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プロローグ 怪獣が現れる地球にて

 地球、極東。日本。

 ここに住む人たちが持つすべての携帯電話――ガラケーからスマホに至るまでが、一斉にアラートを鳴らしだす。続けて、非常放送用のスピーカーからもサイレンが鳴り始めた。

 耳に突き刺さるけたたましい音を聞いた人たちは、自分たちが持つ携帯電話の画面を見て、総じて顔色を青くした。


「早期怪獣出現警報!?」

「クソ、怪獣め。今日は大事な商談があったんだぞ!」


 人々は大慌てで、政府発表や民間情報に関係なく、情報を収集しようとする。観測された怪獣はどのタイプなのか。いま居る場所から近い避難壕シェルターはどこか。そも、上陸予想地点はどこなのか。

 その動きは、国家の中枢部たる国会や首相官邸でも同じだ。

 時の総理、穴井太造あないたいぞうは側近と首相官邸の廊下を足早に歩きながら、緊急対策室へと入った。


「情報は集まっているんだろうな!」


 べらんめえ口調ながら、どこか愛嬌を感じさせる響きのある大声で、穴井総理は中にいた人たちに呼びかける。

 すぐに自衛隊の偉い人らしき、常装制服姿の大柄の男性が、穴井総理の近くへと進み出た。


「現在、監視目標は日本海の海中を航行しており、潜水艦『ずいりゅう』が後を追いながら、体型、全長などの情報を収集している最中です」


 穴井総理は頷くと、案内された席に座りながら、報告する自衛官に顔を向ける。


「それで、どれぐらいの大きさで、どの型だ?」

「詳しい報告ができるほど、情報は集まっておりません」

「現段階の予想でいい。怪獣対策は拙速こそが肝だって、自衛隊のお偉いさんならわかんだろ?」


 穴井総理はそう口にして、はたと気付いた顔になる。


「門外漢である俺でもわかることを、わざわざ言ったってこたあ、それだけ悪い情報ってことか?」

「……ただいま集まった情報による概算だと、全長は『尻尾抜き』で100メートル超です」

「そいつはまた」


 穴井総理が思わず閉口してしまったのも無理はない。

 第二次世界大戦以降、日本に色々な怪獣が襲い掛かってきたが、100メートルを超える個体の出現は、片手で数えられるほどしか例がない。そして、それらが上陸した際に巻き起こす破壊は、自然災害以上の被害を及ぼす。仮に上陸してしまったらと考えるだけで、政府関係者なら経済損失と復興予算の確保に頭を悩ませてしまうほど、危険な大怪獣というわけだった。

 穴井総理も、思わず頭を抱えそうになり、寸前のところで手を止める。それは気持ちを切り替えたのではなく、さらなる嫌な予感に身動きが止まってしまったからだった。


「いま『尻尾』って言ったな。その怪獣には、尻尾があるのか?」

「はい。体長に等しい長さの尻尾を動かして、海を泳いでいると報告があります」

「……なあ。この怪獣ってのは、もしかするのか」


 予想が外れてくれと、穴井総理の表情が語っている。


「現段階の予想では『破壊神型』だと予想がでています」


 自衛官の言葉に、穴井総理の頭の中では、六十年前の東京と二十年前の阪神淡路で破壊をまき散らす怪獣が映った記録映像が浮かんだ。

 二足歩行の恐竜型。全長に比したら小さめな顔と、背から尻尾へ並ぶ放熱板のような骨板を持ち、幻想物語ファンタジーの竜のように口から破壊力を持つ吐息を出す。体を覆う鱗は硬くて厚く、当時の戦車が持つ90ミリライフル砲や100ミリ滑腔砲から放たれた砲弾を跳ね返した。

 輝く吐息ブレスの破壊力と防御力による手の付けられなさから、暴れるだけ暴れた後に海に帰っていくのを見送るしかなかったため、『破壊神』とタイプの名前を付けられた存在。

 穴井総理は頭の中に浮かんだ映像を意思で消し、現実と向き合う。


「二度の大破壊を巻き起こしたヤツは、30メートル級だったはずだ。んで、今度のは100メートル超だってか。どれだけの被害がでるか、概算もできねえな。そんで、予想上陸地点はどこだ」


