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14話 対決――魔王マフィコイン 対 大怪獣アデム 後編

 膝をつき動きを止めたアデムに対し、マフィコインは魔法攻撃の手を緩めない。なぜなら、相手はまだ必殺の破壊光線を放ってきていないからだ。


(使わずに倒れてくれるのなら万々歳だけど、そう上手く事態が進むとは思えないし)


 マフィコインは警戒しながら、再び同調増幅魔法を放ち、さらに深手を負わせた。


「キィィグルゥゥゥ……」


 更なる痛手に、アデムの口からは弱々しく聞こえる呟きが。

 誰もがアデムは満身創痍だと考えてしまう状況だが、マフィコインは冷静に相手を見ていた。


(瞳に力があるね。それも活火山の火口のように煮え立つ、怒りの力が……)


 マフィコインは、アデムに戦う意思が衰えていないと悟り、これから更なる激しい戦いになると予想した。

 その考えは的中することになる。

 アデムは膝をついた状態で、背中と尻尾と背骨に沿って並ぶ骨板が全て真っ赤に変わり、そして橙色に色づき始める。同時に、アデムの周囲にある空気がさらに熱されて、激しい蜃気楼が生まれた。

 発せられるあまりの熱波に、植物系の魔族であるマフィコインは、魔法で攻撃しながら距離をとってしまう。


『これが、本気中の本気というわけだね』


 マフィコインが思わず呟きを漏らすと、その声に応えるようにアデムは地面から立ち上がった。


「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォワァァァァァァァァ!!」


 起立した姿も、膝をつく前と少し変わっていた。

 赤い色が首から膝までに広がり、橙色の部分も胸と腹の全体へ。そして顔の頬と目じりの辺りまでに枝のような模様が、首の赤い体表から伸びるように描かれている。

 変化は体表の色だけでなく、身にある傷口にも表れていた。

 凍っていた場所は溶け、爆炎で抉られた肉が盛り上がり、突き刺さっている石の刃は溶解して体外に流れ出る。そして傷口にあるアデムの血潮は煮立ったように泡を吹いている。


『怒りで血が沸騰しているのに生きていられるのは、その回復力のお陰かい?』


 マフィコインは、つい気になった部分を質問してしまう。

 だがアデムは返答を拒否するように、大口を開けて向けてくる。その口内には、破壊の光が満ち満ちていた。


「キュウゥィィィゴオオォォォォォォォ!」


 アデムは咆哮を上げると同時に、口から破壊光線を発射した。


――キュゥゥキイィィィィ


 漂白されたような白い光が伸び進み、空気が焼ける音が周囲に木霊する。

 破壊の光は一直線にマフィコインへ向かい、そしてその直前で、多重に展開された魔法障壁によって防がれた。障壁の上を流れる光の軌跡は、一筋に垂らした水が葉に弾かれるように、マフィコインの横を通って後ろへ流れていく。


『何度も見れば、必殺の攻撃であろうと対処法は思いつくものだよ』


 講義中に指摘するような口調のマフィコインの前には、数十もの魔法障壁が浮かんでいた。その幅は破壊光線の直径と同じで、厚みは普通の障壁の数倍はあった。どうやら、必要最低限の大きさにすることで、厚みを増やして作っているようだ。

 そんな障壁の群れの中で、破壊光線に焼かれて砕かれたのは、十枚に届かない数だけだった。


『さて、これで君の破壊の吐息を防ぐことができる枚数は分かった。常時展開する数は、念のため二十枚として、他は攻撃に使おうか』


 根と蔓のうち二十本が障壁を展開し、その他は攻撃魔法の呪文を唱え始める。


「ベヴロレン、グランゼンダ「ドンカァ「サアアイ」ディエップ」グロエンロゥド「ゲェル、スチル「ルイドルティチグ「クラケンド」ラッケンド」スキエテンド」


 呪文の大合唱によって、さまざまな種類の魔法が生まれていく。今度は、火炎や氷に硬石だけでなく、穢れた色合いの毒の球や、放電音を放つ雷の槍に、真空刃が渦巻く竜巻もある。しかもそれら攻撃魔法の全てが、同調増幅魔法で作られている。

