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26話 脱気沸凍滅殺陣

 街道の上を騎士は駆ける。限界まで走らされている馬は、口に泡が生まれ、体表からの汗が地面に滴り落ちる。

 アデムは追う。道の脇にある畑を、踏みつぶし、歩くたびに揺れる尻尾で掘り返しながら。

 両者ともつかず離れずの距離を保っていたが、とうとう騎士の馬の足が鈍り始める。


「頑張れ、もう少しだ。もう少しで休ませてやれるから」


 騎士が励ましの声をかけると、馬の走る速度が復活した。

 やがて道の先に、継ぎの騎士が馬に乗って手を振っている。そして大声をかけてきた。


「もうそこまででいい! 道の脇に入れ ――アルテガ、ヴウル、シーリンリング!」


 新たな騎士もアデムを挑発するための魔法を使い、狙いを自分に引き寄せようとする。

 しかし一撃では無理のようで、二度三度と同じ魔法を放つ。


「アルテガ、ヴウル、シーリンリング! アルテガ、ヴウル、シーリンリング!」


 アデムはいままで追っていた騎士を目に捕らえていたが、度重なる頭への攻撃によって、とうとう新たな騎士に視線を向けなおす。


「キィグルァァァ」


 邪魔をするなと言いたげに鳴き、口を開け、破壊光線を放とうとする。

 その直前には、新たな騎士はさらに魔法で攻撃を加えながら、馬を走らせていた。


「さあ、追ってこい! アルテガ、ヴウル、シーリンリング!」


 とうとうアデムは挑発に乗り、追っていた方の騎士を完全に無視し、新たな騎士に狙いを完全に移し替えた。

 再び、焼き増しのような場面で、追いかけっこが始まる。



 三人目、四人目の騎士が挑発してアデムを引き寄せ、追いかけっこを継続させる。

 しかし五人目となったところで、アデムも学習した。

 人間たちは、自分をどこかへ連れて行きたいのだと。そして、その場所に至るまで、同じ状況が続くのだと。


「キィグルァァァ……」


 六人目に交代したところで、アデムから怒る鳴き声。そして立ち止まり、口が大きく開かれる。

 口に溜まった破壊光線を見て、六人目の騎士が慌てて馬を回避軌道で駆けさせる。

 しかしアデムが狙ったのは彼ではなく、いままで追っていた五人目の騎士だった。


――キュキッ


 口から放たれた破壊光線が、空気を焼く音。直後に、光の帯が畑に着弾した。

 あっという間に火に包まれる畑。

 そしてその中に隠れていた、五人目の騎士も炎に焼かれて絶命する。

 馬で逃げ始めていた騎士は、後方に展開された残虐な光景を見て絶句した。


「なん、と……」


 五人目の騎士の末路が、将来の自分の姿だと想像して、思わず手綱を持つ手が緩む。

 その瞬間、アデムの開かれたままの口が、その騎士に向けられた。多少でも逃げ足が緩めば、破壊光線の餌食にすると語るように。

 騎士は進むも末期、止まるも末期の状況に陥ったと理解しながらも、自分の任務を優先する決断をする。


「さあ、追ってこい! 未来のことなど、今この身には関係のないことだ!」


 騎士はアデムを魔法で挑発し、馬を懸命に走らせて逃げた。

 アデムは予定が外れたという表情になり、止まっていた足を動かして追いかけなおす。

 以後、六人目と七人目の騎士は、交代の直後に破壊光線で焼かれる最後を遂げた。

 八人目は逃げて焼かれるのはいやだと、九人目としばらく並走して逃げた。だが、しばらくして馬が血泡を吹いて倒れ、その下敷きとなった後、アデムに踏まれて絶命する結末を迎える。

