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12話 激闘の横で

 大怪獣アデムと赤竜と化した竜激将ドゥルホボウが戦う場所から少し離れたところに、魔族たちの本陣がある。

 ここには、前線から逃げてきた魔族たちが集結し、さらに後方へ撤退する準備が始まっていた。

 彼らの指揮を執るのは、魔族の王であり、最強の存在とうたわれる【魔王マフィコイン】である。


「竜激将ドゥルホボウが時間を稼いでいます。慌てて逃げる必要はないからね。物資を残らずに後方へ移送するように動きなさい。テントの一張り、糧秣の麦一粒とて残さないように」


 静かな物言いで命令する魔王マフィコインは、緑色の頭髪を長く伸ばし、幅を持たせた土気色のローブを身にまとい、右手に捻じれた杖を持つ、人間なら三十歳ほどの姿をしていた。

 逃げてきた魔族たちは、彼の命令に従って撤退の準備を進めていく。

 そんな作業の中で、魔族の男性が一人、マフィコインの近くにやってきた。彼の顔は、一縷の望みに縋ろうとする、困窮者の表情だった。


「魔王様! 魔王様なら、死んだ者たちを蘇られる魔法が使えるのですよね!?」


 不躾に投げられた言葉を聞いて、近くにいた他の魔族たちの、準備を進めていた手が止まった。

 彼らは注目している。マフィコインが、疑問を投げかけた者に対して、そんな対処をとるのか。

 周りからの視線の中で、マフィコインは静かな顔のままで、言葉を紡ぎ始める。


「生命活動が停止して、すぐの体であれば、癒して息を吹き返させることは可能でしょうね。これまで、この場所を侵攻してきた中で、傷つき倒れた者たちを魔法で治してきたように」


 この魔法があるお陰で、後方からの人員の補充が期待できない状況であるにもかかわらず、魔族は人間たちと長らく戦うことができていた。


「なら!?」


 希望に気色ばむ彼を、マフィコインは手で制した。


「しかし、この魔法を使うには、死んですぐの肉体が大半残っていることが必須なんだよ。君が『生き返りさせたい相手』は、恐らくあの地竜の吐息で消し飛ばされてしまった人だろう?」


 暗に、遺体が欠片もない相手は蘇らせることができないという言葉に、質問してきた魔族の男性はガックリと項垂れた。

 そして魔王の言葉を聞いていた魔族たちからは、呟きが漏れ始める。


「肉体がなければいけないのなら、光の中に消えてしまった四魔将の皆様は……」

「惜しい人たちを亡くしてしまったな」


 しんみりとした空気の中で、唐突にマフィコインの足元の土が盛り上がった。

 最初は手で作った小山のような隆起だったが、徐々に大きくなっていく。

 突然の地形変化に、魔族たちは慌ててマフィコインの護衛に入ろうとする。


「魔王様、お下がりください!」

「人間どもの新兵器かもしれません!」


 騒がしくなった魔族たちを諫めるように、マフィコインは手を静かに上げて制止した。


「騒がなくてもいいよ。出てくるのは、私たちの仲間だからね」


 マフィコインはそう告げると、土の中から現れようとしている者に対して、迎え入れるように両手を大きく広げる。

 魔族たちが理解できていない表情をしている前で、大人の背丈ほどまで隆起した土が上から崩れ始めた。

 その土の中から出てきたのは、錬魔将クフルだった。

 しかもその両手で、術魔将ジェクンスタを抱えている。

 クフルは周囲を見回し、立っている場所が魔族の本陣であること、目の前に魔王マフィコインが居ることを確認し、大きな音を伴う息を吐きだした。


「ふぃ~~~。あー、生きた心地がしなかったよ。敵わないと分かってすぐに錬金術と魔法の応用技で地中移動で逃げたてみたら、あの地竜のヤツがあの『輝く吐息』を逃げる先まで吐いてきやがったし。お陰で服の端が溶けた土で焦げちゃったし!」


