魔人
空の守護者と共に移動する公国軍本隊。
ヘルトラウダは一人の老騎士を前にしていた。
右腕を黒い何かに覆われたその老騎士は、元黒騎士であるバンデルだ。
目の前で膝を突いているバンデルに、ヘルトラウダは冷たい口調で対応していた。
「出撃許可は出せないと言ったはずだが?」
バンデルは口を開かず、ヘルトラウダの近くにいた重鎮が反対理由を説明する。
「バンデル殿、王国が狙うとすれば我々本隊への突撃です。バンデル殿は、そこであの外道騎士の相手をしていただきたい」
ヘルトラウダは目を細めた。
(魔装の右腕……結局、使えたのはバンデルだけね)
魔装の右腕を使用する騎士を選ぶため、十人以上も犠牲になっている。結局、魔装の右腕が寄生して生き残れたのは、バンデルだけだった。
バンデルの黒い右腕に切れ目が入り、そこから目が出現して周囲を見ていた。
何かに侵食されたようにしか見えない。
バンデルはその目を左手で隠し、謝罪してくる。
「失礼。まだ完全に制御できていないようです。ヘルトラウダ王女殿下、どうか姉君――ヘルトルーデ様の救出のご許可を」
「救出部隊は既に出している。お前は外道騎士との再戦から逃げるつもりか?」
公国は、王国が勝負をかけてくるなら自分たち本隊への突撃だろうと考えていた。
空の守護者を相手になど出来ない。
ならば、リオンを先鋒に突撃してくる可能性が高いと考えていた。王国の通信状況が悪いのと同じで、公国軍も通信状況が悪い。警戒はしているが、いつ王国軍が来るか分からない状況だ。
「私ならば確実に姫様を救出できます」
バンデルの言葉に、ヘルトラウダは小さく笑った。
「お前は姉上のお気に入りだったからな。まぁ、救出部隊も出ている。その結果を見てくる奴がいてもいいだろう」
重鎮が反対するも、ヘルトラウダは取り合わなかった。
バンデルが立ち上がる。
「では、すぐに出撃いたします」
「足の速い飛行船を用意させよう」
「無用です。この身――いえ、鎧一つで十分。飛行船など足手まといです」
そう言って部屋から去って行くバンデルの後ろ姿を見て、重鎮が怖がっていたのか冷や汗を拭っていた。
視線の先には右腕がある。
黒く変色した右腕は禍々しく、そしてバンデルの目も血走っていた。
「アレがロストアイテム【魔装】の一部ですか。まるで化け物ではありませんか」
ヘルトラウダは椅子の肘掛けに体を預けていた。
「使用者の命を対価に絶大な力を授けると言い伝えられてきたが、まさか本物を見る日が来るとは思わなかったよ」
「外道騎士に勝てますかな?」
「勝つさ。勝てなくとも、我々に負けはない」
ヘルトラウダは目を閉じる。
(お姉様、どうかご無事で。バンデルが迎えに上がります)
◇
王都の空。
戦闘が終わり、徐々に飛行船が集まりつつあった。
パルトナーの甲板の上には、領地から飛行船に乗ってやって来た友人たちの姿がある。
レイモンドが王都を見て唖然としていた。
「……ボロボロじゃないか」
「空から攻められたらどうしようもないからな」
「本当に勝てるの? 三十隻に攻められてボロボロなんだけど?」
不安そうな友人たちを前に、俺は元気づけてやる。
「俺が秘策もなしに戦うと思うなよ。ちゃんと準備をしている。見ろ」
視線の先――そこには、地下から浮かび上がった白く輝く飛行船があった。
王家の船。
面倒なのでルクシオンが名前を付けていた。
その名を【ヴァイス】――ルクシオン曰く、白とかそんな意味合いらしい。実にお似合いだ。アロガンツの意味も聞いてみたいところだ。
きっと俺に似合いの意味があるのだろう。
「あの飛行船が秘密兵器?」
「パルトナーより小さいぞ」
「何か凄い武器でも積んでいるのか?」
興味を示す友人たちだが、パルトナーより小さいと文句が多かった。飛行船自体には、パルトナーほどの性能はない。
だが、リビアとアンジェが乗っているのだ。
愛を確かめ合った二人が乗っているなら、あの飛行船はきっと凄い力を発揮してくれるはずである。
……それにしても複雑な気分だ。
二人が愛し合っていたなんて……俺の立場は一体どうなる?
