25話 農業国蹂躙
ここ連日にわたって、エンダリフ連山の夜景は赤かった。アデムが機械国の村や町を燃やしているためだ。
だが、ある日の夜、唐突に以前と同じ静謐な色に戻った。
エンダリフ連山の近くにある農業国の村々は、異変が終わったと安堵して、心安らかな生活に戻ろうとする。
その安寧を突き破るかのように、連山の一角から眩い光が発せられた。
空気を焼き、空を貫いた、その光。
元を辿っていくと、連山の向こう側――機械国があった場所から山々を溶かし貫いてやって来ていた。
その後も光は、二度、三度と輝き、山に大きな穴を穿っていく。
そうして城すら通れそうな洞窟が生まれた。
この洞窟の中を通る足音。
重々しい踏み出す音。長いものを引きずる音。生き物の呼吸にしては大きな音の息。そして幅も高さもかなりあるのに、硬いもので山肌を削る音も。
穴が生まれた近くにある村の住民は、この音に恐怖した。
「な、なあ。これって、異変ってやつじゃないか」
「騎士様が言っていた、変わったことがあったら狼煙を焚けってやつだよな」
「でも、いまは夜だぞ。狼煙は見えないんじゃないか?」
「あちら様が見逃したのなら、こちらは言い訳ができる。いいから、狼煙を焚くぞ」
村長宅にある暖炉に火が入り、そこに泥団子のようなものが投げ入れられる。
瞬く間に火が濃い緑色の煙と変わり、煙突から上っていく。
村人たちはその様子を見届けてから、自分たちの家に入り、異変が収まることを期待して隠れる。
この異変が嵐だったなら、この行動は正しかった。仮に盗賊や魔族の襲来でも、及第点の対応だった。
しかし、天へと昇っていく緑の煙は良く目立つ。
それこそ、景色が変わらない洞窟から出てきたばかりで目新しいものを探していた、大怪獣アデムの場合は特に。
「キィィグルルゥ」
怪しい煙の色に興味を惹かれて、アデムは歩き出す。
ほどなくして、煙が上がっているところに、まばらに家々があるのを見つける。
「キィグルゥ」
その鳴き声は、辟易しているような響きがあった。
機械国で散々壊して回って満足したのに、新たな場所でまた壊して回るのもつまらない、という感じだ。
けれど、折角の獲物を見逃す気もないようだった。
アデムは口を控えめに開けると、破壊光線を弱く発射する。
――キュィ
おざなりな撃ち方で、輝きも弱い光線。
でも、破壊力は十二分にもっていた。
緑の煙を吐く村長宅に命中し、粉々に打ち砕いた後で、その破片が燃え上がる。
唐突な破壊音で他の住民が外に飛び出てきた。
アデムは出てきた人たちを巻き込むように、破壊光線を横なぎに振り回した。
軌道上にあった家、道路、畑、作物、そして人が、簡単に燃え上がった。
「なんだ、あのバケモノ――」
「逃げろ! 物を持っている時間は――」
アデムを認めた人たちが騒がしくなるが、アデムの破壊光線がうろたえる声ごと焼却する。
やがてエンダリフ連山近くにあった、とりたてて名前を知られているわけでもない村は、こうして一夜にして滅んだ。
家も作物も、全てが燃えて灰になっていく。
赤々と燃える地面の上を、アデムは悠々と進み始める。
その目に映るのは、延焼していく畑。機械国では見ないほどの、広大な耕作地。
新しく『壊せるもの』を見つけて、アデムは上機嫌になる。
「キィィィィィィゴォォォォォォォァ」
――キュキッ、キュキキッ
連続して破壊光線を発射し、燃えていない部分の畑を薙ぎ払っていく。
機械国にあった家々や機械群とは違った燃え方に、アデムはさらに興味を刺激された様子で、破壊光線を放っていく。
瞬く間に、地獄の様相となる。
そんな不幸を凝縮したような景色の中、畑に放たれた火と発生した煙によって、農業国の騎士たちがアデムの襲来を知ったことの一点だけが、幸運なできごとだった。
