絆
「本気なのですか?」
ミレーヌ様と話をすることに成功した俺は、指揮権が欲しいと頼み込んだ。もちろん、ミレーヌ様の表情は呆れ果てている。
十六――いや、十七の小僧を総司令官にするとか正気ではないし、そんなことを頼む俺を怪しんでも仕方がない。
「本気です。指揮権が欲しい。お願いできませんか?」
ミレーヌ様は今までと違った顔を見せる。冷静な顔付きは、今までの優しさが消え去ってしまったように見える。
「信用、そして実績があまりにも足りません。貴方を推薦すれば、正気を疑われますよ」
「勝つためです。このままでは勝てません。嫌なら俺は逃げるだけです」
顔を伏せるミレーヌ様は「これも今までのツケが回ってきたのね」と呟いていた。
「陛下たちは、公国へ突撃をかけて超大型を呼び出した魔笛の使用者を討ち取る考えです」
「それでは近付けもしません。全滅するので無駄です」
「……リオン君、能力だけで全ては決まりませんよ。たとえ、貴方がアレな陛下より素晴らしくて有能でも、人は陛下の方を信じます。人とはそういうものです。総司令官に貴方を据えても誰もついていかないわ」
どこか陛下に棘のある言い方だったが、気にせず交渉を続けよう。何気にミレーヌ様の中で、俺への評価も高いことに気が付いた。
「他の奴に任せていては勝てません。王家の船が必要です。アレ、特別な力がありますよね?」
どうしてそれを知っているのか? そんな顔をするミレーヌ様を壁際に追い詰め、俺は壁に手をついた。
「っ! あ、あれがどういう船か知っているの? あれは――」
「王国を築いた原動力。王家の切り札……ですよね?」
「えぇ、そうです。簡単に貸せる物ではないわ。あれは、ロストアイテムよ」
ルクシオンとはまた違ったロストアイテムだが、どうしても必要だ。
ミレーヌ様との距離が近い。
「貸してください。必要です」
「でも、動かないわ。私と陛下では動かせなかったのよ」
「ユリウス殿下とマリエを使います。他の四人も集めてください」
「けど、聖女は――マリエは処刑が待っているわ」
どうしてもマリエが必要だ。
マリエが死んで、すぐにリビアが聖女に認定されるとは限らない。神殿がまた騒ぐかも知れないからだ。ならば、確実な方法をとる必要がある。
飛行船を動かし、聖女の力を発揮するのはマリエたち。
後はリビアを乗せればいい。
「ルクシオン、王妃様に説明してやれ」
『はい』
出現したルクシオンを見て、ミレーヌ様は「これは――報告にあった使い魔?」と驚きつつもルクシオンを見ていた。
そして、超大型が空と海から大地を挟み込むように移動してきているのを聞かされ王妃様が絶望する。
「本当なのですか?」
『事実です。同時に、二体の出現時から通信状況がかなり悪くなっています。敵に近付けば、通信はほぼ使えないと考えるべきかと』
王妃様が左手で顔を押さえていた。
「聞けば聞くほどに厄介ですね。……リオン君、勝てるのですか?」
「勝ちます。そのために用意して欲しいのが――」
「――聖女と王家の船。なるほど、総司令官の地位が欲しいわけですね」
ミレーヌ様が顔を引き締め、俺の目を見つめてくる。
「貴方を総司令官にすると言えば、反発する者たちが出てきます。侯爵派閥の者たちです。その者たちを押さえ込む必要がありますね。それに、貴方に協力してくれる騎士や兵士は少ないでしょうね。戦力は集まりませんよ」
ルクシオンに視線を向ければ、一つ目で頷いていた。
