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23話 機械国の最後

 アデムは陣地を壊滅させてから、逃げた兵士を追い、街道を進む。

 機械国グレゴリアードの中央都では、陣地崩壊の知らせとアデムが近づきつつあると報告を受けて、デックニ王は閣僚を集めていた。そして集まった面々に、前置きなく告げる。


「今日、機械国はついえることとなった。それぞれ、好きにせよ」


 予想外の言葉に、閣僚たちの顔に困惑が広がる。


「我が国が終わるなど、王の言葉とは思えません! まだ中央都が陥落したわけではありません!」

「腑抜けたのですか、王よ!」

「その通りですぞ! 残った戦力を全て叩きつけて討ち果たしましょうぞ!」


 気炎をあげる面々だが、デックニ王は国の存続を諦めた顔つきを変えなかった。


「冷静に考えてみよ。あのアデムとやらに、いま保有している戦力で勝てるのか?」


 デックニ王は言葉を失う閣僚たちを見ながら、さらに続ける。


「全勢力をぶつけて、仮に億に一つの勝ちを拾ったとしても、戦力は壊滅だ。兵器を作ろうと、それを操る者を育てるには数年の時間が必要となる。その間に魔族の侵攻があれば、どのみち終わってしまう。どうせ終わるのならば、人命の損失が少なくなるように取り計らうことが、王の務めではないか?」


 デックニ王は、現在の機械国の状況を冷静に考えて、国の終了を宣言している。

 閣僚たちは、そのことは十分に承知できた。

 しかし理解しても、納得するかは別の問題だった。


「この国が終わるなど、認められません! 王がやらぬというのならば、軍の最高指揮官として、手勢を引き連れて挑むだけです!」

「故国が亡びるなど、兵たちも納得せんはずです! 命をなげうってでも、アデムに一太刀浴びせんとする者がおるはずですぞ!」


 徹底抗戦を叫ぶ者たちへ、デックニ王は頭から王冠を外して膝に乗せる。


「もう国の解散は宣言した。この身は、もう貴様らに命を発する立場にない。好きにせよ。ただ、これはお願いだ。無理やり兵を死地に追いやる真似はするな。自ら命を捨てると覚悟した者のみを戦いに連れていけ」


