運命
「――つまり、お前は自分の子供をお袋と親父に押しつけたのか?」
「う、うん。だって、あんたには育てられないから、って。酷くない?」
「いや、まったく酷くない。むしろ、その方が子供――姪っ子にも良かったな」
謁見の間の近くにある控え室。
そこで俺は、前世の妹と運命的な再会を果たした。
まったく嬉しくない再会だ。
散々この世界をかき乱したのが、自分の妹だったとか泣きたくなってくる。
ただ、両親がどうなったのか聞けて良かった。
「それで? お前の記憶はどこで途切れているの?」
「え、えっと……彼氏に暴力を振るわれて、これはさすがにまずいかな、ってとこで気付いたらこの世界にいました」
テヘッ! みたいな顔をしたので、拳銃を向けるとマリエが怯えだした。
「私だって色々と頑張ったもん!」
「うるせぇっ! 中身は婆の癖に「もん!」なんて使うな! 鳥肌が立つわ」
「言ったわね! 糞兄貴こそ中身はオッサンじゃない!」
マリエが俺を睨み付けてくるが、問題はそこじゃない。
「とにかく、お前はリビアに協力しろ」
「……あ、あのさ? このままだと私は死ぬんだけど?」
「そうだな。最期くらい真面目に人生に向き合ったらどうだ?」
マリエが泣き始めた。
「そんなの嫌よ! 助けてよ、お兄ちゃん!」
糞兄貴とか、兄貴とか、お兄ちゃんとか……こいつ、いったい俺をなんだと思っているのか?
マリエは泣く。本当に泣いていた。
「それに嫌よ。あんな化け物と戦いたくない。絶対に戦争に出ないわ」
「……は? ふざけるなよ、お前が聖女になるから色々と狂ったんだよ。とにかく、責任とって飛行船に乗れ。それ以外はリビアのサポートでいいから」
泣いている目で俺を見ているマリエは「何であの女なのよ。私を助けてくれてもいいじゃない!」そう呟いて、外に飛び出してしまった。
「あ、この馬鹿!」
そしてタイミング悪く部屋に入ってくるのは、バーナードさんだ。
「子爵、準備が整った。謁見の間に来てくれ」
大臣なのに人手不足で動き回っているバーナードさんは酷く忙しそうだった。
迷惑もかけられず、俺は謁見の間へと向かう。
……マリエの奴に腹を立てつつも、どうしたらいいのか悩みながら。
◇
マリエが部屋から飛び出すのを見たのは、アンジェとリビアだった。
アンジェがマリエを睨み付けている。
「あの女、ここまで来て逃げるつもりか」
目つき鋭いアンジェにマリエを追わせては、危険と判断したリビアが説得する。
「アンジェは謁見の間にいってください。私がマリエさんを説得してきますから!」
「リビア……わ、分かった」
アンジェも謁見の間に呼ばれており、これからリオンと向かわなければいけない。
リビアは内心、
(……私が邪魔をしたら駄目だよね)
そう思って駆け出した。
王宮の廊下を走り、マリエを追いかけると屋上に逃げていた。
涙が出てくる。
それを拭い、マリエを追いかけた。
(私はリオンさんに相応しくない。分かっていたのに。アンジェがいるのに、どうして私は)
そうしてマリエが逃げた場所は、王宮にある屋上だった。
屋上に庭が整備されたその場所に逃げ込んだマリエに追いついたリビアは、互いに呼吸が乱れていた。
マリエがリビアを睨む。
「……返すわよ」
「え?」
「全部あんたに返すから、私にも返してよ。あんたに必要なのは、殿下たちよ。あの五人も、そしてカイルも――聖女の地位もあんたのものなのよ!」
話に理解が追いつかないリビアを置き去りに、マリエは訴えてくる。
「だから返してよ。おにぃ……ちゃんを……リオンを返してよ。全部あんたに返せば、それで終わるのよ!」
リビアはマリエに近付くと、そのまま右手を力の限り振り抜いた。
強烈な平手打ちに、マリエが倒れる。
マリエは力なく笑って頬を押さえていた。
「あぁ、これ、両親にもこんな風に叩かれたわ。凄く痛い。何? 怒ったの? 安心してよ。あんたのものは全部返すから」
リビアは、涙を流しながら叫んだ。
「――馬鹿にしないで!」
泣き出すリビアは、その場に座り込んでしまう。
マリエが唖然としていた。
「リオンさんはものじゃない……せめて、学園にいる間だけでも一緒にいたかった。他のものなんて何もいらなかったのに」
貴族と平民。
二人の間にはそんな大きな壁があった。そんな壁に比べれば、リオンとアンジェの間にある壁などどうにでもなるとリビアには思えたのだ。
