22話 アデム 対 陣地の兵器
ファルラはアラクーネを操り、アデムを必殺の陣地へと誘い込むことに成功した。
「だがやはり、予定時間より早い影響が出たか」
コックピットの中で、ファルラは口惜しげに呟く。
その視界に捉えた陣地の中では、まだ作業員が走り回って兵器の配置を行っていた。
遠くにアラクーネが、そしてアデムの姿を見て、陣地内がさらに慌ただしくなる。
「急げ! 全部を組み付ける必要はない! ここからは一機ずつ総出で配置し、可能な限り運用できるようにするんだ!」
指揮官の言葉を受け、作業員たちが大汗をかきながら顔を真っ赤にしつつ走り回る。
ファルラはその様子を見て、腹を括ることにした。
「最後の足止めをする!」
決意の言葉を吐きながら、アラクーネを反転して停止。アデムと向き合う形へ。
アデムは逃げていた相手が止まったことで、ゆっくりと歩みを緩ませ、やがて止まった。
両者は相対しながら、互いが次にどんな行動を起こすか待つ。ちょうど風も止まり、陣地からながれてくる作業音と人声だけが、背景音になっている。
ファルラは操縦桿を握る手に汗をかきながら、コックピットの中で呟く。
「このまま睨み合っているだけでも、こちらは一向にかまわないんだ」
ファルラの目的は時間稼ぎ。こうして両方とも動かない状況は、望める中で最上の展開だった。
一方でアデムは、じっくりとアラクーネの姿を見つめている。対馬で見たときと少し変化している外観が不思議なのか、それとも別の意図があってのことなのか。
なににせよ、アデムはゆっくりと見つめ、そして興味を失ったかのように別の方向へ視線を飛ばした。
その目が向いた先にあるのは、機械国の陣地だ。
「チッ。まだ行かせるわけにはいかないんだ!」
ファルラは操縦桿を倒し、フットベダルを踏み込む。アラクーネが唸りを上げて突っ込んでいく。
急に動き出した相手に、アデムは視線を戻した。そして邪魔をするなと言わんばかりに、片足を振り上げて蹴り飛ばそうとする。
両者の体格差は大人と子供以上にある。軽く蹴りを入れられただけでも、アラクーネには大変な痛手を負うことになる。
しかしここで、ファルラは度胸を発揮した。
「デカいトカゲが、片足立ちなど!」
ファルラが操る動きに連動し、アラクーネは蹴りが当たる寸前で横に躱す。アデムの足の側面が機体を掠り、衝撃でコックピットが揺れる。
そんな状態にもかかわらず、アラクーネはアデムの地面につけたままの足に組み付いた。両手だけでなく、生き残っている足もすべて使ってのしがみ付きだ。
アデムは引っ付いた相手に困惑した様子で、アラクーネがいる足を振り回し始める。
「キィグル!」
離れろとばかりに足を振るが、アラクーネはがっしりと掴んで離さない。
それもそのはず、ファルラが機体の各部関節をロックし、仮に彼が失神しても機体が外れないようにしているのだ。
そうと知らないアデムは、足を何度も振って剥がそうとする。
「キィィグルルゥゥゥ」
アデムは単純に振るだけでは剥がせないと悟ったようで、足を止めると今度は両手を伸ばし、掴んで剥がそうとする。
その動きを見て、ファルラは素早く反応する。
まずは各部のロックを解除。そして蜘蛛が壁を進むように、アラクーネにアデムの体を上らせ始める。引っ付いた足から腹部へ、そして背中へと伝っていく。
「キィグオル!?」
体を這いまわる不快さからか、アデムは体を揺すってアラクーネを落とそうとする。
しかしファルラは巧みに操縦桿を操って、落ちないように工夫していた。
「はっはっはっ。背中にいる相手には、手も足も輝く吐息も届かないだろ!」
アラクーネは骨板の一つに腕と複数の足で組み付き、どれだけ暴れられても剥がされないようにしている。
そしてアデムは、散々体を振るってもアラクーネが落ちないと分かったからか、唐突に身動きを止めた。
ファルラは次に始まる動きに対処するために気を張るが、アデムは止まったまま動こうとしない。
「……どうしたんだ?」
ファルラが思わず呟いた瞬間、唐突にコックピット内にアラームが鳴った。確認すると、高熱警報が出ていた。
「場所は足? 火があるわけでも、火器を使ってもいないぞ!?」
ファルラがどういうことか理解しようと、機体の脚部に目を向ける。そして理由がすぐにわかった。
「骨板が発熱しているだと!?」
予想外の熱源にファルラがアラクーネを退避させようとするが、少し遅かった。耐久値以上の熱が駆動部に伝わったことで、機能が失われてしまっていたのだ。
アラクーネは足の力を失って、アデムの背中から落下する。
そして地面に落ちたまま、移動ができないようになってしまった。
「動け、動くんだアラクーネ!」
ファルラが操縦桿を動かし、ペダルを踏み込む。上半身は動けるが、しかし下半身は満足に動かない。
