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17話 闊歩開始

 咆哮で周囲を震わせた後、大怪獣アデムはゆっくりと動き出した。

 その歩き方は、農業国アグルダイルの魔法使いによって魔族の悪意を植え付けられていたときとは少し変わっている。

 目当てのものを見失ったかのような、もしくは物見遊山な気分でいるかのように、右に左へと歩みを揺らがせながら行進だ。

 事実、アデムの顔は右に左にとゆっくりと振られていて、生まれ出た世界とは異なった風景を楽しんでいるように見えなくもない。

 破壊光線で消し飛ばした砦を乗り越え、さらにその先へ。森の中に踏み入り、木々を蹴り飛ばしつつ踏みつぶしながら歩いていく。

 アデム自身が意図してかは知るよしはないが、先遣隊の兵士の数人が、その進行方向の先を逃げていた。

 兵士たちは、巨大な存在が追いかけてきていると感じて、恐慌に陥りかける。


「なんだって、こっちに来るんだよ!」

「ここからさらにバラけて逃げるぞ! ひと塊で逃げていたら――」


 提案をしようとしていた兵士の体に、横から飛んできた矢が突き刺さった。


「ぐあっ!」

「攻撃だ! 誰の仕業だ!?」


 矢が刺さった衝撃で転んだ兵士を、他の面々が救助に入る。刺さっている矢は、加工されているものの自然な趣が強く、人間が作ったものには見えなかった。


「この矢の特徴――蛮人どもが周囲にいるぞ!」

「ちくょう。容体が急変した! 鏃に毒だ!」

「そいつはもう助からない。諦めて放って逃げなきゃ、俺たちが次の次の番になる!」


 兵士たちはお互いの死角をカバーするように集まると、その体勢のまま逃げようとする。

 しかし後方からは、アデムの巨体が迫っていた。


「なんてこったよ。周囲には蛮人、後方には巨大な地竜とはな」

「生き延びるんだ。生き延びて、兵士食堂でクソ不味い定食を食ってやる!」


 不安な気持ちを紛らわせるための言葉を吐きながら、兵士たちは森の中を逃げる。

 すると周囲の木々の陰から、弓の弦の音が聞こえてきた。

 それと同時に飛来してきた矢を、兵士たちは自分たちの武器で打ち払う。


「矢の速さと威力は大したことはない! 見てから剣で払えるぞ!」

「それなら――って、クソッ! 矢の次は石が飛んできたぞ!」


 矢と石が降ってくる中を、兵士たちは武器で払ったり、木を盾にしたりして逃げ続ける。

 どうにか致命的な怪我を負わないように行動していくが、対処に時間を割かれるため、どうしても更新速度は遅くなってしまう。そして逃げる速度が遅れれば、後ろから追いかけてくるアデムに追いつかれてしまうのは当然だった。


「キィクゥルウゥ」


 アデムは小さく鳴きながら足を振り上げ、そして下ろす。巨大な足が木々を蹴飛ばし、倒れた木や岩は踏み砕かれた。

 兵士たちは自分たちが踏みつぶされると思い、絶望の表情で頭を抱えて地面にうずくまる。

 しかしアデムの足が下りた場所は、彼らがいるところよりもやや横。矢や投石を放ってきていた蛮人たちが、陣取っているらしき周辺だった。


「ギィギイイキイイイ!」「ギャウギャギャウ!」


 アデムの足のある周囲から、蛮人たちの悲鳴が響いてくる。

 兵士たちは蹲った状態から顔だけを上げて、自分たちの頭上にいるアデムを見た。


「もしかして、助けてくれたのか?」

「ははっ、なんだ。こいつは、俺たちの仲間だったんだ。ならこんなに慌てて逃げる必要は――」


 兵士たちが安堵から気を抜いていると、アデムがさらに前へと歩みを進めた。兵士たちがいる場所を跨ぎ越え、蛮人が陣取る別の場所を踏み砕く。

 再び悲鳴が響いてきて、さらにアデムが前に進み、三度みたび悲鳴があがった。

 危険な蛮人たちを殺していくアデムに、兵士たちは更に安心する。

 そして安心顔のまま、地面の上を引きずられて進んできたアデムの太い尻尾に押しつぶされて、あっけなく死んだ。

 アデムは蛮人と兵士を潰したことすら気付かずに、さらに前へと進んでいく。ときおり気まぐれに振られる尻尾や、不意の方向転換によって、さらに別の場所に逃げていた兵士と襲っていた蛮人たちが死んでいく。