二人はお似合いだ。
幸せになって欲しい。
「返してなんて言わないで。リオンさんは、私のものじゃない」
マリエが俯いて笑う。
「……それじゃ何? 結局私は、全てを失っただけじゃない。本当に最低。二度目の人生も、失ってばかりじゃない」
泣き出したマリエが蹲り、嗚咽を漏らす。
「何もかも知っていたのに。うまくいくと思っていたのに……どうして、私は幸せになれないのよ」
泣いているマリエを見るリビアは、何と言えばいいのか分からなかった。
すると、
「ここにいたんですか?」
「マリエ様!」
カイルとカーラが、マリエに駆け寄った。
マリエが顔を上げると、二人は本当に心配した顔をしていた。
「あんたたち、何で?」
どうしてここにいるのかという顔をしているマリエに、カーラが泣いていた。
「わ、私……マリエ様がいないと、本当に一人になっちゃう。助けて貰って、本当に嬉しくて……マリエ様は本当に優しくて」
泣いているカーラを横目で見たカイルは、呆れた顔をしていた。
「僕も悪いところはありますからね。でも、ご主人様も流石にアレは酷かったですよ。まぁ、これでお相子ですね。他の五人は知りませんけど、僕とカーラさんくらい一緒にいないと可哀想ですし」
マリエが、ポロポロと涙をこぼす。
「ごめ……さい。ごめんなさい。本当に……ごめんなさい、二人とも」
カイルが目を袖でこすり、泣いているのが分からないようにしていた。
「さぁ、いきますよ。偽物でも聖女様です。格好くらい付けないと」
カーラとカイルに支えられ立ち上がった。二人は、リビアに頭を下げてから、マリエを連れて室内へと戻っていく。
リビアは俯いて笑っていた。
「……嘘吐き。全部失っていないじゃない。支えてくれる人が二人もいるじゃない……嘘吐き」
そう呟いて、ハッと気が付き口元を両手で押さえた。
胸の中にある黒い感情に涙が出てくる。
(私には何も残らないのに)
◇
屋上への入り口で、泣いているリビアを見ていたのはアンジェだった。
通り過ぎたマリエたちに目も向けず、リビアの泣いている姿から目が離せなかった。
「リビア、お前……そうだよな。ずっと一緒だったよな」
学園でリオンの後ろを付いていくリビアを見ていたアンジェは、胸の痛みが苦しかった。
三人でいるのが楽しくて、そのことに目を向けたくなかった。
「すまない。私がこんな気持ちを抱かなかったら、お前を苦しめなかったのに。……許してくれ、リビア」
アンジェが口元を押さえて涙を流した。
涙を拭い、そして立ち上がってリビアの下へと向かう。
「リビア」
泣いていたリビアは、顔を隠しておどけて見せた。
「アンジェ? あ、あの、マリエさんは無事に戻りましたよ。そ、その、今は顔を見ないでください。色々とあったので――」
アンジェは正直に話した。
「私は――リオンが好きだよ」
リビアが口を閉じ、俯くと涙が地面に落ちる。
「だから、お前も身を引くな」
「え?」
アンジェはリビアに手を差し出した。手を握るリビアを立たせて、そして向かい合って互いの両手を握る。
「お前はそれでいい。リオンにちゃんと気持ちを伝えろ」
「……一度伝えました。でも、リオンさんはその後すぐにはぐらかして」
「だったら! ……だったら、今度は逃げられないようにする。私も気持ちを伝えるから、お前も伝えろ」
泣いているリビアを、アンジェは抱きしめた。
「いいんですか? だって、アンジェは貴族様で――リオンさんも貴族様ですから」
「馬鹿。こういうものに身分の差などない。その程度で諦められないから苦しむ。なら、伝えるしかないだろうが」
本妻とか妾にすればいいという意味ではない。本当に誰が好きなのか、それを知りたがっていた。
アンジェは優しく語りかける。
「私はお前も大事だ。だから、泣くのを止めろ」
リビアもアンジェの背中に手を回し、
「はい」
と力強く呟いた。
◇
謁見の間。
視線を動かし、リビアとアンジェを探すもどこにもいなかった。
マジかよ。ちょっと心細いぞ。
参加している五人組は、服装は整えたらしいが顔付きに気合が足りない。何を悩んでいるかすぐに分かる。
色恋に悩みやがって。
俺なんか愛について真剣に考えているというのに。最終兵器として、ルクシオンですら倒せない超大型のモンスターを倒せる愛! 愛って凄いな! もう、愛こそが最終兵器だよ! ……どこかに愛は転がっていないだろうか?