「構いません」
「……まったく、自業自得とはいえ、他の騎士たちにも貴方のような忠誠心があれば」
忠誠心? 俺にはほとんどないよ。
「俺の忠誠心は高いですか? それと、自業自得とは?」
「一部の男性たちに負担を強いてきた現状です。無事に帰ってきたら教えましょう。ちゃんと勝って帰ってきなさい。いいですね?」
頷くと、ミレーヌ様が顔を赤らめ可愛らしい咳払いをする。
「そ、それから、離れてくれると助かるのですが」
おっと、そうだった。距離を取ると、ミレーヌ様が深呼吸をしてから俺を見る。
「リオン君には借りも多いですからね。根回しは私の方で進めます。ですが、本当に味方は少ないですよ」
「大丈夫ですよ。戦力には宛てもあります」
問題ない。
今こそ絆の力を使う時だ。
◇
王都は大混乱に陥っていた。
逃げ出そうとする人々の中には、貴族たちの姿もあった。
嘆かわしいことに、こんな王国のために戦えるものかと職務を放り捨てて愛人と逃げ出す貴族や騎士たちが多い。
ちなみに、正妻たちというか……本妻は置いて逃げていた。理由が分かってしまうだけに、どうにも複雑な気分だ。
王宮から学園にやってきた俺は、普段と違う様子に自分の目を疑う。
「ま、待ってよ。私も連れていってよ!」
すがりつく女子を乱暴に振り払うのは、辺境子爵家の跡取りだった。
「今更俺に頼るなよ。散々無視してきた癖に」
学園から去って行く男子生徒。
違う方では、王都住まいの金持ち子爵が女子にすがりついていた。
「俺を捨てるのかよ! あれだけ貢いでやったのに!」
「ここに残っても死ぬだけよ! 王都がなくなれば、あんたなんて無価値なのよ!」
普段と立場が逆転したような光景。
ちっとも嬉しくない光景だ。
ルクシオンが俺を案内する。
『マスター、こちらです。皆さん、集まって何やら相談をしているようですよ』
「でかした! ルクシオン、お前はリビアとアンジェの方に向かえ。二人は何としても助けろ! あと、知り合いがいたら声をかけておけ」
『構いませんが、マスターの方はお一人で大丈夫ですか?』
大丈夫だ。
俺とみんなの――ダニエルやレイモンドたちの友情は本物だから!
「心配するな。みんなきっと協力してくれるから」
◇
「いや、無理だろ」
「うん、無理」
辺境の男爵家――俺と立場が近いみんなが集まったその場所は学園の会議室だった。
急に手の平を返した女子たちから逃げるように、みんなで隠れていたらしい。
実家から迎えが来る彼らは、それまで時間を潰していたようだ。
俺が協力を申し出たら、ダニエルやレイモンドのように「嫌だ」とか「無理」と口にして協力を拒んだ。
「何で!」
「王国軍もほぼ全滅。二百隻近い飛行船が手も足も出ないモンスターと戦えるかよ」
レイモンドの冷静な判断は間違ってはいない。
「リオンも諦めたら? 冤罪で捕まったよね? そこまで頑張る必要なんかないって。王国が負けたら、公国に従えばいいだけだし」
ダニエルもやる気がない。
浮島を領地に持つ領主たちは、強い国に従っているだけだ。
王国が負ければ、次の従属先を探す。
周囲もそんな反応ばかりだ。
「だよな。あ、知ってる? 公国って、男の方が立場は強いらしいぞ。結婚はむしろ、女が焦っているんだと」
「本当か! 俺、公国に忠誠を誓うわ!」
「俺も!」
……気持ちは痛いほど理解できるが、お前らもっと忠誠心を持てよ!
いや、俺もないけどね!
