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20話 アデム 対 【長船】

 アデムが咆哮を上げる中、アラクーネを操るファルラ操縦手は、外部武装である【長船】の照準を整えていた。


「主砲の着弾位置から、照準修正!」


 ファルラが操縦桿を操ると、アラクーネの下半身にある蜘蛛に似た六本の足が動いた。その動きが接続している【長船】へと伝わることで、主砲の角度が変わり、側面にならぶロケット弾や機銃の向きも変わっていく。 


「修正完了! 全力射撃!」


 ファルラは操縦桿にある発射ボタンを指で押し込む。各部から多数の砲弾やロケット弾が連続発射され、【長船】が発射炎で明るく照らされる。

 飛翔した弾たちはアデムに降り注ぎ、ロケット弾と榴弾が爆発する。そして連続する爆炎の中を、砲弾や銃弾が飛び込んでいく。

 山すら崩しそうな射撃の数々に、ファルラは歓声を上げる。


「はははっ、凄いじゃないか【長船】は! あの兵器開発責任者は隠し持つのではなく、いち早く前線に投入していれば、魔族など楽に蹴散らせただろうに」


 戦場で散っていった同期や後輩を想いながら、ファルラは発射ボタンを押し続ける。

 その顔は余裕ある表情だったが、時間と共に段々と表情筋が強張っていく。

 着弾して爆発する榴弾とロケット弾が生み出す光の形が、アデムの姿を保ったのまま一向に崩れないのだ。


「まさか。これだけの砲弾や爆発を浴びて、形を保っていられるのか!?」


 ファルラが疑問の声を上げた瞬間、なぜか【長船】は射撃を止めてしまった。


「どうし――砲に過剰な熱を感知して、強制冷却中だと!?」


 それは【長船】が搭載した兵器を長持ちさせるための機構。

 本来ならば操縦士や整備兵に歓迎される措置のはずなのだが、戦闘中に強制的に攻撃を中止されるなど悪夢でしかない。


「くそっ、所詮は技術屋が興味本位で作った欠陥試作品か!」


 ファルラはコックピットに新設されたボタンを切り替えて、どうにか冷却を中止させて、攻撃を続行しようとする。

 その行動が実を結ぶより先に、爆煙が風に吹き散らされ、アデムの姿が現れた。


「キィィグルルゥゥゥ」


 アデムは小さく喉を鳴らしているが、肉体にかすり傷一つない様子から分かるように、痛みに呻いているわけではない。ガラガラ蛇が目前の敵に対して行うような、いわゆる警告音だ。

 このまま下がるなら見逃すが、歯向かうようなら容赦はしない。

 そんなアデムからの意思表示を、ファルラは正確に受け取れなかった。 


「余裕を見せているつもりか!」


 ファルラは強制冷却の解除を果たし、再び砲撃を開始する。それだけでなく、フットペダルを踏み込んで【長船】を前へと発進させる。

 距離を縮めることで、砲撃の威力を上げる気だ。

 近づいてくる【長船】の姿を、アデムは砲撃を受けながらじっと見る。そして船体の上にある、アラクーネを見た。

 その瞬間、アデムの胸元がオレンジ色に染まる。


「キイィィィグルゥオァァァァァ!」


 全周波数帯を揺るがす咆哮を上げながら、アデムは自分から【長船】へと駆け出した。

 その目は一直線にアラクーネを見ている。

 アデムはこの世界に来てしまった原因の一つがアラクーネ――『うしおに』にあると考えて、怒りを爆発させたようだった。

 一方でファルラは、急に突っ込んできたアデムに面食らっていた。


「なんだと!?」


 ファルラは驚き、咄嗟にフットペダルの踏み込みを緩めようとする。だが寸前で考えを変えた。


「こうなれば、このまま体当たりして、超至近距離で砲撃を食らわせてくれる!」


 ファルラはフットベダルを底まで踏み込む。【長船】の底部にある無限軌道が唸りを上げ、船体をさらに加速させた。

 アデムと【長船】の距離が縮まり、砲音から着弾までの音が狭まっていく。

 そして両者は激突し、組み合うように密着して止まる。

 両方とも超重量の体を持つ同士。衝突の衝撃は大地を揺るがすほど。

 ファルラは天変地異かのように揺れるコックピットの中で、絶叫を上げた。


「ぐうううおおおおあああああああ!?」


 拘束帯をつけていてもガクガクと揺すられる体。連動して操縦桿を握る手、フットベダルに置いた足が前後左右に動く。幸いなことに、揺れを感知した『うしおに』由来のシステムが、操縦桿とペダルの操作感知をカットして機体の動きに影響が出ないように配慮してくれた。

