外道騎士の本気
ラウルト家の屋敷。
中庭に隠していたエアバイクに近付くと、光学迷彩が解除される。
「まるでスパイ映画みたいだな」
俺の呟きにリビアが困っていた。
「あの、すぱいえいが、って何ですか?」
「独り言だよ。ほら、乗って」
リビアが跨がると、俺も乗り込みエンジンをかける。
周囲の景色に溶け込み見えなくなると、屋敷が慌ただしくなっていた。
どうやらランベールの遺体を発見したらしい。
もしくは、レリアが騒いだのだろうか?
どちらでもよかった。
俺の背中にしがみつくリビアが、不安そうにしていた。
「見つからないんですか? えっと、ルク君と同じ能力があるなら、発見されるかもしれませんよ」
「大丈夫。見つかっても、今のイデアルは動けないだろうから」
潜り込むだけなら問題ない。
ただ、ルクシオンやクレアーレのサポートは受けられなかったけどね。
そして俺は、隠し持っていたスイッチを取り出す。
間違って押さないためのセイフティーを外し、ボタンを押すと懐にしまい込んだ。
リビアは気付いた様子がない。
「さて、そろそろあいつらの様子を見にいくとするか」
「今日のリオンさん、ちょっと怖いです」
リビアの感想は正しかった。
「本当に――どうしてこうなったのかな」
ハンドルを握りしめ、俺はエアバイクでラウルト家の屋敷を急速に離脱するのだった。
爆発音に驚いて、振り返ったリビアが俺に声をかけてくる。
「リオンさん、屋敷が!」
◇
ラウルト家の屋敷で起きた爆発。
その衝撃で鉄格子が歪み、外に出られるようになったアルベルクは倒れていたノエルを抱き起こしていた。
「大丈夫か!」
「は、はい。何とか。まだ、少しクラクラしますけど」
急に屋敷が激しく揺れた。
部屋を出て廊下から窓の外を見れば、黒い煙が見える。
アルベルクは冷や汗をかいていた。
「まさか、ここまで攻め込まれたのか?」
港がある元レスピナス家の領地から、ここラウルト家の領地の間には聖樹のある浮島を挟んでいた。
距離的に随分と離れているはずなのに、もうここまで攻め込まれたのかと思っていると兵士たちの声がする。
「アルベルク様は無事か!」
「王国の奴ら、何て真似をしやがる」
「すぐにセルジュ様を呼び戻せ」
物陰に隠れてやり過ごすと、アルベルクは会話の内容からセルジュが出陣したのを知る。
「あの馬鹿息子。戦場に出た経験などないだろうに」
イデアルを持っているために油断しているとすると、それはとても危険だった。
アインホルンが何の策もなくこちらに向かってきているわけがない。
リオンが動いているとすれば、絶対に何か企んでいるはずだ。
ノエルが頭を押さえつつ、アルベルクから離れると窓の外を見る。
「何が起きているの?」
それは問いかけではなかったが、アルベルクが答えた。
「――馬鹿息子が王国と戦争を始めたのは確かだね。誰も止めなかったのが情けない」
ノエルが振り返る。
「戦争!? そんなの止めさせないと!」
ただ、アルベルクは首を横に振るのだった。
「はじめてしまえば、決着をつけねばならん。それに、状況が分からないので対処のしようもない」
今回の一件を周辺国はどう思うだろうか?
共和国の信用はどうなる?