 そして呪文の完了を告げる言葉と共に、その全ての魔法が放たれた。


「「「マニフェスタティエ!!」」」


 多種多様かつ大威力の魔法たちが、空中を飛翔していく。

 アデムはそれらを大人しく食らう気はなく、再び破壊光線をマフィコインへ吐きかける。

 いくつかの魔法が破壊の光に飲み込まれて消失するが、展開されている魔法障壁に防がれて、マフィコインに直撃することができない。

 逆に、飛来した魔法のほぼ全てが、アデムに着弾する。魔法は様々な現象をまき散らして、その肉体にダメージを与えた。


「キィィィグルゥゥゥゥゥ!」


 肉体が、弾け、凍り、溶け、抉られ、侵され、焼け焦げる感覚に、アデムは悲鳴と怒りの声を上げる。

 一方でマフィコインも、優位に立っているはずなのに、その木像のような顔をしかめていた。


(いまの攻撃で消し飛ばされた魔法障壁の数が、十枚を超えている。発射するたびに威力が上がるってことかな)


 マフィコインはこの事実に、あまり長々と時間をかけることは愚策と判断する。

 だが同時に、勝利への道筋を掴んでいた。


『怒りで沸騰している血潮で肉体が受けるダメージ。それを癒すために、回復力の全てを使っているようだね』


 マフィコインがあえて言葉で指摘した通りに、アデムの傷ついた肉体は一向に治る気配がない。それこそ、魔法の直撃で鱗や肉が抉れて血を流し、骨まで見えているにも拘らず。

 そんな防御を捨てて攻撃に偏重しているアデムの様子に、マフィコインはふと疑問を持った。


『特性と言えばそれまでだけど、どうして身を捨ててまで、こちらを憎む必要があるんだ?』


 生き物には基本的に生き延びようとする本能があるが、アデムの行動は刺し違えてでも相手を滅ぼそうとする一種の自殺に近いものだ。

 本能に逆らって自殺する生き物がいないわけではない。しかしそこには必ず、確かな理由があるものである。人間を例にするならば、強者に虐げられた弱者が取りえる最後の手段だったり、家族や自分の誇りを守るための献身の方法として存在しているように。

 ではアデムが自殺に近い方法をとる必要が、この戦いのどこにあるのか。そこが、マフィコインには疑問だった。

 そして、アデムがやってきた方向が人間たちの支配地域という点から、ある考えが浮かんだ。


『もしかして、魔法で操られているのかい?』


 マフィコインは琥珀に変じた瞳で魔法的な視点で『観て』みた。

 すると、アデムの頭部周辺に、何らかの魔法的効果を観測することができた。


『あれを解けば戦う必要がなくなる――いや、怪我を負わせた存在を許すかは、別問題か』


 アデムが憎々しく睨んでくることを考慮し、かけられている魔法効果を消し去ろうと戦いを続けるだろうと、マフィコインは結論付けた。そして反撃でやってきた破壊光線を魔法障壁で防ぎ――消し飛んだ数が十五枚を超えた――行動を決断する。


『やはり倒してしまわないといけないな』


 マフィコインは魔法で攻撃することを続けながら、アデムが人間に操られているようだと考慮したことを生かす戦法を執ることにした。

 まずは体を支える根を動かして、自身の立ち位置を変更していく。アデムを中心に時計回りでゆっくりと移動して、相手の背後を狙うような軌道で移動する。

 そうして両者の立ち位置が、戦い始めた当初と逆の状態となった。アデムの背中側の遠くには撤退中の魔族の姿があり、マフィコインの背中側の先には人間たちが立てこもる砦がある状態だ。

 ここでアデムが戦う相手を無視して、撤退中の魔族を追いかけるようなら、マフィコインは容赦なく背後から魔法で攻撃するつもりだった。しかしその心配は杞憂に終わる。


「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!」


 アデムの憎しみの炎を宿した瞳は、一直線にマフィコインに向けられている。その目は、他の魔族の存在は後回しで良いと告げていた。


『こちらを狙い続けてくれるなら有り難いな。けど君は、あの輝く破壊の吐息で攻撃できるのかな。僕の後ろには、人間たちがいる砦があるんだよ?』


 マフィコインが立ち位置を変更した狙いは、まさに人間を人質にしてアデムの一番危険な攻撃を封じることだった。

 しかしその狙いは、失敗に終わる。

 なぜならば、アデムは破壊の光を湛えた口を、砦の人間たちに構うことなくマフィコインに向けてきたからだ。


『なんで!?』


 マフィコインは予想が外れた驚きに満ちた声を上げながら、魔法障壁の展開場所を操作する。破壊光線を受け流して、背後の砦に浴びせかけられるように。命令者が砦にいるならば、アデムの攻撃を止めるはずと予見して。

