大さに恐れを抱きつつも、兵士たちは砦の壁の上に整列する。ある者は速射砲の座席に座り、ある者はその補助に、その他は飛翔円筒爆薬投射機――ロケットランチャーに似た武器を携えている。
そんな兵士たちに、上官は激を飛ばす。
「これより、一斉攻撃に入る。速射砲が弾け飛ぶまで、弾薬が尽きるまで、攻撃の手を止めることはならない! 我らは魔族との戦線から離れているといえど、機械国出身の兵士! 祖国を蹂躙しようとする地竜アデムを、この場で撃滅せねばならない!」
上官の言葉によって、兵士たちは落ち着きを取り戻し、自分の国を守るための戦いだと理解して戦意が高揚してくる。
「さあ、地竜アデムを撃滅する戦いを始めようではないか!」
「「了解です!」」
兵士たちは敬礼の後で動き出す。速射砲の操作を行い、飛翔円筒爆薬投射機に弾頭を設置する。
そして、上官が発する開戦の合図を待った。
「準備は整ったな。では、射撃開始せよ!」
上官が手を前へ振って命令すると、速射砲から弾丸が発射され、飛翔円筒爆薬投射機から円筒形の爆弾が尻から火を噴きながら空中を進む。
それら全て、アデムという巨大な的に弾着した。
しかし、距離が縮まっているというのに、弾丸は相変わらず黒い鱗に弾かれて火花を散らす結果に終わってしまっている。
円筒形の爆弾も、アデムの体表で大きな爆発を見せるが、鱗を焦げ付かせるぐらいしか痛手を与えられていない。
残念な結果だが、兵士たちの戦意は衰えていない。
「体がダメなら、頭を! 頭がダメなら、目を狙ってやるぜ!」
「弾頭を撃ち尽くすまで、結果はわからんぜ!」
速射砲が弾を撃ちだし続け、飛翔円筒爆薬投射機の弾頭が飛翔して衝突して爆発を生む。
ここで山の稜線に夕日が入り始め、砦とアデムの周辺は暗くなっていく。
だが、着弾の火花と弾頭の爆発でアデムは明るいままだ。砦の壁上も、連射砲の発砲光がチカチカと瞬いている。
そんな陰と光の光景を展開しながら、アデムはさらに砦に近づく。
まだ直線距離はあるものの、その巨体の圧力に、兵士たちは触れられるほどの距離にアデムがいると錯覚を起こす。
「くそ、くそ! これだけ近くても、速射砲の弾は通じないってのかよ!」
「鱗が焦げているのだから、同じ場所に連続して飛翔円筒爆薬投射機の弾頭を当てれば痛手を与えられそうだが、そんな真似できるわけないしな!」
相手に痛手を与えられていない現実を見ているにも関わらず、兵士たちは攻撃の手を止めない。まるで、なにかの拍子に攻撃が通用して、そのままアデムを倒せると思っているかのようだ。それどころか、対魔族用の回転砲や弩を使って
しかし兵士たちの上官は、彼らの気持ちを理解していた。
「いまさら、逃げようとは思えないよな」
祖国にアデムを向かわせないため――それが叶わずとも砦の兵器を撃つことで少しでも足止めするために、兵士たちは奮闘している。たとえ、効果がなくて無駄死にの未来が見えていたとしても。
そんな兵士たちの気持ちを汲みながら、上官は通信機を立ち上げる。通信先は、機械国の中枢部だ。
「農業国で発生した地竜アデムに対する報告。対象は、速射砲の弾、飛翔円筒爆薬投射機の弾頭を、至近距離で防いで退ける体表を持つ。砦にある兵器では痛痒すら与えられず。個人的な所感では、驚異的な相手ではあれど、この地竜が魔族を襲うのであれば頼もしいと感じざるをえない」
上官は同じ内容の通信を三度送り、通信機を停止させた。
そして、砦を守れなかったという後悔を滲ませながら、いまも兵器を使用し続けている兵士たちに号令を発する。
「戦闘はここまで! 砦の地下避難壕まで退避する!」
「上官! 我々はまだやれます!」
