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お茶勝負

 マリエの屋敷。


 交渉が無事に終わったことを祝い、師匠を招いてのお茶会を開くことになった。


 何で俺の屋敷じゃないのか?


 刺激してはいけないレリアの姉貴さんがいるから、家主の俺が出て行くことになった。


 ……俺、時々自分の優しさが罪だって思うよ。


 さて、それはそれとして、だ。


「見てください、師匠! アルゼルで仕入れたティーセットです」


 師匠が丁寧な手つきでカップを手に取る。


「随分と繊細な細工ですね」


「多少高かったですけどね。共和国からの賠償金でセットを一括購入ですよ」


 アルゼル共和国の皆さん、ありがとう!


 自慢の新しいティーセットを見て貰っていると、マリエが覗き込む。


「これ高いの? どれくらい?」


 マリエに耳打ちしてやる。


「このカップがいくつもあるが、一つだけで日本円にして四十万から五十万」


 マリエがカップを手に取り凝視している。


「これ一つで生活がどれだけ楽になると思っているのよ! しかもセット!」


「悪いな、俺は金持ちなんだ」


 全財産を失って王国を出た――ことになっているが、共和国で富豪となってしまった。


 共和国をかつあ――賠償させた成果だよ。搾り取れるだけ搾り取ってやった。


 マリエがティーセットを全て見て、値段を計算して膝から崩れる。


「こんなの酷いわ。私なんて、もっと安いティーセットで頑張っているのに」


 師匠が紳士的にマリエを慰めはじめた。


「なんの。ミスマリエ、大事なのは値段ではありません。もてなす心が大事ですよ」


 そんな俺たちの会話に割り込むのは、革製の鞄を持ってきたジルクだった。


「学園長の言う通りです」


 自信満々のジルクが、俺の購入したティーセットを見て首を横に振る。


「何だよ? 言いたいことがあるなら言えよ」


「では言わせて貰いましょう。そのティーセットはやり過ぎなのです。一言で言うなら品がありませんね」


「は?」


 ジルクが俺のティーセットを見ながら説明する。


「過度に凝った装飾。まるで芸術品のようですが、日々使うと考えると向いていません。ティーセットなのに飾りであると証明しているようなものです。成金趣味――失礼。成り上がった方たちが好む派手な道具ですよ。お茶に凝りだしたと言う素人がよく買いますね」


 イラッとした。


 マリエが俺の腕を握って止めようとするが、師匠が俺をフォローしてくれる。


「ミスタジルク、それは違います。確かに装飾が多いですが、お茶に興味を持たれた方たちが欲しがるということは、このティーセットにそれだけの魅力があるということです」


 師匠の言葉を受けて、俺は万の軍勢を味方にした気持ちでジルクに言い返してやった。


「そうだぞ。人のことを成金趣味とか言いやがって。失礼な奴だな」


 クラリス先輩に叱って貰おうか?