 だがそれは裏を返せば、直前の動き――無限軌道を最大駆動させつつ砲撃を行うこと――を続行させるということでもある。

 【長船】の前へ前へと進む船体と絶え間なく続けられている砲撃を、アデムは超至近距離でどちらも受け止めていた。それどころか押してくる相手に意地を張り返すように、足を前へ運ぶ。


「キイィィィグルルウゥゥゥゥ」


 ともに前へと進もうとする、アデムと【長船】。

 その両者の圧力が高まりに高まり、やがて両者の間に変化が起こる。

 【長船】の船体が圧力に負けて、舳先が拉げてしまったのだ。そして潰れて空いた距離を詰めるように、アデムがさらに前へと進み出る。

 さらに圧力が高まり、【長船】の船首がさらに押しつぶされていく。


「これはまずい!」


 揺れが収まったコックピットの中で、ファルラは、【長船】の強度とアデムの耐久度を見誤ったと判断し、無限軌道を逆回転させて後ろへ下がろうとする。

 その逃げる雰囲気をアデムは巧みに感じ取ったのだろう、すかさず両手を伸ばし、【長船】の船体を両側から挟み込むようにして止めた。

 引き留めようとするアデムと、下がろうとする【長船】。

 その張力に、【長船】の船体が引き裂かれる寸前の悲鳴を上げる。


「このままでは、真っ二つになってしまう!」


 ファルラは下がることを止め、船体を右に左に動かして、アデムの腕から逃げようとする。

 しかし拘束は緩まず、【長船】の船体に負荷がかかるだけの結果に終わった。


「この、離せ!」


 ファルラは操縦桿で主砲の狙いを変え、アデムの顔面に照準する。

 アデムは船体から顔へと伸び来た砲塔を見て、大口を開け、そして砲の一本に噛みついた。直後、黒い鉄の筒がまるでチョコレートスティックだったかのように、歯の形を残して噛みちぎられた。


「んな!?」


 現実が信じられない様子のファルラは声を上げながら、ボタンを押し込みかけていた指を止める。

 食いちぎられた砲は、口径が歪んでいるに違いない。そこに砲弾を通してしまうと、目詰まりを起こして暴発してしまう可能性があった。

 しかし攻撃しなければ、捕まっている【長船】は逃げることができない。

 ジレンマに、ファルラが行動不能に陥る。

 その間に、アデムは口の中にある砲の残骸を横に吐き飛ばし、そして残る主砲に再度噛みつく。

 瞬く間に全ての主砲が短くなり、主砲が発射不能になった。

 事ここに至って、ファルラは遅まきながらに決断する。


「用をなさなくなった前半分など、くれてやる!」


 ファルラは【長船】を後ろへ全速力を出させた。

 アデムに捕獲されている船体がミシミシと音を立て始め、やがて主砲がある部分から裂ける。

 その結果、前半分をアデムの腕の中に残し、千切れた船体から砲弾が零れ落ちてはいくものの、【長船】は拘束から脱出を果たした。


「この機体では撃ち倒せないというのなら、次の策に移るまで!」


 ファルラは後ろ半分になった【長船】を反転させると、後部副砲でアデムを攻撃しながら逃げに入る。

 これは、射撃を続けてアデムを挑発して、同志たちが構築しているはずの必殺の陣地に招き寄せようとしているのだ。

 逃げていく【長船】に、アデムは追いかけることなくその場に留まる。それどころか、両足を軽く開いて軽く屈む。

 その場に腰を据えるような動きの後で、アデムはゆっくりと口を大きく開けた。


「キィグルァァァ」


 短くひと鳴きし、開いた口の中に破壊の光を溜め始める。

 その光景を、ファルラは兜の立体視モニターで観測していた。


「竜の吐息か!?」


 ファルラは、アデムの口に現れた危ない光を見て、本能的な寒気を感じた。

 そして『この場から逃げなければならない』と直感する。


「緊急脱出だ!」


 半分になったとはいえ、この巨体では逃げきれないと判断して、アラクーネと【長船】の接続を強制解除。アラクーネのみを操り、真横へ大きく飛び退かせる。

 アラクーネがまだ空中を漂っている間に、アデムの口から破壊光線が発射され、【長船】の船尾へ直撃した。

 あっという間に光の帯は船体を貫き、残っていた榴弾やロケット弾を反応させて大爆発を引き起こす。


「くそっ。良いところなく【長船】を失ってしまうとは」


 ファルラは口惜しそうに呟きつつも、アラクーネに六本脚で大地を駆けさせた。

 そんな武器もなく逃走を始めた相手に、アデムは破壊光線を撃つことを止めて、追いかけ始める。

 逃げるアラクーネと、それを追うアデムの姿は、地球の対馬で繰り広げられた光景の続きのように見えた。


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