みんなはトランプをしつつ時間を潰していた。何しろ、自分の領地に戻れば、安全なのは間違いない。大陸は沈んでも、独立して浮かんでいる浮島は無事だ。
その後に公国と戦うかも知れないが、王国のために戦いたくないのが俺たちの本音だ。
事実、王都にいる貴族や騎士たちは逃げだし、領主貴族たちは援軍を出し渋っている。
王妃様が言っていたツケとは、こういうことか。
俺は深呼吸をした。
会議室内は野郎臭い。
懐から書類を出す。
「お前ら、これを見ろ」
レイモンドが眼鏡を持って書類を読む。
「これ、飛行船の売買契約じゃないか。これがどうかしたの?」
「お前らは既に飛行船を受け取った。クルーの教育を行っている頃か?」
ダニエルが頷く。
「そうだな。扱いやすくて凄く性能がいいって喜んでいたな」
みんな立派な軍艦が手に入ったと大喜びだが、レイモンドだけは青ざめていた。
「リオン、これって――」
「そうだ。お前らの持つ飛行船は、親父の領地にある工場でしか整備が出来ない。試しに他の工場に持っていくか? 完璧な整備は無理だぞ。新技術が一杯で、整備を怠ればいずれ動かなくなる」
契約書には、新技術を搭載しているので整備はうちの工場に任せないと駄目、的なことが書かれている。
持っていた中古の飛行船を手放し、俺から飛行船を買った連中だ。
今持っている飛行船が動かなくなると、何も出来なくなってしまう。
「俺は公国と戦うぞ。そうなるとどうだ? 公国は俺の領地や親父の領地を蹂躙するかも知れないな。工場だって潰されるかな? それに、俺は公国と一度戦って恨まれているはずだ。お前ら、そんな俺と繋がりがあると思われているぞ。いや、むしろお前らとの関係をアピールしてやるよ!」
全員が俺に罵声を浴びせてくる。
「汚いぞ!」
「おい、ここでリオンを押さえて、ヘルトルーデさんに突き出せ!」
「あの人は王宮に連れて行かれたよ!」
拳銃を取り出し、天井に向かって発砲した。
全員が静まりかえる。
「落ち着け、馬鹿共! お前ら、本当に公国がお前らの恭順を認めると思うのか? 相手は公国だ。王国を恨んでいる連中だぞ。下手をすれば領地を奪われ、奴隷として扱われるかも知れない」
その可能性もあると全員が考えたところで、俺は優しく語りかける。
「俺に協力しろ。大丈夫だ。お前らは俺の後ろに隠れていればいい。生き残ったら、これからもサービス価格で整備してやるよ。ついでにお前らは英雄だぞ。後ろで大砲を撃つだけで英雄なんて大儲けじゃないか!」
みんなが悔しそうな顔を俺に向けている。
「俺を信じろ。勝てるから戦うんだ。俺が一度でも不利な戦いを挑んだことがあるか? 俺は勝てる戦いしか挑まない男だぞ」
「そ、そう言われると」
「確かに何度もピンチは切り抜けてきたけど」
「リオンがそう言うなら勝てるのか?」
俺の普段の行いがいいから、きっとみんな信じてくれると信じていた。
ダニエルが凄く悩み、
「……お前、いつも卑怯なんだよ」
「おや、褒め言葉かな? 安心しろ。そんな卑怯者がお前たちの仲間だ。心強いだろ?」
レイモンドが髪を両手でかき、
「その卑怯者のおかげで公国と戦争をしないといけないとか最悪の状況だよ!」
みんなが諦め――いや、覚悟を決めてくれたらしい。
俺に従うと言ってくれた。
これが俺たちの友情の力だね!