こんなに悩んでいる俺を少しは見習え、馬鹿五人組。
整列した貴族や騎士たち。
陛下は意味ありげに右の口端を上げ、機嫌良く振る舞っていた。
「随分と人が少なくなったものだな」
逃げ出した貴族や騎士たち。兵士たちですら集まらない。
状況は絶望的だ。
俺も一般の兵士ならすぐに逃げている。いや、一般人なら、そもそも兵士にすらなっていないかも知れない。
「だが――この場に残った者たちこそ、真の勇者たちである! 公国は卑劣にもモンスターを従え、王国領に侵攻してきた。諸君……今こそ命をかける時!」
残った連中は肝が据わっているのか、それとも諦めているのか……。
「公国に立ち向かうため、我々は一丸となって戦う必要がある! バルトファルト子爵、前へ!」
謁見の間に敷かれた赤い絨毯を歩き、陛下の前で膝をついて頭を下げた。
「この危機的状況に際し、私は君を総司令官に任命する。若いと侮る者もいるだろう。経験不足と信用しない者もいるだろう。だが、この状況を打開出来る力を持つのは子爵だけだ。バルトファルト子爵、この戦い――勝てるか?」
芝居がかったやり取りだ。
だが、嫌いじゃない。
一回くらいやってみたかった。
どこかで聞いたような台詞で返した。
「陛下がそう望まれるのなら」
周囲がざわめく。
聞こえる声は「若造が」とか「口だけは一人前だ」とか「う~ん、七十点」とか「どこかで聞いたような台詞だな」とか……お前ら黙れ!
見ろ! 陛下が少し怒っているじゃないか! え? 何で怒っているの?
「……そうか」
対して、ミレーヌ様は少し頬が赤かった。嬉しそう? え? 何で!?
陛下が宣言する。
「バルトファルト子爵を総司令官とし、これより公国との戦いに決戦を挑む!」
そんなやり取りの後、豪華な衣装に身を包んだ貴族――侯爵が異議を唱える。
「お待ちください、陛下! このような成り上がりを信用してはなりません。こやつは反逆罪に問われています! このような者の下で戦うなど、我らを愚弄するおつもりか」
レッドグレイブ公爵家の敵対派閥をまとめているのが、この侯爵だった。
彼に賛同する貴族たちも異論を口にする。
「そうです。ここは公国と交渉をするべきです」
「私にお任せください。必ず公国との交渉を成功させて見せます!」
「そのような者に頼るなど間違っています!」
立ち上がって陛下とミレーヌ様の顔を見れば、陛下は目を閉じるがミレーヌ様は無表情で口を開く。
「……見苦しい真似は止めなさい。子爵は既に罪人ではありません。罪を捏造したのは貴方たちでしょうに。それに、総司令官に任命したのは陛下の決定事項です。逆らうというのですか?」
王様には色々と決定できる権利がある。だが、毎回それを使用することは、周囲の反発を買うため考えなければいけない。
まぁ、俺を総司令官にしようとすれば、この方法しかないだろう。
侯爵が顔を赤くして抗議していた。
「なんと! そのような物言いは、王妃様といえ許せません! このような状況では、我々は一丸となって戦えませんぞ!」
ミレーヌ様も目を閉じた。
俺はゆっくりと立ち上がって振り返る。貴族に文武官が並ぶ謁見の間で、懐から拳銃を取り出すと天井に向けて発砲する。
謁見の間に、発砲音が響いた。
それを合図に入り込むのは、衛兵と――公爵家の騎士たちだった。
ヴィンスさんを見れば小さく頷いている。
「その汚い口を閉じろ、ゴミ共が」
「な、なんだと! 衛兵! 何をしている。こやつをすぐに――な、何だ?」
衛兵たちが捕らえていくのは、先程抵抗した貴族たちだ。
「反逆罪で捕まるのはお前らだ。俺はお前たちのように捏造なんかしない。しっかり証拠も用意してやった」
上空にルクシオンが出現すると、謁見の間の中央に立体映像を映し出した。そこにいるのは、侯爵と他の貴族たち。
「残念だ。非常に残念だ。俺は心優しいから、この場で一丸となって戦ってくれるのなら許してやるつもりだったのに」
「な、何を! 陛下! この者を止めてください。こやつ、謁見の間に銃を持ち込みましたぞ! こやつは危険です! 陛下も分かっているはず。こやつは野放しにしてはならんのです!」
立体映像が動き、そして音声が部屋に響いた。
『侯爵様、バルトファルトの奴が釈放されました。ミレーヌ様の命令だとか。噂では、奴を総司令官に据えるお考えのようです』
立体映像の中の侯爵が口を開く。
『あのような小僧に籠絡されるとは情けない。多少有能でもやはり女だな。陛下も尻に敷かれて情けない限りだ。それにしても、公国が密約を破るとは思わなかったな』