 穴井総理は呻くような声で質問すると、自衛官は「不幸中の幸い」と言葉に枕を置いた。


「怪獣は日本海のど真ん中を、南西に向けて泳いでいます。このままの進路をとるのでしたら、上陸は半島おとなり、もしくは対馬となります」

「チッ。あとで難癖つけられても面倒だ。半島の上下に情報は送っておけよ。それと、対馬全域に島外避難指示だ。近場の船舶を全て回して、住民の避難を急がせろ」

「怪獣用緊急マニュアルに従い、すでに呼び集めております。怪獣が上陸するまでには、島民の避難は完了でいる予定でいます」


 最低でも人的被害は出さなくて済みそうだと、穴井総理は胸をなでおろす。

 その瞬間、対策室で通信を引き受けていた一人が、大声を張り上げた。


「『ずいりゅう』から緊急電信! 怪獣の推進速度が急上昇したとのことです! 対象速度は8ノットから、20ノットへ増速! 進行方向から、対馬に上陸する可能性、極めて大!」

「このタイミングでか!? 島民避難に感づいたとでもいうのか!」


 にわかに慌ただしくなる室内を目にして、穴井総理は側近に顔色悪く声をかける。


「対馬の対怪獣防備はどうだったか」

「前政権は隣国寄りでしたので、あちらの国民に不安を抱かせぬようにと、最低限のものしか置かないようになっています」

「内訳は」

「20メートル級怪獣に対抗できる防衛兵器が一機きりです。それだけでは対処不能な有事が起きた際には、佐世保から船と兵器を向かわせれば事足りるからと」

「佐世保に、100メートル級に対抗できる防衛兵器があったとは、記憶してないぞ」

「……対破壊神型用のもので、二機存在しています。仮に破壊神が50メートルほどであっても倒せる設計のものですので、通常の100メートル級の怪獣でしたら、十分に対処可能だったかと」

「はん。100メートル級の破壊神型は、考慮の外だったってわけか。ま、俺も考えてもみなかったからな。責任者を責めるのは酷ってもんだな」


 穴井総理は顔を顰めると、重々しい口調で側近に命令する。


「対馬の防衛兵器のパイロットに出撃準備をさせろ。それと、そのパイロットにいつでも通信を繋げる用意をしておいてくれ。もしもの場合、島民避難が終わるまでの時間稼ぎを――いや、『死んでくれ』と命令せにゃならんからな」


 穴井総理は皮肉気に歪めた唇で語ると背中を椅子の背もたれに預け、ことの推移を見守るために大型モニターを見つめるのだった。



 100メートル級の破壊神型の出現は、全世界に衝撃を走らせた。

 特に上陸予想地点となる対馬は、ハチの巣に火をかけたような騒ぎとなった。

 対馬の住民も、大急ぎで貴重品を纏めると、一目散に港へと逃げていく。

 老人を背負った若者が道を歩く横で、避難民で立ち往生した軽トラを捨てて運転手が走る。

 漁港では、護衛艦の到着は待てないと、人々は漁船に限界まで乗り込んで島外への脱出を試みる。

 それから遅れて自衛隊と沿岸警備隊の船舶が大きな港にやってきて、タラップを下ろすや、多数の住民が大慌てで船内へと進んでいく。

 そんな大慌てな様相の対馬。その北東の沿岸部では、潮風と太陽光に焼かれた黒い肌を持つ屈強な大男が、タンクトップの上にコートを羽織った姿で海を睨んでいた。100メートル級の大怪獣が泳いでいるという、その海を。