 そうして九人目が、地平の先に王都が見える場所に――魔法陣を展開する予定地点にたどり着いた。


「ここで――」


 九人目の騎士は懐から呼子ホイッスルを取り出すと、膨らました肺にある全ての空気を送り込んで、甲高い音を長く鳴らした。

 アデムはその音を警戒して、追う足を緩め、周囲を伺う。

 すると畑の中に、三つの陰。

 それは全て、背中に鞍を付けて目に覆いがされた馬だった。しかしその背には、肝心の乗り手がいない。

 アデムは自分に近づいてくる三匹の馬を見た。しかし所詮は草食動物で、脅威は感じられなかったのだろう。警戒して損したとばかりに、逃げ続ける九人目の騎士に、そしてさらに先に見える王都へと視線を向けなおす。

 こうしてアデムの視界から、三匹の馬の姿が外れた。

 この瞬間、『馬の腹にしがみついていた』人間たちが、軽い身のこなしで、背の鞍へと自分の体を運び込んで手綱を握る。

 その三人は、身を軽くするために腰回りの下着一枚とブーツのみの姿。そして背中に大きな魔法陣が描かれていた。

 それぞれの背にある魔法陣は同じもので、改良された脱気沸凍滅殺陣である。

 半裸の三人は無言のまま身振りで合図し、馬をアデムの足元へと向かわせる軌道を取らせた。

 馬は臆病な生き物で、アデムのような巨大な相手に向かうことには向いていない。しかし、目に覆いをされて視界が塞がれているために恐怖を感じずに、乗り手の命令のままに走っていく。



 上手いこと農業国の作戦がはまり、脱気沸凍滅殺陣を背中に描いた三人が、アデムの足元にたどり着いた。

 そのうち二人は、馬の背から飛び上がり、アデムの足の甲の上に乗る。

 最後の一人は、タイミングを計って揺れる尻尾の上に飛び乗り、岩場を上るような格好で根元へと上がっていく。

 三人ともに、アデムの高い体温によって体が焼かれるが、どうせ捨てる命なのだからと構わずに各部に取り付いた。

 その決死行が実った光景を、九人目の騎士は見ていた。そして、再び呼子を高々と鳴らす。

 

――ピィィィィィィィ!


 この音に、アデムは警戒心を抱かなかった。さきほど馬が出てきただけで、何もなかったと学習していたからだ。

 しかし今度の音ばかりは、警戒した方がよかった。

 王都の外壁部にいた兵士が呼子の音を聞いて手旗信号を王城へ送り、謁見の間で待機していたホルディ王が命令を発した。


「王都住民の魔力を集め、脱気沸凍滅殺陣へ送れ!」

「了解!」


 命令は迅速に実行され、まずは王城の壁に魔法陣が光って浮かび上がる。王都に住む人たちから、生命に支障がない限界まで魔力が収集されていく。

 続いて王都の外壁に魔法陣が現れる。より合わさった綱のような光の束が、外壁の魔法陣から出現し、アデムがいる方向へと空中を素早く伸びていく。

 アデムは近づいてくる輝く綱を警戒し、足を止めた。そして掴みかかるために、身をかがめた。

 しかしこの光る綱は、魔力の束だ。実体はなく、掴めるようなものではない。

 アデムの手をするりと通り過ぎて、魔力の束は、とりついている三人の男たちの背中にある脱気沸凍滅殺陣に接続された。

 直後、魔法効果が発揮される。

 アデムの周囲の空間から、一切の空気が追いやられてなくなった。


「キィグル――」


 傍目には何も起きていないように見えるため、アデムは拍子抜けしたと鳴こうとして、吐いた呼気がどこかへ消え失せたことで異常を察知した。

 そして呼吸ができないことに、危機感を抱く。


「――――」


 アデムは苦しみ始めるが、空気がなければ、喉を鳴らす呼吸すらできない。

 暴れて状況を改善しようとするが、体に取り付いている男たちの背中の魔法陣を中心に展開している魔法のため、空気が存在しない場所から逃れることはできない。

 そして魔法による変化は続く。

 真空状態になった空間にいる生物の体内にある血管が、気圧の関係で血液中や細胞内に閉じ込められきれなくなった気体によって泡立ち始める。


「――――」


 アデムは自分の身に起る不可思議な感触に、体に這っている虫を払うかのように、大きく身を震わせる。

 取り付いている男たちも、口を噤んで呼吸を止めて肺にある空気を逃がさないようにしながら、泡立ち始めた血管を感じて、より一層強くアデムの鱗に手指と足をかける。仮に一秒後に血管の泡で死んでも、死体がアデムの体の上に残るようにするために。


