ヤンデレのエリク
平和な日々が続いていた。
だが、そんな日が続かないのは予想していた。
「兄貴助けてぇぇぇ!」
俺の自宅に泣きついてきたのは、あの五人に足を引っ張られているマリエだった。
「今度は何があった?」
「聞いてよ! あの五人、残ったお金を使って増やそうとか言い出したのよ!」
話を聞くと、何やら商売に手を出したらしい。
とにかく、大量に何かを仕入れて売ろうとした。
全部売り切れば、大きな儲けになったのだろうが……素人が下手に商売に手を出すと駄目というのが、マリエを見ていると理解できる。
この様子ならきっと失敗しただろう。
「どんな風に失敗したんだ?」
「違うの! 仕入れた品物は売れたの! けど、税金とか色々とあって……うわぁぁぁん!」
税金やら、その他の雑費で元手は増えるどころか減ってしまったらしい。
あいつら本当に馬鹿だな。
「計画を聞いたらうまくいきそうな気がしたのよ! なのに、なのに! 商売をすると場所とか、色んな道具が必要だったのよ!」
「そうだな。売り方次第でお金もかかるよな。というか、お前も関わっているじゃないか。自業自得だよ」
「助けてよ」
「お前に金を渡しても、すぐに溶かすから嫌だ」
「お兄ちゃぁぁぁん! 私を捨てないでぇぇぇ!」
理論上は儲かる計算だったらしいが、結果としてマイナスになってしまったらしい。
こいつは何かに呪われているのだろうか?
エルフの婆ちゃんが言っていたな。
全てを得るか、それとも失うか……だったか?
玄関で俺に泣きつくマリエを遠くから見ていたのは、苗木の入ったケースを持った姉貴さんだった。
ちょっと怖がっている。
「……あ、レリアのお姉さんだ」
「最近ようやく元気が出てきたよ。散歩もするようになったんだぞ。屋敷の庭だけど」
割と大きな屋敷だから、いい運動になる……はずだ。
食欲も出てきて、顔色も良くなっている。
姉貴さんは、マリエに対して少し怯えていた。
「は、はじめまして」
以前会っているのだが、姉貴さんは覚えていないらしい。
マリエが俺の服を掴んでクイクイと引っ張り、
「ちゃんと優しくしているのよね?」
「俺は、お前以外には紳士な対応を心がけているから大丈夫だ」
マリエがムスッとしながら「ならいいわよ。えぇ、問題ありませんよ!」と言って怒っていた。
こいつは俺に一体何を求めているのだろうか?
不満そうなマリエが無害……ではないが、大丈夫だと言って姉貴さんにも来て貰う。
「ずっと苗木を抱えているの?」
「……落ち着くんです」
やはり、巫女の素質があるためだろうか?
俺はようやく元気になりつつある姉貴さんに安堵する。
ルクシオンが天井から降りてくると、俺とマリエを交互に見ていた。
『またですか?』
その反応にマリエが右手を振り回して抗議する。
「またって何よ! こっちは生活がかかっているのよ!」
『あれだけのお金を貰っておきながら、生活苦になる貴方たちがおかしいのです。普通に一年を乗り切れたはずですよ』
家賃やら光熱費、それに最低限の費用は必要ないからな。
死にはしない。
「今度は商売に手を出して失敗したらしいぞ」
『新しいパターンですね』
「五月蠅いのよ! 可愛い妹を助けなさいよ!」
可愛い? ごめん、妹と可愛いという二つの言葉に、何の関係があるのか理解できないな。
哲学か何かだろうか?
「俺に可愛い妹なんて、前世でも今世でもいないから」
「助けてよ、お兄ちゃぁぁぁん!」
すがりつくマリエを振り払っていると、姉貴さんがオロオロと困っていた。
苗木の入ったケースをギュッと抱きしめている。
「け、喧嘩は駄目です」
その言葉に、俺もマリエも動きを止めた。
マリエが首を横に振る。
「こんなのスキンシップみたいなものよ。兄貴には、お兄ちゃん、って言って甘えておけば、けっこう何とかしてくれるし」
「お前、俺をそんな目で見ていたのか?」
ルクシオンがツッコミを入れてくる。
『事実ですからね。普通に考えて、マリエを助けるマスターはとても優しい部類の“お兄ちゃん”では?』
それは利用されているのではないだろうか?
