爆破
矢継ぎ早に指示を仰ごうと連絡が来る中、セルジュはリオンが乗り込んだアロガンツを前にしていた。
「今更お前が乗り込んだところで、どうにかなると思っているのか? お前は俺に負けたんだよ」
煽るがリオンの返事はない。
「何だ、震えて声も出ないのか? そのまま女と逃げた方がよかったんじゃないのか?」
味方の通信を無視してアロガンツと対峙する。
イデアルの方もルクシオンと向かい合っており、どうにも手助けは期待できそうにない。
思っていた以上に厄介だった。
(落ち着け。俺は一度勝っているんだ。なら、何も問題ない)
いくら煽っても反応がない。
そのせいなのか、セルジュは少し緊張していた。
「性能はこっちが上だ。お前は俺に二度も負けるんだよ!」
動き出したギーアが空中で槍を構え、いきなり最高速を出して槍をアロガンツの胸に突き刺そうとした。
アロガンツは動かない。
(ほら見ろ、反応できていないじゃないか!)
セルジュがこの世界で手に入れた魔法による身体強化技術で、機体性能は更に向上していた。
これまでセルジュも努力してきた。
剣と魔法のファンタジー世界に浮かれ、環境もあって鍛える時間は沢山あった。最高の環境でセルジュは学べてきたのだが――。
「な、何!?」
槍の穂先がアロガンツの胸に突き刺さろうとして――砕けた。
アロガンツの胸元には傷一つ入っていない。
『言い忘れていたが、ここは前と同じだ。以前にデタラメに強い爺さんがいてね。そいつにここを貫かれたんだ。だから、特別頑丈にしてある』
胸部装甲部分は、パイロットの頭がある。
そこを貫かれたリオンは、修復時に胸部装甲の素材を変更していた。
最初からセルジュの槍はリオンに届かない。
「く、くそ!」
距離を取ろうとすると、アロガンツが動き出し目の前に迫る。
左腕を前に向けマシンガンを撃つと、アロガンツの装甲を削って――表面の装甲をそぎ落とした。
表面の装甲を失ったアロガンツだが、その下には先程と変わらない装甲が出てきただけだ。
アロガンツの手が伸び、そのままギーアの左腕を掴む。
『それは追加装甲だ。お前らを良い感じに引きつけるための演出の一つだったんだが、削りきれなかったんだな』
アロガンツが握った左腕は、ギーアが強制的にパージした。
肩部分から白い煙を吹き出しながら、ギーアはアロガンツと距離を開ける。
その後すぐに、衝撃波で粉々に砕かれた左腕。
「てめぇ、調子に乗ってんじゃねーぞ!」
破壊された槍を捨てて、レーザーブレードを右手に持つセルジュはアロガンツに突撃する。
しかし、アロガンツはその動きを予想して避けてしまった。
アロガンツにそのまま蹴り飛ばされる。
『お前のデータは取り終わったからな。ほとんどオートで対応できる』
それはつまり、リオンの実力など関係ないという意味だ。
「な、何だと! 勝てないから機械に頼ったのか!」
リオンは普段と変わらない口調で。
そして穏やかに。
『それがどうした? お前の実力はその程度なんだよ。今まで優勢に戦えていたのも、みんなルクシオンの演出だ。どうだ、凄いだろ?』
その言葉にカチンときたセルジュがアロガンツに斬りかかる。
避けられ、殴られても攻撃を続けていた。
「お前の実力じゃねーだろうが! そんなんで――」
『勝って嬉しいのか、だろ? お前みたいな奴はすぐにそう言うな。クリスやグレッグと同じ脳筋タイプだ。だけど、あいつらの方がマシだったな。周りとうまく連携を取れるようになっているのを見たが、随分と成長している。人生二回目のお前と違ってね。ガキは転生してもガキのままだ』
「――っ!」
セルジュは今まで使わなかったドローンを展開する。
『いいか、これは喧嘩じゃない。戦争だよ』
すると、アロガンツは同じ数のドローンを展開して攻撃を封じてしまった。
互いのドローンが攻撃を行い、同士討ちのような形で破壊され地面に落ちていく。
『お前は何も分かっていない。お前がいくら俺に勝とうが意味がない。俺にはルクシオンがいて、お前にはイデアルがいる。その時点で個人の技量に意味なんかないのさ』
