【幕間】婚約の裏側
発売記念ということで幕間を書いてみました。
次々に届く購入報告や感想、大変嬉しく思います。
ありがとうございます!
店舗特典も喜んで貰えたようで嬉しい限りです。
これからも応援よろしくお願いいたします。
リオン・フォウ・バルトファルトという人物を他から見たらどうなるか?
答えは簡単だ。
「あいつ本当に面倒くさい」
そう口にするのは、リオンの父であるバルカスだった。
それは三学期が戦争後の復興で急遽春休みに入った頃だ。
本土で色々と片付けてようやく領地に戻ってきたバルカスだったが、息子――三男、ではなく次男に繰り上がったリオンの事で頭を悩ませていた。
この度めでたく、男爵夫人になったリオンの母であるリュースも困り果てている。
「いいところのお姫様に告白されて、断るならまだしも有耶無耶にして態度をハッキリしないのは何でかしら?」
バルカスやリュースから見れば、公爵家など雲の上の存在だ。
公爵令嬢は二人から見ればお姫様と同じである。
そんなお姫様であるアンジェと、気立てのいい娘であるリビアに告白されたのに、リオンは態度をハッキリさせなかった。
本人に問い詰めても、
「まだ早いって言うか~」
「というか、公爵家と釣り合わないし~」
「え? 何で俺が悪いの?」
みたいな返答を繰り返してくるので、二人とも苛々していた。
ただ、リオンの言うことも正しかった。
公爵令嬢のアンジェと結婚するとなれば、バルカスのバルトファルト家も関係が出来てしまう。
色々としがらみが増えることを意味する。
それを気にしているようにも……見えなくもなかった。
「あの馬鹿は変なところで気を使うから」
口がよく回り、言い訳を思い付くのもうまい。
リュースはどちらかと言えば、リビアの心情も気になっている。
「リオンが言うことも分かるのよ。どちらか一方を選んだら角が立つ、っていうのも間違いじゃないわ。けど、真剣に告白した相手に「両方好き」はさすがに……」
バルカスが溜息混じりに、
「俺たちのことなんか気にしなくてもいいのにな。それこそ、あいつが望む結婚相手だろうに」
アンジェもリビアも、婚活に必死だったバルカスからすれば優良物件だ。
伯爵という地位を得てしまったリオンなら、アンジェを正妻にリビアを側室にも出来る。
それが正解に近い対応だろう。
女尊男卑の世界で一夫多妻がおかしいと思われるかも知れないが、戦争があれば貴族出身の男性が沢山死ぬ。
跡取りや、色んな問題から子供は沢山欲しいのがこの世界だ。
だが、子供を産むのもリスクがある。
貴族の女性はそんなリスクを何度も背負いたくない。
故に妥協として妾が認められている。
その場合、正妻よりは格下の女性が選ばれる。
準男爵家以下の家系から選ばれることが一般的である。
だが、学園女子の多くは側室コースを選ばない。
もっと格下の、陪臣騎士とされる家柄の娘たちが選ばれる。
リュースの実家も、バルトファルト家の家臣――騎士の家柄だ。
そのため、学園に通う義務がない。
リュースも他にも兄弟や姉妹がいたため、学園に入学する余裕がなかった。学園の事情に疎いのはこのためだ。
「あんた、どうしよう? どうしたらいい?」
「……何であいつ結婚しないのかな? あいつの理想通りじゃないか? 優しくて、気立てがよくて、胸が――母ちゃん痛いって」
バルカスの頬をつまむリュースも困り顔だ。
「もっと自分の幸せを考えてもいいのにね」
リオンの前世由来の価値観に理解できない二人が、必死に考え込んでいるとそこに赤い一つ目のルクシオンがやってくる。
『お困りのようですね』
「お、おう」
腰が引けるバルカスは、ルクシオンに少し怖がっている様子だった。
「急にどうした? リオンはどこだ?」
『マスターは姉君をからかって遊んでいます』
バルカスもリュースも「あいつは何をしているんだ?」と、本当に腹立たしい様子だった。
自分たちがリオンの結婚について悩んでいるのに、本人は姉であるジェナをからかって遊んでいるとか憤慨ものである。