姉貴さんは、少し羨ましそうに俺たちを見ていた。
「……なんか、いいですね。言いたいことを言える、って。あたしも、もっと言いたいことを言えたら、こんなことにはならなかったのかな?」
色々と我慢していたのだろうか?
マリエが小声で俺に聞いてくる。
「ねぇ、それよりお姉さんの名前って何? レリアの奴に聞くのを忘れちゃったのよ」
「俺も姉貴さんで通していたから知らない。聞いてみる?」
姉貴さんの名前を聞こうとしたら、ルクシオンが急に玄関の方へと一つ目を向けた。
赤い目が光る。
『マスター、こちらに接近する要注意人物を確認しました』
「……えぇ、このタイミングで?」
マリエがハッとして、すぐに姉貴さんに奥へ隠れているように言う。
「お姉さんは部屋に戻って隠れて!」
「え? は、はい」
姉貴さんが部屋へと向かうと、屋敷のロボットたちが慌ただしく動き始める。
そしてマリエは――。
「あ! ……忘れてた!」
◇
屋敷の外。
グレッグとクリスが門のところで待っている。
「マリエの奴遅いな? まさか、バルトファルトの奴に!」
「落ち着け。そうなれば、マリエが黙っていない」
「馬鹿野郎! 金をやる代わりに、なんて脅されたらいくらマリエだって!」
盛り上がっている二人。
そんな二人に近付くのは、赤毛の男だった。
淀んだ瞳をしており、屋敷を目指してブツブツと呟き歩いてくる。
グレッグがその異様さに気が付き、
「おい、そこのお前、止まれ」
異様な雰囲気を出している男が、グレッグを睨み付けた。
「俺に触るな!」
男の右手が光ると、地面から木の根が生えてグレッグを弾き飛ばした。
「ぐっ!」
吹き飛んだグレッグは、地面を転がり素早く起き上がると、男を――エリクを睨み付ける。
口端を拭うと、グレッグは手の甲に血がついているのを見る。
「てめぇ……ただで済むと思うなよ!」
グレッグが飛びかかると、クリスも加勢に入った。
「また聖樹の力か。グレッグ、不用意に奴らに返答をするなよ!」
持っていた隠し武器――ナイフを手に持ったクリスが、木の根を切り払うとグレッグがエリクに殴りかかるのだった。
エリクの黄色い瞳が、迫り来るグレッグの拳を見ていた。
◇
派手に玄関のドアをぶち破ってきたのは、投げつけられたグレッグとクリスだった。
「二人とも!」
マリエがボロボロになった二人に駆け寄って治療を開始する。
ロボットたちが持って来たショットガンや拳銃を受け取った俺は、ポンプアクションでショットシェルを装填して構える。
突き破られたドアの向こうには、男を中心に木の根がウネウネと動いていた。
――絶対に来ると思ったよ、エリク。
「またお前らか。六大貴族は人に喧嘩を売るのが好きらしいな」
挑発というか、声をかけて反応を見る。
エリクが顔を上げると、右手を上げて木の根を俺に向けてくる。
先端の鋭い木の根が襲いかかってくるので、俺は迷わずショットガンの引き金を引いた。
周囲に浮かぶロボットたちが俺を守るために盾を構え、そしてルクシオンがレーザーを照射して木の根を焼き切っている。
マリエが怪我をした二人を庇っていた。
「二人を連れてさっさと逃げろ!」
「う、うん!」
逃げるマリエに視線を向けたエリクは、左手を向けた。
玄関から蔦が入り込み、俺たちを拘束しようと襲いかかってくる。
「こっち来るなぁぁぁ!」
マリエが腕を振るって魔法で吹き飛ばすのだが、
「馬鹿! 火事になるから火を使うなよ!」
「だって!」
火属性の魔法で焼き払おうとしていたが、屋敷が燃えてしまうので止めさせた。
屋敷から続々とドローンやらロボットたちが集まり、木の根や蔦を排除していく。
そんな中を突破した蔦が俺の脚を捕らえようとすると、直前で動きを止めて下がっていく。
「何だ?」