 いや、駄目だ。クラリス先輩の前でジルクの話題は禁句だった。


「確かに言い過ぎましたね。ですが、私から言わせて貰えれば、バルトファルト伯爵は本物のお茶を知りません」


 ジルクが革製の鞄を開けると、そこには随分と古びたティーセットがあった。


 一部は欠けている。


 俺は指をさして笑うのだ。


「何だよ、それ! 随分と古いじゃないか。それが本物だって?」


 ジルクは額に手を当てて首を横に振っていた。


 まったく理解していませんね、などと言っている。


 師匠の目つきが変わった。


「こ、これは!」


「学園長は気付かれましたか。この無駄を省いた形。そして長い歴史を感じる(たたず)まい。本物とは、ただ豪華であればいいというものではありませんよ」


 マリエがジルクの説明を聞いて感心していた。


「素人から見て、まったく価値がなさそうなのが高価だったりするのよね。あれ? ジルク、こんなティーセット持っていたの?」


「買いました。安かったので」


「あら、買い物上手ね。いくらだったの?」


 ジルクが胸を張る。


「ホルファート王国の通貨なら五万ディアというところですかね」


 それを聞いてマリエがガタガタと震え始めた。


「え? ちょっと待って。五万ディアって……まさか、あのお金を使ったの! 何でよ! あれ、大事な生活費だったのに!」


 日本円で言うなら五百万くらいだね。


 マリエが驚いていると、ジルクが丁寧に説明してくる。


「大丈夫ですよ、マリエさん。しっかりとしたお店で購入しましたし、何よりも普通に取引をすれば倍の値がつきます。ホルファート王国に持ち帰れば、好きな方なら十万も二十万も出してくれますよ。見てください、この美しい白を。純白ではありませんが、味のある良い色合いでしょう? 僅かに色合いがそれぞれ違っているのが見えますか?」


 俺にはシミに見えるが、言われてみるとそのようにも見えてくるから不思議だ。


 マリエがジルクに言いくるめられている。


 ジルクの奴、屋敷にあった現金を見つけて購入してしまったらしい。


 マリエも段々とその気になっていた。


「そ、それなら大丈夫ね。確かに良い物に見えてきたわ。これを見ていると、あに――リオンのティーセットは確かにゴテゴテしすぎよね」


 言われて悔しいが、ジルクの説明を聞いていると良い物に見えてきた。


 くそ……俺も欲しい。


 侘び寂びと言うのか? 凄いティーセットに見えてきた。


「バルトファルト伯爵には難しいでしょうね。私は王宮や実家で常に本物に触れてきましたから、物の価値というのが分かるのですよ。今日は私の特製ブレンドをご馳走しましょう」


 勝ち誇ったジルクの顔を見て悔しくなった。


 こいつはボンボン。


 つまり、確かに本物に触れて育ってきた男なのだ。


 悔しいが、俺では外見だけしか見ていなかった。


 そうしてジルクがブレンドしたという、俺にはうまくもなく、香りも微妙な紅茶を飲むことになる。


 高価なティーセットで飲んでいるせいか、味が全く分からない。


 ……俺の舌にはまだ理解できないというのか。



 茶会が終わると、ジルクがマリエと一緒にティーセットを片付けていた。


 俺は師匠に肩を落としながら相談する。


「……ジルクの言う通りでした。俺には、本物というものが理解できません。あのティーセットも古いだけの物に見えますし、茶葉もおいしいと思えませんでした」


 高級な物が必ずしも自分の舌に合うかは分からない。


 俺は自分に自信が持てなくなっていた。


 高いと言われるとそう見えるが、それまではただの古いティーセットとしてしか見ていなかったのだ。それがとても恥ずかしい。


 だが、師匠が困っている。


「どうしたんですか、師匠?」


 あの普段余裕のある師匠が困っている姿は珍しい。


「ミスタリオン、あのティーセットですが、普通の量産品です」


「え?」


「本当に揃っているだけで質の悪い品です。とても五万ディアの価値はありません。ホルファート王国に持ち帰っても、百ディアで売れるかどうか……それに茶葉も、安物をブレンドしただけでしょうね。香りもその……好みの問題ですが、私には合いませんでした」


 師匠が困り果てていた。


 ジルクは本物を見て、触って、そして味わい育った男だ。それが、どうしてこんな偽物を掴まされたのか理解できないらしい。


 だが、師匠の言葉に唖然とするのは、部屋の入り口にいたマリエだった。


 青い顔をしてドアにすがりついている。


「う、嘘」


「ミスマリエ! い、今の話はその――」


 師匠が立ち上がってマリエを慰めようとするが、


「待ってよ! ジルクは現金の半分くらい使って偽物を掴まされたの! これから生活が楽になると思ったのに! 百ディアしかしないティーセットで喜んでいた私の気持ちを返してよ!」