 デックニ王から鋭い視線が飛ぶ。

 命令によって兵士たちを強制的に同行させることは認めず、もし無理を行えば命を取ると、その目が語っていた。

 抗戦派の者たちは、その威圧感に喉が干上がる感じを得る。


「了解いたしました。その願い、王の最後の命令として承りましょう」

「それでは出兵の準備があるゆえ、これにて」


 抗戦派の者たちが立ち去ると、残った者たちはどうしたものかという表情で立ち尽くす。

 デックニ王は頬杖をつき、動きの鈍い彼らに投げやりに言葉をかける。


「さっさと家に戻り、逃げ延びる用意をせぬか。街道は逃げる者たちで溢れる。早く準備せねば、逃げ遅れることになるぞ」

「お、王はどうなさるので?」

「そんなもの、沈没しかけている船の船長と同じことをするまでよ」


 国と共に命を散らすと語った王は、閣僚たちに早く行けと手を振る。

 一人、二人と名残惜しそうに閣僚が去り始め、やがて王だけとなった。

 誰もいなくなって室内が静かになった一方で、外は逃げようとする人たちの声で騒がしくなっている。

 そんな遠くに聞こえる声を聞きながら、デックニ王は目を瞑った顔を上に向けた。

 死刑を待つ囚人が神に祈っているような、もしくは流れ落ちそうな涙をこらえているような格好のまま、彫像と化したように動かなくなる。

 外の喧騒は、秒を過ぎるごとに大きくなっていている。




 アデムは、機械国中央都の近くまでやってきた。陣地から逃げた兵士たちを踏みつぶした際にできた、赤い染みが足の裏についている。

 新しい破壊できる街を前にして、アデムは嬉々として中央都へ踏み入ろうとする。

 しかし都を守る壁の前には、抗戦派の者たちが立っていた。

 兵器を持つ閣僚や兵士だけでなく、包丁や棍棒を持つ一般人も参加していた。


「護国の一戦、ここにあり! 突撃!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおお!」」」


 閣僚の一声と共に、集まっていた者たちが前へ駆け出す。

 そして一団から飛びだしたのは、操縦兵が残存していたぶんの機動ゴーレムたちだった。

 数にして十機。腕にはロケット砲や対人機関銃が握られている。

 しかしアデムを仕留めるには、明らかに戦力が不足していた。

 だが、そんなことは操縦兵たちは百も承知で、少しでもアデムの侵攻を遅らせるための死兵と化そうとしているのだ。


「おおおおおお! 食らえ!」

「止まれ、止まれよおおお!」


 機動ゴーレムたちが攻撃を開始。ロケット弾や弾丸が、ばら撒かれる。

 だが悲しいかな、その程度の威力の武器は、アデムに通用しない。

 そしてアデムの蹴り一つで、機動ゴーレムは大破してしまう。


「キィィグルルゥ」

「ぐああああ――」


 機動ゴーレムごと、操縦兵が潰れて死んだ。

 そしてアデムは、足元にいる機動ゴーレムの一機に手を伸ばし、胴体を掴み上げる。


「ちくしょう! 放せ、放せってんだよ!」


 機動ゴーレムはアデムの顔に向けて武器を連射し、どうにか逃れようとする。

 しかしアデムは目を瞑る程度の痛痒すら感じないようで、掴んだ機動ゴーレムを掴む腕は緩まない。

 地上にいる他の機動ゴーレムたちも援護で武器を撃つが、アデムは手放さない。


「キィィグルルゥ」


 アデムは機動ゴーレムを手に掴んだまま、視線を少し遠くへ投げる。その向かう先にあるものは、中央都の街並みだ。

 その視線の向きに、捕まれている機動ゴーレムに乗る操縦兵は、嫌な予感を抱く。


「まさか。止めろ、止めろおおおおお!」


 悲痛な叫びを発する操縦兵を無視し、アデムは機動ゴーレムを掴んだ手を大きく振るい、その勢いのままに機動ゴーレムを投げ飛ばした。


「うううおおおおおおおおあああああ!」


 空を回転しながら飛ぶ機動ゴーレムの中で、操縦兵が絶望の叫びを放つ。

 そして、その声が尽きる直前で、中央都の外壁に機動ゴーレムが衝突した。

 壁に大きなヒビが入り、そして機動ゴーレムに入っていた操縦手は衝突の衝撃で全身を強く打って死亡する。

 同僚の死に、他の機動ゴーレムたちは一層奮起して攻撃する。

 徒歩かちで近寄ってきた他の兵士や一般人たちも、手の武器でアデムに攻撃し始める。


「くそ、くそくそ! 止まれ!」

「都にはいかせん!」

「まだ逃げてな人がたくさんいるんだ! 中に入るんじゃねえ!」


 攻撃と共に悲痛な声を発っする人々。

 だがアデムは気にするようすもなく、次の機動ゴーレムを掴み上げ、そして中央都へ向けて投げつけた。

 今度の一撃は外壁を突き破り、中央都の建物に被害を出した。運悪く存在していた人の命を奪ってもいる。

 ここまでで、集まっている人たちが持つ武器は、アデムに通用しないことは明白となった。

 それでも人々は、諦め悪くアデムに攻撃を続ける。


「くそぅ、くそう! お願いだよ、止まってくれ!」

「俺らの命を差し出してもいい。だからもう、他の人たちを苦しめないでくれ!」


 そんな嘆願に、アデムは聞き入れる気はないと表明するかのように、一歩さらに中央都へ近づく。

 その歩みに巻き込まれて、足元にいた人たちの中からも死人がでた。

 身近にいた人が死んだことで、抗戦している者たちはさらに頑強に抵抗を始める。

 ここでアデムは、足元にいる煩わしい存在に対し、少し苛立ったような声を出す。


「キィグル」


 手や足を動かし追い払おうとする。

 その手ぶり、足ふりで、多数の人たちが死ぬ。だが全員殺すことは、できなかった。

 まだまだ足元に群がる人たちを見て、アデムは楽に排除できる方法をとった。

 大口を開けて、霧のように拡散する破壊光線を足元に放ったのだ。


――キュキィ!


 焼けた空気が鳴き、下草が焼け、地面がドロドロに溶ける。

 抗戦する人たちは松明のように燃え、気道と肺を一瞬で焼かれたために、声もなくバタバタと倒れ伏した。機動ゴーレムの操縦兵たちも操縦室で蒸し焼きとなり、熱で白濁した目を剥いて絶命する。