『聖樹の苗木の守護者であるマスターは、彼らとは別系統の存在です。聖樹も安易にマスターへは手を出せません。言いましたよね?』
実際に目にすると違うと言いたかっただけです。本当です。
ショットガンの弾を補充しつつ、俺はエリクに笑みを浮かべた。
「おい、切り札が無効化されたな。大人しく引き下がるなら――」
エリクも笑みを浮かべていた。
「そうか。ならば次の手だ」
エリクの赤い髪が揺らめき、その右手に炎が発生する。炎はエリクを焼かず、まるで剣のような形に収束していく。
グレッグとは違う赤い髪が揺れて――炎の剣を握っていた。
「おい、何だそれ?」
エリクは薄らと笑みを浮かべていた。
「――炎の宝剣よ、俺の敵を焼き払え!」
格好いい決めポーズで炎の剣を振るうと、刃が伸びて俺たちを斬ろうとする。
『シールド展開』
ルクシオンが俺の前に出てシールドを発生させると、炎の剣は俺たちには届かなかった。
だが――周囲は別だ。
俺は舌打ちをする。
「新築なのに勿体ないことをしやがって」
エリクは炎の剣を持って、俺たちを見ていた。
「ほう、これを防ぐか。だが、この程度では終わらせない。お前らを焼き尽くすまで俺は――彼女を取り戻すまで絶対に諦めない!」
彼女……姉貴さんか?
「しつこいんだよ!」
「何とでも言え。俺たちの愛を阻むお前は、この手で焼き尽くしてやる」
ルクシオンが解説をしてくれた。
『聖樹の力で能力を向上させていますね。非常に厄介です。彼が疲れる前に、屋敷が燃えてしまいます』
「……お前ら、本当にいい加減にしろよ!」
ショットガンを投げつけると、エリクを守るように木の根が動いて弾く。
「その程度でぇぇぇ!」
ヤンデレとか、リアルだと勘弁して欲しい。
「聖樹は厄介だな」
俺の言葉にルクシオンも同意してくる。
『木の根で防ぎ、炎の剣で攻撃……攻守揃っていて厄介ですね。それより、屋敷がボロボロですね。マリエたち、そして対象の保護を優先します』
やはりルクシオンがいると楽が出来ていいな。
問題はエリクである。
下手に聖樹が守るので、本気でやるとエリクが死んでしまう可能性が高い。
俺は拳銃を手に持ち、右手の甲を見た。
「……苗木ちゃんの加護を信じて飛び込むとするか」
駆け出すと、ルクシオンが俺についてくる。
『いくらでも止める手段はあるというのに、マスターは面倒な手段を選びますね』
俺だって色々と面倒だけど、こいつは攻略対象の一人だ。
「黙ってついてこい!」
木の根が俺に襲いかかろうとするが、苗木の加護で俺への攻撃をためらっている。エリクが炎の剣を構えた。
「死ねよ!」
「嫌だね!」
木の根が動きを止めたところで拳銃をエリクに向け発砲、対人用の弾丸がエリクの右腕に当たった。
「うぐっ! ……ま、まだまだぁぁぁ!」
ガッツがあるのは認めるが、
「終わりだよ」
撃ち続け、そしてエリクが倒れるとまた撃つ。
撃ち尽くせばすぐに弾倉を交換し、銃を構えたまま俺はエリクを見た。炎の剣は消え、木の根も動きを止めている。
エリクは震えながら立ち上がろうとしている。
「あいつに会わせろ。これは俺たちの問題だ。俺は迎えに来たんだ」
「人の屋敷を焼いておいて迎えにきた? そこが既に駄目。駄目すぎて笑うわ。それと、もうお前に出来るのは、姉貴さんに関わらないことだけなんだよ」
エリクが立ち上がろうとするので拳銃を向ける。
「俺は! 俺は……あいつがいないと駄目なんだ。はじめて愛した人なんだ」
面倒なので引き金を引いた。
額に命中し、血が流れている。
エリクは、それでも痛みに耐えている。
「そうか。良かったな。姉貴さんは会いたくないって――」
俺がそう言ったところで、エリクが俺の背中の向こうを見た。
俺も振り返る。
