9話 闘争――アデム 対 魔族 前編
アデムを見て、漆黒の甲冑に全身を包んだ魔族――剣魔将エィズワァは、即座に部下に命令を下した。
「予定外の地竜の乱入など、魔王様の戦略の邪魔だ。幸い、我々は予備隊で割り当てられた任務はない。速攻で排除する」
感情が読めない静々とした声が、頭を覆う兜でくぐもって、怪しげな響きに変貌している。
慣れない者なら恐怖を感じて黙り込みそうな声だが、エィズワァの部下は普通に言葉を返す。
「魔王様ないし竜激将に指示を仰がないまま、独自行動してもよろしいんで?」
「この戦闘領域に入ってきた邪魔者は排除しろと、あらかじめ魔王様から言われている。これは、その命令の範疇のはずだ」
「そういうことでしたら。それにしても旦那は、相変わらず魔王様のことがお好きですね」
「忠誠を捧げているからな」
余計なことはいいと、エィズワァは部下に攻撃を身振りで命令した。
「ヴゥル、バァル、ランゲアフスタルド、グオゥイエン、ヴァーウェグ!」
「ヴゥル、バァル、ランゲアフスタルド、グオゥイエン、ヴァーウェグ!」
エィズワァの部下30人は、異口同音に魔法の呪文を唱えた。
彼らの手の前には、大人の上半身を覆うほど大きな火球が現れ、そして発射される。
空中を真っ直ぐに飛んだ炎の魔法たちは、アデムの胸元に着弾し大爆発を起こした。
連続した爆発により、アデムの胸元から顔までが黒い爆煙で覆われてしまう。
「へへっ。異常に図体が大きいとはいえ、地竜ごときに【大炎爆球】をこれほど叩き込んだんじゃ、胸元に大穴が開いたに違いないですよ」
「違いない! 食料問題もあることだし、もう少し弱い魔法で仕留めりゃ、胸の肉を粗末にしなくて済んだかもしれねえな」
笑う兵士たちとは裏腹に、エィズワァは兜のスリットの内側から視線をアデムに向け続ける。そして唐突に腰に佩いている剣を引き抜き、後ろ腰に吊っていた盾を持って構えた。
「旦那、どうしたんですか?」
不思議そうな兵士に、エィズワァは端的に答える。
「生命力が衰えていない」
「殺せてないって言いたいんですか? あれほどの大炎爆球を叩き込めば山だって削れるんですから、そりゃないってもんで――」
心配し過ぎだと半笑いだった兵士の言葉は、アデムにまとわりついていた黒い煙が晴れると同時に止まる。
連発した魔法が爆発したというのに、冷えた溶岩のように黒い体表には、爆煙の黒いカスしかついていなかったからだ。
「は、はぁ? ありえねぇ。地竜ごときに、あの魔法を耐えきれるような対魔力なんてないはず」
「ヤツは耐えた。それが現実だ」
エィズワァは構えを本気なものに移しながら、続いて命令する。
「お前たちでは倒せない。多少強い連中でも無理だ。本陣に戻って、他の四魔将を呼んで来い。できれば、竜激将もだ。竜が相手なら、竜激将なら確実だからな」
「わ、わかりました。けど、援護しながら行きますからね」
兵士たちはアデムに背を向けて逃げながら、後ろ手を突き出して魔法を放つ。
「ヴゥル、バァル、ランゲアフスタルド、グオゥイエン、ヴァーウェグ!」
「ヴゥル、バァル、ランゲアフスタルド、グオゥイエン、ヴァーウェグ!」
必死な響きがある呪文の後で、大きな火の玉がアデムに撃ち出された。
逃げ走りながらの攻撃なため、先ほどの一斉射とは違い、バラバラな場所に着弾して爆発する。
アデムは爆発を身に受けながら、不愉快そうに魔族を見下げている。
「キィグルグガ」
全周波数帯を揺する鳴き声と共に、アデムは逃げる魔族たちを追うべく足を持ち上げる。
そのとき、金属を叩き合わせる甲高い音がした。
嫌に耳に残るその音の響きに、アデムは上げた足をその場に下ろしながら、音がしてきた方を見る。
そこには、剣で盾を叩いた格好のままで佇む、エィズワァがいた。
「お前の相手は、オレだ」
もう一度、剣で盾を叩いて同じ音を出して、エィズワァは挑発する。
アデムはその音が耳障りな様子で頭を振ると、逃げる魔族から視線を切って、エィズワァだけを見るようになった。
「よしっ。あとは四魔将がくるまで、時間稼ぎだ。情けないことだがな」