そうして身動きが取れないアラクーネに、アデムは向き直った。
「キィィグルルゥゥ」
手間を取らせられたことに怒るような呟きを発しながら、アデムは足を振り上げる。
踏みつぶす気だとファルラが悟り、手引書にあった緊急脱出の操作を行う。
しかし、脱出装置は動かなかった。
「なぜだ!?」
ファルラは知るよしもないことだが、対馬で一度使用したときに機構が損傷していたこと、機体の修繕時に責任者が必要ないと脱出機構を直さなかったことが、いまの結果となっていた。
そうしてファルラは、アラクーネと共に踏みつぶされた。
アデムは、ようやく鬱陶しい相手を潰せたと満足気な表情になり、その顔に砲弾が撃ち込まれた。
「キィグルゥ」
一転して不愉快そうな顔に戻ったアデムは、砲弾がやってきた方向へ顔を向ける。
機械国の必殺の陣地にある長大な砲身の大砲が火を噴き、砲弾が再び命中した。
「キィグル」
アデムは鬱陶しそうに弾が当たった場所を手で撫でると、次に潰す相手を定めて歩き出した。
必殺の陣地では、指揮官が口惜しそうに双眼鏡を覗いていた。
「クソッ。もう少し早く決断していれば、アラクーネとその操縦手を失うことにはならなかったのに」
砲音で独り言が書き消えると知りながら呟き、そして身振りで攻撃の指示をする。
指揮官の動きに合わせて、陣地にある兵器が活動を始めた。
まずは長距離射程の大砲を使い、さらにアデムを陣地に引き寄せるための射撃を行わせる。
多数やってくる砲弾に、アデムは怒りを感じた様子で、陣地に接近してくる。
その姿を認めて、指揮官は横にいる相手に砲音に負けない大声を放つ。
「観測! 距離を測り間違えるなよ!」
「わかってます! あの地竜じゃなく、その足元にある物体で距離を算出しているので、信用してください!」
頼もしい言い返しに、指揮官は頷きながら攻撃続行を指示。アデムを狙える兵器で攻撃を行わせた。
そうしてアデムは、数々の兵器につるべ打ちされているにも拘らず、傷一つなく陣地に近づいてきている。
しかしこの状況は、指揮官にとったら予想内の出来事だった。
「【長船】と戦ったはずなのに、ああして無傷だったんだ。この程度の砲撃でやれるはずはないな」
小さく呟きながら、観測手に視線を向ける。するとちょうど向こうも指揮官に何かを言おうとしていて、目が合った。
「特殊砲弾の射程に入りました!」
「わかった。それでは第二波、発射だ!」
指揮官が指を二本立てた状態の手を、上から下へと振るう。
すると、いままで発射していたいた大砲とは違う砲たちから砲火が上がった。
それらから発射された砲弾は空中を飛び、アデムに命中。砲弾がひしゃげ潰れる。
当たっても潰れてしまっては意味がない――かと思いきや、そうではなかった。
「キイィィグルゥゥゥゥ」
アデムが痛みに呻くような声を上げる。見れば、その体に傷らしきものが発生していた。
さらに良く見れば、それは砲弾による破壊の痕というより、火傷の痕に近いように見える。
指揮官はアデムの体表の変化を双眼鏡で見て、喝采を上げた。
「溶解弾は有効だ! 撃って撃って、撃ちまくれ!」
魔族が展開する魔法障壁。そのあらゆる弾丸を止める壁を侵食する目的で開発されたのが、溶解弾だった。
その砲弾の全力射撃するようにと、指揮官は二本指を立てた手を連続で小刻みに振る。
砲台にいた者たちは指令を受けて、互いに競い合うような様相で、次から次へと砲弾を撃ち込んでいく。
特殊砲弾はアデムに有効なのは本当で、命中すると砲弾の形に体表を傷をつけていく。アデム自慢の鱗は砲弾自体は防げても、その中に仕込まれた溶解液までは防ぐことができないようだ。
だが有効とはいえ、砲弾の大きさは人が抱えて運べる程度のもの。アデムとその砲弾の対比は、人間とペン先に近い。
攻撃されればチクチクと痛いことは痛いのだろうが、致命傷にはなりえないものだった。
そのことをアデムも分かっている様子で、多少の傷などお構いなしに陣地に近づいてくる。
指揮官は有効ながら有効打にはなりえないと理解し、急ぎ次の指令を発した。
「その他の特殊弾や通常弾も、あるだけありったけ撃ちまくれ!」
両手を上下に激しく振る動きを見て、砲台の人員は手近な砲弾を掴むと、砲で発射させた。
飛んでいった砲弾はアデムに対し、溶解を、火炎を、爆発を、煙幕を、速乾セメントによる硬化を与える。
しかし、どれもこれもアデムの体躯に比すると効果範囲が小さく、効果ありとは認められなかった。
それどころか、アデムに負わせた傷が、時間と共に回復している様さえ見えてくる。
とうとう指揮官は、負けを意識するようになった。
「勝てないのか……」
負ける勝負ならば、作戦を諦めて全員で逃げたほうがいいと判断できる。