すると、ロボットたちに守られた姉貴さんがそこにいた。苗木の入ったケースを抱きしめ、少し煤に汚れている。
エリクの顔が笑顔になってくる。
俺は姉貴さんの顔を見ながら、
「何で出てきた!」
怒鳴ると、エリクが笑っていた。
「そうか。やっぱりこいつに閉じ込められていたんだな。もう大丈夫だ。俺が迎えに来てやったからな」
そんなエリクに姉貴さんが、
「……貴方のところには戻りません」
ハッキリとそう告げた。
エリクの顔が歪む。
「こいつに何を吹き込まれた! お前がそんなことを言うはずがない。そうだ、こいつに洗脳でもされたか? なら、すぐに目を覚ましてやる。今からこいつを焼き払い、俺がお前の目を覚ましてやるからな。待っていてくれ。すぐに連れ戻してやるから」
姉貴さんが叫ぶ。
大声を出しているところをはじめて見た。
「あんたのことなんか好きじゃない! 嫌いだって言っているのが分からないの!」
エリクが唖然とする。
……盛大にフラれたな。
「あたしは! あたしは……もっと普通が良かった。一緒にご飯を食べて、その日のことを話して笑い合って……でも、貴方といると苦しかった。料理を作っても、文句しか言わない。少しでも自分が気に入らないと怒る。私がその日のことを話しても、不満そうにして怒るだけ。……すぐに手を上げるじゃない」
エリクが狼狽えていた。
思い当たる節があるのだろう。
「わ、分かった。今度から気をつけるから」
「もう関わらないで」
姉貴さんが涙を流しながらそう告げると、エリクの顔が醜く歪んだ。右手の紋章が輝きを強め、木の根がウネウネと動き出したところで――。
今度はマリエが大股で歩き、こちらにやって来る。
煤で顔が汚れたマリエは、エリクを――拳で殴り飛ばした。
「この屑野郎ぉぉぉ!」
「ひひゃぶ!」
エリクが吹き飛ぶ。小さな体のどこにそんなパワーがあるのか分からないが、肩で息をしているマリエが怒鳴りつけていた。
「いい加減に気付きなさいよ。あんたたちはもう終わったのよ!」
エリクが頬を押さえながら、
「まだだ。まだ終わってなんかいない! 俺はあいつを愛しているんだ!」
マリエが問答無用で顔を蹴る。
俺はその間に、震えてその場に座り込んでしまった姉貴さんの側に行く。
エリクに会うのも怖かっただろうに、無茶をしたらしい。
姉貴さんの抱きしめている苗木が、ほんの僅かにいつもより光っていた。
マリエを見れば、エリクに説教をしていた。
「愛? 笑わせてくれるわね。あんたのは愛じゃないから。見なさいよ。あんたの“元”恋人は、震えて泣いているわよ」
エリクが何かを言おうとすると、
「追い詰めたのはあんたよ。本当に愛しているなら、二度と関わらないのが愛情じゃないの? あんた、このままあの子と関われば――いつかあの子を殺すわよ」
エリクは即座に否定する。
「そんなことはしない!」
マリエがエリクの髪を掴み、そして燃えている俺の屋敷を見せた。ロボットたちが消火活動をしている。
「人様の家を焼き払った奴が何を言っても無駄なのよ。いい加減に理解しなさいよ。あんたのはただのわがまま。愛じゃないわ。それと、あの子には二度と近付くな。次に近付いたら、私があんたを殺してでも止めるわ」
……たぶん、同じDV被害者の姉貴さんと自分を重ねて怒っているのだろう。だが、逆ハーレムをした奴が愛を語るのはどうなのだろうか?
マリエの顔を見上げるエリクは、何かを言おうとして――止めた。そして、姉貴さんに視線を向ける。
俺が抱きかかえるように立たせていたところだった。
何かを言おうとして、俯いてしまうエリクは泣き出してしまった。
俺は小さく溜息を吐きつつ、燃えている屋敷を見るのだった。
「……今日はアインホルンで寝るかな」
共和国の貴族って乱暴だよね。
本当に信じられないよ。