「みんなありがとう! 俺たち、ずっと友達でいようね!」
全員が俺を睨んでいるが気にしない。「ふざけるな」とか「この鬼!」とか「やっぱりあの契約書は罠だったんだ」とか、叫んでいる。
まぁ、その程度の嘆きはラスボスの前では些細な問題だ。
――さて、次へ行こう。
◇
ルクシオンがやってきたのはリビアの部屋だった。
「リオンさんが公国軍と戦う?」
驚くリビアに対して、アンジェの方は呆れかえっていた。
「子爵とはいえ、学生を総司令官にするなど聞いたことがない。名目上は陛下かユリウス殿下が大将になるのか?」
一つ目を左右に揺らし、ルクシオンは否定した。
『マスターが総司令官で話が進むと思われます。現状、戦力はパルトナーを含め二十隻前後です。王国軍がどれだけ飛行船を用意できるか分かっていません。神殿側の戦力は期待できません』
アンジェが頭を抱える。
「その程度で公国に挑むつもりなのか? 将軍たちはどうした? 領主たちの艦隊は?」
『王国軍はミレーヌの根回し次第です。領主貴族たちは、自分の抱えている戦場で忙しいと。同時に複数の国が動いていますが、戦力を出せる領主たちは日和見を決めていますね』
リビアがアンジェを見た。
「どうしてですか? どうして助けてくれないんですか?」
「……どうして領主たちが王国に従うか分かるか?」
「えっと……忠誠を誓っているからですよね?」
「違う。国力だ。軍事力の差があるから、王国周辺の領主たちは従っている。王国が負ければ、次の主人を探せばいいと考えている領主は多いからだ。それに、王国はこれまで領主たちを冷遇してきた」
「え?」
ルクシオンは思う。
(やはり、そうなのでしょうね。おかしいと思っていましたよ。マスターは乙女ゲーだからと思考を停止していましたが、当然といえば当然ですね)
公爵家は王家と縁が強い家だ。
考え方としては王国寄りになっており、アンジェの領主たちへの考え方は――そのまま王家が領主たちをどう見ているか物語っている。
「領主たちが力を付けないようにしてきた。歪な婚姻関係はその一環だ。これはいずれ――」
そこまで口にして、アンジェは首を横に振る。
そして立ち上がった。
「私は父上の下に向かう。公爵家の艦隊を動かして貰う」
『よろしいのですか?』
アンジェは意味ありげに笑うのだった。
「リオンがやると言ったら、勝てる可能性があるからだろう? ……私はあいつを信じるよ」
リビアが少し落ち込むも、立ち上がってアンジェに付いていこうとした。
ルクシオンは、
『でしたら、王宮へお急ぎください。公爵は王宮にいます』
アンジェが微笑む。
「助かる。すぐに向かおう。リビア、お前はどうする?」
「私もいきます!」
二人と――ルクシオンは大急ぎで王宮へと向かうのだった。
◇
王都近くに浮かぶ浮島には、飛行船の出入りがいつもより激しかった。
人も大勢詰めかけ、歩くのも大変だ。
そこで待っていたのはニックス――俺の兄貴だ。
「リオン、お前無事だったのか!」
喜んでいるニックスの近くには、姉貴――ジェナの姿があった。
「あんた脱獄したの?」
その近くには専属使用人のミオルがいて、俺を見て視線が泳いでいる。
「丁度よかった。お前も乗れ。親父が俺たちを迎えに来てくれた」
次兄は親父が乗ってきた飛行船を指さす。
「ベストタイミングだよ」
俺は飛行船の中に入り、船員に親父がどこにいるかを聞く。
「親父は?」
「船橋ですよ。坊ちゃん、今回は何をしたんですか?」
「俺じゃない。悪いのは姉貴の猫耳奴隷だ。そいつは絶対に乗せるな!」
俺を裏切った奴を――姉貴の側には置いておけない。
次女が何やら騒いでいたが、俺は無視して船内の廊下を駆けた。
船橋に入ると、親父が船長と相談をしていた。
「領主様、自分たちも乗せろと言う奴らが押しかけています」
「子供らを確保したら、乗せられるだけ乗せて離れろ! いつまでもこんな場所にいられないからな。ん? リオン!」
親父が俺に気が付いて喜んだかと思ったが、すぐに厳つい表情になる。
「お前、今度は何をした! 牢屋に放り込まれたと聞いたぞ!」
「悪いな、親父……力を貸してくれ」