『ところで、面白い話をしていましたね。マスターのご結婚についてご両親共に賛成しているのでしょうか?』
バルカスが怖がりつつも答える。
「そ、そうだな。伯爵なら公爵家の姫さんが嫁いでも問題ない。それに新しい家となると家族が少ないからな。多すぎて跡取りで揉めるのも問題だが、少なすぎるのはそれで問題だ。リビアちゃんが来るのも大歓迎だ」
平民出身のリビアが歓迎されるのは、戦争に参加したことが大きい。
王家の船に乗って活躍したのが評価されている。
リオンの影に隠れ、地味に昇進の話が出ていた。
もっとも、一代限りの騎士爵を与える云々、という程度である。
「私も賛成よ。リオンは引っ張ってくれる子がいいと思うの。あの子、放っておくと何もしないし」
バルカスも頷く。
「追い込まないと頑張らないタイプだな」
ただし、あまり追い込むと爆発するタイプでもある。
ルクシオンが楽しそうに一つ目を頷くように縦に動かしていた。
『では、賛成ということでよろしいですね?』
「いや、賛成でもあいつがお嬢さんたちに失礼な態度を――」
『問題ありません。既にお二人から許可を貰っています』
「え?」
『どうせマスターは面倒くせぇ奴なので、言い訳をするだけです。自分で答えを出しません。それなら、追い込んでしまえばいいのです』
バルカスが待ったをかけた。
「お、おい。もし、追い込みすぎてあいつが何かしでかしたら困るぞ」
『安心してください。マスターはあの二人を愛していますよ』
リュースが首をかしげる。
「な、ならなんで断ったりしたの!?」
二人からすれば意味不明だ。
好き合っていて、障害もないのに結婚しないリオンが理解できなかった。
『面倒くさい奴ですから』
この世界の価値観的におかしいリオンに、バルカスもリュースも呆れていた。
「何なのあいつ。こんな羨ましい状況でなんで悩む! 俺なんか、ゾラと結婚するときに悔しくて泣いたっていうのに!」
屈辱的な条件を結ばされ、オマケに結果は托卵だ。
長女メルセも、長男ルトアートも他人の子である。
それからすれば、リオンが結婚に踏み切らないのは腹立たしかった。
「あの子がここまで馬鹿だったなんて」
二人がリオンを馬鹿というのは理由がある。
英雄で伯爵にまで上り詰めたリオンは、当然だが貴族としてこれから目立つ。
今後を考えると、結婚しないという選択肢がないのだ。
好きな相手を選べるのに選ばない、というのが二人に理解できなかった。
結婚は本人の意志、なんて言っていられる世界ではなかった。
『――というわけで、お二人にも協力して貰えないでしょうか?』
バルカスもリュースも、顔を見合わせ頷いた。
「それで、どうするんだ?」
『簡単です。マスターに黙って婚約式を挙げさせます。本当なら結婚式がよかったのですが、公爵家との話し合いでそういうことになりました』
バルカスが驚く。
「え? もうそんな話をしていたの?」
『はい』
リュースがバルカスの手を握る。
「あんた、どうしよう?」
「こ、ここまで来たらやるしかないだろ。この先、怖い女にあいつが騙されないためにも婚約させるぞ。あいつ、もう少ししたら留学で外国だ。絶対に何かする!」
「そ、そうね。婚約者がいれば無理もしないだろうし、ここは無理にでも何とかしないと!」
二人を仲間に引き入れたルクシオンが聞こえない程度の声で――。
『……まぁ、私としても、マスターが望まない結婚をするのは嫌ですからね。ここは大人しく、婚約して貰いましょう。下手をすると、ローランドが何か企むかも知れませんからね。マスターが逃げ回っているとでも言えば、嫌がっていると勘違いしてすぐに許可をくれそうですし』
ローランドが何かする前に、先に結婚関係に手を打ちたかったルクシオンだった。
『あと、婚約式で慌てるマスターが見たいですし』
そのためにリオンに内緒で事を進めるルクシオンだった。
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