剣魔将エィズワァは【剣の魔将】と言われるだけあり、対人戦闘で一対一なら魔王以外に負けることはない。そして人間相手なら、百人を一人で切り伏せた実績の腕前を誇る。
しかし、大炎爆球を防ぐほどの強固な鱗で覆われている上に、巨人よりも大きい相手となると、その身に着けた剣技のほとんどが意味をなさない。
「単純に硬いだけ、大きいだけの相手なら、殺りようはあったんだが……」
エィズワァは呟きながら、自分からアデムへ突っ込んでいく。
傍目には無謀極まりなく見えるが、巨体を誇る相手は足元の認識が疎かになると、対巨人と対竜の訓練で学んだ勝算ある方法だ。
事実、アデムは自分の足元にきたエィズワァに視線を向けるために、背を曲げて上体を屈み気味にしている。
アデムの対処が遅れている間に、エィズワァは素早く距離を詰め終えていた。
「とおおぉぉぉああああああああああ!」
エィズワァの黒い魔力を纏った剣が、アデムの左足のくるぶし周辺へ振るわれた。
流石は剣の魔将。いままでどんな武器でも傷を負わせられなかったアデムの鱗を、見事に斬り裂いてみせる。
大金星ともいえる戦果だが、エィズワァの表情は優れない。
「鱗の下に、分厚い皮。刃が肉まで届いていない」
エィズワァが退避しながら呟いた通り、アデムの斬り裂かれた鱗の部分からは一滴の血も流れていない。
事実アデムにしてみれば、爪楊枝の先で肌を撫でられた程度の感触でしかなかった。
しかし攻撃を受けたこと、それが鱗を斬り裂いたことを理解はできたようで、アデムの口からいままでとは違った響きの咆哮がほとばしる。
「キイィィィシイィィィィゴォォォォアアアアァァァァァァ!」
アデム特有の全周波数帯を震わす咆哮。この音の振動に連動して、アデムの周囲の大気が風となって吹き荒れ、地震のように地面が揺れる。
そしてその音波は、直下で耳にする羽目になったエィズワァの、鼓膜だけでなく内臓も揺さぶった。
「ごうぇ――」
頭の中身を激しく揺さぶられ、音波の圧力が内臓を叩く衝撃で、エィズワァの口から反射的な嘔吐きが漏れる。そして呼吸が乱れたことで、移動速度が格段に鈍ってしまう。
その様子を、アデムは高い視点から見ていた。
「キシイィィィィゴォアアアアァァァ!」
咆哮の後に、左足を振り上げる。そして斬り裂かれた鱗のお返しとばかりに、勢いよくエィズワァへ振り下ろした。
頭上から迫る大質量の足。上手なことに、エィズワァの位置を足の中央に捕らえている。
その足の広さから、いまから退避しても前後左右どこからも避けきることは不可能だった。
「ならば、最後の足掻き!」
エィズワァは剣の切っ先を上に――迫りつつあるアデムの足の底へ。そして剣にありったけの魔力を込める。
鈍い金属の色だった刃が、みるみるうちに真っ黒に染まる。そして黒い刃の長さが倍になり、三倍になりと伸びていく。
エィズワァは自分の命と引き換えに、この黒く伸びた刃でアデムの足裏に確実な一刺しを与えるべく身構える。
この半秒間の準備の間に、アデムの巨大な足はエィズワァが目にする天を覆いつくさんばかりに迫っており、もう半秒もすれば確実に足下のものを踏み潰してしまう。
そのはずだったが、そんな未来は阻止されることになる。
「やらせなーいー!」
声を間延びさせながら突っ込んできたのは、アデムの身長の半分はある紫色の肌をした巨人の男性。筋骨逞しい巨大な肉体に、これまた巨大な板金を重ねて作った鎧をつけた戦士。
彼はエィズワァの同僚であり、巨人魔族を束ねる存在でもあり、四魔将の一人でもある【巨魔将インラス】だ。
インラスはその巨体で突っ込む威力を、体当たりとしてアデムに叩き込んだ。
アデムは片足を上げていたこともあり、後ろに大きく一歩下がってしまい、エィズワァを踏み潰すことは叶わなかった。
エィズワァは同僚の奮闘で九死に一生を得たことを感謝しながら、その感情を声にする前に場所を移動して退避する。
一方のアデムは後ろに下がってしまったことと、自分の行動を阻止されたことが心外だった様子で、驚きと怒りを滲ませる咆哮を上げる。