 俺でもこの状況はちょっと笑えなかった。


 マリエが床に両手をついて泣いている。


「色々と必要な物を購入したから、もう残り少ないのに! 新しい寝間着とか、私服とか欲しかったのに! 夏は乗り切れても、秋とか冬はどうやって乗り切ればいいのよぉぉぉ!」


 泣いているマリエに、戻ってきたジルクが驚く。


「マリエさん大丈夫で――あうっ!」


 マリエがお盆でジルクの頭を一叩きすると、そのまま叫んで部屋を出て行く。


「このお馬鹿ぁぁぁ!」


 ジルクが頭を押さえながら俺たちを見た。


 俺は視線をそらす。


 師匠は、


「……ミスタジルク、皆の共有財産を勝手に使ってはいけません」


「え? あ、はい。ですがあれは良い物でして」


「それでもです! いいですか、そもそもお金を管理しているミスマリエに相談するのが普通なのです。勝手に使ってはいけません」


「は、はぁ、そう言われると確かに。ですが、これもマリエさんやみんなのためになると思いまして」


「そこに座りなさい。アルゼルでの仕事が一つ増えましたね。皆さんに常識を教えるのが、一番重要な仕事のようです」


 普通に説教が始まった。


 それにしても、マリエが哀れすぎて……でも、どこかちょっと笑えるところが安心する。


 また大変そうなら援助しておこう。


「長くなりそうなのでお茶の用意をしますね」


 ジルクの奴、本物云々言っておきながら、偽物を掴まされやがった。まぁ、マリエに騙されて財産やら地位を失った男だ。見る目などない男だった。


 俺は説教されているジルクを横目にしつつ、笑顔でお茶を用意するのだった。



 自宅に戻った俺は、レリアの姉貴さんと話をしていた。


 気をつけながら話をするため、とにかく俺の方が日々の出来事を話している。


 彼女は特に何も話さない。


 精神的に追い込まれすぎていたのか、聖樹の苗木を持って家で大人しくしていた。


 聖樹の苗木を持っている理由?


 落ち着くからだって。そのまま持って行って欲しいくらいだ。


「それで、その後はユリウスたちも集めてみんな説教だよ。やっぱり師匠は凄いよね。あのユリウスたちが反省したんだ。もっと早くに反省するべきだったけどね」


 小さく笑っている姉貴さん。


 最初は無表情だったのだが、ようやく笑顔が出てきた。


 ルクシオンが用意した薬による治療も行っている。


 とにかくゆっくりと休養を取らせ、エリクを近付けないのが大事らしい。


 姉貴さんが苗木の入ったケースを抱きしめ、俺に話しかけてきた。


「楽しそうですね」


「お、おぅ、楽しいのかな? 確かに笑ってやったけど」


 五人が説教されているのを、カイルとカーラの三人で見ていた。


 二人が「もっと言ってやって」みたいに師匠を見ていたのが面白かったね。


 あの二人も五人に相当不満を持っていたらしい。


 そもそも、マリエに認めて貰いたかったら戦闘力よりも生活力を鍛えるべきだったね。


 俺を見習えよ。


 アルゼルから搾り取って、またお金持ちに復帰だよ。


「……最近、あたしはエリクのことが好きだったのか悩むんです。暴力が増えてきて、それでも優しかったから側にいました。でも、落ち着いてくると、それも分からなくなって」


 ようやく喋れるくらいには回復してきたな。


「ゆっくりしていればいいよ。難しいことは後で考えたらいいさ」


 マリエ曰く、ここで大事な決断をさせてはいけないらしい。


 本音を言えば、さっさと次の男に乗り換えて仲良くなって欲しいのだが、ヤンデレエリクがどう動くか分からない。


 レリアの奴、いったい何をやっていたんだろう?


