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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:わい/三嶋 与夢
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戦う理由

 ホルファート王国は女性の権限が強い国だ。

 乙女ゲーのフワフワした設定を実現すれば、こんなにも醜い世界が作り上げられるのかと怒りを覚える今日この頃。

 俺は記憶を取り戻してから、十年の歳月が過ぎていた。

 十五歳。

 黒髪は短くしている。体つきは日頃の鍛錬や農作業で鍛えられたのか引き締まっていた。

 鍛えているためか顔つきも良い。

 前世の面影も残っているが、それでも見られない顔ではない。

 際だった美形でなくとも嬉しい限りだ。

 ただ、この世界は乙女ゲーの世界。

 仲が良かった次兄は、大陸である本土の学園に入学してそこで寮生活を送っていた。

 手紙には「婚活がきつい」と書かれていた。

 この乙女ゲーの世界……男は学園を出るまでに結婚しないと問題有りと見なされ、二十歳までに結婚できない男は不良物件扱いだ。

 男にとってはとんでもなく厳しい世界だ。

 次兄の手紙を狭い部屋で読む俺は、次兄の結婚相手が早く見つかることを祈った。

 何しろ、結婚していないと今後の就職やら出世に響くのだ。

 貴族でも次男や三男など独立しても進む先が決まっている。

 多くは軍人や役人だ。

 結婚できない男はずっと下働きのような扱いを受ける。

 数年前まで次兄と一緒に使っていた部屋は、今では四男の【コリン】と使用している。コリンは俺の六つ下の弟だ。

 戦争や小競り合い、そして空賊という賊集団もいる世界では命を落とす確率は高い。そのため、辺境では子供は多い方が良いとされた。

 男は命がけで戦い死にやすい。なのに扱いは酷い。

「……理不尽な世界だな」

 弟のコリンがベッドに横になり寝息を立てている。

 無邪気な顔をしていた。

 跡取りではない俺たちは、ハッキリ言ってしまえば予備とかその他大勢だ。

 ゲーム的に言えば学園に入学できても背景扱いのモブに過ぎない。

 脇役でもないその他大勢。

 台詞もゲーム内で一言二言あればマシな部類。

 モブAとかB、そんな立ち位置だろう。

 そもそもバルトファルト男爵家などゲームでは聞いたこともなかった。

「モブか……俺らしいと言えば、そうなんだろうけど」

 納得したくはないが、納得できる自分がいる。

 来年からは俺も学園に入学だ。

 この世界、唯一の利点は貴族なら学園に入学できることだろう。

 ゲームのための設定が現実になっていると思えば微妙だが、そこで勉強できて役人や軍人になれるのはありがたい。

 領地の外に出られる機会がなければ、縁談を持ってこられ強制結婚も十分にあり得る。

 これが同年代、もしくは二十代ならまだマシなのだが、どこかの三十代とか四十代の後夫だったら笑い話にもならない。

「そう思うと、学園に入学できるのは本当にありがたいよな」

 無邪気に眠っている弟のコリンを見て、俺は安堵の溜息を吐くのだった。



「……お、お見合い? どういう事ですか!」

 朝食後。

 父の執務室――というか、仕事部屋に呼び出された俺は唖然とするしかなかった。

 理由は部屋の中にあるソファーに座っている奥様――【ゾラ・フィア・バルトファルト】が持ってきたお見合いの話だ。

 普段使用している椅子に座る父が苦々しい顔をしていた。

 受け取った身上書――見合い相手の写真やら色々と書かれている書類などを受け取った俺は唖然とするしかなかった。

 父は悩んだ顔をしているが、ゾラの顔を見てから俺の方を見る。

「ゾラが持ってきた縁談だ。知り合いが後夫を探しているらしい」

 ゾラは家に置かれている中でも高級なお茶を飲んで「安物はこれだから」などと文句を口にしていた。

 俺は納得できない。

「いや、でもこれって!」