「キィシィィィゴオォゥゥゥゥ!」
威嚇含みの咆声に、インラスは背負っていた巨大樹から作られた棍棒を取って身構える。
両者とも巨大だが、アデムの方がインラスの倍の身長がある。体格差だけで見れば、大人と子供といったところだ。
これでは正面でぶつかった場合、明らかにインラスが不利。そしてエィズワァの攻撃は、アデムに通用しないと証明されている。
このままいけば、二人の方が負けてしまう。
しかし『四』魔将という名前の通りに、他にも二人の魔将が存在していた。
「生半可な攻撃が効かないなら、これならどうかしら?」
宝石が散りばめられた夜会服を身に着けて優雅に微笑む妙齢の女性が、手にある指揮棒のようなものを振るう。その直後、太陽が顕現したかと思える巨大な火の球が、その女性の頭上に出現した。
そして再び小さな棒を振るえば、巨大な火球は弾き出されたようにアデムへ向かって飛翔していく。
瞬く間に着弾、そして大爆発。
地を揺らしたアデムの咆哮に勝るほどの大音声が周りに駆け抜け、熱量で乾燥して爆発力で巻き上がった土が煙となり、空中高くまで噴き上がる。
山一つを消し飛ばしそうなほどの威力に見えたが、土煙の向こうからアデムの健在な姿がすぐに出てきた。
しかし無傷とはいかなかったようで、直撃を受けた胸元の鱗の大半が溶解し、その下の皮にも点々とケロイド状になっている場所がある。
間違いなく今までで一番の痛手。
しかし、その成果を魔法を放った女性――魔族の魔法使いの頂点である【術魔将ジェクンスタ】は、困り顔になっていた。
「あらあら。どうやら火系統の魔法は、相性がよろしくないようね。でも他の系統で同威力以上の魔法となると、手間と準備が必要なのよね。困ったわ。だから『クフちゃん』、お願いね」
ジェクンスタが話を向けた先にいたのは、眼鏡に白衣をつけてボサボサ髪を無理やり後ろで三つ編みにした、二十歳に達していなさそうな容姿の少女。
「クフちゃんと呼ぶなよな。私は錬金術を極めた【錬魔将クフル】だぞ。そしてこれが、私の長年の研究の成果――」
クフルは眼鏡を上げるポーズを取ると、白衣の内側から様々な模様が彫られて綺麗な宝石が何個も埋まっている、手のひら大の石板を取り出した。続けてその石板を、地面に向かって叩きつける。
地面に石板の裏側が落ち当たった瞬間、赤黒い発光が石板から起こり、地面の土がクフルごと持ち上がり始めた。
盛り上がった大量の土は、やがて粘土を捏ね固めた人形のようになる。ただし、その大きさはアデムをやや超すほどもある。
そんな超巨大土人形の肩の部分には、土器のような椅子が出来ていて、そこに座って腕組みするクフルの姿があった。
「くはははははー! どうだ、私の超巨大土人形――ゴリアテールくん参号の雄姿は! デカくて、強くて、補修能力まである、完璧な半自動兵器だぞ! でも本当は人間が籠るあの山を素材にして、硬い岩盤と備え付けの兵器も体の一部に組み込もうとしていたんだけどね。けど、オマエを倒してその素材で肆号を作ってやるから、あの山のことは惜しくないんだぞ!」
上機嫌に語るクフルとは対照的に、ジェクンスタはヤレヤレといった表情をする。
ともあれ、こうして魔族が誇る四魔将が揃った。
四人は合図もなく位置を調整し、巨人のインラスとクフルが乗る超巨大土人形が前衛、大威力の魔法を使えるジェクンスタが後衛、そして硬くて巨大な相手には分が悪いエィズワァがジェクンスタの直衛につく。
こうして戦闘形態をとり終えた四人に、アデムはゆっくりと口を開ける。
「キィィィィィィシイィィィィィゴォォォォォォォウアァァァァァァァァ!」
まるで、これから戦闘を開始することを告げるように、全周波数帯を震わす吠声は長々と続いた。
吠え終えた後、アデムは四魔将へ歩き始める。怪我を負った胸元をさらに赤く――血だけではなく、怒りによって染まるという赤い体色を誇示しながら。
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