「意味がない、だと」
『あぁ、そうだ。確かにお前は俺よりも強いよ。だけど、その程度の差はルクシオンの前では無意味だ。俺とお前の差は、ルクシオンの前では誤差にもならない。分かるか? 無意味なんだよ』
アロガンツに殴られ、地面に落ちたセルジュは悔しさに奥歯を噛みしめる。
自分のしてきたことを全て否定され、そして手を貸さないイデアルにも腹が立ってくる。
「な、なら、あの時は本気じゃなかったのかよ!」
『あんな場所で本気を出せるわけがないだろうが。お前、鎧同士が街中で戦うとどうなるのか知らないの? 知らないよね。知らないから――こんな酷いことが平気で出来るんだろうな』
アロガンツが聖樹の方角を指さした。
セルジュが警戒しながらそちらを見ると――。
「なっ!」
――聖樹で爆発が何度も起きていた。
リオンが言う。
『“この場”は見逃してもよかったんだけどな。止めた――ここで、この場所で、お望み通り本気で相手をしてやるから、自分がやったことの意味くらい知ってから死ね』
燃える聖樹。
セルジュが口を開けていると、イデアルの叫び声が聞こえてきた。
同時に――セルジュは胸が苦しくなってくる。
「何だ、この痛みは?」
◇
『qあwせdrftgyふじこlp!!!!!!』
イデアルの叫び声をルクシオンは聞いていた。
混乱するイデアルの反応を確認したルクシオンは、リオンが聖樹に仕掛けた爆弾の量を計算する。
『仕掛けた位置が駄目ですね。後は、単純に火薬不足でしょう。まぁ、時間もありませんでしたから、これで十分ですが』
ただ、イデアルが予想以上に聖樹に固執しているのか意味が分からない。
エネルギーを供給するための道具以上の価値を見いだしている様子だった。
『よくも――よくも聖樹を! 皆の願いを踏みにじったな、この移民船が! お前のような逃げるためだけの船に、あの木の本当の意味など理解できるはずもない! やはりお前は破壊するのが正しかった! この愚物がぁぁぁ!』
ルクシオンは、激怒したイデアルに言い返すのだった。
『――聖樹に固執しているようですね。それなら、マスターを怒らせなければよかったのです。たとえ、私が性能で貴方に負けていたとしても、マスターの質で私が勝っているのですよ。私のマスターは、決断すれば徹底的にやるのです。お前のマスターもどきと一緒にしたのが間違いです』
イデアルは興奮状態だ。
まるで、ルクシオンが新人類の兵器を見つけたときに似ている。
『マスターの質? 随分と半端者を評価していますね。やはり、移民船の人工知能は使えない。あの程度のマスターに、私のマスターや皆が負けるはずがない』
『皆?』
ルクシオンは会話から、イデアルがセルジュをマスターとして認めていないのを察した。
リオンと比べているのは別の誰か――それも複数だ。
『やはりあのセルジュという男は傀儡でしたか』
『起動するためにはどうしてもマスター登録が必要でしたのでね。あの男は評価していますが、私のマスターには不十分です。私のマスターは――私のマスターは、今でもあの方たちだけだ』
何か事情があるらしいが、イデアルは一から説明する気はないようだ。
ルクシオンはイデアルを警戒する。
熱量が増大していたからだ。
『その出力は周辺を吹き飛ばしてしまいますよ? 今まで出力を押さえていたのに、よろしいのですか?』
警告するも、イデアルは気にした様子がない。
『新人類などいくら消えても構いません。ギーアに乗っているセルジュも生き残るでしょう。お前は――お前たちはここで必ず倒す』
イデアルの敵意がリオンにも向かっていると気が付き、ルクシオンも出力を上げていく。
『新人類などいくら滅んでもいいと? 同意見ですね。では、私もマスターの生存を最優先に行動させてもらいます』
互いに通信を切ると、そこから更に戦闘が激しくなってくる。
リオンから通信が入ってきた。
『あんまり周りに被害は出すなよ』
『無茶を言いますね。オリヴィアは無事に救出できましたか?』