「はぁ? お前、いったい何を――」
とにかく俺は状況を説明した。俺が捕まった理由やら、本当に色々と――ミオルの野郎がやったことも告げ口しておいた。
すると親父の顔が徐々に青ざめていき……少し可哀想になる。
「……やっぱりお前は馬鹿だな」
「俺も出るが、親父にも力を貸して欲しい」
「逃げたって許される状況で、何で逃げないんだよ。本当にお前は馬鹿息子だよ」
親父に贈った飛行船――軍艦は、他の物より大きく性能もいい。
クルーの訓練も行っているはずだ。親父には手伝って貰う必要がある。
親父が悩んでいると、次兄と次女が船橋に入ってきた。その後ろには、ミオルの姿も見えている。
次兄が慌てて報告してきた。
「親父、ゾラたちが船に乗せろと言ってきた。何か知らないが、大勢連れてきやがった」
親父は小さく溜息を吐くと、そのまま外に出るため船橋を出て行く。
ただし、ミオルの頭を片手で掴んでそのまま引きずっていく。
「ま、待って! 何でミオルに乱暴するのよ! 放してよ!」
次女が親父に抗議するし、ミオルも抵抗するが親父は腕一本でミオルを掴み放さない。
「放してください。私は何もしていない!」
「黙れ、裏切り者が! 俺の前にノコノコと顔を出しやがって、舐めてんのか!」
親父が次女を睨み付けて、はじめて怒った。本気で怒っていた。
「リオンを裏切ったこの屑を俺の船に乗せるな! ニックス、お前は船橋にいろ。ジェナ、お前は個室で大人しくしていろ。誰か、さっさと連れていけ!」
船員たちが次女を連れて行くと、俺は親父と飛行船の出入り口へと向かった。
そこには、貴族らしい女性たちと奴隷たち……ゾラと親しい連中が押し寄せていた。
ゾラが親父に怒鳴っていた。
「バルカス! さっさと私たちを乗せなさい! それから、王都に降りて屋敷の財産も全部回収しなさい。いいわね!」
人が多く騒がしい港で、親父はミオルを突き飛ばした。
「ま、待ってくれ! 俺の話を――」
「黙れ」
そして腰に下げた剣を抜き、ミオルの首を一振りで落とすと体は蹴飛ばした。空に浮かぶ港から、ミオルの首と体は別々に落下していく。
ゾラの後ろに隠れた長兄――震えていたルトアートを親父が睨む。
「これから戦争だ。ルトアート、お前は乗れ。初陣を経験しろ」
「い、嫌だ! 私に命令するな! 田舎領主の野蛮人が!」
俺が黙っていると、ゾラたちが先程の出来事から徐々に回復していた。
「バルカス、いったい誰に命令しているのかしら? 誰のおかげで平和に暮らしてこられたと――」
「ルトアートを寄越せ。これから戦争だ」
いつもと雰囲気が違う親父を前に、ゾラが喚き散らした。
「図に乗るな! ルトアートは私の愛した人の子よ! お前なんかの血は流れていないわ。戦争をしたいなら、そこのろくでなしにさせなさい!」
混乱して本音をぶちまけたらしいが……何とも酷い話だ。
だが、親父は髪をかく。
「だと思った。だが、これで清々したよ。ゾラ、ここでお別れだ」
ゾラが急に慌て始める。
「ま、待って。今の話は違うの。あの、ほら! どうしても跡取りが欲しいなら、これから子供を作ればいいじゃない。とにかく、私たちをここから逃がして」
「悪いな。俺は忙しいんだ」
親父が合図を出すと、鎧をまとった騎士たちが甲板から降りてくる。
「ゾラたちはお帰りだ。避難したい人間を優先して乗せろ。それからリオン!」
「はい!」
これまで情けなかった親父が、今日は格好いい。
「……皆を送り届けたらすぐに戻る。それから、あれだ……覚悟は出来ているか?」
親父の心配そうな顔を見て、いつもの親父だと思った。
それが妙に嬉しくて……俺は小さく頷いた。
「そうか。あとはこっちでやる。お前はお前のやりたいようにやれ。どうせ俺が言っても聞かない奴だからな。まったく、お前にはいつも驚かされる」
……そうするよ、親父。
迷惑をかけて本当にすまないと思った。
本当に俺は……前世も今も、両親に迷惑をかけ続けている。
◇
港から王宮へと戻った俺は、駆け寄ってくるバーナードさん――クラリスパパから報告を受ける。
「子爵、王国軍の集まりは悪い。地上戦力も思うように集まらない。飛行船も五十隻程度の数しか揃わなかった」
