レリア
絶望したマリエを前にして、レリアが少し引いていた。
マリエの家に集まった俺たち転生者たち。
お互いの情報交換をするために集まったのだが、レリアが俺に肘を当ててくる。
「ね、ねぇ、あの子、どうしたのよ?」
「心配ない。あいつの男が、見る目のない男だっただけだ。一万円もしないティーセットを、五百万で買いやがったのさ」
「はぁ!?」
レリアが驚くと、マリエが思い出したのか涙を流す。
「もう、買い食いも出来ない」
マリエの姿に同情するレリアが、俺に何とかしろと言ってくる。
「あんたお兄さんなんでしょ? 何とかしてあげなよ」
「悪いが兄妹というのは前世の話だから。今は他人だし、兄妹なんて血縁のある他人だからな。それにマリエは……追い込んでいた方が面白いかな、って」
本音をこぼすと、マリエが俺の脚にしがみついてきた。
「私を捨てないで、お兄ちゃぁぁぁん!」
「放せ! お前が大事な金をその辺に置いておくのが悪い!」
「今後のために小分けにしようと思っていたところだったの! その後、バタバタして一日放置している間に……うわぁぁぁん!」
「あのろくでなし共に使うなって言っておけよ」
「五人とも普段はバラバラに動いているから、言ったつもりだったの! ジルクだけが話を聞いていなかったのよ」
マリエは運が悪い。
さて、あの疫病神たちのことはマリエに任せるとして、問題はレリアだった。
「マリエのことは放置するとして、今度はお前だな。とにかく、色々と話をして貰うぞ」
レリアが諦めたように話し始める。
それは俺たちには想像もしていなかった話だ。
「その前に一つ確認するわよ。あんたたちは“あの乙女ゲーを知っている転生者”でいいのよね?」
聞き方が気になった。それではまるで――。
「おい、もしかして、あの乙女ゲーを知らない転生者もいるのか?」
レリアは頷いている。
「大きく分けて、この世界を知っているか、それとも知らないかに分類されるわ。ただのファンタジー世界だと思っている奴を私は一人知っているし」
それはちょっと困るな。
何も知らない連中が色々とかき回したら大変なことになるのでは?
だが、レリアは心配していなかった。
「……言っておくけど、そいつ自体は無害よ。むしろ、あんたたちの方が状況をかき乱しているからね。今は冒険者の真似事をして遊んでいるわ」
その何の知識もない転生者だが、今は冒険者として活躍しているらしい。
自由気ままそうで羨ましい限りだ。
「私が出会えたのは偶然ね。やっぱり、話していて前世の知識が出るのよ。価値観とか妙に近かったから、こいつも日本人かな? って。お互いに疑っていたけど、話をしてみたらやっぱり、ってね」
互いに違和感があった。いや、自分に近いと感じ取ったのか? とにかく、俺とマリエのような兄妹という関係ではないようだ。
……俺もマリエが他人だった方がよかったよ。
前世の妹とか……勘弁して欲しい。
「俺たち以外にも転生者はいる、か」
「アルゼルの場合は安全ね。エリクたちに近付く馬鹿はいないし」
馬鹿、と言った時に、レリアの視線はマリエを向いていた。
馬鹿だから仕方がないね。
俺とマリエは顔を見合わせ、互いに他の転生者がいたかを確認する。
「変な奴いた?」
「兄貴くらいじゃない?」
マリエの頬をつまみつつ、こちらも問題ないと言うとレリアが話を続ける。
「私はゲームには登場しない双子の妹として転生したわ。記憶がしっかりしてきた頃に、屋敷が焼けてね。逃げ出していたところだったわ」
物語の始まりに、転生者だと意識したらしい。
「ゲーム通りだったわよ。平民として生活しつつ、生き残った家臣たちの援助や支援を受けて学園に通えるようになったの」
俺は根本的な話を聞いた。
「何で焼かれたんだ?」
マリエの頬から手を放すと、赤くなった頬を手で押さえながら話してくれた。
「フェーヴェル家が実行犯で、ラウルト家が裏で糸を引いたのよ。理由は守護者の紋章よ。あれって六大貴族の中から選ばれるの。けど、選ぶのは巫女を輩出するレスピナス家。当然、レスピナス家の権力が強いわ」
レリアも同意する。
「議長を務めるのも、レスピナス家には他の六大貴族もあまり強く出られないからよ。だけど、私たちのお母さん――先代の巫女は、ただの一般人を選んだわ。先代守護者には誰も触れないけれど、平民だったのよ」
マリエが話を引き継ぐ。
こいつもレリアと話をしている内に、徐々にゲーム知識を思い出したようだ。
もっと早くに思い出せと言いたかった。
「六大貴族は面白くないわよね? だから、ラウルト家がフェーヴェル家を利用してレスピナス家から巫女の紋章を奪ったの。ピエールがやったやり方に似ているんじゃない?」
騙し討ち。
上位者に対して成功させたのだろうか?
