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5話 山へ――蛮人族、国境の砦


 アデムは、足を止める。踏み入った森の一角に開けた場所があり、そこに武器を持った人型の生命体がたむろしていることを見咎めたからだ。

 しかしそれらは『人型の生き物』ではあっても、人間ではなかった。

 それは少し耳が長かったり、小さくて横に太いという意味ではない。体が緑色や黄土色に赤色だったり、その額に角があったり、手足の指の数が三本や四本だったりと、人間の特徴から逸脱しているのだ。そして身に着けている武器も、自然物から作ったような、こん棒や木の弓矢に石の斧などである。

 よくよく一団を観察してみれば、その三百に届きそうな数の一団は、様々な種族の集合体であることがわかる。

 緑色の肌、毛が抜けたサルのような顔、小学生並みの体躯――アデムが居た世界で『ゴブリン』と呼ばれていた存在に似ていた。

 黄土色の肌、先が折れ曲がった三角耳と豚に似た構造の鼻、でっぷりとした力士体型の大人並みの体躯――日本のファンタジーに出てくる『オーク』に似ている姿。

 赤い肌、剛毛かつ直毛の髪の間から一本ないしは二本の角を持ち、ボディービルダーのように脂肪が薄くて筋肉質な大柄な体躯――こちらは『オーガ』や『鬼』といった感じである。

 他にも、上半身は人間と同じでも下半身が蛇の種族、二足歩行の犬やトカゲ、濡れた藻で全身を包んだ人型、甲殻類を人の形に仕立て直したような生き物がいた。

 そんな人間とは違った人型の生き物たちは、この世界では蛮人とか蛮人族などと呼ばれている存在だった。

 その蛮人族の一団は、アデムに向かって声を上げ始める。


「ギャギャギャギャグル!」「ブゴーブゴゴゴー!」「ガア、ガアアアア!」「カミイイイカミイイ!」「ワグワグワワ!」「シィヤアアアアア!」「モゴゴゴゴゴゴゴ……」


 蛮人たちは人の言葉を持たないようで、一団は各々の鳴き声を上げている。

 その声に含まれる感情は、森の中で襲ってきた不思議な力を持つ動物たちとは違い、敬虔や真摯なもののように感じられた。

 蛮人たちの心の内を表すかのように、アデムの近くに進み出てきた者が複数いて、その手には捧げもののように果物や動物の肉に原始的な方法で作られた酒が載せられている。

 どうやら、アデムのことを崇めるべき存在――それこそ蛮人たちの長い間存在が隠れていた神であると誤解しているようだった。

 必死に崇める一団とは裏腹に、アデムにとって捧げものや蛮人の信仰心など、どうでもいいものだった。

 アデムは一団に興味を失い、進むべき道を歩くように、一直線にエンダリフ連山へ歩いていく。

 その行動に、蛮人の一団は戸惑いの声を交換する。


「ギャギャグルグ」「フゴーフゴー」「カミイカミイイ」「ワグワワ!」


 異なる鳴き声でも、ある程度の意思の交換は可能なようで、二度三度と鳴き声が交わされた後、全員が納得したように頭を上下に動かした。

 そして立ち去るアデムの後に付き従うように、蛮人の一団はアデムが踏みつぶし尻尾で均して歩きやすくなった地面を歩いていく。

 そんな蛮人たちへ、木の陰で見ていた同種の蛮人たちが出てきて歩みより、二言三言鳴き声を交わす。


「ガア、ガアガ」「ガァガガァ」「シャシャシュ」「シュシュシ……」


 意見交換中、抱き合う個体も現れた姿は、別れを告げているようであった。

 その後、木の陰に隠れていた蛮人たちは、森の中へと帰っていった。それぞれの集落へ戻り、アデムについていく一団のことを伝えるために。

 そしてアデムの後を追う蛮人たちは、決死の覚悟を決めた顔で、装備していた武器を手に進み始めた。

 森の先にあるエンダリフ連山――農業国アグルダイル機械国グレゴリアードの国境であり、両方の国が合同で設置している砦がある方向へと。





 大怪獣アデムが進行する先に存在する、エンダリフ連山にある砦の一つ。

 その中では、機械国グレゴリアードと農業国アグルダイルの出身の兵たちが、顔を突き合わせて議論の真っ最中だった。議題はもちろん、アデムに関することだ。


「もう半日もすれば、ここに地竜――アデムがくる。それなのに、なぜ機械国出身の兵士たちは砦に残ろうとしているんだ」

「ふんっ。体が大きかろうと、多少攻撃力が高かろうと、たかが地竜の一種! 機械わが国が滅んだ際、連山の厳しい地形と連動して水際で侵攻を止める役目を負う、この砦の敵ではない」