むしろ、五十隻も揃えられたのかと驚いた。
「こちらはパルトナーと合わせて二十四隻です。――おっと」
段々と揺れが酷くなってくる。
バーナードさんも随分と顔色が悪い。
「子爵、単刀直入に聞こう。勝てるのか? 返答によっては、家族を避難させたいのでね」
「……公国軍には勝てます。問題はあの超大型だけです」
超大型を消滅させる方法は――聖女の力と、リビア本人の力が必要だ。
心に届く声。
人の心に声を届ける力がリビアにはある。
何故って? 俺が知るかよ。そういう設定だ。
とにかく、その力が必要なのだ。
聖女の力だけでは片手落ちだ。
「子爵は本当に凄いな。どうかな? これが終わったらクラリスを貰ってくれないか?」
バーナードさんの冗談に笑おうとしたが、目が真剣だった。
妙な汗が出てくる。
「……勝ってから考えましょうか。今はほら、色々と忙しいので」
「そうだな。さぁ、こちらで準備をお願いします。もうすぐ、謁見の間の準備も終わるだろう。それまでは休憩をしていてくれ」
案内されたのは謁見の間に近い控え室だった。
その控え室には、マリエたちがいた。
◇
膝を抱え座り込むマリエは、酷く汚れていた。
白かったと思われるドレスは汚れ、膝に埋めた顔を上げてこない。
ユリウス殿下を始め、五人組が困っていた。
同じようにボロボロの格好をしているカーラは、部屋の隅でマリエを見守っている。
俺はカイルに近付くと、呆れ顔で話しかけてくる。
「あんた呪われているんじゃないの?」
「俺じゃない。呪われているのはお前の主人だ。それより、何があった?」
カイルは疲れた顔でこれまでの経緯を話してくれた。
「ご主人様が、自分は聖女じゃないって宣言したら、今まで取り巻きをしていた人たちが罵声を浴びせてきましてね。神殿の神官や騎士が怒鳴り込んできて、捕らえられて地下牢行きですよ。何があったのか、急に呼び出されて今はここにいますけど」
「何それ? ちょっと笑える」
「こっちはまったく笑えませんけどね。それからずっとあの調子です。……ご主人様、このまま処刑されちゃうんですか?」
聖女を騙った極悪人だ。当然、神殿側は許さないだろう。
ミレーヌ様も、よくこいつを神殿から引っ張ってこられたものだ。
「王宮が一時的に処刑を延期にしただけだからな。勝っても負けても、命はないな」
俺の言葉にユリウス殿下が睨み付けてきた。
すぐにマリエに声をかける。
「マリエ、大丈夫だ。俺たちが付いている」
だが、マリエは――。
「――五月蠅い」
「え?」
「五月蠅いって言ったのよ! あんたたち、何が大丈夫なのよ! どうにかなるの? あの化け物を見ていないのに、勝てるとか思っているの? 本当におめでたい連中よね」
「マリエ?」
――本性を現しやがった。
「出ていけ! みんな出ていって! 私は――あんたたちなんか、みんな大嫌いよ!」
カーラがマリエに駆け寄る。
「そんな。マリエ様は、私と友達だって」
「嘘に決まっているでしょう。あんた馬鹿じゃないの? そんな考えなしだから、孤立していじめられるのよ。あんたを利用したのは、そこにいるモブ野郎が少しでも苛つけば儲けもの、って思ったからよ。あんたなんか……友達じゃないわ」
カーラが泣き出す。
俺は舌打ちをして、
「本性はそれか。猫をかぶるのが上手かったじゃないか。今日で剥がれたけどな」
マリエが俺を睨み付けてくると、クリスが剣の柄に手をかけた。
「バルトファルト、もう止せ!」
だが、クリスを貶しだしたのは、マリエだった。
「はぁ? 止めて欲しいのはこっちよ。あんた、剣術しか能がない癖に随分と偉そうね」
「なっ!?」
今度はグレッグを見ていた。
「あんたも口だけよね。何が実戦云々よ。あんた、本当に役に立たないわ。そこの紫もナルシストで気持ち悪い。緑色のあんたは、何を考えているのか分からないから気味が悪いわ。それとあんたよ。あんた。一番の問題は元王太子のあんたよ!」
「マリエ? いったいどうした?」
ユリウス殿下にマリエが笑いながら言うのだ。