レリアも知らないらしい。
「何があったのか詳しくは知らないわよ。ゲームでも触れていなかったし。けど、騙されて紋章を失ったレスピナス家は、抵抗できずに敗北したの」
俺はルクシオンを見る。
俺たちのような余所者とは違い、レスピナス家は巫女の紋章を持っていたはずだ。六大貴族よりも上位者である。
『……上位者である巫女の家を騙し討ちにするのは難しいでしょう。聖樹の優先順位は、守護者に次いで巫女が二番手。理不尽な誓いとやらを利用しても、逆に仕掛けた側が紋章を奪われるのでは?』
レリアが肩をすくめている。
「ならなんで母さんは紋章を奪われたのよ。おかげで、私たちも加護を得られないのよ。加護を失った一族は、その後に加護を――紋章を得られないわ」
ピエールが紋章を失うのを恐れるはずだ。
あいつは加護なし――今後、あいつの子孫は加護を得られない。
それを考えると、共和国の貴族としては死んだのも同然だった。
『情報が少なすぎるので判断できません』
分からないことをここで話し合っても意味がない。
「それで、その後は? お前が、姉貴さんに何をしたのか話してくれるよね?」
レリアの視線が泳いでいた。
「え、えっと……トゥルーエンドって知っている? ほら、あの乙女ゲーの正しいルートだけど、その相手がエリクなの。姉貴がエリクと仲良くなるように色々と頑張ってみました」
テヘッとしているので、苛々して舌打ちをしてやった。
「それで失敗しました、ってか? 使えない女だな」
マリエも鼻で笑っている。
「本当よね。あんたはDV男を姉に押しつける屑女よ」
……お前は人のことを言えないのに、どうしてそんなに強気なの?
レリアが俺たちに反論してくる。
「な、何よ! あの時は、それが正しいと思ったのよ!」
マリエが立ち上がって文句を言い始めた。
「自分は無難な安牌君を攻略して、姉貴にヤンデレのエリクを押しつけただけじゃない! 本人の気持ちとか確認したの? あと、あんたどうやって仲良くさせたのよ」
レリアが指先を付き合わせながら、学園での生活を話した。
「……出会いイベントってあるじゃない? そこで姉貴とエリクが会うのを確認して、他は徹底的に阻止したわ。だ、だって、姉貴の趣味もエリクみたいな男だったのよ!」
権力があって金持ちで美形。
ほとんどの女性が転ぶのは間違いない。
俺も美人の金持ちから誘われたら転ぶからね。
いや、今は転ばないよ。
転んだら命の危機だからね。
アンジェもリビアも、ユリウスたちの一件で浮気とかそういうのに厳しそうだし。
浮気をしたらと想像すると……おっと、背筋が寒くなってきた。これ以上は考えたら駄目だな。うん、俺は浮気しない。これでいいじゃないか。
「姉貴がエリクといい雰囲気になるように頑張ったのよ。わ、私は、その間にエミールと仲良くなっただけよ」
マリエが全く信じていなかった。
「面倒な男子を避けて、安全を選んだだけじゃないの?」
「逆ハーレムを選んだあんたに言われたくないわよ! あんたの方が馬鹿じゃない!」
「変な男を姉貴に押しつけるあんたに言われたくないわよ!」
「変じゃないわよ! 少し病んでるだけよ!」
それはリアルで致命的ではないだろうか?