ダニエルが俺を心配そうに見ている。
「顔色が悪いぞ。大丈夫なのか?」
「平気だ。それより、補給を受けたら今後の説明を――」
そんな話をしていると、何かが王宮に向かって飛び込んだ。
何だ? 慌ててルクシオンに確認をする。
「何が起きた!」
『現在確認中です』
反応がいつもよりも遅く、そしてルクシオンではないように思えた。
「アロガンツを出せ」
『補給と整備中です。十分ほどお待ちください』
しかも融通も利かない。
王宮の方を見れば、煙が上がっていた。
◇
王宮の中を歩くのはバンデルだった。
宝物庫に厳重に管理されていた魔笛を左手に持つと、右手には保管されていた自分の大剣――アダマンティスという特殊金属で作られた、鎧向けの大剣を手に取る。
自分の体よりも大きな大剣を持ち、口角が上がる。
「相棒、迎えに来てやったぞ。姫様のついでだけどな」
そう言って肩に担ぐと、扉の前に王国の騎士たちが立ちはだかった。
「何者だ!」
「武器を捨てて投降しろ!」
バンデルが王宮に開けた穴の向こうには、浮かび上がった王国の鎧が見えた。
銃口を向けてくる騎士たちが、引き金を引くとバンデルは見えない何かに守られているのか銃弾が弾かれた。
右腕がいくつも目を見開き、キョロキョロと動いて周囲を見ている。
その姿に騎士たちも驚く。
「ば、化け物――撃ちまくれ!」
鎧も王宮内に入り、バンデルを取り押さえようとする。
だが、バンデルは生身で鎧に飛びかかると、そのまま大剣を片手で持って振り回した。
鎧が両断され、騎士たちは切断される。
一瞬で戦いが終わると、バンデルは騎士たちを見下ろした。
「不甲斐ない連中だ。さて、姫様をお捜しせねば」
右腕の目がキョロキョロと動き、そして全てが一ヶ所を見た。
「そうか、こちらにいるのか」
歩き出したバンデルはそのまま騎士や兵士たちを倒して進み、ヘルトルーデが捕らわれている部屋までやってくる。
ドアを乱暴に開けると、そこには無事な姿のヘルトルーデがいた。
「姫様!」
右腕の全ての目が閉じる。
「バンデル? どうして貴方がここに? 公国軍は負けたと聞いたのに」
襲撃してきた公国軍は敗北していた。
そのことにバンデルも悔しがる。
「情けない者たちです。姫様をお助けできず、王国の腰抜けたちに負けてしまったのですからね。さぁ、わしと一緒に帰りましょう。ヘルトラウダ王女殿下もお待ちです」
「……ラウダが?」
バンデルに魔笛を渡されたヘルトルーデは、受け取ると信じられない光景を目にする。
「姫様、少しお下がりください」
急に右腕が膨張し、そのままバンデルを飲み込むと鎧の形になっていく。
その姿は――どこかアロガンツに似ていた。
ただ、刺々しく禍々しい姿は、機械ではなく生物のようだった。蝙蝠の翼に爬虫類の尻尾に棘が付いた物もある。
機械音ではなく、心臓が脈打つような鼓動が聞こえてくる。
「バンデル、まさか貴方――あの右腕を」
ヘルトルーデが奪い、公国に送った刺々しい鎧の黒い右腕をバンデルが使っていた。
そのことが何を意味するのか知っていたヘルトルーデは涙を流す。
それが、バンデルには少し嬉しかった。
(私のために涙を流さないでください、姫様)
「どうして貴方がこんなものを使うのですか!」
鎧と一体となったバンデルの声は、くぐもっていた。
『姫様――この老いぼれの最期のご奉公です。さぁ、お乗りください』
左手を差し出され、ヘルトルーデが乗り込むとバンデルは王宮を飛び出した。
そこには数多くの鎧が待ち構えていたが、
『王国の雑魚共が! お前らでは相手にならぬ。外道騎士を連れてこい!』
ヘルトルーデを守るように空を飛びながら、右手に持った大剣で王国の鎧を次々に破壊して逃げていく。
パルトナーの姿を見たバンデルだが、左手にはヘルトルーデがいる。今は連れ戻すのが先決だ。
甲板の上にリオンの姿も見えていたが、勝負は預けることにした。
『バルトファルトか! 姫様は返して貰ったぞ』
悔しそうなリオンの顔を見ながら、バンデルは笑っていた。
『お前との決着もすぐにつけてやる』
そう言って逃げ去るバンデルに、王国軍は追撃部隊を出さなかった。
◇
ヘルトルーデさんも、そして魔笛も奪われてしまった。