「王子様って肩書きくらいしか役に立たない奴よね。本当にあんたたち馬鹿よね。地位も名誉も――財産も捨てて、女が喜ぶと思っていたの? 本当に意味が分からない」
ゲラゲラ笑うマリエは、カイルにも視線を向けた。
「そこの小うるさいガキもそう。調子に乗って偉そうに。私が許してあげなかったら、あんたなんかまた奴隷商館に戻されていたのよ。少しは感謝しなさいよ!」
この場にいる全員がドン引きしていたと思う。
俺は首を横に振る。
「見苦しいぞ」
「五月蠅い。消えろ! お前がいるから私は幸せになれないんだ! 返せ。返せよ! ……私の幸せを返しなさいよ!」
マリエが泣き出したところで、アンジェとリビアが部屋に入ってきた。
「リオン! 無事だった……ど、どうした?」
「マリエさん、どうして泣いているんですか?」
俺は髪をかき、マリエ以外静まりかえった面子を外に出した。
「少し二人だけにしてくれ。こいつと話がある」
マリエは徐々に静かになっていくと、そのまま倒れるように気を失っていた。随分と疲れているのか眠っていた。
……本当に腹立たしい。
◇
――マリエは夢を見ていた。
あの日も、兄に見捨てられて泣いていた。
前世の記憶。
膝をすりむいて座り込み、泣き疲れて眠ってしまった時の記憶だ。
(私も馬鹿よね。さっさと帰ればいいのに、意固地になって。そういえば、ここからどうやって帰ったのかしら?)
ボンヤリと眺めていると、少年が近付いてきた。
グチグチと文句を言っている。
『この馬鹿。泣き疲れるくらいなら歩けばよかったんだ』
兄が戻ってきて、前世の幼いマリエを背負っていた。
(あぁ、そうか。結局兄貴に背負って貰ったのよね。なら、最初から背負いなさいよ、この屑兄貴)
文句を言いたいマリエだったが、涙が流れる。
背負われた自分は安堵して眠っていた。
涎を垂らし、兄の服が汚れる。
どうせ文句を言うのだろうと思っていたら、
『……何で俺に頼るかな』
少しだけ嬉しそうな兄の顔を見て、マリエは胸元に手を当てて握りしめた。
そうだ。兄は――口は悪いが優しかったと、マリエは思い出す。
(糞兄貴……何で死んだのよ)
思い出すのは、兄が死んだ日のことだ。
(いつもみたいに、文句を言ってよ)
旅行から戻ってくると、マリエは両親に平手打ちをされた。
葬式が終わると家を追い出されたのだ。
(いつも糞兄貴がいれば、どうにかなったのに。糞兄貴がいないから、私が不幸せになったのよ。何で死んだのよ……お兄ちゃん)
文句を言い合いつつも、うまくやっていると思っていた。
大抵のことは、兄に任せると嫌々でもやってくれた。解決してくれたのだ。
だから、マリエは兄に甘えていた。ゲームを押しつけたのも、甘えていたからだ。
だが、頼りにしていた兄が死んだら、全てが狂い始めた。
マリエは――前世で兄を本当に嫌ってはいなかった。
文句も言うが、それでも嫌いではなかった。
頼りになる兄の顔が思い出せない。
(助けてよ。何で助けてくれないのよ……)
いつも文句を言いつつ助けてくれた――優しい兄の顔が思い出せなかった。
◇
「……お兄ちゃん」
眠っているマリエの顔を見ながら椅子に座る俺は、忌々しい前世の妹を思い出す。
あいつも周りに迷惑をかけ、それをいつも俺がフォローしていた。
第二の人生までマリエのフォローに大忙しだ。
『マスター、このまま寝かせていてもよろしいのですか?』
拳銃の弾丸を全て抜き取り、脅しのためにテーブルに置いた。
「もう少しだけ寝かせてやれ。まだ時間はあるからな」
『叩き起こして、無理矢理言うことを聞かせるのでは?』
「お前は俺をなんだと思っているの? いや、言わなくていい。どうせ、極悪非道とか言うんだろ」
『残念でした。優柔不断のヘタレ野郎、です。惜しかったですね』
全然惜しくないよ。むしろ、かすってもいないよ。
ハッキリ言って、極悪非道の方がまだマシだよ。
ルクシオンを睨んでいると、マリエが上半身を起こした。目が赤く腫れ、髪も乱れているので怖く見える。
拳銃をマリエに見えるように手に取った。
「起きたな。さぁ、交渉の時間だ」
「……嫌よ。お兄ちゃんが来るまで何もしない」
何こいつ? もしかして壊れたの? お兄ちゃんって誰よ?