アルベルクには、勝っても負けても大きな問題が出来てしまったようにしか見えなかった。
「大義名分のない戦争など――人がついてこぬというのに」
今はいい。
国中が失ったプライドを取り戻そうとしている。
だが、こんなやり方はいつまでも続かない。
アルベルクはノエルを見た。
どうすれば良いのか考えているノエルを見て、
「ノエル――君は聖樹の苗木を持って王国に逃げなさい。バルトファルト伯爵は君を欲している。悪いようにはしないだろう」
ノエルは俯く。
「――リオンには婚約者が二人もいるわ。私が付け入る隙なんてない」
「な、何!? あ、いや、そうだったな。資料で読んだが――そ、そうか。いや、伯爵本人でなくとも、王国で出会いもあるだろう。それとも、共和国に気になる異性でもいるのかい?」
「いないわ」
軽い冗談を交えてみたが、即答するノエルに少し寂しく思うアルベルクだった。
「と、とにかく、今は出来ることをしよう。まずはこの状況を正しく把握する必要がある。誰かに話を聞くとしよう」
ノエルが頷き、二人は屋敷の廊下を走るのだった。
◇
戦場――イデアルは何もない空を見ていた。
『そこにいるな――ルクシオン』
何もない空に、人工知能のイデアルはルクシオンの本体を正確に把握していた。
周囲の景色に溶け込んではいるが、確かにそこに存在している。
『――データ通り。多少の差異は許容範囲。末期に建造された移民船で間違いない』
人類が故郷を捨てて旅立つために用意した箱船だ。
その機能の中には、軍属であるイデアルでは所持していない装備を数多く保有している。
ルクシオンと戦ってでも欲しかったのは、ルクシオンの本体だ。
『もう時間がない。全てをもらいますよ、ルクシオン』
イデアル本体――大きな箱型の宇宙船の装甲には、様々な武器が取り付けられていた。
すると、大地の一部が盛り上がり、そこからイデアルにレーザーを照射する。受け取ると、イデアルの出力が上がった。
足りない機能を外部から補っている。
それらがルクシオンに向くと、一斉に攻撃を開始する。
戦場では、何もない空間に攻撃を開始するイデアルに疑問を持つ兵士たちもいた。
通信を送ってくる者もいるが、それら全てを無視する。
離れたミサイルや実弾――そして光学兵器を全て跳ね返すルクシオンは、その姿を晒した。
灰色の船体は流線型の形をしていた。
船首が細く、二等辺三角形のようなシンプルな形をしている。
両脇に四角い箱状のエンジンがついている。
『全てを一隻に詰め込んだ多目的な船――今の私と同じですね』
イデアルも基地で使えそうな部品を集め、自身を改修している。
補給艦なのに無理をしてまで、戦艦が持つような兵器も積み込んでいた。
本来、純粋な戦闘用ではない。
本来の性能を考えるとルクシオンの方が上だった。
『ここは私のホームですからね。負けられません』
イデアルが聖樹を背にして庇うように、攻撃を更に激しく行う。
同時に、艦内では新しいミサイルや実弾が次々に生産されていた。
光学兵器の交換パーツまで用意され、どれだけ撃っても補給される。
そんな中、共和国の飛行船が爆風に煽られるように上昇した。
ルクシオンのシールドを貫けず、攻撃を更に激しくしているイデアルの光学兵器に巻き込まれ――その飛行船は爆散する。
『邪魔ですね』
無人の飛行船がルクシオンを囲むように動いており、無人機の鎧も戦闘を無視してルクシオンに向かっていた。
セルジュが怒鳴り声を上げる。
『イデアル、何をしてやがる!』
『――マスター、こちらはルクシオンの相手で手一杯です。アインホルンの相手はお任せします』
『ふざけんなっ! こっちは奴らがしつこいせいで面倒なことに――またかよ!』
セルジュの方は、途中から参戦したエリクによって四対一で戦うことになっていた。
機体性能差があったとしても、四対一で苦戦を強いられている。
(そこで戦場の厳しさを学びなさい。生き残れば、マスターとして使ってあげますよ)
今のイデアルにとって、大事なのはルクシオンだった。
◇
イデアル本体から攻撃を受けるルクシオン本体。
その中には、ルクシオン――子機の姿もあった。
『かなりの無茶をしていますね。本来なら、戦艦の装備など持てないはず。だが、イデアル――その程度で私を止められると思っていたのですか?』
ルクシオンが攻撃を開始すると、イデアルの周辺にいた無人の鎧や飛行船が燃え尽きて落ちていく。
互いに出力を落として戦っているのは、周辺で味方が戦っているからだ。
本気を出せば周辺が吹き飛んでしまう。
『味方を軽視していますね。その割には、無茶をした本体の姿が気になります。いったい何を考えているのか?』
イデアルの後方に見える聖樹。
すでに攻撃可能範囲だった。
『将来の禍根は早期に排除――マスターがすぐに決断してくれれば、楽に終わったのですけどね』
今のリオンは共和国のことを考えていない。
考えているのは――自分のことだけだ。
リビアを助け、将来の禍根は排除する。
そのためにようやく重い腰を上げたのだ。
『私と貴方が戦うという意味を、貴方のマスターは知らなすぎた。聖樹共々吹き飛びなさい』
ミサイルを聖樹に向かって撃ち込む。ミサイルが戦場を抜け出し、聖樹を目指した。