しかし逃げたところで、アデムが村だけでなく中央都で破壊の限りを尽くせば、機械国は終わりだ。
そのため、ここで踏ん張る以外に、指揮官は取るべき方法が思いつかなかった。
「玉砕覚悟で戦うしかない」
悲壮な決意をする指揮官の視界の端を、不思議な光が通っていく。
その光はアデムに命中すると、当たった場所を凍り付かせた。
「キィィィゴオォォォゥゥ!!」
アデムが上げた中では今までで一番の悲痛な声に、指揮官は驚く。そして光の正体を見定めるため、その根元へ視線を向ける。
そこには、四機の機動ゴーレムが抱えている例の効果が怪しい兵器があった。
その横には白衣の人物が立っていて、手に発射装置らしきレバーを握っている。
そして白衣の人は、指揮官に向かって、にやりと笑みを作った。
「どうですか。ここにある兵器の中で、このアフステン砲が一番の効果を上げてますよ!」
どうだと得意顔の彼に、指揮官は疲れたような顔になり、謝罪を表すように軽めに頭を下げた。
すると白衣の人はさらに得意げになり、手のレバーを押し込みながら演説を始める。
「いまのは試射です。これからがアフステン砲の本気! 光線を放てば、その通り道には霜が降り、当たれば何物も凍らせ、そして砕きます!」
アフステン砲から発射された光は、その言葉の通りに空中の水分を凍らせながら突き進み、命中したアデムの肉体を氷で覆わらせた。
「キィィィゴオォォォゥゥ!!」
アデムの再びの悲鳴と凍り付いた箇所を見て、陣地にいる誰もの顔が明るくなり、このままいけば勝てると確信を抱いた。
そんな夢想を砕くように、アデムの口から破壊光線が発射され、陣地の中に突き刺さった。
だが破壊光線といっても、口内に破壊の光の溜めがほとんどない発射の素早さを優先したもので、魔王へ放ったものと比べたらダムの放流と水鉄砲ほども違う、弱々しいしいものだ。
しかしその程度でも、機械国の陣地にある兵器の一つを壊すのには十分な熱量と破壊を持っていた。
「ああああー! アフステン砲が!」
白衣の人が悲鳴を上げた通りに、アデムの弱い破壊光線はアフステン砲とそれを抱える機動ゴーレム四機に命中し、溶解してドロドロかつ破壊の威力でバラバラにしていた。
こうして唯一効果確かだった兵器が失われたこと、そしてアデムの凍り付いた体が段々と元に戻っていく姿に、一転して陣地内の人たちの顔に絶望の感情が浮かぶ。
「ああ、もうダメだ。勝てっこないんだ……」
砲台にいた一人の呟きが、周りに段々と伝播していく。
「自慢の兵器たちが、まるで効いてないんだ。倒せるはずがない」
「やだよ。死ぬのは嫌だ」
陣地内のほぼ全ての人たちが浮足立つ中で、指揮官だけは悲痛な決意を固めた顔をしていた。
「お前たち、なにを情けないことを呟いているんだ!」
大声による一喝。だが絶望の顔を払うまでには至らない。
それでも指揮官は続ける。
「ここで俺たちが望みを捨てて逃げだせば、あの地竜はさらに機械国を破壊して回るぞ! そうなれば、抗う力のない人々が死に絶え、国が亡びることになる! そんな結末が見たいとでもいうのか!」
「で、でも。ああして兵器が効かないんじゃ……」
「そうだ、確かに大して効いてはいない。だからこそ、ここで俺たちに残されている道は二つだけだ。ここで国防のために戦って死ぬか、逃げ延びて国が亡びる様をその目で見るかだ。どちらがいいか、お前たちが判断しろ! あえて言う。逃げようと、その背中を撃つような真似はしない!」
指揮官の言葉を受けて、陣地の人たちの反応は二つに割れた。
「国がなくなる姿を見るぐらいなら、ここで戦って死んだ方がマシだ!」
「俺は逃げる。嫁と子供がいるんだ。国がなくなろうと、生き延びてやる!」
口々に自分の考えを吐露しながら動き出した。
残る者たちは砲撃を続行し、去るものは何も持たずに逃げ出す。そして三分の一ほどが陣地から離れて、どこかへと逃げていった。
指揮官は逃げる者たちに向けていた視線を切ると、改めてアデムに顔を向ける。
「砲撃の手を止めるな! 手を尽くして奇跡を願え! ここで果てようと、あの世で胸を張れるような戦いをするぞ!」
「「「おう!」」」
陣地に残った者たちは、必死に手を動かしてアデムに攻撃を続けた。
その顔には悲壮感はなく、ただ純粋に国を守ることだけを考えて戦っていった。
しかしこの戦いの中で奇跡は起きず、アデムは陣地まで大した傷を負わないまま接近し終える。
そして尻尾の一振りで陣地は壊滅。
配置されていた兵器と人員の全てが、川岸のぶち撒けられる結果となってしまった。
「キィィグルルゥ」
邪魔者を排除したアデムは、高い視点で先を見る。
伸びる道が見え、その上を逃走する人の姿があった。
アデムは彼らを追いかけるように歩みを向け、やがてその足が道の上に乗った。
この道の先には、機械国の中央都があった。




