19話 【長船】発進&その頃のアデム
機械国の中央都、兵器開発工廠。
作業員たちが、アラクーネの発進に向けて、大忙しで動き回っていた。
「増加装備【長船】装着完了!」
「機体および【長船】の各部、稼働確認! 動力炉の稼働も安定!」
「給弾作業に入れ! 満杯に積め!」
作業員たちが準備で取り付いている【長船】は、名前の通りに金属でできた船のような形をしていた。
前部には前方に向かって突き出ている二連装大砲が二門、後部に三連装副砲が三門あるため、戦艦という風貌に見える。
だが、戦艦とは言えない特徴もある。
船体側面に機銃やロケット弾を発射する機構がずらずらっと満載されていて、末尾に据え付けられているのは噴進装置であり、底部には超巨大な無限軌道がある。明らかに水に浮かべるためではなく、地上を走って攻撃するための装備の数々だ。
そんな船のようで船ではない【長船】だが。その艦橋があって然るべき場所に、アラクーネと呼ばている人型機械が添えつけられていた。
人間の上半身と蜘蛛の体を合体させたような異様な形。出土されてから補修と改修を繰り返した結果、色がチグハグになってしまった装甲。開けられているコックピット部分にも、元とは違った造形の操縦桿やスイッチが増設されている。
しかしその全体の姿形は、まさしく地球でアデムと共に転移したはずの、対怪獣用兵器『うしおに』だった。
アデムと一緒に異世界に飛んだはずなのに、なぜ過去の遺物として出土しているのか。どのような経緯で、アラクーネと名付けられて機械国内で調べられていたのか。どうして【長船】という外部ユニットの設計図がデータの中に入っていたのか。
そんな謎など知るよしもない機械国の操縦手が、手引書を手にコックピットに入り込んだ。そしてコックピットの各種の調節を始めた作業員に、質問をぶつける。
「この【長船】とやらは作りかけの急造品と聞くが、この手引書の通りの操作で、ちゃんと動くんだな?」
「保証しますよ。だから暴れ回っている地竜の討伐、お願いしますよ」
作業員は笑みを浮かべつつ、操縦手に固定具をかけて調整していく。
そうして準備がすべて整ったところで、作業員だけが外に出てハッチを閉めた。
最初は真っ暗闇だったコックピットだが、備え付けられているモニターに電源が入り、外の様子が映し出される。
その明確な映像に、操縦手は驚く。
「古代の遺物だというのに、綺麗に映るものだ。だが、使い慣れた物の方が安心だな」
操縦手は座席横にかけられていた、コードがついた兜のようなものを頭に被り、顎の留め具を確りと結わえる。
そんなものをかぶっては操縦の邪魔だと思えたが、兜の目の部分に小さなモニターが付いていて、アラクーネの見ている景色が映って、立体視が出来るようになっていた。それだけではなく、耳には外の音が聞こえてくるし、操縦手が頭を右左に上下にと動かすとアラクーネの頭も連動して動いていく。
元は軌道ゴーレム用である特殊なヘッドマウントディスプレイの具合を確かめた後で、操縦手は映像の中にいる作業員の指示に従って、操縦桿やボタンを操作して【長船】との連動の最終確認を行った。
一通りの検査項目が終わったところで、兜の耳元から声がやってきた。外部からの通信だ。
『機械国、国王デックニである。ファルラ操縦手、期待しているぞ』
国のトップから、短いながらも直々の言葉。しかも名前を呼んでくれた。
このことに、ファルラと名を言われた操縦手は、さっきまで以上に意気込んで操縦桿を握る。
「我が身命にかけまして、任務を遂行いたします」
宣言に対するデックニ王からの返答はなかった。しかしファルラは、それでも十分だった。
そして作業員から、【長船】を装備したアラクーネの発進指示がでる。
「では、アラクーネ。出立いたします!」
ファルラがフットベダルをゆっくりと徐々に踏み込むと、【長船】底部にある無限軌道が回転を始め、巨大な機体が前へと進んでいく。
やがてアラクーネは開け放たれた工廠の扉を抜けていき、人々や露店が退避して広々としている中央道を、巨体さから汲々と動きながら中央都の外へ。そしてアデムが暴れている場所へと向かって進んでいった。
ここで一息つく暇もなく、作業員たちは次の行動に移る。
「さあ次は、この国にあるありったけの兵器を、指定された場所まで移動させて、稼働状態までもっていくぞ!」
