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4話 森へ――大蛇

 大怪獣アデムが歩いている農業国アグルダイルは、広大な国土の大半が畑作に適した平原で、大河が流れていて支流も豊富で水にも困らない。

 そんな農業のためにあるような土地とはいえ、人に都合よく平原と川ばかりで出来ているわけではない。

 小さな丘は点在しているし、豊富な川の水を生む原点――機械国グレゴリアードとの国境で外敵を阻む自然の要塞でもある――エンダリフ連山もあり、その丘と連山の周辺にはうっそうとした森も存在している。

 そんな森に、基本的に人の手は入っていない。

 平原での耕作で生活に必要な食料や燃料を賄えるためだが、その他に森に住む『モノ』の存在が伐採や採取での安全上で問題になるからだ。

 森に住むモノとは、平原に住むものよりも獰猛な野生動物や、人の言葉を理解できない【蛮人】や、知性を得て魔法を使ってくる【魔物】たちのこと。

 それら全て、人が一人で出会えば致死的な相手ばかり。しかし森に入りさえしなければ、森に住むモノたちは平原に出ようとしないため、その脅威とは無縁でいられる。

 だからこそ農業国の人たちは、不必要な理由では、森に決して入らない。

 そんな危険な森の一つへ、大怪獣アデムは真っ直ぐに歩き続けた結果、踏み入ることになる。



 大怪獣アデムの背の高さは、森にある木々よりも高い。それこそ、腹の真ん中から下に立ち並ぶ木の先端があるほどだ。

 そして体表にある黒く艶やかな鱗のお陰で、木を蹴り飛ばそうと、周囲の木の枝が足を引っ掻こうと、傷一つつかない。

 逆に森の木々は、悠々と歩くアデムに蹴られたり押し倒されりして、倒木が立てる音が連続する。その木々や周辺の場所にいた鳥たちは、羽休めを切り上げて、一斉に空へと飛び上がる。アデムがいた世界とは違って様々な色があり、原色系から極彩色、果ては金属のような光沢がある鳥まで様々である。

 逃げる鳥たちが立てる羽音に急かされるようにして、アデム周辺では、野生動物たちの逃走が始まっていた。熊や鹿、イノシシにウサギなど、森にいても変ではない動物たち。しかしその姿は、この魔法を操る魔物が生存圏にいるからか、特殊な進化をしている。肉食獣は大型化しており、草食獣も体表に甲殻を持っていたり角が額や背中から何本も生えていたりしている。

 そんな野生動物の中で、アデムが踏み入った一画の主である存在がいた。

 太い大樹の幹に同化するように巻き付いていた、超巨大な大蛇だった。


――シュルルルル


 大蛇は不機嫌そうな鳴き声を上げて顔を木から離すと、森を闊歩するアデムを見る。その全長は巻き付いている木の高さの倍――いや三倍はあり、牛を三匹同時に飲み込めるような巨大な頭も併せ持っていた。

 そんな巨躯の大蛇は、不躾に入ってきた侵入者を追い払うべく大樹から離れ、地面をくねって移動を開始する。その移動は滑っているかのようで、とても静かだ。巨体のため、どうしても下草や下枝を体に引っ掛けることもあるが、絶妙な力の入れ加減で、下草は揺れ枝はしなるだけで千切れたり折れたりていない。

 大蛇は静かに忍び寄り、アデムの進路上で待機する。大樹の一本に巻き付き、同化するようにして身を潜め、相手に飛びかかる瞬間を待つ。

 アデムは大蛇が待っていることを知らない足取りで、ひたすらに直線に歩いていく。

 やがて待機する大蛇の横を、アデムが通りかかる。

 その瞬間、大蛇が巻き付いていた大樹を折り飛ばしながら、弾かれたバネのような俊敏性でアデムの胴体へ飛びかかった。


――シュルルルルルルルルル


 大蛇はアデムの胴体に巻き付く。並みの相手なら、このまま締め付けて窒息させることが大蛇の定石だった。

 しかし大蛇は、稀な長さでアデムの体長と同程度の体躯は持っていたが、両者の胴体の太さは縄と紐ぐらいに違った。アデムが縄の方で、大蛇が紐である。

 そのため大蛇は相手の胴を締め付けて攻撃することを諦めて、するすると素早く体を伝って上へ――アデムの首がある場所へと這い進んでいく。


「キシィアアアゴオオウウウウウウウウ!」


 突然襲い掛かられたことに、アデムは驚きや戸惑いといった感じの鳴き声を上げ、大蛇をかぎ爪がある手で抑え込もうとする。大蛇はその指と指の間をするりと抜けて、アデムの首に到達した。


