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16話 先遣隊――砦跡にて

 農業国アグルダイルの中央都から、対魔族の前線砦がある場所へ、30人ばかりの先遣隊が送り出された。

 理由は、件の砦から不明瞭な報告が通信で送られてきて以降、一切の連絡ができなくなってしまっているからだった。

 そうして街道を進む先遣隊の兵の一人が、隣を歩く別の兵に小声でささやく。


「砦が陥落したって噂、本当かな?」

「オレは、農業国から魔王の策略で何かの兵器が暴走させられたって通信が入った、って聞いたな。もしくは、巨大な竜に踏みつぶされたってな」

「なんだよ、そっちの噂を信じているのかよ。あり得ないだろ、農業国から前線の様子についての通信とか、巨大な竜が前線に登場だなんて」

「魔族の侵攻を数年阻んできた砦が陥落することこそ、あるわけないだろ。もし砦に何かがあったとしたら、事故か超常的な出来事の所為のはずだ」


 二人の小声に引きずられる形で、その周囲にいる兵士たちも会話を始めてしまう。


「そもそも、砦が落ちたってこと自体が本当かどうか。通信機の故障って線もあるし」

「前線砦には何個か通信機があるんだよ。その全てが壊れたってのは考えにくいだろ」

「仮に全ての通信機が故障してたとしても、緊急手段に使う伝書鳩が来ないってのは変だって話だぞ」


 兵士たちの会話を、隊列の後方にいる部隊長は聞いていた。そして内心で嘆いてもいた。


(砦になにがあったにせよ、俺の部下のような末端にまで噂という形で情報が漏れているなんて、情報統制が甘すぎる。長年に渡って魔族と戦い続けたことで、後方部署の人材すら払底しつつある証左だな。そして――)


 部隊長は吐きだしかけた溜息を飲み込むと、恐ろしげに聞こえる声色を作ってから声を張り上げた。


「貴様ら! なにを私語をしているのか! 行儀よく行軍せんか!」

「はい! 申し訳ありませんでした!」「以後、慎みます!」


 兵士たちは口々に返答する。しかし、部隊長が怒鳴った効果は長続きせず、時間を置けば再びささやき声が聞こえてくる。

 そんな始末に、部隊長は兵士たちの態度について、ある程度は目を瞑らせざるを得なかった。


(こうも兵の練度が低いのは、訓練所明けすぐの新兵と、有力な人物の息がかかった後方任務の輩ばかりだから仕方がない。いまは、この人材で任務を果たすことだけに注力しよう)


 部隊長は頭が痛い思いを抱きつつ、行軍の速さだけは緩めさせないようにだけ気を配ることにしたのだった。




 先遣隊は、前線砦があるはずの場所に到着した。

 しかし砦らしきものはない。その代わりのように、縦に細長い黒い小山と、変に長い距離で一直線に焼けている地面と木々の姿があった。


「前に所用で訪れた際に、あんな黒々とした小山はなかったはずだが?」


 部隊長は呟き、首を傾げる。

 ともあれ現状の確認が最優先と判断し、砦があった場所へと部隊の足を向けた。すると砦だったはずの場所は抉れていて、岩が溶け固まった黒いガラス状の物体で覆われていた。

 現状が上手く理解できないまま、部隊長は兵士たちに周辺の探索を命じ、自分も捜索に入る。

 ガラス状の物体に靴裏をつけながら、なにが起きたのか手がかりがないか調べていく。

 探索の時間が過ぎていくと、不意に兵から悲鳴が上がった。


「うわあああああああああああああああ!」

「どうしたのか!?」

「地面が砕けて、下に落ちた者がでました!」


 部隊長が慌てて悲鳴が上がった場所に駆け寄ると、ガラス状の部分が割れていて、ぽっかりと穴が開いていた。

 部隊長は助けに入ろうと飛び込もうとする兵士を押え、先に明かりとなる物体――半透明な柔らかい筒に二種類の薬液を入れて混合させたもの――を投げ入れる。薬物反応によって発光現象が起こり、兵士が落ちた穴が薄っすらと明るくなった。

 穴の深さは三メートルほどで、その底には尻餅をついた兵士がいる。


「大丈夫か!?」

「尻を打ちましたが平気です! それより、ここは前線砦の通路のようです!」


 兵士は光る筒を拾い上げ、周囲の様子を見て、滅入った顔をする。


「うわ、酷い有様です。武器も服も人も、全部丸焦げですよ」


 呟きに似た報告を聞いて、部隊長は顔色を変えながら穴の中に手を伸ばした。


「急いで上がれ! その場所に物が焼けた後にできる空気――『焼却気』が充満している可能性があって、失神するかもしれんぞ!」

「でも、この中を探索したら、なにが起きたかわかると思うんですが」

「砦が壊滅していると分かっただけで、先遣隊である我々の任務は十分達成されている。その報告を受けてどうするかは、俺よりも上役が決めることだ。さっさと上がってこい!」


 部隊長が伸ばしている手を、兵士は不満そうな表情で掴む。しかし地上に引っ張り上げてみれば、兵士はフラフラかつ顔色の発色が良くなっていて、焼却気――二酸化炭素や一酸化炭素や焼けた化学物質による中毒の症状が見えた。