 だが直後に、アデムは破壊光線を発射した。

 マフィコインが展開した通りに、複数枚の魔法障壁の上を破壊光線が滑り、背後にある砦の側面をごっそりと抉り取る。その際に砦に蓄えていた爆弾が余波で連鎖爆発したのか、まばゆい光と共に、轟音と黒煙が抉れた部分から立ち上がった。

 そんな光景を後ろに感じながら、マフィコインは呟く。


『命令者は砦にいないのか。でも、こうして人間たちに被害がでることを分からせれば――』


 アデムの攻撃の手は緩むと続けようとして、次の破壊光線が口内に溜まり始めていることに、マフィコインは口を噤んだ。


(人間たちの被害はお構いなしに攻撃してくるなんて、人間が操っているならできないことだ。じゃあ、竜の頭にある魔法効果は一体なんなんだ?)


 マフィコインは疑問に思いつつも、戦いの仕方が元に戻っただけと区切りをつける。そして魔法攻撃を放ちながら、破壊された分の魔法障壁を補充した。

 アデムは新たな魔法攻撃で更なる傷を負いながらも、なぜか一向に口から破壊光線を放たない。

 だがそれは、射線上に人間が籠る砦があるからではない。いままで以上の輝きを口内に充填するために、溜める時間が必要だからだ。

 口内の破壊の輝きは明度を時間ごとに増していき、とうとう放たれる前だというのに、直視が難しい光量となる。

 秒ごとに輝きを増すアデムの口内の光に、マフィコインは攻撃の手を止めてでも、全ての根と蔓を障壁を張らなければならないと直感した。


「「「「サメンウェルク、フェノミィン、ゲブールテ、エンロン、ミューラミューラ、ミューラ」」」」


 全ての根と蔓による同調増幅魔法の合唱が終わると、マフィコインの前に十数枚の魔法障壁が現れた。その一枚一枚の大きさはマフィコインの全体を覆うほどあり、厚さも巨樹の幹ほどあるもの。それらが全て、マフィコインとアデムの間に配置され、破壊光線を防ぐべく立ちはだかる。

 こうしてマフィコインが防御の構えを整えると、その準備が終わるまで待っていたかのように、アデムの口から破壊光線が発射された。


――キュ、キイ 


 空気は悲鳴を上げようとした瞬間に燃え尽きたような寸詰まりな音を鳴らし、目をつんざくほどの光は周囲に無遠慮にぶちまけられ、発射された光線は魔法障壁に衝突した。

 三枚の障壁が一気に破られる間に、四枚目以降が重なり合って厚さを増すことで、突破してきた破壊の光を防ぐ。

 障壁に阻まれた光は数筋に分かれて表面を滑り、マフィコインの周囲を通って後ろへと流れていく。分岐した光線の余波で、辺り一帯の気温が急上昇。マフィコインの後ろに位置する砦も蒸し風呂に変わり、中にいる人間たちは気温の急変に対応できずにバタバタと倒れていった。

 周囲に無視できない被害は及んでいるが、魔法障壁は破壊光線を阻むという役目は果たしている。

 このことに、マフィコインは安堵していた。


(これほどの破壊の吐息を使った後なら、この竜は次の吐息をすぐに放てないはず。相手に攻撃の手がないのなら、障壁を張っていた分の蔓と根も魔法攻撃に使って、一気に勝負を決められる)


 マフィコインが攻撃を防ぎ切った後の皮算用をしている中、アデムの様子に少し変化が現れていた。

 背中の骨板がオレンジ色を濃くし、さらなる放熱を開始。開いていた口がさらに開き、口の端が切れ、その傷口から流れた血がが破壊光線の光に焼かれて蒸発する。そして放たれる破壊光線の量と圧力が増し、障壁に防がれて上を流れる光の筋が太くなっていく。


『まさか、威力がまだ上がるっていうのか?!』


 マフィコインが信じられないと呟く中、アデムの首から頬と口へ伸びる枝のような模様が、赤からオレンジ色へと変わった。その瞬間、口の周辺から黒い煙が上がり、破壊光線の勢いが倍増しになった。