「だらけている暇はないぞ! さあ動いた動いた!」
作業員たちはアデム討伐に向けた作戦を成就させるべく、再び大忙しで動き回り始めるのだった。
大怪獣アデムは、傍目からは上機嫌に見えた。
ここまでは建物の数が二十個にも満たない廃村ばかりだったのに、いまいる場所は地方都市とも呼べる百棟以上も建築物が存在する場所だからだろう。
つまり、壊せるものが沢山あって、気分が高揚しているようだった。
「キィィグルルゥ」
上機嫌に喉を鳴らして、まずは都市を囲む壁を蹴り壊していく。
アデムにしてみれば、膝の高さもなく指一本分の厚みもない石積みの壁など、積み木を崩すようなもの。あっという間に、都市は丸裸となってしまった。
そして壁を崩した後は、目につくものから先に撃ち壊していく。
まず狙ったのは、先端に大鐘が吊るされた尖塔。
この都市の成り立ちから見守ってきたらしき古めかしい塔は、アデムの腕の一振りであっけなく倒れ落ちた。
ガランガランと、鐘が最後の役目を果たすように鳴る。
アデムはその音に興味を抱いたのか、倒れた塔の先端部分を掴み上げると、右に左にと振った。
――ガラン、ガラガラン
「キィィグルルゥィ」
――ガガラン、ガラガララン
「キキィグル、キュィグラゥ」
鐘の音に合わせて鳴きながら、アデムは上機嫌な様子で街の反対側にある別の尖塔に近寄っていく。その間にある家々を無残に踏みつぶしながらだ。
そして塔にたどり着くと、先端をもう片方の手で折って掴み、二つの鐘をガラガラと鳴らし始めた。
――ガランガラ、ガガラガラン
二つに増えた鐘の音が面白いのか、アデムの尻尾が大きく右に左にと揺れた。
その巨木よりも太い尾っぽが往復するだけで、周囲の建物が崩れ、石で舗装された道路が捲れ、滅茶滅茶になっていく。
そんな、人間目線では凶行に移るアデムの行動を、この街に暮らしていた人たちは、遠くから眺めることしかできなかった。
「王様の命令で、街を捨てなきゃいけないとはなぁ」
壊されていく街の様子に、年配の男性が呟きを漏らす。
すかさず隣を歩いていた若者が、明るい声をかけた。
「何を言っているんだよ。あんなバケモノが襲ってくるって事前に知ることができたんだ。命があるだけでも儲けもんだろ。もしかして、街と最後を共にしたかったとか思ってたのか?」
「……そういうわけじゃない。だが、あの街は俺が生まれ育った場所だ。ああして壊れていく姿を見ると、思い出も壊れていくような気がするんだ」
やるせない気分を吐露した後で、男性は踏ん切りをつけたかのように街の景色に背を向けた。
「あれは、どうしようもない。天災の類だと思うことにするよ」
「その方が健全だ。ま、王様がどうにかしてくれるんだろうからさ。俺たちは避難先の暮らしのこととか、壊滅した後の街の復興のこととかを考えていた方がいいぜ」
これに似た会話が避難民の各所で行われている後ろでは、アデムが鳴らすのに飽きた鐘を放り投げ、家々がガランガランと次々に潰れていっていた。
避難民が去り、日が落ちて夕方になった。
アデムが粗方の建物を破壊し尽くして一休みしていたところに、遠くからキュラキュラと金属が擦り合わされるような音がやってきた。
最初は小さかったその音は、時間を置くごとに段々と大きくなっていく。
異常を察知したアデムが体を伸ばして周囲を見回す。
すると避難民たちが去っていった方向から、小山のように大きな物体が異音と共に、地面を滑るようにして近づいてきている姿が見えた。
それは中央都から発進してきた、アラクーネだった。
新たな存在に顔を向けるアデムに対し、アラクーネは【長船】の主砲を向ける。
そして警告を発することなく、二連装が二門――合計四本の砲塔から砲弾が発射された。
耳をつんざくほどの大轟音。砲弾を押し出す衝撃波で大気と下草が揺れる。【長船】の船体も衝撃で軋んだ。
四発発射された砲弾は空中を飛んでアデムへ。
そして狙いを間違えたのか、だいぶ離れた場所を通過して、破壊された街からだいぶ離れたところで着弾した。地面に落ちた砲弾によって、大量の土が上空に巻き上げられる。
アラクーネは【長船】の主砲を微調整しながら、さらに前へと進む。
近づいてくる新たな存在を、アデムは先ほどの一撃から敵だと判断したのだろう、警戒するように尾っぽを立てながら口を開いて咆哮を発した。
「キシィィグウゥゥオォォォォ!!」