というか、暴れ回ったあの黒い鎧の姿はどこかで見たことがある。どこで見たのか思い出せないのが気になって仕方がない。
腕を組んで考えていると、次兄から頭をはたかれた。
「寝るなよ!」
「痛いな。寝てないよ」
頭を押さえながら、パルトナー周辺に浮かんでいる飛行船たちを見た。
契約によって縛られた友人たちが加勢に来てくれたのだ。
王都の空には、他にも王国軍の飛行船。
駆けつけた領主たちの飛行船――二百隻近くが整列して浮かんでいる。
親父は緊張した様子でその光景を見ていた。
「リオンがこの艦隊を率いるとか聞いていないぞ。いったい何がどうなっているんだ?」
親父からすれば、駆けつけたら息子が総司令官になっていたのだ。驚いても仕方がないと思う。
「ノリと勢いで司令官になってしまいました」
「なれるかよ! 普通はなれないんだよ!」
次兄は呆れて肩を落としていた。
「それで? どうやって公国軍に勝つんだよ。遠目に見たけど、あんな馬鹿でかいモンスターとか本当に倒せるのか?」
飛行船の艦隊中央に浮かぶ白い船――ヴァイスを見た。
「勝てない戦いはしない主義だ。ちゃんと切り札は用意したよ」
親父が疑った目を向けてくる。
「アンジェリカ様とオリヴィアちゃんか? お前、あの二人を戦場に出すのか? 駄目だろ。それは駄目だろ。お前、あの二人のことが好きだろ」
……それ以上、言うんじゃない。
「どうしてもあの二人が必要になる」
親父は納得していなかった。それでも、俺が必要と言い切るので、諦めた様子だ。
「絶対に守れよ。お前、ここで二人が死んだら後悔するぞ」
やはり親父はよく見ているのだろうか?
次兄も俺を心配そうに見ているので、笑って答える。
「分かっているさ」
そんな家族の会話に割り込むのは、首を横に振るマリエだった。
「待って。何で私がこの船に乗るのよ」
「当たり前だろうが。パルトナーを先頭に敵に突撃するんだ。お前はバリア代わりだから、しっかり働けよ」
渋る神殿から、無理矢理に聖女の装備もうば――預かっている。
こいつには働いて貰わないといけない。
次兄と親父が首をかしげている。
「誰、この人?」
「俺も知らんぞ」
「こいつ? 聖女様だよ。突撃するときには盾にしようかな、って」
二人が俺を見て「ないわ~」というような顔をしている。
「女の子を盾にするなんて、お前の父親として情けないぞ」
「五月蠅い。俺は使えるものは親でも使う主義だ。こいつも当然こき使ってやる」
「あんた最低ね!」
マリエの頭を小突くと、俺は真剣な目を向ける。
「命がけで働け。そうすれば、お前の助命にも協力してやる」
マリエは涙目で頭を押さえていた。
「ここで死んだら意味がないじゃない!」
「そんなの俺が知るかよ! お前は意地でも責任を取れ。逃げたら俺が殺す。地の果てまで追いかけて殺すからな」
マリエが俯いてしまうが、これ以外に助命をする方法が思い浮かばない。負ければ死ぬ。勝っても、こいつは聖女を騙った極悪人だ。
せめて、命懸けで戦わないと――。
「マリエ、不安そうにするな」
甲板の上に、随分と派手な色をした鎧が舞い降りてきた。
赤い色の鎧を見て、俺は舌打ちしたくなる。
「何しに来た――お前ら」
赤、青、紫、緑――四人のパイロットが姿を見せ、そしてマリエの下に集まった。
「このグレッグ・フォウ・セバーグが、お前を守ってやる」
自信満々のグレッグに、マリエは涙を流していた。
「あ、あんたたち――」
「私も忘れて貰っては困る」
クリスが眼鏡を外し、マリエに微笑みを向けていた。
「僕たちがいる限り大丈夫さ」
ブラッドが前髪を後ろに流すようにかきあげ、ポーズを決めているとジルクがマリエに手を差し伸べた。
「マリエさん、今度は私たちが側にいます。貴方一人ではありません」
「みんな……わ、私は!」
そして、パルトナーの艦橋の上に一機の鎧が舞い降りた。
「私も参加させて貰おう!」
白く輝く鎧は、青いマントを風に揺らしている。
見上げた俺は思うのだ。
「……いや、帰れよ」
胸部装甲が開き、そこから出てくるのは仮面をした騎士。
どう見てもユリウス殿下です。
ピッチリなパイロットスーツに、仮面をかぶりマントも着けている。お前は一体何がしたいんだ?