『いかがいたしましょう?』
『殿下を交渉材料にしろ。奴ら、どうしても取り返したいようだからな。陛下には内密にことを進めるのを忘れるなよ。それから――奴に、バルトファルトの好き勝手にさせるな。公国の切り札は計算外だったが、奴も同等かそれ以上に危険だ。いざとなれば、陛下に責任を取ってもらい公国とは手打ちだ』
……陛下に責任を取らせる。まぁ、王位から退けて公国に差し出すとか、そういった意味合いなのだろう。十分に不敬だ。
侯爵が青い顔をして俺を見ている。
「う、嘘だ! こんなのはデタラメだ! こやつの見せる幻だ!」
銃口を侯爵に向けて俺はニヤニヤ笑う。
「これ以外にもあるんだよ。実はさ、ヘルトルーデさんがお前たちとの関係をペラペラ喋ってくれてね。お前ら、あの人に裏切られたんだよ」
ヘルトルーデさんにしてみれば、このような状況下で内輪揉めをしている王国を見て楽しみたいのだろう。
立体映像の侯爵が不満そうな口振りで、
『どいつもこいつも分かっていない! いったい誰が危険なのか分からないのか? 聖女など厄介だがどうにでもなる。だが、あいつだけは駄目だ! あいつ一人で、いったいどれだけの艦隊と同じ働きが出来る? 一隻で数十隻の艦隊に完勝できる意味が分かっているのか?』
『しかし、今は公国が――』
『バルトファルトをぶつけ、互いにすり潰させろ! 家族を人質に取れ。どんな手段を使っても構わん! いいか、奴を公爵家の番犬だと思うな。奴の飛行船は、一人の人員も必要としないというではないか。おまけに、僅か数ヶ月で工場を用意して飛行船を整備した。分かるか? あいつこそ危険なのだ!』
『ですが、本人はそのような人物ではないと――』
映像の中の侯爵が激怒している。
『心変わりがこの先ないと言えるのか! 公爵もいったい何をしているのか。あいつ一人を好きにさせれば、それこそ王国は終わりだ。公国に勝ったところで意味などない。奴は――奴だけは何としても潰せ!』
……こいつらにとって、俺はマリエと同じくらいに脅威だったわけだ。いや、侯爵はそれ以上に脅威と感じていたらしい。
そんな俺とマリエに目を奪われ、公国に好き放題に暴れ回られるとか勘弁しろよ。
ゲーム――本当のシナリオなら、こいつらが裏で暗躍したおかげで、主人公が台頭できたのだろうか?
まぁ、考えても仕方がない。
「良かったな。お前らの裏切りのおかげで、王国は危機的状況だ」
侯爵は俺に向かって叫ぶ。
「……それがどうした? 全ては国のためにやったことだ。この国を一体誰が支えてきたと思っている? わしだ。わしたち貴族だ! お前のような小僧にいったい何が理解できる! 国を維持するために、必要な犠牲がお前だったのだ!」
随分と激怒しているのか、顔が凄く赤くなっていた。
「何か勘違いをしているようだ。俺は貴方を認めていますよ。今まで立派に王国を支えてきたのでしょう。うん、よく頑張った! 尊敬しよう! あんた最高だ! ……だけどさ、失敗すれば意味なんてないから」
「し、失敗だと!」
「今この時、この状況がお前らのやってきたことの結果だよ。分かるかな? お前らが王国を危機に陥れた。その責任を取れるんだ。それだけの人物と判断された証拠だよ。ほら、嬉しいだろ? 責任者は責任を取るためにいるんだよ。知っているかな?」
「わ、わしは侯爵だぞ!」
「うん、凄いね。立派な爵位だ。だからこそ責任を取るに相応しい。安心していいよ。お前たちの尻拭いは俺がしてやるから。よかったね。俺のような後進がいて。お前らの失敗は俺が処理してやるから」
煽るように笑ってやった。
お前の罪は、俺を殺そうとしたことだ。……何もしなければ俺だってここまで関わらなかったのに。
「お前にいったい何が出来る、小僧! 政治も分からぬ小僧が、でかい口を――」
「う~ん、分からないかな? ちゃんと言わないと分からないみたいだから言うけど――お前は負けたんだ。国のためにお前たちが今度は犠牲になる番だ」
青い顔をする侯爵の顔面を拳で殴り、吹き飛ばした俺は衛兵たちに命令する。
「これで俺に喧嘩を売ったのはチャラにしてやる。後は自分の罪を償え。連れていけ」
「はっ!」
裏切り者の貴族たちが連れて行かれ、残ったのは更に少ない貴族たちだった。
軍の関係者――将軍たちも俺を見ている。
「……さて、俺が冤罪で捕らえられていたことを知った諸君。ここでハッキリさせておくことがいくつかある。一つ目――俺はお前らが嫌いだ。この国が嫌いだ。理由? お前らが間抜けなせいで俺が働くことになったからだよ! ちゃんと仕事しろ!」