 その背中の向こう側には、20メートルはあろうかという巨大機械が立っていた。

 甲冑を付けた人間の上半身に、昆虫のような六本の機械の足をくっつけた、異形の戦闘機械。

 この機械こそ、対馬に配備されている、対怪獣用兵器『うしおに』。

 そしてその前に立つ男こそ、『うしおに』の専属パイロットであり、対馬漁師でもある権現山ごんげんやま千弘ちひろであった。


「さて。最終予想では、やっこさんは対馬のここに上陸するって話だったが」


 権現山は先ほど来た通信で、穴井総理から「全島民が避難完了するまで、10分ほど時間が足りない。命がけで稼いでくれ」と頭を下げて頼まれていた。

 はっきりと言ってしまえば、無茶な命令だった。

 相手は100メートル級の怪獣、しかも破壊神型。『うしおに』では、逆立ちしたって勝てる相手ではないし、5分の時間稼ぎすら難しい。


「しかし、やらにゃいかんよな。10分稼がなきゃ、人が死ぬことになるんだからな」


 権現山の二の腕が不意に震えた。それは海風の冷たさからか、それとも怪獣に対する恐怖からか。

 その感情の正体も定まらない間に、水平線にある海面に異常が見えた。

 常人なら単なる白海にしか見えないものだっただろうが、漁師の目を持つ権現山には明らかな異常としか映らなかった。

 その見立てが正しいと知らせるように、情報収集用偵察機がその白波の場所の上空高くにポツンと黒く見える。


「へへっ、来やがったな。出番だ『うしおに』!」


 権現山は愛機に声をかけると、腹にあるコックピットまでよじ登って中に入り、機体の炉に火を入れる。


――ウオオオオオオオオオン


 機体に電力が入り各部機能が立ち上がる音が重なり合い、雄叫びのような声となって『うしおに』から発せられた。

 そして遠くの水平線では、白波を割って歪な六角形の骨板が突き出てきた。それから間を置かずに、海面を跳ね上げるような勢いで、怪獣の顔と首が立ち上がる。

 冷えた溶岩を連想させる真っ黒な鱗に覆われた、小顔の恐竜型の大怪獣。

 そいつは、沿岸部にいる『うしおに』に顔を向けると、威嚇するように大声を放った。


「キイィグゥゥウウオオオオオオオオオオオオオオオオン!」


 可聴域から可聴外の超高音から超重低音までを網羅する、聞く者の全身を物理的に振るわせにくる声。

 あの姿と吠声はまさしく、過去二度も大破壊を巻き起こした大怪獣を映した映像と同じものだった。


「俺の一世一代の相手が、誰も相手にしたことのない、100メートル越えの破壊神型とはな。大物釣りなら、漁師の腕がなるってもんだぜ!」

――ウオオオオオオオオオオン


 権現山は『うしおに』を最大可動させると、巨大の銛を発射する専用銃を構えさせて、大怪獣が近づいてくるのを待つ。

 大怪獣は吠声に退散しない『うしおに』を見ると、海底に足をつけて、ゆっくりと島へ上陸するべく歩みを進める。

 時間ともに、徐々に両者距離が近づいていく。

 そして距離が縮まるにつれて、大怪獣の巨大さが、権現山にさらなるプレッシャーを与えてきた。


「くはっ。笑えるほど、でっけえな」


 20メートルの『うしおに』に比べ、大怪獣は100メートル超。

 五倍も大きさがあるとすると、人間で言えば大人と赤ん坊ほどの差がある計算となる。

 この体格比に『大きい方が強い』という本能的な意識が、権現山の体を動かないように縛ろうとしてくる。


「だけど、逃げるわけにはいかねえよな!」


 権現山は下腹に力を入れて恐怖を振りほどくと、コックピットの画面に10分間時間稼ぎするための戦闘中の移動経路を、自然は壊すことになるが民家に被害が及ばないように工夫して設定する。