『間一髪だった。戻ったら慰めるとして――イデアルかセルジュか知らないが、苗木はガチガチにガードされて手が出せなかったよ。屋敷内は余裕で潜り込めたんだけどな』
聖樹の苗木は取り戻せなかった。
それを悔しいとはリオンは感じていないようだ。
『それから、屋敷を爆破したがイデアルに反応はあったか?』
『ありません。聖樹に対しては異様に反応を示していますけどね』
『そっか――なら、クレアーレに期待するか』
リオンも忙しいのか通信を切る。
『慰めが必要なのは、オリヴィアではなくマスターだと私は思いますけどね。さて、私の役目を果たしましょうか』
ルクシオンは、イデアルへの対処に入るのだった。
旧文明の宇宙船が――チート戦艦たちが本気でぶつかりはじめた。
その余波は共和国中に広がっていく。
◇
戦場から離れたアインホルンの甲板。
そこでリビアが聖樹の方角を見ていた。
聖樹の一部が燃えていた。
それは共和国の人々も気付いているのか、暗くなった夜なのに地上はとても明るかった。
手すりに掴まり、見るのは激しくぶつかる光だ。
「あれが――ルク君の本気なの」
大きな飛行船同士が光学兵器やミサイル、実弾を撃ち合い光や爆発に巻き込まれている。
戦場にいた共和国の飛行船は吹き飛ばされていた。
吹き飛び、燃えて地上に落ちている。
圧倒的な力の差がそこにはあった。
クリスが鎧から降りて、リビアの隣に来る。
「パルトナーじゃないだと? 明らかに形状が違いすぎる。バルトファルトの奴、まだ戦力を隠し持っていたのか」
ブラッドも来ていた。
「こんなの僕でも黙っているよ。でも、これだけの切り札をきったということは――それだけ怒らせたってことかな?」
全員の視線がリビアに注がれていた。
最強とも言える切り札をきった理由が自分にあると知って、リビアはその場に座り込むのだった。
「私のせいで」
ジルクが苦虫をかみ潰したような顔になっていた。
「――これだけの力を隠していたというのは、何とも面白くありませんね。私たちは馬鹿にされていたのでしょうか?」
全員が同じ気持ちなのか、面白いとは思っていないらしい。
そんな中、エリクだけは違う意見を口にする。
「お前ら馬鹿か。あの人は姉御が兄貴と認めた人だぞ。お前らみたいなポンコツと一緒にするな」
「何だと!」
グレッグが胸倉を掴み上げるが、エリクは引かなかった。
「あの人――兄貴が出し惜しみをして本気を出さなかったと思うなら、お前らはその程度なんだよ! ――俺と同じ間違いをするんじゃねーよ」
リビアが顔を上げる。
「え? あの――え? あ、兄貴って――え?」
リオンとマリエの兄妹疑惑が、ここに来てエリクによって誤解されていた。
「あの人ならどんな問題も簡単に対処できただろうさ。けどな――それをしなかったのは何故だ? 俺は姉御の側にいて色々と見てきた。短い期間だが、それでも分かることがある。俺は――俺たちは聖樹の大きな力に頼りすぎていた。けど、あの人たちは違うだろ!」
エリクたち共和国の貴族は、聖樹の加護により大きな力を貸し与えられていた。
そのために横柄な態度を取るようになった経緯がある。
地元にいれば負けることはない。
聖樹が無尽蔵とも言える魔力や魔石を与えてくれるので、エネルギーにも経済にも困らない。
頼りきり、そして駄目になった。
「見ろよ。セルジュの奴は味方も巻き込んで吹き飛ばしやがった。あんな船が本気で暴れたら、大陸は焼け野原だ。あの人は、関係ない人間を巻き込まないようにギリギリまで本気を出さなかったんだよ」
言われてブラッドが俯いていた。
目の前の戦闘を見ていると、普段使えない――使ってはいけないと思える規模の破壊力があった。
「――確かに、これだと本気を出せないよね。このまま戦っていれば、大陸が沈んでしまいそうだ」
クリスが眼鏡を外した。
「バルトファルトの奴、公国との戦争でもはじめは随分と気を遣っていたな」
グレッグが舌打ちをしてエリクを解放した。
「っんなの知ってるよ。だけどよ――何か言ってくれてもいいだろうが」
ジルクは空を見上げ、