 黒焦げと化した亡骸と崩れ落ちた機動ゴーレムを跨ぎ越えて、アデムは中央都へと歩き入る。


「キィグル」


 破壊できる者を眺めるように、アデムは中央都を見回す。

 すると、アデムが入っていた場所から遠いところにある複数の門の前に、人だかりができているのが見えた。

 いくつかの門では馬車や荷台で詰まったのか、流れが止まっているようだった。

 その景色を見て、アデムは何を思ったのか、口を開けて破壊光線の準備に入る。

 そして、投射の短い破壊光線が発射された。


――キュカッ


 破壊光線は射線上の家々の屋根を焼き、そして外壁の門へ命中する。熱と破壊の力で、一瞬にして門が上から崩れていく。

 そのようにして狙われた門は、一つだけではなかった。


――キュイィ、ギュバッ、キュキィ


 外壁にある門一つにつき、破壊光線が一発ずつ放たれる。

 その結果、アデムから見える場所にある外壁の門はすべて破壊され、人が通過することができなくなってしまった。

 門に集まっていた人たちは、崩れた門を前にして、絶望の顔となる。

 一方でアデムは、逃げる人がいなくなったことに気を良くしたのか、中央都を荒らし始めた。

 家々を手や足、そして尻尾で崩していく。その合間に歩くだけで、道路は陥没してしまう。

 機動ゴーレムや大砲などを作る大きな工場は、飛び上がって踏みつけて破壊する。

 手近なものを破壊し終わると、アデムは少し満足した表情の顔を上げる。そして、まだまだ壊すものがある様子を見て、次なる破壊に移った。

 破壊光線による、大規模破壊だ。


――キュゥゥキイイイィィ


 アデムの口から破壊光線が、中央都を舐めるように打ち出された。

 あまりの熱量に一瞬にして建物は蒸発し、道路はドロドロに溶けていく。

 光線の機動上にあった水が瞬間的に蒸発して、水蒸気爆発を起こす。油などの可燃物があった場所は、より派手に大爆発した。

 その爆発する光景が面白かったのか、アデムは二度、三度と破壊光線を放っていく。


――キュゥゥキイイイィィ、キュゥゥバァァァァァ


 光線が発射される度に、中央都は段々と紅蓮に包まれていく。

 逃げようと道に出ていた人、家の中に籠って災厄から逃れようとした人、行きつけの酒場で飲酒していた人たち、教会で神に祈っていた人々が、破壊光線や火に飲まれて消し炭と化す。

 光線と火を食らわずとも、燃える物から発せられる熱波と煙によって、近場の人たちは呼吸困難となって倒れていく。

 煉獄のような様相と化しつつある中央都を、アデムは進む。

 気まぐれのように建物を蹴りつぶし、叩き壊し、破壊光線で焼却する。

 そうしてたどり着いたのは、中央都の中で一番目立つ大きな建物――デックニ王がいる城だった。

 アデムは最後に取っておいた大物を崩すために、その城に近づき、長い尻尾で上半分を吹き飛ばす。破砕されて飛んだ破片が、周囲にある建物に突き刺さり、さらなる破壊を引き起こしている。



 上半分がなくなって風通しが良くなった城の中で、デックニ王は閣僚たちを追い出したときの椅子に座ったままの状態で目を開ける。

 目に飛び込んでくるのは、空の青さと、アデムの黒々とした顔と体躯。

 それらを見て、デックニ王は長年の友に語り掛けるような口調をアデムにかける。


「よくぞここまで来た。その顔を間近で見たいと待っていたが、ここまで近くに見るとは思わなかったぞ」


 訥々と語っているデックニ王に、アデムは不思議なものを見る目を向ける。


「キィグルゥ」

「どうしてここにいるのかと言いたげよな。立場が逆なら、こちらもそう思うだろうな」


 デックニ王は独り言のように告げながら、座っている椅子――玉座の背もたれの部分に手を伸ばす。そして赤い紐を引っ張りだした。


「勝手ながら、貴様に贈り物をしようというのだよ。それも、この身の意地にかけた、一世一代の贈り物をだ。もっともこれは、魔族用だったものだったのだがな。流用している点は目を瞑るといい」


 デックニ王は言いながら、紐を大きく引っ張った。

 紐の先端は玉座の奥――そこからさらに床の下へと続いていて、歯車を回す初動力となる。

 回転した歯車は、他の歯車に働きかけ、巨大な装置を動かす。

 それは周囲から魔力を取り込み、城の地下に埋設されていた魔法陣を起動させる原動力となった。

 デックニ王は尻の下に魔法陣が動き出した振動を感じながら、アデムに微笑みかける。


「さあ、一世一代の大花火だ。火の粉が直にかかる特等席で見るといい! ハーッハッハー!!」


 デックニ王の哄笑が響き、その声を消し飛ばすほどの大爆発が城の地下から起こった。

 大きな城を跡かたもなく吹っ飛ぶどころか、周辺の建物もなぎ倒して吹き転がすほどの大威力。まるで隕石が地面に落ちたような惨事となった。

 爆心地にいたデックニ王は血の一滴すら残らず蒸発した。

 そしてその近くにいたアデムも、これほどの大爆発に怪我を負わないわけはなかった。


「キイィィィグルゥオァァァァァ!!」


 両足は地下からの爆発でひどく焼けただれていて、胴体は吹き飛んだ城の破片が突き刺さっている。顔にも破片がぶつかったようで、全体的に血濡れとなっていた。

 しかしながら、あれほどの爆発であっても、その程度の怪我しか負っていないとも言えた。

 アデムが持つ回復力によって、顔の傷はすぐに塞がり、胴体の破片は内側から押し出されるようにして排出され、両足の火傷の下には新しい黒鱗の皮膚が出来ている。

 デックニ王の一世一代の大花火は、こうして無意味に終わった。

 それどころか、アデムが手傷を負ったことで激怒する結果を引き起こす。


「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!!」


 胸元をオレンジ色に染めて、アデムは中央都の方々へ無差別に破壊光線を吐き始める。

 煉獄同然だった街の様子がさらに酷くなり、大炎熱だいえんねつ地獄と化した。

 逃げるに逃げられないままに人々は焼き尽くされ、建物すら瓦礫の形が解けて原型がなくなっていく。

 赤々と燃える都の中で、アデムは咆哮を上げながら、更なる破壊をまき散らしていった。


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