「よっしゃ! 釣りの始まりだ!」


 権現山は『うしおに』に射撃させた。銃から放たれた銛は大怪獣の胸元に着弾し、内部に詰め込まれていたプラスチック爆薬によって大爆発を起こした。

 しかし、大怪獣の黒い鱗には焦げ痕一つない。

 そのことは、権現山とて分かっていたことだ。


「おーら、おーら。こっちに来やがれってんだ!」


 銃を射撃しながら、『うしおに』は徐々に沿岸部から内島部へと進み始める。

 大怪獣は痛手はなくとも、爆発による音と光が煩わしい様子だ。そして、煩わしい原因となる『うしおに』を睨む。


「キュアアアアアアアゴオオオオオオオオオウウウウウウ!」


 大怪獣はすべての音域を震わせる声を発すると、ずしずしと地面を揺らす足音を立てて『うしおに』を追いかけ始めた。

 身動きは、遠くから見るとゆっくりとしたもの。だが、100メートル超の巨体の歩みだ。至近だと、かなりの移動速度となる。

 権現山は冷静にその速度を算出すると、『うしおに』が捕まらないよう逃げ始めた。

 『うしおに』の六本ある足は、まるで蜘蛛のように動き、木々や斜面をものともせずに走り、渓谷や川などの地面で距離が空いている場所ですら跳んで超えていく。

 大怪獣は逃げる『うしおに』を追いかけて、上陸した沿岸から、内陸へと足を踏み入れ、樹木を踏みつぶしていった。



 大怪獣が島に上陸してから、逃げる『うしおに』を追いかけている間にも、島民の避難は続けられていた。

 島民の協力と、各船の船員たちの奮闘により、当初10分は必要だと思われていた時間稼ぎが8分で終わる目途となる。

 その情報は、すぐに『うしおに』の権現山に伝えられた。


「2分も短縮してくれるなんて、ありがたいこった、なっとッ!」


 権現山は、森の中を逃げる『うしおに』を跳躍させて、大怪獣から距離をとる。こうしてたびたびに跳躍移動をしなければ、大怪獣に追いつかれそうなのだ。


「巨体だってのに、意外と足が速いんだよな。それに、挑発し続けないと民家のある方向に行こうとしやがるし」


 権現山はやりにくそうに言いながら、『うしおに』を操って、大怪獣を誘導していく。

 大怪獣は、追いつけそうで追いつけないうえに、爆発する銛という煩わしいものを放ってくる『うしおに』に、段々と苛立ちが募っている様子だ。

 それは身動きの端々に荒々しさが見えるようになったこともある。加えて、その胸元――体表の冷えた溶岩のような黒色に、点々とマグマのようなオレンジ色が混ざり始めたことからもわかる。


「怒りの度合いに応じて、体表の色が黒から赤色に変わるのも、過去の事例と同じってわけか。いいぜ。そのまま怒って、こっちにこい」


 権現山は爆発する銛を銃で打ち出し、さらに挑発行動をとる。

 爆発が起こるたびに、大怪獣の胸元のオレンジ色の分布が広がっていき、やがて胸骨に沿った位置に、一筋のオレンジ色のラインが生まれた。

 その瞬間、なぜか大怪獣は移動することを止めた。


「どうした。止まってくれるなら、願ったりかなったりだぞ」


 8分に改定された時間稼ぎのうち、3分が経過している。このまま大怪獣が移動せず、そして暴れずにいてくれたら、それだけ避難の時間が稼げる。

 権現山のそんな甘い目論見は、大怪獣がゆっくりと口を開け始めたことで、意味がなくなった。


「くそっ。破壊光線を撃つ気か!」


 数種類の怪獣が持つ、口から炎や光などを発射して対象物を壊す、俗に欧米では『怪獣吐息モンスターブレス』と、日本では『破壊光線』と呼ばれている攻撃法だ。

 過去の映像からわかるように、破壊神型である、この大怪獣も当然に持っている。

 権現山はすぐに、大怪獣の口からの直線のラインを対馬の地図に引き、被害地域の予測を立てる。


「ここから対馬の対岸まで光線が届くとしたら、『うしおに』がこの位置にいるのはまずい。大型船が入れる港に直撃しちまう!」


 権現山は『うしおに』の立ち位置を、大怪獣から『うしおに』を通って後ろへと直線を引いても、民家や港に当たらない場所へ変更する。


「避けるのは、奴さんが光線を放つ直前だぞ」


 権現山は自分に言い聞かせるように呟きながら、じっとりと汗で濡れる手で操縦桿を握りしめる。

 早く避けては、大怪獣が狙いを変更して、島に余計な被害が出るラインに破壊光線が放たれることに繋がってしまう。

 遅く避けては、大怪獣の破壊光線に『うしおに』がやられて、島民が避難するための時間稼ぎができなくなる。

 権現山が緊張感で額に汗をかくなか、大怪獣の開きつつある口から光が漏れ始めた。それと同時に、その光に含まれる熱波によって、大怪獣の顔の輪郭が蜃気楼によって歪む。さらには大怪獣の背と尻尾にある多数の骨板は赤熱化していく。

 急激に上がる温度に、大怪獣の周囲にある木々の葉が黄色く変色し、やがて燃え始めた。

 権現山は森林火災に舌打ちするが、いま動くわけにはいかないと、歯を食いしばって動くのを耐える。

 『うしおに』が動かないと見たのか、大怪獣はいまのいままで勿体つけたように開かなかった口を、やおら大きく開いた。その口内には、押し止められて溜まった破壊光線の姿。


「いまだッ!」


 権現山は、大怪獣の口内が見えた瞬間に『うしおに』を大きく横に跳躍させた。六本の足は、画面にブラックアウト警告が現れるほどの暴力的な加速を発揮し、一瞬にして機体を30メートルも移動させた。

 その瞬発力によって、直後に発射された破壊光線の暴虐から、『うしおに』は逃げることができた。


――カッ、キュ!