俺に突き刺さる視線。
ただ、彼らにも言い分はあるだろう。何しろ、公国があんな切り札を持っているなど知らなかったのだ。いつもの国境での争い程度にしか思っていなかったはずだ。
でもそんなの関係ない。
そもそも、こいつら国の中核にいて一体何をやっていたのか? いや、よく考えたらしょうもないことは、前世の国でもよくあったな。
どうしてそんなことになったのか、首をかしげたい事例はいくつもあった。
それでも、あっちの方がマシだった。
だって、こんなグダグダなことにはならなかった……のか? まぁ、いい。生きていくなら絶対前世の方がよかったのは事実だ。
「二つ目。お前らが俺を信用しないのは理解している。俺もお前らなんて信用しない。それに、こんな小僧の命令で戦えるか、そう思う気持ちは理解しているつもりだ。勝てると思える奴がいるなら名乗り出ろ。俺が叩き潰してその自信を潰してやる。俺に勝てないのに公国に勝てるとか言わないよな?」
視線をそらす騎士や軍人たち。これが、ユリウス殿下が総司令官ならまだ納得しただろうが、俺では頼りなさすぎるし、心情からも納得できないのは理解できる。
俺も年下に命令に従えとか言われたら、心の中で「何だこの野郎」って思うからね。
「三つ目は非常にシンプルだ。俺の命令に従えば勝たしてやる。従わないならさっさと逃げろ。疑問を持つな、口答えをするな、お前らに許されるのは、俺の命令に従うことだけだ。どうだ、分かったか?」
ざわつく謁見の間に俺の声がよく響いた。
「俺のために戦って死ね。――代わりにこの国を救ってやる」
◇
決起集会的な何かが終わった俺は、頭を抱えていた。
「もう最悪だ!」
『今更ですか? 自分でやると言ったのに。それにしても、よくあれだけ言えましたね。ほとんど全ての言葉がマスターに返ってきますよ。公国を軽視したのはマスターも同じです。この状況、マスターがうまく立ち回れば回避できたと推測します』
「五月蠅い。そもそも、俺がそこまでする必要があったのか?」
『この状況が嫌ならもっと頑張ればよかったのでは? マスターのブーメラン芸は神業ですよね』
自分でやるとは言ったが、よく考えなくても俺が総司令官とか終わっている。
人材不足極まる、って感じだ。
用意された部屋でルクシオンと向かい合っていた。
「とにかく避難を最優先だ。俺の命令に従いたくない奴には公国の進路上にある村や街の住人の避難をさせる仕事を振る。王都からも人を避難させる」
『少ない戦力が更に減りますね。そのように手配する書類を作りましょう』
まるでプリンターのような機械が、命令書を次々に作成していく。ルクシオンが貰った資料から部隊の編成やら段取りを整えていた。
「公国軍の状況は?」
『移動速度は速くありません。王都到着までまだ時間がありますが、こちらの準備が整い、戦いを挑めば――どちらか一方の超大型は、王都に辿り着くでしょうね』
出来上がった書類を手に取り、俺は自分の名前をサインしていく。
「お前の本体にも働いて貰うぞ」
『それは構いませんが、通信状況が悪いですからね。大陸を挟んでの活動となると、マスターのサポートが最低限になってしまいますが?』
「問題ない」
『分かりました。それにしても、侯爵は有能でしたね』
「は?」
俺が驚くと、ルクシオンは自慢をしてくる。
『マリエでも公国でもなく、私を脅威と判断したのは流石ですよ。それと、侯爵は王家の船について知識を持っていたのでしょう。だから、マスターを危険視したのです』
王家の船――ゲームでは主人公の飛行船として登場するが、設定では王国を建国させた力を持ったロストアイテムだ。
同じ飛行船のロストアイテムであるルクシオンを知り、侯爵は警戒したのかも知れない。だが、公国を侮りすぎた。
「有能ならこの状況にはなっていないだろ」
『マスターは私という力を持ちながら、この状況で意に沿わない地位に就きましたけどね。侯爵を笑えませんよ』
……いったいどこで間違ってしまったのかと、俺は考えながら書類にサインをしていく。
◇
王宮の地下深くに作られた格納庫へと足を運んだ。
そこに眠っていた飛行船は、白く美しい船体をしていた。
形はルクシオンと同じで流線型の飛行船。だが、こちらの方がより凝ったデザインになっている。
主人公の最終的な母艦を前にしている。
「大きいな」
『四百メートルくらいですね。パルトナーよりも小さいです』
「強そうじゃないか」
『パルトナーに比べると頼りないですよ』
「……デザインがいいよね」