あと、公衆の面前で彼女に首輪を付けて歩き回るのは、少し病んでいるとは言わない。
十分に病んでいる。
プレイだとしても、昼間にするなと言いたい。
レリアに続きを話すように言うと、
「エリクは姉貴が他の男子と話をすると、焼き餅を焼くようになったわ。これはいけると思って、宝玉の話をしたのよ」
俺はクレマン先生の話を思い出した。
「あの都市伝説みたいな胡散臭い話か?」
マリエが俺を見ながら、
「兄貴、アレって本当よ。主人公たちが取りに行くと、本当に落ちてくるの。愛のある証拠で、仲良しイベントというか、愛を確認するイベントね」
「面倒くせぇな。やることやっているのに、愛とか恋とか確かめないと駄目なの?」
ルクシオンが俺に、
『愛があってもウジウジと考え、二人を受け入れなかったマスターの言葉とは思えませんね。鏡をご用意しております。存分に鏡に向かって文句を言ってください』
マリエもレリアも俺を見て笑っている。
「兄貴、ヘタレだもんね」
「何? 童貞? それと、エリクはまだ手を出していないはずよ。そこは紳士的だし、姉貴もまだみたいな感じがするわ」
双子の不思議な繋がりか? お互いのことが何となく分かるのだろうか? ……こいつも胡散臭いな。
それはともかくとして……何で俺が責められているの? あと、童貞は関係ないよね? こいつら腹立つわ。
「宝玉の話は分かったよ。それで、確かめるために向かって失敗したんだよな? 愛がなかったんじゃないの? こじらせた原因ってそれじゃね?」
レリアがウッと言葉に詰まっていた。
おかげでエリクが病んでしまった、と。
色々と急ぎすぎたんじゃないの?
マリエがレリアを笑っていた。
「何よ。あんた人のことを馬鹿にしておいて、自分は失敗しているじゃない。ばーか、ばーか、ば~か!」
「な、何よ! いい感じだったから後押しをしただけよ! なら、あんたたち、私よりうまくやれたの?」
お前が関わっていなければ、もっとうまくいっていたんじゃないの? とは、俺は優しいから言わない。
そもそも、仮定の話は無意味だ。
「喧嘩するなよ。争いは同レベル同士でしか発生しないって知っているか?」
髪の毛をつかみ合い喧嘩していたマリエとレリアが、俺を見て不機嫌そうにしていた。
何か言いたそうだが、俺は無視する。
『マスター、鏡を使ってください』
「五月蠅い、黙れ」
それにしても、互いに話をして分かったのは俺の情報量が色々と不足していることだ。
主人公周辺のことに気をつけていたが、どうやらそれだけでは足りないらしい。
共和国と喧嘩――じゃなかった、カツアゲをする予定もなかったのに、ピエールのせいで本当に苦労した。
気になることはこの際だから聞いておこう。
「ところで話を変えてもいい? いいよね? 実はさ……ナルシス先生とダンジョンに入ったんだけど、あの人って強くないよね? 大丈夫なの? 攻略対象の男子が弱くない? ピエールは雑魚だったけど、エミールも強そうに見えないぞ」
レリアが髪の乱れや、服の乱れを正していた。
胸元が開いていてブラが見えており、俺に背中を向けてくる。
「その貧相なものをさっさとしまえ。俺は巨乳派だ。それから、俺には婚約者がいるからお前には欲情しない」
したら何を言われるか分からない。
「……あんた最低よね。というか、知らないの?」
「兄貴は一作目しかプレイしていないわよ」
「男で乙女ゲーをプレイとかキモい」
何こいつ? 男性プレイヤーに謝れ!