その馬鹿っぽい格好を止めろ。恥ずかしい。
しかし、
「彼は何者ですか?」
ユリウス殿下の乳兄弟にして、親友であるはずのジルクが本当に驚いていた。いや、嘘だよね? 空気を読んで知らないふりをしているんだよね?
グレッグがマリエの前に出て庇う。
警戒心むき出しだった。
「仮面野郎、いったい何をしに来た!」
……え?
俺は周囲を見た。みんな、本気で驚いた顔をして警戒している。親父と次兄は展開についていけないために驚き、他の四人は本当に驚いている。
クリスなど剣を抜いていた。
「マリエ、下がれ」
「え? でも、あれってユリ――」
ブラッドが両手に炎を出現させ、いつでも戦える用意を始めていた。
お前ら何なんだよ! あれ、どう見てもユリウス殿下だろうが!
仮面を付けたユリウス殿下が俺たちの前に飛び降りてきた。
四人が警戒する中、見事に着地をしてゆっくりと立ち上がると――名を名乗る。
「私が何者、か。『仮面の騎士』とでも呼んで貰おう」
「仮面の騎士?」
驚くジルクが拳銃の銃口を仮面の騎士と名乗ったユリウス殿下へと向け、俺は本当に泣きたくなってくる。
「そうだ。君たちの心意気に感動した。私も微力ながらお手伝いを――な、何をする! バルトファルト子爵、放さないか!」
「いいからこい、この馬鹿野郎」
仮面の騎士の首に腕をかけ、全員から引き離すと俺たちは物陰に隠れて二人になった。
俺が仮面に手を伸ばすと、ユリウス殿下は両手で仮面を押さえて守る。
「何をしに来た、殿下」
「ち、違う! 私はユリウス殿下などという高貴なお方ではない。故あって顔をさらせないが、一人の騎士としてこの戦いに参加することにした者だ。ユリウス殿下ではない」
……俺、もしかして馬鹿にされているの?
「帰れよ」
「ちょっ! バルトファルト子爵、今は少しでも戦力が欲しいときではないのか!」
「身元不明の怪しい奴は使えないんだよ。ほら、帰れ」
「ま、待ってくれ! し、仕方がない」
そう言って仮面を脱ぐユリウス殿下は、俺に素顔を晒した。
「……俺は、ユリウスだ」
「いや、知っているから。気付いていたから」
「何だと! 変装は完璧だったはずだ」
「お前は俺のことを馬鹿にしているの? 周りを馬鹿にしすぎじゃない?」
「分かった。では、お前だけには事実を話そう。今回の戦いには俺も参加をする」
「お帰りはあちらです」
出口を指さすと、この馬鹿野郎が俺にすがりついてきた。
「頼む! 俺はみんなと戦いたいんだ」
「お前が死んだら俺の責任になるんだよ!」
「だから仮面を付けてきたんだろうが!」
仮面を付けたから何だというのか?
「帰れ!」
「嫌だ!」
こいつ、このまま送り返してもついてきて勝手に死ぬのではないだろうか? ポンコツ王子になってしまったこいつでは危険すぎる。
いったいどうすればいいのか?