『生産性、整備性を無視した豪華客船では? パルトナーの機能美には敵いません』
あの黒い刺々しい右腕の時のように、何が何でも壊そうとはしなかったのは幸いだ。だが、パルトナーの方が凄いと自慢を繰り返してくる。
振り返ってこの場にいる面子を見た。格納庫で王家の船を管理していた整備士たちが整列している以外の面子は――。
不満そうな陛下に、そんな陛下に呆れているミレーヌ様。
五人組が無言で付いてきて、気まずそうにしているのはマリエだった。
あとは、リビアとアンジェの姿もある。
リビアは俺が連れてきて、アンジェは王家の関係者としてここにいる。
「随分と自分の船を自慢する使い魔だ」
陛下の棘のある言葉に、俺は冷や汗が止まらない。
「こいつ、負けず嫌いでして。え、えっと、とにかく! 中に入りましょうか。こいつが修理できるかも知れませんし」
「無理だな」
「え?」
陛下は飛行船の前にある装置を指さした。
シートがかけられている物体。陛下の命令でシートが取り外されると、そこにはハート型の台座があった。
「真に愛し合う者同士があそこに立った時、王家の船は持ち主と認め、その力を発揮するのだ。所有者がいなければドアも開かず中には入れない」
……こんな設定、ゲームにはなかった気がする。
王家の船を探しに来て、主人公と愛し合っている男に反応したはずだ。
陛下は何やら感慨深そうにしていた。
「王家であるホルファート、そして分家とはいえマーモリア家。更にフィールド家、アークライト家、セバーグ家……かつて、パーティーを組んでいた者たちの末裔が揃うとは運命なのだろうな」
何か聞いた気がするな。ホルファート王家を始め、五人組の実家は王国建国前にパーティーを組んでいたらしい。だから、この五人というか――五つの家の血縁には、王家の船を動かす資格があるとか何とか……。
もう一人、名前も知らない女性冒険者が存在していた。
それがリビアの先祖だったとか、そんな話があったな。
確か、リビアのご先祖様が初代聖女だった気がする。
興味がなかったので「はい、運命、運命、良かったね」とか思ってゲームの説明は全てスキップしていた。
「王家の船に認められるのは、王家と残りの四家。そして、失われた最後の仲間の一族だけが資格を持つ」
自信満々の陛下が俺に自慢してきた。
何だこいつ? 俺に何か恨みでもあるのか? お前の息子をボコボコにして、嫁さんを口説いただけじゃないか。
あ、駄目だ。恨まれても仕方がない。他人が聞いたら最低の屑野郎にしか聞こえない。
ルクシオンが耳打ちしてきた。
『ドアを破壊すれば簡単に中には入れるのですが? 空気を読んだ方がいいでしょうか?』
最後に必要なのは愛だ。
その愛を確かめるための装置があるのなら、今の内に確かめておきたい。
ルクシオンに空気を読んで貰い、俺たちは台座まで近付く。
台座まで来るとアレだ。
……ハート型の台座というかステージが、妙に神秘性がない。
ミレーヌ様が俺たちに振り返る。
「覚悟はいいですね? これは生易しい装置ではありませんよ」
妙に緊張したミレーヌ様と、急に黙ってしまう陛下。
「まずは私たちで使い方を示します。いいですね、陛下?」
「う、うむ。今度こそ動くはずだ!」
ミレーヌ様の疑った視線に、陛下が怯えていた。
二人がハート型のステージに乗ると、中央に線が入っていた。線を挟んで二人が立つと、ハート型のステージが光り始める。
男性がいる場所は青に。
女性のいる場所は赤――ピンク? まぁ、そんな感じに光った。
どこからともなく声がする。
『男性――二十五点! 女性――五十八点! 残念!』
……え?
全員がオロオロと顔を見合わせていると、ミレーヌ様が陛下をポコポコと叩いていた。おい、ちょっと可愛いぞ。
「嘘吐き! 二十五点、って何よ! それってもう他人か顔見知り程度じゃない!」
陛下が言い訳をしているが、その姿は非常に情けない。
「う、五月蠅い! お前だって、たったの五十八点じゃないか! お前だって私のことをもう愛していないんだろうが! あぁ、そうさ。もうお前を女として見られないよ! それが悪いのか!」
二人して言い争っている姿を見て、俺は何となく理解した。
「愛情を数値にして伝えたのか?」
ルクシオンが頷く。
『ジョークグッズに近い装置ですね。先程、王家の船にアクセスして調べてみましたが、どうやらお金持ちが道楽で作った飛行船のようです。私の本体よりも随分前に生産され、新婚旅行で一度使用したあとに倉庫で眠っていたそうです』
王家の船の建造理由が微妙すぎて判断に困る。え? そんな理由なの?