イデアルもルクシオンと戦うために余裕がなく、聖樹への攻撃など無視すると考えていた。
イデアルにとって聖樹など無価値だと思っていたからだ。
だが――。
『――これは?』
イデアルは本体の防御を無視して無理矢理ミサイルを迎撃した。
一発は迎撃不可能とみたのか、無人の飛行船を当てて防いでいる。
光学兵器への対処も同じだ。
本体を盾にするように聖樹を守っている。
『私たちの知らない聖樹の価値があるのでしょうか?』
独自に調査を行うと、イデアルと聖樹の間に設備を通してエネルギーのやり取りが確認できる。
『――聖樹からエネルギーを得ている? なるほど、理解しました。イデアル、貴方は自らを防衛設備にしましたね』
共和国内限定で、補給艦とは思えない性能を発揮できるようにイデアルは自身を改造していた。
だからこそ、イデアルはここで――共和国でルクシオンと戦いたかったのだ。
聖樹周辺にはシールドを発生させており、光学兵器の対処がされていた。そのため、ミサイルは無理をしてでも撃ち落としたのだ。
ただ、そうなると下手な攻撃では聖樹には届かない。
危険な攻撃はイデアルが防ぎ、そして聖樹はエネルギーをイデアルに供給し続ける。
『これは少々厄介ですね』
ルクシオンには、イデアルがなりふり構わないように見えていた。
◇
ルクシオンとイデアルが激しく戦っている空の下。
セルジュはエリクを前に悪態をつく。
「てめぇ、国を裏切るとか最低だな! それでも六大貴族か!」
ただ、エリクは動じない。
『俺はただ、こんな戦いは間違っていると思っただけだ!』
「思っただけで裏切るなよ、糞野郎!」
蹴り飛ばすと、今度はブラッドが槍を突いてくる。
ギーアは素手で受け止めるが、ブラッドは槍を手放すとすぐに新しい武器を持って攻撃してきた。
『僕に夢中なのは分かるけど、よそ見をするのはよくないね』
「このナルシスト野郎が!」
レリアに聞いていたブラッドのキャラを思い出し、文句を言うとグレッグが下から槍を突き出してきた。
避けると、上からクリスが大剣を振り下ろしてくる。
『おらぁぁぁ!』
『せいやぁぁぁ!』
当たっても装甲に傷がつく程度。
たいした損害はないが――。
「こいつらウゼェ!」
――直後、弾丸がギーアの頭部に命中する。
それは緑色の鎧の――ジルクだった。
『対アロガンツ用の戦術でも駄目ですか。結構、本気で練習してきたのですけどね』
アロガンツに勝つために練習してきた成果を、ギーアに発揮していた。
「お前らぁぁぁ!」
激怒するセルジュの額に青筋が浮かび上がった。
だが、アロガンツの名前を聞いて気が付く。
「リオンの野郎はどこだ?」
首を動かし周囲を探すも、リオンの乗るアロガンツの姿はどこにもない。
エリクがクツクツと笑っていた。
『――セルジュ、バルトファルト伯爵は最初からこの場にいなかったんだよ』
「あぁ? お前、何を言って――」
向かってくるエリクを殴り飛ばし、グレッグを槍で叩き付けるとクリスの斬撃を腕で防ぐ。
クリスも会話に参加する。
『本当のことだ。バルトファルトはここにはいない――いや、いなかった、だな』
セルジュが何を言っているのか理解できないでいると、味方から通信が入る。
『セルジュ様! お屋敷で爆発があったそうです! 死者や負傷者の数は不明。情報が混乱していますが、ランベール様の遺体が見つかったそうです!』
「――は?」
セルジュが呆気にとられていると、背中をグレッグに蹴り飛ばされた。
『もう遅い! お前ら、バルトファルトを舐めすぎたな』
ジルクが言う。
『王国最強の外道騎士――彼を本気にさせたのはまずかったですね』
蹴り飛ばされたセルジュがアインホルンの甲板を偶然見ると、そこではアロガンツにリオンが合流しているところだった。
リビアがアインホルンの船内に避難すると、リオンはアロガンツのコックピットに入り込む。
――今までのアロガンツは無人だった。
セルジュは歯を食いしばる。
(あの野郎、俺をおちょくっていたのか!)
次々に味方から指示を求めてくる通信が入った。
『セルジュ様、上の戦闘に巻き込まれ味方に被害が出ています!』
『セルジュ様、既に損害は五割を超えました。撤退命令を!』
『セルジュ様、アインホルンが後退していきます。追撃命令を!』
次々に舞い込む情報やら進言に、セルジュは対応できずにいた。
理由は――。
『待たせたな、お前ら』
空に上がってきたアロガンツは、バトルアックスから大剣に持ち替えていた。
『こっちは冷や汗ものでしたよ』
『僕もジルクと同じだ。でも、無事に取り返したみたいだね』
『バルトファルト、このまま本当に撤退でいいんだな? 俺たちを本当に下げるのか?』
『私はまだやれるぞ』
『俺もやれる。俺も残る!』
五人と会話をしているリオンは、酷く面倒そうにしていた。
『お前らは下がれ。ここから先は戦争じゃない。アインホルンを守って後退しろ』
セルジュが口端を引きつらせながら笑った。
「俺に負けたのを忘れたのか。少し形が変わったくらいで――」
だが、リオンはセルジュに何の関心も示さない。
『さて、さっさと終わらせるか』
まるでセルジュを無視しているかのような態度だった。