「――――」


 異様な状況と、異常な体の変化に、アデムは原因を魔力の綱にあると断定した。

 口を大きく開け、破壊光線を綱へと放つ。 

 しかし、純粋な魔力は光って見えても実体がないもの。いかに破壊の光であっても、実体がないものを壊すことはできない。

 三度破壊光線を放ったところで、アデムも輝く綱を破壊できないと悟ったようだ。

 すると、ならば根元を断つとばかりに、口を開けたままの顔を王都へ向ける。そして、確実に一撃で破壊するために、破壊の光を口内へ溜めていく。

 命の危機に際し、アデムの肉体も外的排除に動き出す。胸元から腹にかけての体表が赤く染まり、背に並ぶ板骨が赤熱し、体温が急上昇する。

 あとは発射するだけ――という段階で、アデムの体に異変が起こる。

 急激に、アデムの胸元が膨らみ始めたのだ。

 まるで破壊光線の圧力を留めきれなくなったかのような姿だが、王都の外壁で様子を見ていた兵士も、アデム自身もその理由はわからない。

 真空中で破壊光線を強烈に放とうとするとこうなるのか、それともアデムが海の底から生じた生き物だからか、または違う原理からなのか。

 ともあれ、アデムの胸元は膨らみ続ける。

 黒い鱗が内側から押されてはじけ飛び、胸骨が折れる音と背骨が曲がる異音がしてくる。

 このままいけば、膨らみ過ぎた風船と同じ末路を辿ることは目に見えていた。

 しかし、破壊光線を止めたところで、真空状態を止めさせないことには、生存は絶望的だ。

 その状況で、アデムは破壊光線を放つことを選んだ。

 一縷でも望みがあるからか、それとも命尽きるなら破壊をまき散らしてからと考えたのか。

 その本心を誰にも理解されないまま、アデムは最大級に溜めた破壊光線を王都へと放った。


――キュッキッッッ


 山をも貫く威力を持つ破壊光線は、射線上の地面を焼きながら突き進み、秒を置かずに王都外壁に突き刺さった。

 しかし外壁に当たる手前で、見えない壁に当たっているかのように光線が止めらた。

 外壁の上で、腰を抜かしてへたり込んだ兵士が、目前の光景に笑みを浮かべた。


「ははっ! 俺らの王様は、お前が攻撃してくることなんてお見通しだ! こうして、王都の護りをこの部分だけに集中させて展開してくださっていたんだからな!」


 以前、アデムの尻尾の一撃で砕かれてしまった、王都の護り。

 魔族の侵攻に対する防御の切り札の真価は、アデムが現れたときのような緊急展開ではなく、今回のような事前準備してからの集中展開にあった。

 こうして王都住民から集めた魔力を的確に使用することで、山をも貫く光線であろうと止めることができる堅牢さを誇る。

 しかし光線の圧力は、王都の護りの設計者の想定以上だったのだろう。外壁に輝き浮かんでいる魔法陣は、過負荷を表す黒色に、端からどんどん染まっていっている。

 そしてアデムも、膨らんでいく胸元が裂け出して流血がおきながらも、さらに破壊光線の放出量を高めていく。


「―――――」


 真空状態で吠えられないはずなのに、外壁にいた兵士はアデムの咆哮が聞こえたような気がした。

 その直後、王都の護りは破壊光線によって砕かれる。

 護りと外壁を破壊して突き抜けた光線は、そのまま王都を縦断し、奥にある王城まで届いた。

 しかし破壊光線は真っ直ぐに伸び来ていたために、王城に直ではなく、その下にあった小高い丘に当たった。



 土台となる大地が吹き飛ばされ、その余波が王城を襲う。


「ぎゃああああああああああああ!」

「死ぬ、死んでしまうううううう!」


 謁見の間にいた者たちから悲鳴が上がる。

 しかし玉座に座るホルディ王は、冷静だった。


「王城にも、王都の護りはあり、既に展開済みだ。直撃を受けたならまだしも、余波程度、受け逸らすことは可能だ」


 確信を抱いている口調に、恐慌状態になりつつあった他の面々に落ち着きが戻った。