古代の民間船だったとか、誰に言っても信用して貰えないだろう。
『ちなみに、その夫婦は二年で離婚したそうですよ』
「そんな情報は知りたくないよ。それよりも、さっさと終わらせるぞ。やり方は分かったんだ。この中の誰かが乗れば動かせるかも……って、思っていたんだけどな」
マリエたちは、どう考えても修復不可能だ。
このまま動かせないかも知れない。
『動けば間違いなく戦力になりますよ。武装もあって、この世界の飛行船よりも確実に高性能ですから。あ、修理は必要ですね』
格納庫で大事に保管されてきたが、中身の整備が出来ていない王家の船。
例えるなら、整備をしていない車か? 中身はボロボロなのに、外見だけは綺麗な状態だ。
それにしても、ドアの開け方がジョークグッズというのが何とも情けない。
「どうしても駄目なら、扉を壊して中に入るか」
『では、作業ロボットたちをこちらに向かわせます。十分ほどお待ちください』
その間に、誰かが認められれば儲けものと考えていた。
問題は、王家の船が愛を増幅するとかそういう大事な設定の部分を俺が覚えていないことだ。当然、マリエも知らない。
本当に大丈夫かと不安に思っていると――。
「……マリエ、来い!」
「え? え!?」
ユリウス殿下がマリエの手を握り、乱暴に装置の上に連れて行く。争っている自分の両親を無理矢理下ろしていた。
俺だったら、両親が愛し合っていないとか知ったらショックだな。
何をするのかと思っていたら、
装置が動き出して愛を数値化する。
『男性――九十点! 女性……十七点。非常に残念な結果に終わってしまいました』
電子音声が空気を読まない。
ルクシオンのような高性能な人工知能ではないらしい。
マリエが青ざめた顔をしていた。
ただ、ユリウス殿下は笑みを浮かべている。どうした? 現実を知って吹っ切れたか?
「……これが結果なら受け入れるさ。マリエ、俺はここで宣言する。いつかお前を振り向かせてみせる」
自分を騙し、そして愛していないと分かった女性を前に振り向かせるという宣言。
アンジェがいるのにこの態度である。
チラリとアンジェの様子を見ていると、呆れた顔をしていた。
――よし! 怒っていないなら大丈夫だ。
マリエをその場に残し、今度はジルクが装置の上に立つ。
『男性八十九点。女性……十二点。悲しい結末に終わってしまいました』
最後の一言いるの!?
マリエが俯いてしまうと、ジルクは優しく語りかけた。
「殿下に負けたのは悔しいですが、私も負けていられません。マリエさん……私も貴方を絶対に振り向かせて見せます」
「……ジルク」
「退け、次は俺の番だ。マリエ、これが俺の気持ちだ!」
今度はグレッグが装置の上に立った。
『男性九十一点。女性……二十二点。片思いです、諦めましょう』
最後のコメント止めろ!
グレッグが肩を落としていた。
「きっついな。だけどさ、これでスッキリした。マリエ、俺の気持ちだ。俺はお前を諦めないぞ」
「グレッグ……あ、あのね!」
「次は僕だ」
グレッグが装置から飛び降り、ブラッドが自信満々に上がる。
『男性九十八点! 女性……九点。見事にすれ違いました』
止めろ。もう見ていられない。
……笑うのをこらえてお腹が痛い。
「一番低いね」
「ご、ごめんね。でも、私は!」
「けど、ここからだ。僕はここからマリエの一番を目指す。マリエ、僕たちは気が付いたよ。あの時、マリエが僕たちを突き放したんじゃないか、って」
何を勘違いしているんだ?
クリスがブラッドと交代した。
「確かに私たちでは頼りない。だが、私たちには――マリエしかいないんだ」
いや、他にもいい女性はいっぱいいるよ。目を覚ませよ。
『男性八十七点。女性――三十一点! この女冷たすぎない?』
マリエが泣いていた。
「みんな、違うの。私の話を聞いて!」
ユリウス殿下がマリエの手を取り、装置から下ろした。
「分かっている。情けないが、俺たちではお前を守れなかった。マリエが俺たちに呆れるのは当然だ。大事なときに、側にいてやれなかった」
どうやら、マリエを戦争に行かせたので、呆れられて当然と五人は思ったらしい。
何という勘違い。その人の良さを、マリエに出会う前に発揮して欲しかった。
「安心しろ、マリエ……もう、お前を放さない」
「違うの! だから、私の話を聞いてよ!」
みんな「分かっているから」みたいな態度なのに、マリエは必死に何かを訴えようとしていた。まぁ、諦めていたので、最終兵器としてあの六人が使えなくても問題ない。
ミレーヌ様が陛下を責める。
「ユリウスたちはあんなに高い数値を出したのに……貴方ときたら、出会った頃は四十点もなかったわ」
「政略結婚に愛を求めるのか! だったら私も好きな相手と結婚したかった」
「必ず数値を上げるって約束したじゃない! 一緒に王家の船で空を旅しようね、って!」
「そんなの嘘に決まっているだろうが!」
「そうやって雰囲気だけなのよね。何でもそう。自分さえ気持ちよく役者のように振る舞って、悦に浸って……本当に口だけなんだから!」
こっちは修復不可能じゃない? というか、ミレーヌ様が言ったとおりだな。こいつは確かに生易しい装置じゃない。結果次第で大変なことになる。
それよりも、陛下がいい格好しいだったという事実が悲しい。
俺は気付いていたけどね。最初に会ったときから、こいつ何か薄っぺらいな、って思っていたんだよ。……騙されてなんかいないぞ。俺は気付いていた!