 大怪獣が放った大熱量を持つ破壊光線。それに焼かれた空気が、鳥のような鳴き声を上げた。光線が発射される衝撃で地面は木々ごと巻き上げられ、光線に触れる前に炎上し、一瞬と持たずに燃え尽きて灰へと変わる。

 光線が突き刺さった山は、数瞬の耐久を見せた後で溶け弾けて、大穴が現れた。

 山を貫通した光線はそのまま直進し、対馬の西南の端まで到達すると、海面へ衝突。膨大な熱量によって海水を一気に蒸発させて、水蒸気爆発を起こさせる。

 その後で光線が通過した箇所が、遅れて暴虐の事実を認識したかのように、熱波による炎上を始めた。

 たったの一撃。

 それで島の地形を変えてしまった破壊の暴虐を目にして、『うしおに』に乗る権現山は背筋が震えた。


「破壊神型は、体色がオレンジ色になるにつれて破壊光線の威力が上がるって触れ込みのはずだぞ。胸元がちょっと赤くなっただけの光線で、これかよ」


 権現山は、いまさらながらに、相対する存在の理不尽さを理解する。

 しかしそれで戦う意思が挫けてしまうほど、権現山の郷土愛と意地は脆くはなかった。


「へっ、いいぜ。こんなもん、島民のみんなに吐かれるわけにゃいかねえ。残り4分の時間稼ぎ、見事にやってやろうじゃねえか」


 権現山は意気込んで、『うしおに』を動かそうとした。

 しかし『うしおに』は六つの足の一つを、一歩前へ動かした瞬間、急に斜めに傾いでしまう。


「どうした『うしおに』!?」


 権現山は操縦桿を改めて操るが、『うしおに』の身動きは鈍いまま。

 そこで機体のセルフチェックのプログラムを走らせてみて、原因を突き止める。

 破壊光線の熱波によって過剰加熱され融解した部品が、時間を置いたことで冷え固まってしまい癒着していた。

 その具合は足回りが特に酷く、いままでのような挙動は取れないと、権現山は判断を下す。


「くそっ。避けるのが、コンマ数秒遅かったっていうのか」


 権現山は悔し気に呟くが、そうではない。

 『うしおに』は20メートル級の怪獣用の機体だ。破壊神型の怪獣の相手をできるように作られてはいない。それにも関わらず、この程度の被害で済んでいることこそが、権現山の退避行動が的確だった証明である。

 しかし行動の可否はどうあれ、対馬で唯一大怪獣に時間稼ぎができる存在が擱座寸前であることは、逃れようのない事実だった。

 事ここに至って、権現山は腹を括った。


「この状況じゃ、あと4分も時間を稼ぐのは無理だ。だが、数秒だけだろうと、この場に留めておくことはできる!」


 権現山は『うしおに』をギクシャクと動かしながら銃を撃たせ、注意を引き続ける。

 大怪獣は動きのおかしい『うしおに』を見て、手負いだと理解した。そして、いまなら捕まえられるとも判断する。大怪獣は『うしおに』に向かって、一歩一歩近づいていく。その足取りは、傷ついた獲物が逆襲してくることを警戒しつつも、自分の側が絶対的に有利だと理解している歩みだった。