ふと視線を向けると、そこにはヴァイスの姿があった。
――よし、ならば一ヶ所にまとめよう。
ヴァイスに載せて、リビアやアンジェの護衛とすればいい。あそこは一番守りも堅くしているので、生き残る確率が高い。
ただ、後ろに下がれと言えば、こいつはグチグチと文句を言ってくるに違いない。
「……本気だな?」
「無論だ」
「なら、一番きつい場所に配置してやる」
「先鋒か? ふっ、分かっているじゃないか、バルトファルト」
笑っているこいつの顔をぶん殴りたいが、今は我慢の時だ。
「馬鹿を言うな。今回の作戦の肝はヴァイス――王家の船だ。あの馬鹿でかいモンスターを倒すために、王家の船を使う。敵が一番に狙う場所だ」
ユリウス殿下の表情が真剣なものになった。
マリエも付けておけば、死に物狂いで守ってくれるだろう。
「マリエも乗せる。敵が押し寄せる一番危険な場所だ。お前に覚悟はあるか?」
仮面をかぶったユリウス殿下は、口元に笑みを浮かべていた。
「任せて貰おうか、総司令官殿」
馬鹿で助かった。
マリエも後ろに下げることになるが、あの五人組を後ろに下げられるなら我慢しよう。
「よし、ヴァイスにいけ」
「あぁ、お前の期待に応えよう。……ところで、勢いで飛び降りたが、どこから昇れば鎧の所までいけるだろうか?」
仮面の騎士が、自分の鎧を見上げてどう昇ろうか考えていた。
……間抜けすぎる。
◇
ヴァイスの艦橋。
リビアは、アンジェと共に不思議な光景を見ていた。
「えっと――ルク君?」
浮かんでいるのは、白い球体に青い瞳という外見だけが違うルクシオンと同型のサポート人工知能である。
声質は女性に近い電子音声だ。
『外れではないですね。当たりでもありません。私は貴女たちの言う使い魔で、この飛行船の制御を命じられています』
アンジェが驚いていた。
「そんなことが出来るのか?」
『随分と古いタイプの船ですが、装置を取り付けたので可能です。実際、クルーの数は貴女たちと護衛の方々だけですので』
リビアはルクシオンに似た使い魔に触れる。
「お名前は?」
『困りましたね。番号では味気ないでしょうから――『クレアーレ』とでもお呼びください』
「クレアーレちゃん?」
『お好きなようにお呼びください。それにしても、あのひねくれ者のルクシオンが随分と貴女たちを気に入っていたご様子。しっかり守らせて貰いましょう』
アンジェが俯くと、クレアーレが少しだけ傾き不思議そうにして見せた。
『どうされました、アンジェリカ?』
「……リオンに会えないか? このまま出発しては、気持ちを伝えることが出来ない」
『マスターへの気持ちですか。分かりました。お繋ぎしましょう』
「え?」
クレアーレがそう言うと、空中に映像が映し出された。
そこにはリオンの姿がある。
チラチラと仮面をかぶった男が見えているが、リビアもアンジェも気にしなかった。
「リオンさん!」
「リオンその――あの!」
『む? 何だこれは?』
仮面を付けた男がリオンを押しのけ、画面一杯にその顔を見せた。
二人は大声で仮面の男に退いて欲しいと言うのだ。
「そこの変な人は退いてください!」
「何て格好だ。その変な仮面とマントは何だ? オマケに全身タイツ? 変態か? いいからさっさとリオンを出せ!」
落ち込む仮面の男が画面から消えると、リオンが何とも言えない表情をしていた。
二人の姿を見て、咳払いをしていた。気まずそうな顔をしている。
『え~あ~……何かな?』
リビアは胸に手を当てて、
「リオンさん、お話があります!」
『打ち合わせもあるし、手短でいいなら』
話を聞こうとするリオンに、アンジェは呼吸を整える。
「この前の件だ。実は、お前にどうしても――」
そこまで言うと、今度はグレッグが割り込んでくる。
『おい、あの仮面の騎士はどこに行った? あいつの顔を確認しないと――ん? お、何だ、これ!』
画面一杯にグレッグの顔が映し出されると、アンジェが額に青筋を浮かべる。
集まってくるのは、ジルクにブラッド、そしてクリスだ。
みんなして、リビアとアンジェに手を振っている。
『これは凄いですね。相手の顔が見えて声も聞こえますよ』
『僕たち、そっちに行くから待っていてね』
『マリエも来るから準備を頼む』
いきなり邪魔をしてきて、おまけにマリエのために準備をしろと言ってくる。アンジェが激怒して拳を画面に叩き込む。