 クフルは焦げた裾を忌々しそうに見つめた後で、腕に抱えていたジェクンスタをマフィコインの前に横たえた。

 ジェクンスタは夜会服イブニングドレス姿だったはずが、今は下着姿になっている。

 その理由は、彼女の上半身に刻まれた、醜い火傷の痕を見れば予想がついた。


「魔王様。私がちょっと地中に引きずり込むのが遅れちゃって、ジェクンスタが吐息に焼かれちゃったんだよ。手持ちの錬金薬で命は繋げたんだけど、火傷の痕までは消せなくてさ。こいつ、自分の肉体に自信を持っているからさ。こんな肌をみたら発狂しちゃうと思うんだよ。魔王様の魔法で、火傷の痕を消してあげてくれない?」


 四魔将という立場にしても馴れ馴れしいクフルの口調に、マフィコインは気分を害した様子もなく、笑顔で要望を受け入れた。


「分かったよ。それじゃあ、すぐに治してしまおう。いまジェクンスタが起きて、自分の肉体を見たら、とてもショックだろうという意見は同意できるしね」


 マフィコインが杖を一振りすると、杖から生まれた粉雪のような魔法の輝きがジェクンスタの肉体に降りかかった。

 その直後、ジェクンスタの肉体にあるケロイド状の痕が形を失っていく。

 やがて火傷の痕が溶けて消えると、そこには剥きたての茹で卵のような、つるりとした美しい肉体が再生された。

 無事に痕が消えたことに、マフィコインは満足そうに頷く。


「これでよし。それじゃあ、クフルには望みをかなえたお礼をしてもらわないとね。まずはジェクンスタを医療部隊に渡してきて。その後は、撤退の指揮を執ってね」

「ええー! 人使いが荒いよ、魔王様! 私はいま魔力がすっからかんで、けっこう体が怠いんだけどなあー」

「そんなことはないでしょう。土人形の一体を一両日は持たせるほどの魔力は、体に残っているようですよ?」


 マフィコインが、じっと見つめながら放った言葉に、クフルは内緒ごとがバレて後ろめたいような表情に変わる。


「やっぱり魔王様には見抜かれたか。ちぇ、ちょっとはサボれると思ったのになー」


 クフルは自分の背丈ほどの土人形を地面から一瞬で生み出すと、人形に自分自身とジェクンスタを脇に抱えさせた。


「はいはい。魔王様の命令に従て、撤退の指揮を執らせていただきますよーっと」


 その格好のままで移動しようとするクフルを、マフィコインが呼び止めた。


「クフルが助けることができたのは、ジェクンスタだけですか?」

「……悪いけど、インラスとエィズワァは位置が遠すぎてね、魔法障壁が砕けた後の一瞬じゃ、土の下に引っ張り込めなかったんだよ。まあ、二人が消し飛ぶ時間があったおかげで、ジェクンスタの命が助かったんだ。二人も本望だろうさ。くけけけけっ」


 クフルが口悪く喋っている間に、マフィコインは近づいていた。そして土人形に抱えられているクフルの頭に手を伸ばし、優しくなでる。


「二人を助けられなかったことを、気に病む必要はありません。だから、そうやって憎まれ口を叩いて、自分を貶める必要もないんですよ」

「……ちぇ。魔王様が相手だと、私の調子はいつも狂っちゃうよ。だから苦手なんだよなあ」


 クフルはムスッとした顔をすると、土人形を動かして、もの凄い速さで医療班がいる場所へ逃げていく。

 その後ろ姿を見やってから、マフィコインは戦闘音がやってくる場所――竜激将ドゥルホボウと大怪獣アデムが戦っている場所に視線を移す。

 当初は空を飛ぶドゥルホボウが優勢だと思われていた戦況は、アデムが破壊光線を細く短く連射する方法をとり出したことで逆転していた。ドゥルホボウの大きな翼の皮膜に数か所穴が開き、体にも血を流す場所がいくつもある。


「ドゥルホボウでも、倒すことは無理そうだ。これは僕が出る必要があるんだけど――あんまり、戦いは得意じゃないんだけどなあ」


 マフィコインは短く嘆息すると、周囲の魔族たちに「錬魔将クフルの指示に従って撤退を進めるように」と告げてから、赤竜と大怪獣が暴れ回っている戦場へと歩みを進めていったのだった。

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