「てめぇ、そのあるかないか分からない胸を綺麗に削ってやってもいいんだぞ。エミールに色々とお前の事情をぶちまけてやろうか? 俺はやると決めたら絶対にやる男だぞ」
ちょっと脅してやると、レリアが話し始めた。
「一作目と違って、二作目はキャラに特徴があるのよ。エリクは万能タイプ。ナルシス先生は学術とか、知識系かな? 遺跡を調べるのに役に立つわ。それで、エミールはエリクの劣化能力だけど、高い支援能力があるのよ」
自慢しているが、凄いのはエリクたちであってお前じゃないからね。
本当に使えない転生者である。
「何で特徴があるの?」
「一作目が不評だったからじゃない? 二作目は、キャラをうまく使えばクリアできるゲームを目指したのよ。……たぶんね」
マリエがレリアに同意していた。
「でも、元は男性向けのメーカーが作っていたから、微妙にずれているのよね。そこが楽しかったりするけど」
……乙女ゲーって深いね。
安易に手を出したらいけないジャンルじゃない?
男向けばかりを作っていたメーカーだから、微妙にずれている。それなのに売れてしまって続編が出るっていうのが不思議だよね。
二作目とかなければ、俺も苦労しなかったのかな?
「とにかく、エリクって奴が駄目なら他の野郎を攻略だな。それより屑な妹」
マリエが首をかしげる。
「何?」
「お前じゃなくて、姉貴さんの屑な妹の方」
「名前で呼びなさいよ!」
「五月蠅いな。お前が失敗するから、俺たちも苦労しているんだろうが。それより、早く次の攻略対象を教えろよ」
エリクが駄目ならすぐに次を探さなければならない。
世界の危機を回避しなくては、留学した意味がない。
ピエールを社会的に潰して、共和国からカツアゲしたのはついでに過ぎないのだ。
レリアが黙っている。
「何だよ? 早く次の野郎を教えろよ」
マリエが不思議そうにしていた。
「あれ? ヤンデレエリクに、冒険馬鹿のナルシス先生、安牌のエミール……他二人を見かけないわね。隠しキャラのフェルナンはいたけど」
フェルナンさん、もしかして隠しキャラだったの? というか、確かに二作目のキャラは濃いな。ユリウスたちが霞んでしまう。
しかし、言われるとフェルナンさんは二十代の美青年で権力も金もあるし、攻略キャラっぽいな。というか、二作目は普通に教師とか大人が混ざっている。
一作目とだいぶ違った。
レリアが口を開く。
「ドルイユ家の次男――フェルナンの弟は上級生よ。あんたたちが問題を起こすから、兄の手伝いで戻っていたらしいわ」
フェルナンさん、弟さんを呼び戻していたのか。
さて、最後の一人だが。
レリアが困った顔をしている。
「……もう一人は、私たちと同じ転生者よ。ただし、乙女ゲーの知識はないけどね」
……転生者ってそいつかよ!
◇
自宅に戻ってきた俺は、部屋に入ると驚いた。
「……夕飯?」
ルクシオンがテーブルの上を見ている。
『アルゼルの郷土料理ですね』
王国とはまた違う料理を前にしていると、姉貴さんが入ってきた。
エプロン姿だ。
「あ、あの、お世話になっているので、せめてお料理をしようと思って」
テーブルに並んだ料理に手を伸ばすと、ルクシオンが目からレーザーを放って俺の右手を攻撃する。
「痛い!」
『マスター、行儀が悪いですよ』
「いや、おいしそうだったから味見をしようかと」
右手の甲を見ると、火傷の跡はなかった。薄らと紋章が浮かび上がっている。
テーブルの上には聖樹の苗木が置かれていた。
姉貴さんが俺たちを見てクスクスと笑っている。
「そう言って貰えると嬉しいです。これでも、家事は得意なんですよ」
落ちぶれたお姫様が苦労してきたらしい。
同じ苦労をしてきたレリアがアレで、姉貴さんがまとも……やっぱり転生者って駄目だな。
姉貴さんが少し照れている。
「あの、一緒に夕食を……」
「すぐ食べようか。お腹が空いて我慢できないや」
姉貴さんが満面の笑みを浮かべていた。
「はい!」
この人に早く次の相手が見つかるといいのだが……レリアの話を聞くと難しそうである。本当に、どうしてこうなってしまったのか。
右手の甲を見る俺は、守護者の紋章が早くちゃんとした持ち主に渡ればと思うのだった。