「ダメだ! この地点が自分たちが生き残れる分水嶺! これ以上の継続戦闘は認められない!」
「命を捨てる覚悟は、とっくに――」
「無暗に命を散らすことは、兵士にとって忌むべきことと心得えろ! そして、地下壕への退避は上官命令だ! 否が応でも従ってもらう!」
上官は抗弁してきた兵士の襟首を掴むと、自ら率先して地下壕がある方へと歩き始めた。
壁上に陣取っていた兵士たちは、上官の立ち去る姿に、近くの者たちと顔を見合わせて意見交換する。
やや間を置いて、戦っていた兵士が一人、また一人と地下壕への避難経路を走り始めた。
数人が走りだせば、残りの兵士たちもつられたように避難を始める。
雪崩を打つように兵士たちが避難壕へと入り、そして最後の一人まで入り切った。
その直後、地下壕を揺るがすほどの振動が、二度、三度と襲い掛かってくる。
「うおおおおおおっ!?」
「なんだ、あの地竜はなにをしているんだ!?」
暗がりの中で兵士たちが悲鳴を上げていると、入口から砕かれた石の粉が吹き入ってきた。
「ごほごほっ。もう少し奥にいくぞ!」
兵士たちが奥へに進んでひと塊になると、さらに大量の石の粉が地下壕へ入ってきた。さらには皮膚を焦がすほどの熱風もやってくる。
事情が分からないため混乱する兵士の頭の上――地上を重たいものが移動する音と振動が起こる。
つい兵士たちは、息と声を止めて黙り込んでしまう。その重々しい音に、地下壕を踏みつぶされるような予感がしたからだ。
しかし兵士たちの予感とは裏腹に、音と振動が機械国の方へ遠ざかっていく。
やがて何も音がしなくなった後で、偵察役の兵士が地下壕から地上へと頭を出して様子を確認する。
「……うわぁ。なんだこりゃ」
呆然自失といった声に、他の兵士たちは興味をそそられ、一人、また一人と地上に出る。
「うわっ。なんにも無くなってやがるぞ」
「いや、遠くの方に建材が散乱している!」
「あの地竜、幼児が積み木を壊すように、砦を破壊していきやがったんだ」
兵士が呟いたように、蛮人に壊された門も、兵器が乗った壁も消え失せて、基礎部を残した更地となってしまっていた。
呆然とする兵士が周囲を確認しようと視線を巡らし、異様な光景を見つける。
「お、おい! 山が削れてやがるぞ!」
「何を言って――」
兵士が指す方へ、他の兵士が半笑いで目を向けて、表情と動きが止まる。
砦の裏にあった谷に作られた険しい山道。その左右の山肌が、下から上に一直線に削られていたのだ。
その断面は赤く、熱を帯びている。そんな光景が、ひたすらに真っ直ぐに『山を吹き飛ばして』でも続いている。それこそエンダリフ連山を貫通して、向こう側まで達しているかのように。
その新たにできた真っ直ぐな赤い道の上を、アデムが悠々と歩いていた。
「……山が真っ直ぐに歩く邪魔だからって、竜の吐息で焼き削ったってのか」
「おいおい。そんな真似、空を飛ぶ真の竜にだってできやしないぞ」
「じゃあ、どうやってこの光景を説明すりゃいいんだ?」
問いかけ返された内容に、兵士たちは誰もが口を噤んでしまう。いまさらながら、自分たちがどれほどの相手に攻撃を仕掛けていたのか気づいたのだ。
そんな彼らの様子を上官を見て、そして周囲の光景を改めて目にし、ため息を吐く。
「はぁーー。通信機を持って避難壕に入ればよかったな。祖国に地竜アデムの脅威をすぐに伝えられない」
上官は無念そうにつぶやいた後で、去っていくアデムの骨板が並ぶ巨大な背中を見送る。
しばらくして、上官は物資も食料も吹き飛んでしまった砦にいても仕方がないと判断し、兵士たちと共に農業国へ向かうことにした。先に逃げていた兵がいるため、救助が期待できるからだ。