本当にどうしようもない奴だ。
「お前の兄貴? どうせろくでもない屑野郎だな」
「お兄ちゃんを馬鹿にするな!」
マリエが近くにあった物を俺に投げつけてきたので、ルクシオンを手に取って盾代わりにする。『マスター……私はこのことを忘れませんよ』などと恨みがこもった声で言ってくるから無視した。
「本当に屑だな。そんなお前と妹を重ねて見ていた俺が馬鹿だったよ。あいつの方がまだマシだな」
「五月蠅い! あんたの妹なんて、どうせ頭のおかしい馬鹿な女でしょ!」
頭がおかしくて、わがままで、ついでに馬鹿で腹立たしい妹だが、マリエにそこまで言われる筋合いはない!
「馬鹿にするなよ! お前より百倍マシだからな! 確かに頭も悪くて、性格は酷くて、おまけに腐の人で、性格は最悪だが、お前よりマシだ!」
「私の兄貴だってあんたより百倍。いえ、一千倍マシよ! モブ顔で、ハッキリ言って目立たないし、口は悪いし、性格も悪いし、口が悪いし……と、とにかく、お兄ちゃんを馬鹿にするな!」
腹が立ってきた。
どうしてこいつとこんなことで喧嘩をしなければいけないのか?
言い合っていて息が切れた。
俺はマリエに尋ねる。
「どうして聖女になった。あの乙女ゲーをクリアしていたなら、リビアの力が必要なのは知っていたはずだ。おまけに、王家の船もないのに戦いを挑むとか馬鹿なのか?」
マリエは肩で呼吸をしながら答える。
「知らなかったのよ! 私は……兄貴に……お兄ちゃんにゲームをクリアして貰ったのよ。その後にすぐに死んで、落ち着いた頃に持っていたセーブデータを確認したの! 画像とか、動画でしか知らなかったのよ!」
こいつゲームをクリアしていないのに、半端な知識で逆ハーレムを完成させただと!?
……あ、あれ? ちょっと待てよ。兄貴にクリアさせた?
「……俺、妹が海外旅行に行くから、その間にゲームをクリアしろってあの乙女ゲーを押しつけられたんだけど? え? もしかして、お前……え?」
マリエも「え?」と言って、俺の顔を見た。
俺もマリエの顔をよく見ると、前世の面影が色濃く残っていた。
このムカつく顔は間違いない! マリエは俺の妹だ!
「お、お兄ちゃん!? おに~ちゃ――痛いっ!」
飛び付こうとしたマリエの頭部に握った拳銃のグリップで叩いてやった。
「お前かよぉぉぉ!」
俺が絶叫すると、ドアの向こう側がガタガタと音がした。
だが、それよりも気になるのは目の前の女――マリエだ。
「久しぶりに出会った妹に酷くない?」
「俺は、もしも再会したらお前に復讐すると決めていたけどな」
「兄貴がお母さんに色々と言うから、話がややこしくなったのよ!」
「元はお前のせいだろうが! ま、待て! お袋や親父はどうなった?」
ルクシオンが俺たちの様子を見ながら、
『これはアレですね。お二人が芝居をしているとは思えませんし、前世というのも真実味を帯びてきましたね』
……こいつ、実はまだ俺を疑っていたのか?