 しかしここで、異を唱えた者がいた。ホルディ王の横にいる宰相だ。


「しかしながら王よ。土台が崩れれば、上にある建物も崩れるのは自明の理。アデムの輝く息が終わると同時に、城から退避するべきではありませぬかな?」

「確かにそうだな。よろしい。では王城に勤めている全員に、緊急退避命令を発する!」


 ホルディ王が言いながら玉座から立ち上がると、それを待っていた彼のようにアデムからの破壊光線も止んだ。

 まばゆい光が消えたのを見て、王城にいた人たちは我先にと城から脱出していく。

 ホルディ王と宰相は、謁見の間に誰もいなくなってから、王族だけが知る脱出路で城から脱出する。

 そうして王都の中にある隠れ屋敷まで逃げ延びてから、いまさっきまでいた王城を観察した。


「傾いて倒れていくな」


 ホルディ王が呟いた通りに、抉り飛ばされた丘へと落ちるように、王城が傾き崩れていく。

 やがて隠れ屋敷まで、崩壊の音が響いてきた。

 同時に、破壊光線から逃れて生きていた住民が、王城の末路を見てを見て、悲鳴を上げる声が届く。

 ここですかさず宰相が、ホルディ王に進言する。


「王よ。姿を民草の前に見せ、混乱を静めることが最前と思いますが」

「わかっている。大通りを歩きながら、アデムの様子を見に外壁まで歩くことにしよう」


 ホルディ王はさっさと屋敷を出て、通りを歩いていく。

 颯爽と歩いて外壁に向かうホルディ王を見て、住民がざわめき始める。王城が崩れ果てても、王は生きていたと、噂が流れていく。

 宰相は慌てて追いかけて、ホルディ王の後について歩きながら、小言を告げる。


「王よ。このような真似、おやめください」

「このようとは、こうして身を晒すことをか? それともアデムの姿を見に、外壁まで行くことか?」

「どちらもで御座います」


 宰相の苦言に、ホルディ王は苦笑いする。


「ふふっ。外壁が壊れ、王城も失い、魔法陣の展開は出来なくなった。アデムが健在であれば、もう人間が勝てる目はなく、蹂躙を待つだけ。そのような状況で、一秒先の我が身の可愛さを大事にしたところで、何の意味があるのか」


 ホルディ王は小声で宰相に返しながらも、遠巻きに見てくる住民に対し、威風堂々たる格好を見せつけながら歩く。

 その確固たるたたずまいに、住民たちの不安は薄れ、同時に王に対する敬意が復活していく。

 住民たちの心境の変化を、宰相は間近で見ながら、ホルディ王へ問いかける。


「アデムを屠ることはできたのでしょうか」

「さてな。二度目の吐息が来ないのだから、その公算は高いであろうな」


 ホルディ王は悠々と街道を歩いて、外壁に到着した。

 その間、やはりアデムからの破壊光線はやってこない。

 ホルディ王は外壁の階段を使い、外壁の上へ立った。兵士たちがギョッとしながら敬礼をするのに返礼しながら、視界の先にいるアデムの様子を見る。

 すると一目でアデムがどうなっているのか見えた。


「胸元がはじけ飛び、首の下から腹部の上にかけてまでが、背骨だけ残っている状態になっておるな」

「明らかに絶命している様子であるのに、首をこちらに伸ばした状態のまま立っているなど、いますぐに動き出しそうで恐ろしいですな」


 ホルディ王と宰相が呟き合った通りに、アデムは破壊光線を放った直後の状態で立ち往生していた。そして以後、しばらく地面に崩れることなく立ち続けたのだった。


誤字報告を受け付けるか受け付けないかを設定できる欄ができていたの、今知りました。

とりあえず、可能と変更しておきましょう。

なんであれ、反応があるのは嬉しいことですからね。


さて、この物語も、あと二話程度で終わりとなります。

最後まで、お付き合いくだされば幸いです。

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