「言えば揉めることになりますね。王国は彼を放置できないでしょう。それを分かっていたバルトファルト伯爵が、ここで本気を出したということは――」
ジルクたちにしてみれば、リビアだけを取り返して逃げなかった時点で――王国のために戦っているように見えていた。
戦場を見守っていると、ジルクが異変に気が付く。
「待ってください。様子がおかしい」
聖樹がまるで動いているように見えた。
大地が揺れているのか、下からは悲鳴や火事が発生している。
リビアが下を覗き込む。
「地震? いったいどうして――まさか、聖樹が動いている?」
聖樹により繋がれた大地が揺れ動いていた。
すると、胸が苦しくなってくる。
胸を押さえ、そして聞こえてくるのは人々の苦しむ声と――聖樹の悲鳴だった。
「これ――人じゃない? 何か大きな声が――苦しいって怒っている?」
エリクが青い顔をして、リビアを見ていた。
「あんた、分かるのか? 俺だってかすかにしか分からないのに」
加護を失っているが、かすかに聖樹の苦しみを理解しているエリクは――加護を受けていないリビアが聖樹の苦しみを感じ取っているのが信じられないという顔をしていた。
◇
港では留守番をしていた仮面の騎士――ユリウスがリコルヌの甲板で木箱の上に腰掛けている。
「――皆が戦っているのに、俺だけ参加できないとは情けない」
なら、仮面を取れと言いたいが、これはユリウスの譲れない部分だ。
王子として戦場に出して貰えないから仮面を付けている。
正直、脱ごうが戦場には出られない。
それが本来の立場だ。
落ち込むユリウスを遠巻きに見ているのは、リコルヌに来たニックスだった。
「あいつ誰?」
リコルヌの船員に聞いてみても、誰もが首をかしげていた。
甲板にアンジェが出てくる。
「義兄上、他の者たちの様子はどうですか?」
「は、はい! 換装は終わったそうです! あの白くて丸いのは『お仕事があるからいくわ』って空に飛んでいきました!」
公爵令嬢が弟嫁になってしまい、どんな対応をすればいいのか分からないニックスは胃が痛かった。
ダニエルもレイモンドも、アンジェにどう接して良いのか分からないのでこの場に来ない。
「そうですか。早く出発したいのですが――」
すると、飛行船が揺れはじめた。
ニックスが慌てる。
「な、何だ?」
アンジェが周囲を見れば、飛行船だけではなく周囲の建物まで揺れているように見えた。
「これは地震か?」
狼狽えていると、仮面の騎士が立ち上がり周囲に指示を出す。
「飛行船を出せ! 繋がれたままでは巻き込まれるぞ!」
その指示にニックスが「偉そうな奴だな」と文句を言うが、正しい判断なので従うことにした。
急いでリコルヌから自分の船に走ると、船員たちに船に乗るように言って飛行船を繋いでいるロープを切らせる。
リコルヌも浮かぶと、周囲の味方の船も同じように浮かんでいた。
アンジェは手すりに掴まり外の様子を見る。
遠くに見える聖樹が赤く――燃えているように見えた。
「何が起きている?」
見慣れない光も確認できる。
そうしていると、リコルヌが急に出力を上げ始めてシールドを展開する。
「――っ!」
アンジェが顔を背け、目を細くすると、シールドに光線が命中した。シールドはリコルヌだけではなく、周囲の味方も守っている。
遠くに見える建物に光線が命中すると、赤く染まってレンガが溶けて光りが貫く。
周囲はすぐに燃えはじめた。
破壊されていく建物。燃え上がり、そして人々が逃げ惑っていた。
「この距離でこんな――リオンたちは大丈夫なのか?」
二人を心配していると、仮面の騎士が空を見上げていた。
「どういうことだ? 何故――あれがここに」
アンジェも見上げると、しばらく驚き――そして周囲に指示を出す。
空を静かに進む飛行船が一隻。
「殿下、すぐ皆に指示を出してください! 我々も戦場に向かいます」
すると仮面の騎士は、
「で、殿下ではない! 私は一人の騎士。名前もない仮面の――」
「いいから、早く!」
「は、はい!」
アンジェは空を見上げ、そして遠くに見える戦闘を不安そうに見守るのだった。