 森の方々から悲鳴が上がるが、アデムは気にした様子もなく歩いていった。




 自由気ままにアデムが歩いていると、その顔面に向かって、森の中から火の球が何発も飛来してきて着弾した。

 爆発を食らったアデムだが、その鱗に焦げ目一つ負わない。しかし不意に肌がかゆくなったかのように、火球が当たった場所を指で掻く。


「キィィグルゥゥゥ」


 アデムのなにが起きたか確かめようとする瞳が、足元にある森へ向けられた。

 その視線を向けられている木々の間に、多種多様な蛮人たちが集まっている。

 蛮人たちは、それぞれ怒りに満ちた顔をアデムに向けて大声を上げた。


「ギャギャギャギャグル!」「ブゴーブゴゴゴー!」「ガア、ガアアアア!」「カミイイイカミイイ!」「ワグワグワワ!」「シィヤアアアアア!」「メエエエェェエエェェェェェ」

「ブメエエエエェェェェェェ!」「モゴゴゴゴゴゴゴ……」


 人には理解できない言葉だが、その声に含まれている感情は読み取れた。

 怒り。嘆き。裏切られた。許せない。復讐する。

 そんな負の感情を満載にした声を受けて、アデムがどうしたかというと、無視して歩き出し、取り合おうとはしなかった。その態度はまるで、蛮人たちのことはどうでもいいようだった。

 この動きを見て、蛮人たちの感情が爆発した。


「メエエエェェエエェェェェェ」「ブメエエエエェェェェェェ!」


 山羊面の蛮人が魔法を発動し、手から火球を放つ。

 その他の蛮人たちも、魔法が得意な者は火や土の槍の魔法を出し、肉弾戦が得意な者は武器を手に走り出した。

 空中を飛ぶ魔法の数々は、狙い違わず着弾する。駆け寄った蛮人たちも、それぞれが武器を振り下ろして攻撃する。

 しかし魔法であっても、自然物を加工した武器であっても、アデムの黒い鱗の間には無力に過ぎない。せいぜいが土埃などの汚れを付着させることが精一杯だった。

 アデムは、魔法を放ってきた李足元にじゃれつく蛮人たちを無視して、歩いていく。

 蛮人たちは、大して攻撃が効いていないことが明らかにも拘らず、続けることが目的であるかのように、それぞれが攻撃を続ける。

 そんな痛くもない攻撃とはいえ、何度も何度も繰り返されれば、アデムの機嫌が悪くなっていくのは当たり前だった。


「キィィグゥゥルゥゥゥ」


 唸り声という表現がピッタリな声が、空気を揺らす。

 その声はとても恐ろしげで、不穏な響きに隠れていた動物が走り逃げ、少し遠くの場所で羽休めをしていた鳥たちが一斉に空に逃げるほどだった。

 人間でだって肝をつぶしかねないにも拘らず、蛮人たちは怒りで周囲が見えていないのか攻撃を止めようとしない。


「ギャギャギャギャグル!」「ブゴーブゴゴゴー!」「ガア、ガアアアア!」「カミイイイカミイイ!」「ワグワグワワ!」「シィヤアアアアア!」「メエエエェェエエェェェェェ」

「ブメエエエエェェェェェェ!」「モゴゴゴゴゴゴゴ……」


 蛮人たちからの鬱陶しい攻撃の連続に、とうとうアデムの不機嫌さが寛容の値を超えた。


「キシィィグウゥゥオォォォォ!」


 制止を呼びかけるような咆哮を上げ、アデムはその場で足踏みを繰り返す。

 武器を振り下ろして攻撃していた蛮人たちの多くが、アデムの足の上げ下げに巻き込まれて、踏みつぶされた。

 災厄のような足踏みを逃れた者もいたが、その生存も長くは続かない。

 アデムが身をかがめて足元を覗き込むようにしながら、大口を開ける。


「キィィィゴオオォォォォォ!」


 アデムは咆哮を上げた口から、淡く白に光る吐息――ごく弱い破壊光線を吐きかける。淡い光は足元に広がってき、地面を舐めるように進んでいった。

 弱いといっても、そこは破壊光線。下草を燃やし、木肌を焦がすぐらいの熱量は、十分に持っている。

 蛮人たちはアデムに近寄りすぎていたため、その破壊光線から逃げきれなかった。体毛が瞬間的に発火し、眼球が瞬く間に白く濁り、焼けた空気で喉と肺が焼け付く。


「――カ」「――コヒ」


 蛮人たちは体毛が燃える熱さと、急な息苦しさによってバタバタと倒れていく。

 こうして攻撃してきたものたちは絶命したのだが、虫にダメ押しで殺虫剤を念入りにかけるように、アデムは弱い破壊光線を足元へ何度も吐きかける。

 そして森に本格的な火事が起きたところで、体勢を元に戻した。


「キィグルゥゥゥ」


 問題を片付けたことを喜ぶような声を上げて、アデムは再び歩き始める。

 向かう先には森の切れ目と、その近くに人間の村があった。

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