「……一学期は授業を受けられませんでしたし、それが不安で」


 六大貴族のエリクはともかく、姉貴さんは不安だろう。


 ジャンが留年決定だったからね。


「クレマン先生に相談するよ。俺らの補習もあるし、一緒に受ければ問題ないんじゃない? 大丈夫、俺――これでも共和国に融通が利くし」


 宝玉を見せつければ、あいつらノエルよりも激しく尻尾を振って媚びてくるよ。


 姉貴さんが苗木の入ったケースを抱きしめ黙り込んでしまう。


「辛いなら部屋で休もうか」


 ロボットたちが来て、姉貴さんを運んでいく。


 まだ精神的に不安定なようだ。



 ホルファート王国の港。


 アルゼル共和国に向けて出発する飛行船団は、非常に数が多かった。


 バルトファルト家の工場で生産された飛行船の姿も多く見かけられる。


 その内の一隻。


 リオンの兄であるニックスが艦長を務める飛行船の甲板に、アンジェとリビアが乗っていた。


 クレアーレも一緒である。


 ニックスは憂鬱な顔をしていた。


「何で俺が外国に行かないといけないんだ。親父はいい経験だからお前が行けと言うし、リオンは報酬出すから手伝えって言うし……そもそも、なんであいつ外国に留学して喧嘩を売るのさ」


 リオンのせいで忙しいニックスは、当然のように愚痴をこぼしていた。


 アンジェが腰に手を当てて、


「リオンは売られた喧嘩を買っただけだ、義兄上。むしろ、アルゼル共和国に一泡吹かせた。王妃様も高く評価しておいでですよ」


 ニックスがアンジェの回答に困っている。


「あ、はい」


 そもそも、ニックスから見てアンジェは雲の上にいるようなお嬢様である。


 義理の妹になる予定だが、義兄上と呼ばれても……正直困るのが本音だった。


 リビアがクレアーレに話しかけた。


「アーレちゃん、私たちはお義兄さんの飛行船で移動するの?」


 それを聞いてニックスが驚いていた。


 勘弁して欲しいという顔をしている。


『そんなわけないでしょ。ちゃんと専用の飛行船を用意しているわよ。アインホルン級二番艦――リコルヌよ』


 クレアーレがそう言うと、雲を突き破ってアインホルンと同じ型の飛行船が出てきた。


 白い船体が何とも美しい。


 アンジェが一言。


「色は赤がよかったな」


『今回は白よ。綺麗でしょ? あのひねくれ者が設計したものを改良してあるの。性能はこっちの方が上よ』


 ニックスが感心しながら、リコルヌを見ていた。


「リオンの船と同じタイプ……よく量産できたよな」


『あら、マスターのお兄さんも欲しい? いる?』


「……お前らから貰うと後で大変そうだから嫌だ。それに俺、こっちの飛行船の方が好きだし」


 ニックスが断ると、部下が声をかけてきた。


「坊ちゃん、船長が呼んでいますよ」


「今行くよ」


 ニックスが離れていくと、リコルヌから小型艇がやってくる。


『さぁ、乗り込んで。レッドグレイブ家から、使用人は預かっているから大丈夫よ。快適な船旅を約束するわ』


 アンジェやリビアの真上には、姿を隠したルクシオン本体が浮かんでいた。


 リビアが肩を落とす。


「パルトナーが修理できたら良かったのに」


 沈んでしまったことになっているパルトナーを思い出し、リビアが落ち込むとアンジェも同意していた。


「そうだな。パルトナーは良い船だった。……さて、共和国に行くとするか。リオンが待っている」


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― 新着の感想 ―
ルクシオン、本体から離れているのに、なんでリンク切れてなかったんだ?
はったりのつもりが本物の第二艦が出てくる、共和国は更にリオンに対して怖く感じるでしょう。この流れだと、リオンは攻略対象の代わりに世界を救う役割を担うかな、もはや一攻略対象の立ち位置ですね。マリエの方は…
師匠ホントにいいバランサーだわ 作中随一の常識人だけあってようやくバカボンズの矯正に入った
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