 部隊長はすぐに危険な場所と判断して、この場から引き上げることに決める。


「撤退し、少し離れた場所で野営する! 野営地にて通信兵は本国に打電! 文面は『前線砦オツ。至急対処ヲ』だ!」


 発した命令を部隊長自身が率先して実行するかのように、砦の跡地から真っ先に脱出しようと歩き出す。

 その我先に逃げ出すような行為を見て、兵士たちはこの場所が危険なのだと遅まきながら気付いた。


「ま、待ってください!」

「ほらっ、さっさとここから出ようぜ!」


 兵士たちが慌てて場所を離れようとする中、兵の一人がふと顔をあらぬ方向へ向ける。彼の視線の先には、砦の近くにある黒い小山があった。

 ぼーっと立つその彼の背中を、別の兵が叩く。


「まさかお前、焼却気に頭をやられたんじゃないだろうな!?」

「いやいや、オレは正気だって。ただな――」


 疑われた兵士は首を横に振りながら、困惑顔で黒い小山を指す。


「――あの山が動いたように見えたんだ」

「馬鹿。お前、山が動くわけないだろ。もしそう見えたのなら、危ない気体を吸い込んで、眩暈を起こしたに違いない」

「そう、なのかな?」


 疑問顔を続けながら、その兵士は砦跡から離れる歩みを再開する。しかしその中でも、小山が気になるようで、チラチラと後方を振り返る。

 あまりにも気にしすぎる様子に、また別の兵士が揶揄しに近づいてきた。


「おいおい、ただの山がそんなに怖いかよ。それにそんなに動くか気になるならよ、こうすりゃ、いいんじゃねえか?」


 近寄ってきた兵士は、腰に吊っていた拳銃を抜くと、黒い小山に向かって発砲した。

 小さくもハッキリとした銃声に、先頭を切って退避中だった部隊長が、大慌てな様子で走ってくる。


「なにをしているのか!」

「すみません。拳銃がホルスターから落ちちゃいまして、拾い上げたら、こう『パンッ』と」

「安全装置をかけないままホルスターに入れているのか、貴様は!」

「いやぁ。いつもはちゃんとかけてあるんですけど、地面に落ちた衝撃で、安全装置が外れちゃったんじゃないですかね?」


 へらへらと笑いながら弁明する兵士に、部隊長は拳を握る。そして握りはしたが、へらへら笑顔に振り下ろす真似はしなかった。


「確りと安全装置をかけて仕舞っておけ!」

「はーい、了解ですー」


 兵士はわざとらしく安全装置をかける姿を見せてから、拳銃をホルスターに入れた。

 部隊長は何か言いたそうな顔をするが、怒った肩を見せつけるようにして、野営地にできる場所へ向かって歩いていく。

 拳銃を鳴らした兵士は、部隊長の後ろ姿を見送りながら、他の二人の兵士に笑いかける。


「幻覚なんてものより、部隊長さんの方が怖いんだ。あんな黒い小山を気にする必要は――」


 言葉の途中で、へらへら笑顔が凍り付つく。

 急変した様子を不思議に思い、他二人の兵士は彼が見ている方向に視線を向けた。

 三人が見る先にある黒い小山、その頂上付近に明るい丸が二つ見えた。

 その丸いもの自体が光を発しているのではない。太陽の光を反射して輝いて見えるのだ。

 そして丸の内側には、黄金色の円盤状の丸と中心にある黒い丸――虹彩が見てとれた。

 間違いなく、あの丸いものは『生き物の目』だ。

 三人は震え上がった。黒い小山に見えるほどに超巨大な生き物が、目の前にいること。そしてその生き物が、この砦を破壊したかもしれない可能性に気付いて。


「「「ひぃやああああああああああ!?」」」


 天を貫かんばかりに大きく、そして情けない響きの悲鳴が上がった。

 立ち去りかけていた部隊長が、怒りに満ちた顔つきで戻ってくる。


「貴様ら、また遊んで――」

「あ、あ、あああ、あれ、あれあれ!」

「部隊長! にげ、逃げましょう!」

「ひぃ、ひぃ。銃、銃を……」


 三者三様に怯える姿を、部隊長は訝しんだ。そして三人が見ている先を見やって、その正体に気付いて顔を引きつらせた。


「あの黒い小山、巨大な地竜だったのか!?」


 部隊長は大慌てで恐慌状態の三人に拳で喝を入れて正気に戻し、そして走りながら周囲に大声で命令を出す。


「離れた場所――第二集合地点まで撤退だ! 魔族の置き土産の地竜が居るぞ、個々人の判断で逃げろ!」


 部隊長の声に、兵士たちは最初冗談と受け止めた顔をして、続けて黒山にある瞳を見て大焦りで逃げだした。


「砦を落とした、魔族の罠ってことかよ!」

「バラバラに逃げるぞ! ひとまとまりになっていたら、全滅しちまう!」


 四方八方に散るようにして、先遣隊は逃げだした。

 逃走する様子を、目を覚ましたばかりの黒山――大怪獣アデムは見ていた。

 兵士たちが逃げ散った後で、怪我と体内熱量の回復のために動きを止めていた体を解すように、首を上向かせつつ両足の膝を伸ばす。そして回復が終わったことを、この異世界に知らしめるかのように、大きく咆哮したのだった。


「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!!」

更新、遅くなりまして申し訳ありませんでした。


季節の変わり目は体調を崩しやすくていけませんね。

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