 権現山はそう大怪獣の考えを察知し、歯噛みする。


「いいさ。そうやって悠々と歩いてこい。歩みが遅いぶんだけ、時間が稼げるってもんだ!」


 権現山は少しでも追いつかれる時間を伸ばそうと、動きの鈍い『うしおに』を無理やりにでも後ろへ移動させつつ射撃する。

 しかしその行動も、数秒結果を引き延ばすだけの効果しかなかった。

 やがて接近し終えた大怪獣は、手を伸ばして『うしおに』の胴体を掴んだ。そして思いっきり持ち上げると、地面へと叩きつける。


「ぐああああああ!」


 乱暴な扱いに、コックピットの中で権現山は苦痛の声を漏らす。

 揺れが収まった後、権現山は朦朧とする意識の中で、コックピットのモニターを睨む。


「くそっ。これしきで『うしおに』をやっつけた気になりやがって」


 権現山は、集落がある方向へ移動を始めた大怪獣の背を見ながら、操縦桿を改めて握る。

 しかし『うしおに』は反応しない。セルフチェックを走らせると、破壊された箇所が活動許容限界だと警告が現れる始末だ。


「まだだ。動いてくれ『うしおに』よお。奴さんの背中に飛び乗る、その一度だけでいい。それで、また数秒は島民が逃げる時間が稼げるんだ!」


 権現山が血を吐きながら叫び、やけくそ気味に操縦桿を動かす。

 すると想いが通じたかのように、ボロボロの『うしおに』が急に立ち上がり、直後に大怪獣の背に跳びかかった。

 大人と赤ん坊ほどの体格差があっても、赤ん坊が急に背中に乗ってくれば、大人とてギョッとするもの。

 それは大怪獣であっても同じことで、大慌てで背中に張り付いた『うしおに』を剥がそうとする。

 しかし、その手は背中まで回らない。首を巡らして噛みつこうとするも、閉じる歯は『うしおに』の頭部のやや上までしか届かない。

 この事実に、権現山は笑う。


「はははっ。破壊神型の弱点が背中に張り付くこととはな。このデータは送っとかなきゃな」


 権現山が時間稼ぎの限界を感じ、ここまでの戦闘データを送信すると、唐突に通信がやってきた。


『『うしおに』のパイロット、よく時間を稼いでくれた。対馬沿岸に、佐世保からの大型怪獣用の超戦艦が到着した。その超大型怪獣は砲撃で釘付けにする。機体を捨てて脱出しろ!』

「そいつはありがてえ。『うしおに』が限界だったところなんでね」


 権現山は、相棒である『うしおに』を捨てて逃げることに後ろめたさを感じつつも、脱出機構を動かそうとする。

 しかしその直前、周囲に変な現象を目にした。


「おい。この通信を送ってきているヤツ。砲撃はすでに始まっているのか!?」

『いや、まだだ。君が機体から脱出したのを観測してから、砲撃を開始する手はずになっている』

「それじゃあ、この周りにある『変な光』はなんだ! 前に資料で見た、衛星砲の前段階みたいな現象が見えるぞ!」


 静止軌道上にある戦略衛星からの、レーザー攻撃。

 それを引き合いにだしながら、権現山が『うしおに』が観測した映像を通信に乗せて送ると、相手側から困惑の声がきた。


『そも日本では実用前で、現段階で可動しているのは米国だけだ。だが衛星砲の使用は聞いてない! だが本当に衛星砲かはともかく、緊急事態に変わりはない。早く脱出すべきだ!』

「おっと、それもそうだった。じゃあな『うしおに』、役目を果たしてくれてありがとな」


 権現山はモニターを優しくなでて別れを告げると、緊急脱出機構を作動させた。

 コックピットの座席ごと急速な搬送が開始され、『うしおに』の背部から射出脱出させられる。

 空中を飛ぶ中で、座席に仕込まれたロケットが点火し、さらに遠くへと権現山は運ばれていく。

 徐々に遠くなっていく、大怪獣と『うしおに』の姿。

 そんな中で、権現山は見ていた。

 大怪獣の足元に巨大かつ白く光る円があったこと。円には『魔法陣』のような模様があったこと。『うしおに』が観測した光は、その円から立ち上っている光の柱だったこと。

 そして、円が太陽を直視したような光量を発揮した直後、大怪獣も『うしおに』も消え去ってしまったこと。

 権現山は空飛ぶ座席に乗りながら、一連の現象をしっかりと見ていたが、不可解な現実を理解することを諦めて肩をすくめた。


「いまごろ超戦艦の連中は、大怪獣が消えたことで大慌てだろうな。そんで俺は、間近で状況を見ていたからって、この後で事情を聞かれるってわけだ。けど、見たままを伝えても、誰も信じちゃくれねえだろうなぁ」


 権現山は後ろ頭を掻くと、なるようになれという気持ちで、座席から飛び出て開いた落下傘に身を任せて、ゆっくりとした地上への降下が終わるのを待つことにしたのだった。

二話投稿なので、次へどうぞー

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