 アデムは自分の肉体が損壊してしまうほどに破壊光線の力を強めたのだと、マフィコインは瞬間的に理解した。

 しかしそのことについて、深く考える暇はなかった。

 ここで防ぎ続けていた障壁にひび割れが起き、一気にすべての障壁が割れ散ってしまったからだ。

 押し止めていた障壁を突破した極太の光と化した破壊光線は、咄嗟に身を横に飛ばしたマフィコインの体の大半を消失させ、その後方にあった機械国の砦に突き刺さった。

 砦の防壁は、元になっている天然の山の中腹から上が一瞬にして溶解し、数瞬後には跡形もなく消し飛んだ。焼け残った部分も、砦の中に敷設されていた道を熱波が駆け巡り、倒れていた人間たちを瞬間的に炎上させる。生き残った人間は、絶無であった。


 致命傷を負ったマフィコインは地面に横倒しになると、木像の腰から下にあった根や蔓の全てを失った体を起こし、光に焼けて濁った琥珀の瞳で状況を見回す。

 砦の中と周囲の土地からは、物体が燃える以外の音がしない。そんな中でアデムが破壊光線を放った状態で佇んでいる。

 反則的な威力を見せた破壊光線を放った反動なのか、アデムの姿がまた変化していた。

 煮えたぎるほどに赤々としていた体表が、全て黒曜石のような黒色に戻っていた。オレンジ色だった胸元や背中の骨板も、全て黒色である。超回復の能力も止まっているようで、マフィコインが負わせた傷口からはボタボタと血が滴ってもいた。

 アデムの失神しているよう姿に、マフィコインは半死半生の身ながらに逆転の一手が思い浮かんだ。


『美学には反するけど、仕方がない』


 マフィコインは自嘲気味に呟くと、いきなり濁った琥珀の瞳の片方を自分の手で抉り取った。そしてその瞳に、ありったけの魔力を注ぎ込んでいく。半死の命を全てつぎ込むかのような真似に、植物の体は端からしおれていく。

 そして木像のような体にも致命的な深いヒビが入ったところで、琥珀の瞳が独りでに浮かび上がった。


『最後の悪あがきだけど、上手くいくと良いな』


 マフィコインが押し出すように手を振ると、空中に浮かんでいた琥珀が飛翔を開始する。向かう先は、アデムが開けっ放しにしている口だ。

 琥珀は狙い違わず口内に入り込むと、そのままするりとアデムの喉の奥へと落ちていった。

 結果を見届けて、マフィコインは満足そうに微笑む。


『これで、この竜が魔族を襲うことは、なくなる、はず……』


 マフィコインが一言一言呟くたびに、萎れた体の端から崩れていく。根や蔓だけでなく、頭上にかぶっていた大輪の華も、塵となって散っていく。

 体の崩壊は秒を追うごとに早さを増していき、ほどなくして全ての体が朽ち木のように崩れ落ちる。腐葉土のような臭いが充満するマフィコインの遺体の中で、一つだけ形が残っている直径一メートルほどの琥珀の瞳が、コロンと転がった。

 周囲一帯で勝者のアデム以外に生き残った者がいない中、動く物もなく静かな光景がしばらく続いた。

 やがて、琥珀の瞳の近くに地中から何かが出てくる。

 それは土人形だった。人形は動かないアデムの様子をじっと見た後、唐突に真ん中に縦に筋を入れた。その割れ目の中から、錬魔将クフルが出てくる。


「……竜激将のおっさんに撤退の指揮を押し付けて援護しに戻ってくれば、もうやられちゃっているんだなんて。魔王様ったら弱すぎでしょ。まあ、あの地竜をしばらく行動不能にして、さらに何か魔法的な処置をしたらしいところは評価するけどさ」


 クフルは憎まれ口を叩くが、その口調は寂しげだ。

 しかしその殊勝な態度は長く続かず、すぐにいつもの調子、いつもの口調に戻る。


「ふははははー! 魔王様め! こっちに役目を押し付けたくせに、死んで楽になれると思うなよ! この錬魔将クフルの叡智にかけて、この琥珀を核に、記憶も魔力も元通りになるよう復活させてやるぞ! そして私の命令に逆らえないようにして、私が錬金術の研究に没頭できるように、魔族の発展にコキ使ってやるんだからな!」


 クフルは土人形に命じて琥珀の瞳を持たせると、撤退中の魔族がいる方向へと進んでいく。その歩みは意気揚々としたもので、長と認めた魔王が絶命した事実などないかのようだった。


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