「その通りだ! ここにある最新兵器を用いれば、地竜の一匹や二匹、仕留めきれないわけがない!」


 農業国から無線でアデムの脅威を知らされていたのにもかかわらず、砦の兵士たちの多くは、単なる地竜に過ぎないと考えて侮っていた。

 農業国からきた兵士たちも、祖国が伝えてきた情報は大げさすぎると考えていたが、それでも言い分はあった。


「だから、さっきから言っているだろ! あの地竜は魔族にぶつけるんだって! 国の命令だから素通りさせなきゃいけないんだって!」


 農業国出身の兵士の一人が『国の命令』という言葉を出した瞬間、機械国出身の兵たちが失笑した。


「はっ。我が国の後ろに隠れて食い物を作りしか能がない癖に、要求だけは一丁前だとはな」

「……なんて言った?」

「腰抜けの国の命令なんて、聞く気はないって言ったんだよ!」

「言いやがったな! 俺らの国が食料を作らなきゃ、冷えたクソ不味い芋しか食えねえ不毛の国の癖して!」

「テメエ! 芋を馬鹿にしやがったな!」

「芋を馬鹿にしたんじゃねえよ! テメエの国の芋『だけ』を馬鹿にしてんだよ!」

「「んだと、おらあああ!」」


 お互いの国を貶し合ったことで、つかみ合いの喧嘩に発展する。

 この砦を任されている高階級の兵士二人――両方の国から一人ずつ選出されている――は、始まった喧嘩をしばらく見ていたが、収集が完全につかなくなる寸前で止めに入った。


「お前ら、止めろ!」

「全員、気を付け!」


 上官に命令口調で制止を叫ばれて、兵士たちは条件反射でその場で停止した。

 完全に動きが止まったのを見た後で、上官兵士二人は、喧嘩の原因となった兵士二人を殴り飛ばす。


「本来なら独房にぶち込むところだが、緊急事態につき、それで勘弁してやる」

「自分の国を誇ることは良い。だが相手の国を貶すことは、自分の品位を貶めると知れ」


 上官の言葉に、どちらの国に関係なく兵士たちがシュンとした顔をする。

 とりあえずの反省は見たところで、上官の二人は言葉なく、お互いに目礼で謝罪し合う。

 これで騒動の責任を決着し、元の議題を話し合うためだ。


「それで、機械国そちらはアデムと戦うおつもりに変わりはないんだな? この砦を放棄して農業国に逃げたり機械国に帰ろうと、咎めは受けないと思うが?」

「我が国が滅んだ際に、この砦は防壁の一つとして機能するようになっている。地竜に壊されては、壁に空けるようなもの。到底、許容できない」

「事情は分かるが、壊れたものは作り直せばよいだろ。魔族との戦いは、この砦から遠く、補修する時間も物資も――」


 農業国出身の上官は言葉を言いかけて、途中で止める。機械国出身の上官の目に、発言を咎める色を見たからだ。


(――どうやら、機械国の上官しか知らない情報があるようだな。恐らく、魔族との戦線の状況が拙い状態なんだろう)


 農業国の上官は、相手の意図を推し量り、口に出す言葉を別のものに切り替える。


「わかった。砦に残って戦いたいという兵士は、そちらに預けよう」

「有り難い。砦から去りたい兵は、そちらにお任せしよう。それと、我らが万が一にも負けた場合には、砦の修復資材と人員を運んできてくれると助かる」

「了解だ。幸い、アデムは道から外れた森の中を真っ直ぐに向かってきている。道沿いに農業国へ逃げれば、こちらが受け持った兵の損失はないはずだ」


 お互いに話の終了を示す敬礼して、場がまとまった。


「砦から出る兵士たち。装備は最低限でいい、五日分の携行食料を取りに食料倉庫へ行け! 八半日後には、砦を出発するぞ!」

「砦に残る兵士諸君。兵器を準備しなさい。それと戦の前なのだから、腹いっぱい食べられるよう、主計部に通達を!」

「「は、はい!」」


 上官の命令に、両国の兵士はそそれぞれの信念を胸に動き出す。

 農業国に逃げる準備をするのは、農業国出身の兵士の大多数と、機械国出身者で怪我や病気で戦えない者たち。

 砦で戦闘準備を行うのは、機械国出身者と少数の血気盛んな農業国出身兵たち。

 兵を二分するような行動は、用兵の観点からすれば褒められるものではないが、それでも混乱なく準備が進んでいく光景を見れば、これはこれで正しい姿だといえなくもなかったのだった。


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