「お前ら退け! 私たちはリオンに話があるんだ!」
すると、映像はノイズが走って消え去った。
「あ!」
リビアがクレアーレを見ると、青い一つ目を横に振る。
『通信状況が悪いのでこれ以上はお繋ぎできません』
俯くリビアに、アンジェが手を握る。
「大丈夫だ。必ず二人で気持ちを伝えるぞ」
「……はい」
クレアーレは、そんな二人をからかう口調で告げてくる。
『あら、お熱いわね。本物の愛と言われるだけあるわ。けれど、そろそろ出発の時間よ』
リビアが前を向く。
「凄い光景ですね」
二百隻という飛行船が動き出し、公国との決戦に挑もうとしていた。
「ほとんど寄せ集めで連携など取れない。数だけは揃えてはいるが、本当にこれで勝てれば奇跡だな」
「奇跡……リオンさんなら起こせますよ」
「そうだな。あいつにはどうしても期待してしまう」
決戦について補足してくるのはクレアーレだ。
『どうやら決戦の場所は大きな湖の上で行うみたいね。海水を引き上げている場所で、大地の裏側と繋がっているわ』
リビアが左手で胸を押さえた。
「湖の上で決戦ですか」
「そうだ。落下しても助かる確率があるからな」
湖の上で戦えば、落下しても命が助かる可能性もある。そのため、空中戦を行う際には湖の上で行われることが多かった。
リビアはそれが理屈で分かっていても、納得しがたい顔をしていた。
「水が汚されてしまいますね」
戦争で出たゴミなどが湖に落ちて汚してしまう。
周囲に住む人たちには迷惑な話だった。
「……今回は生きるか死ぬかの戦いだ。悪いが、気にしている余裕はない。全てが終われば、復興作業で人手を出そう」
艦隊の先頭を行くパルトナーから、小型の飛行船が出てきてヴァイスに近付いてくる。
そこには先程の仮面の騎士や、マリエたちが乗っていた。
◇
甲板の上で一人になる。
ルクシオンの抜け殻に指示を出した俺は、前を向いていた。
遠くに見える分厚い雲――あと一日もしない内に、公国軍との戦闘が始まる。
「切り札はこちらにある。あの二人を戦争に連れてきたくはなかったけどな」
後悔があるとすれば色々だ。
もっとうまくやれたのではないか?
たとえば、ルクシオンを使って情報を集めていれば、物語がここまで狂うことはなかったはずだ。
総司令官に俺がなる必要もなかった。
そもそも、寄せ集めで突撃くらいしか出来ない艦隊だ。
「……あ」
俺は一人思い出した。
あのユリウス殿下が付けていた仮面だが、ゲーム中に登場したキャラだ。割と目立っていたが、最後まで誰だか分からないことになっていた。
ゲーム中ではユリウス殿下でもなかった。
少し芝居がかった立ち居振る舞いと、少しポンコツだが強い奴だった気がする。
ただ、思い出したのはいいが、特に重要でもないことだったな。
「でも、あいつがあの仮面を付けてくるとは」
仮面の騎士――本物は一体誰なのだろうか?
◇
王宮。
ローランドは自分の部屋にある隠し部屋で捜し物をしていた。
「な、ない! 私の変身セットがない! 特注で作らせた鎧のキーもない。だ、誰がこんな真似を……ミレーヌ! あの年増に違いない!」
激怒するローランドの部屋に、そのミレーヌがやって来た。
「陛下! ユリウスを見かけませんでしたか?」
隠し部屋を見られたローランドは、慌てた様子で振り返った。
「ユリウスだと!? こ、ここにはいないが……お、お前、驚かないのか?」
ローランドの隠し部屋を見たミレーヌは、呆れた顔をしていた。
「こんな隠し部屋など知っていましたよ。中に何があるのかまでは知りませんけどね。それよりもユリウスです。あの子の姿が見当たらないのです」
ローランドは肩を落とす。
「知っていただと? わ、私の秘密部屋が……それより、ユリウスなら知らないぞ。ふて腐れて自室にこもっているんじゃないか?」
「いないから尋ねているのです。あの子は貴方に似ていますからね。何かやらかしていないかと不安なのです」
そこでローランドは思い至る。
「――おい、ユリウスも私の部屋の秘密を知っているのか?」
「当然でしょう。小さい頃に見つけたと報告してくれましたよ」
それを聞いたローランドは、慌てて自室を飛び出すのだった。
「どうされたのですか、陛下!」
「ユリウスだ。あいつ、私の変身セットと鎧を持ち出したに違いない!」
ミレーヌの表情が青ざめる。
「どうして貴方がそんなものを持っているのですか!」
「浪漫だ!」