アデム襲来の知らせに、農業国の騎士たちは動き出す。
「例の魔法陣を起動して倒すには、アデムを王都近くまで誘導することが不可欠である。巨大な生物を相手に役目を果たすことができるのは、馬の扱いに長じた我らしかいない。我らが国を、そして守るべき民のため、命をとして働くとするぞ!」
「「「了解!」」」
短い出陣式を終えて、騎士たちは馬に乗って駆け出す。
アデムがいる場所は、畑を燃やして盛大な煙を上げてくれているので、事前に分かっていた。
農家出身の騎士は、畑が燃えていることになにか思わないわけではなかったが、作物の延焼を止めるより元凶を取り除くべきだと弁えていた。
そして騎士たちは、自分たちの持ち場に着いた。
アデムがいる地点から王城がある地点まで、等間隔に人数が配置されている。
まず騎士の一人がアデムに接触し、魔法と武器で気を引いて、誘導を開始。街道を馬を潰す勢いで駆け、馬がダメになる寸前で次の騎士に役目を継ぐ。次の騎士も街道を駆けて、さらに次の騎士へ。それを繰り返して、王都近くへ連れていく。
いうなれば、アデムをバトンにしたリレーのような作戦だ。
ともあれ、最初の騎士はアデムを見つけ、自分に喝を入れるように大声を出した。
「作戦開始! ――アルテガ、ヴウル、シーリンリング!」
抜いた剣の先から弱々しい火が飛び出し、アデムの顔面に命中する。
魔族の魔法と比べたら、松明とマッチ棒ほど威力に差があった。
もちろん、この程度の魔法では、アデムの黒い鱗に焦げ一つも与えられない。
しかし、アデムは攻撃してきた騎士を視界に入れ、不愉快そうな声を漏らす。
「キィグルァァァ!」
一鳴きしてから、アデムは騎士へ向けて口を開ける。
いままでの経験から、攻撃してくる相手は倒してしまった方が良いと理解したようだ。
破壊光線が放たれる直前、騎士は馬を全速力で駆け出させた。それも大きく左右に向きを順次変える走り方でだ。
「機械国からの通信で、その攻撃は知っているぞ! 輝く息を一直線に吐くのだろう! こうして走る方向を定めなければ、当てられまい!」
騎士は威勢よく言葉を放つ。だが、その口元は恐怖で震えていて、歯の根もあっていない。
それもそのはず。彼の逃走法は、王都で作戦を考えた人が「避けられる確率が高い」と、証明もなにもない机上の空論で寄こしたもの。そんなあやふやな方法を試さなければいけないため、騎士は恐怖していた。
(本当にこれで大丈夫なのか。輝く息を吐かれたら、やられてしまうんじゃないか)
疑念塗れの騎士だが、手綱さばきは的確で、乗っている馬も忠実に指示をこなしていく。
そうしてジグザグに逃げる騎士に、アデムは何を思ったのか破壊光線の発射を中止して、自分の足で追いかけ始める。
「乗ってきたな!」
疑念から一転して喜悦に塗れた騎士は、馬を真っ直ぐに走らせ直して、街道を爆走していく。
一直線に逃げる相手なら狙う絶好のチャンスなのに、アデムは破壊光線を吐かない。それどころか、先を逃げる相手に吊られるように、前進していく。
機械国での経験から、逃げる相手を追った方が面白い事態に合えると考えたのか。もしくは向かう先には、より手強い相手がいると予想したのか。
どちらにせよ、逃げる騎士を追うアデムのその目は、面白いおもちゃを見つけた幼子、もしくは獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。
そして騎士をさらにせっつくように、街道近くにある畑を破壊光線で焼き払いながら、さらに足を進めていく。
アデムの農業国の破壊は、こうして始まった。