――シュシュシュルルル


 静かな鳴き声と共に、大蛇は長い体長を生かしてアデムの首に何重にも巻き付くと、一気に締め上げた。


「キュシアアアアゴオオオオオオオオオ!」


 首を絞められた息苦しさに、アデムは不快だとばかりに声を上げる。そして、かぎ爪のある手で大蛇を掴んだ。

 大蛇の方も、いままで獲物を締め付け殺してきた自負がある様子で、決して首から離れないとばかりに執拗に巻き付き続ける。

 アデムの腕、大蛇の全身から、筋肉が限界まで躍動している、ミチミチという音が聞こえてきた。

 両者の均衡は、十秒、二十秒と続き、一分が経過する。

 そして五分に達しようとしたとき、戦況に変化が現れた。

 大蛇の締め付けが、徐々にだが、緩み始めたのだ。


――シュルルルルルルル


 大蛇は気合を入れなおして締め付けを強めようとするが、五分間も全力を出し続けた筋肉の疲労は無視できない鈍りとなっていた。

 そもそも大蛇は、その巨体を誇るようになってから全力を出した状況が一回もなかった。大抵の相手は奇襲で一飲みにできたし、巨大な相手であろうと一分も締め付ければ骨を砕き得ていたためだ。

 そんな、ある意味において肉体の鍛え不足だった大蛇は、とうとうアデムの首から引きはがされてしまう。


「キシュアアアアアアアアゴオオオオアアアアアアアアア!」


 手こずらせてくれたことを憤るように、アデムは掴んだままの大蛇を地面に叩きつけようとする。

 一方で大蛇も黙ってやられるわけではない。地面に向かった振り下ろされている間にアデムの腕に巻き付き、投げ出されることを回避してみせた。

 しかし、抵抗もここまで。

 大蛇は勝てないと悟り、滑らかな身のこなしでアデムの体を這って下って地面に戻ると、素早く森に逃げ帰ろうと試みる。


「キィシヤアアアオゴオオオオオオオオ!」


 アデムは咆哮を上げ、逃がさないと大蛇の胴の真ん中を踏んで止めた。


――シュルルルルルル……

「キィシィヤオオオオオオゴオオオオオオオアアア!」


 情けなく命乞いをするような大蛇の鳴き声に、アデムは怒りを表す咆哮を浴びせかける。

 そしてアデムは、全体重を踏みつけている片足にかけ始める。

 大蛇の胴体は、しばらく踏みつけに耐えていたが、骨が折れる音と共に力が消失した。そしてアデムの片足が、地面の上まで踏み抜かれた。


――シュル! ルル……


 体を踏み抜かれた瞬間だけは大蛇はバタバタと暴れていたが、数秒と経たずに地面に倒れて動かなくなった。その直後、命が失われたことを知らせるように、大蛇の口と鼻から赤い血が流れ出て地面に滴り落ちた。

 アデムは大蛇を拾い上げると、眼前まで持ち上げて、死んでいることを確認する。そして、大蛇の体をひとまとめにした後、頭上へと放り投げる。

 死んだ大蛇は、投げられた頂点に達すると、纏めれていた体が解けていく。

 空中へ広がり始めた大蛇の真下で、アデムは大口を開ける。

 食べるのか――いや、その口の中には、破壊力を多量に含んだ輝きが漂っていた。


――キュッ、カオッ


 空気が焼かれて鳴く音と共に、アデムの口から破壊光線が放たれ、大蛇を飲み込んだ。

 大蛇の体は数瞬形を保っていたが、すぐに破壊の光による暴虐によって崩壊が始まる。

 破壊光線が止んだ後、地面の上に落ちてくるのは、灰とすらいえない塵だけだった。


「キィヤアアアアアオオオオオオオオオオオ!」


 アデムは自分の勝利を喜ぶ声を上げると、再び一直線に進む歩みを再開させた。



 その巨大な姿を、少し離れた木に登って見ていた存在がいた。

 ソレは大怪獣と大蛇の戦いの一部始終も見ていた。

 それは真剣な顔つきでアデムが進む先を見やり、手足を使って、木を降りた。そしてアデムが進んでいく方向のその先を目指して、両足で駆けだした。その速さは、森の木々が進路を邪魔しているにも拘らず、全速力の馬よりも速かった。

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