さて、国の危機は何とかしようと思うが、夫婦の危機は俺でも修復できない。
二人のことを諦めた俺は、黙っているリビアとアンジェに振り返った。
「あ~、あれだね。愛って難しいね。さて、そろそろ戻ろうか。ルクシオンにあとは任せれば大丈夫だし。……ねぇ、何で俺の腕を掴むの?」
まるで両手に花、という感じで二人が俺の腕を掴んでいた。
無言で俺を装置に引っ張っていく。
「待って。お願いだから待って! 嫌だ。俺はあんなジョークグッズに乗りたくない!」
嫌がる俺を、リビアとアンジェは無理矢理乗せようとする。
「リオンさん、乗ってください!」
「これなら白黒ハッキリ付く。色々とはぐらかすお前でも、これなら嘘は吐けないはずだ!」
俺は本気で嫌がった。
全力で拒否する。
「嫌だ! こういうのは見ている立場だから笑えるんだ。自分が参加するなんて絶対に嫌だ! 俺はあいつらみたいにメンタルが強くないんだ。繊細なんだ。嫌な結果が出たら耐えられないよ!」
自分は絶対に参加しないから笑っていたのだ。
それなのに、二人は俺を載せようとする。白黒付けると言っていたので、二人が反対側に乗って愛を確かめるのだろう。
数字が高くても何か恥ずかしいし、低かったら俺の愛ってこんなものか、って自己嫌悪に陥るだろうし……こんなの知りたくないよ!
「二人とも、愛を数値で測るなんておかしいよ! こんなの間違っている!」
ルクシオンが俺を見て――面白そうにしていた。
『他人はよくて、自分は嫌というのは人としてどうかと思いますよ』
この人工知能、マスターである俺を裏切りやがった!
「止めて! 嫌な結果が出たら受け止められないよ! 人のことを笑えないよ! このまま笑って終わりたかったのに! みんなを笑って終わりたかったのに!」
叫ぶと、ユリウス殿下たちが俺にユラユラと近付いてきた。
陛下が俺の肩に手を置く。
「貴様だけ何もなしではつまらないよな? お前のニヤけ面には腹が立っていたところだ。さっさと乗れ!」
男共に押される形で装置手前まで来ると、俺は屈み込んで抵抗した。
装置に乗ったリビアとアンジェが、俺の腕をそれぞれ引っ張りステージに上げようとする。
「リオンさん。すぐに終わりますから」
「さっさと乗ってハッキリさせろ!」
ユリウス殿下と――マリエも俺の背中を押していた。
「あんたも乗れぇぇぇ!」
「待って! せめて気持ちの整理をさせてよ! こんなの――」
間違っている。そう叫ぼうとしたところで、ステージがピンク色に輝きファンファーレが聞こえてくる。
唸るような飛行船のエンジン音が部屋に反響した。
『互いに百二十点! おめでとうございます。貴女たちは真実の愛で結ばれた関係です!』
全員が俺を手放すと、いきなり解放された俺は後ろに転がる。
ステージの上にいるのはリビアとアンジェだった。
「……アンジェ」
「リビア……お前」
ステージの上で頬を赤く染めた二人が、恥ずかしそうに見つめ合っていた。
「そ、その、嬉しいです」
「私も同じ気持ちだ」
周囲も唖然としている中、
『確かに男女でなければいけないという決まりはありませんでしたが……意外でしたね。おや、マスターはどうしました?』
……正直期待していた。
マリエたちよりも高い数字が出ると思っていた。
なのに、二人が自分の気持ちに気が付いて見つめ合っている光景を見ていると……。
「……どうせ俺はお笑い担当のモブだよ! こんな扱いが精々さ!」
複雑な気分だ。
凄く美人な知り合いが、百合な展開を繰り広げているとは知らなかった。
悲しいような、でも相手は男じゃないから嬉しいような……でも、やっぱり悲しくて俺はその場に座り込む。
ミレーヌ様が俺の肩に手を置いてくれた。
「あ、あのね。何と言えばいいのか分からないのだけど……気を落とさないでね」
……俺は、泣きながらその場を逃げ去るのだった。
「こんなのって酷い!」
「リオン君!」