 とにかく相手が酷かった。

 身上書には相手の年齢が五十を超えていると書かれ、オマケに結婚回数は七回を超えている。

 相手は男爵家の娘らしく、子供もいるが独立していないというか……俺よりも年上だった。

 ゾラは少し乱暴にカップを置いた。

 苛立っているのが伝わってくる。

「私が日頃からお世話になっている方です。宮廷貴族の家柄で、長年王家に仕えてきた歴史ある家ですよ。何が不満なのですか」

 何が不満? 逆にこれで満足すると思ったら馬鹿だろう。

「なんで学園にも入学していないの結婚の話が出るんです!」

 ホルファートでは結婚の話が出るのは、通常は学園に入学してから。もしくは政略結婚で婚約している場合などが早い例だ。

 それでも、政略結婚は跡取り同士が主な例である。

 男子がいない家に婿入りで婚約という話もあるが、相手は独立した家を持っていない女性でしかない。

 男爵家の娘と言うだけ。

 しかも結婚が俺で八回目……明らかに危険な見合いにしか思えない。

 ゾラは苛立っていた。

「次男までを学園に入学させるのはよしとしましょう。ですが、三男を学園に入学させる意味などないわ。入学費は不要でも、その他のお金がかかるのよ」

 俺がゾラを睨み付けると、父が謝ってくる。

「お前にはすまないと思っている。だが、家に金がないのも事実だ。学園に入学してから稼ぐ方法もあるんだが」

 父がゾラを見た。

 ゾラはソファーでふんぞり返っている。

「学園を出てもたいした職に就けないでしょうに。どうせ戦争で死ぬんですからね。精々、家のために頑張りなさい」

 戦死して名誉やら遺族年金を渡せと言っているようにしか聞こえない。

 貴族は夫が死ぬと、遺族には年金が支給される。

 兵士なら一括で支給される。

 ゾラの持ってきた話は、俺を殺して金や名誉が欲しいと言っているようにしか聞こえない。

「嫌です。お断りします」

 拒否する俺に対してゾラがテーブルを叩いた。

「お黙りなさい! 妾の子風情が私に意見しようというの!」

 このゾラという女……基本的に王国の首都【王都】で生活している。

 父が屋敷を用意してやり、生活費も仕送りしている。

 実家の収入的にかなり苦しい中、仕送りしているのにこの態度だ。だが、こんな女でも父が切り捨てると悪評が立つ。

 それこそ、あの家はまともじゃない――等という評価を受ける。

 そのために離婚も出来ないのだ。

 俺はどうにかしてこの状況を打開したいと知恵を絞る。

 思い出せ。

 俺にはゲームの知識がある。

 十五歳になるまで色々と試してきたが、金もなく時間もないので色々と試せてこなかった。

 だが、ここで頑張らないと未来がない!

「……金があれば問題ないんだな?」

 俺の問いかけにゾラは鼻で笑っていた。

「あら? 金も稼いだことのない穀潰しが随分大きな態度に出たわね」

 鏡を見ろとこれほど言いたい相手もいない。

「このお見合いの話を断るのは失礼に当たるわ。入学費だけを稼げば良いなんて都合の良いことだけを考えているなら止めておきなさい」

 この話、父も知らなかったらしく不満そうにしていた。

 だが、父も強い態度に出られない。

「リオンもまだ若いんだ。そんなに急ぐことも――」

「黙りなさい! 男なんて二十を過ぎれば貰い手なんかいないのよ! 今の内に相手を見つけてあげようとしている私にお礼を言わず、選り好みをして文句を言うなんて……これだから田舎のガキは嫌いなのよ」

 何でも田舎のせいにするのはどうかと思う。

 俺が文句を言おうとすると、父が仲裁に入った。

「この子の気持ちも考えてやってくれ。初婚で五十代の女性など断っても仕方がない。年齢差は四十に近いんだぞ」

 そもそも、俺より年上の子供がいるのだ。

 そんな家で暮らしていくなど……寒気がする。

「……もしも金が用意できたら、見合いの話は取り消して良いんだな?」

 ゾラは乱暴に腰を下ろすと、脚を組んで俺たちを馬鹿にするように見ていた。

「あら? それだけの甲斐性を持っているなんて初耳ね。毎月の仕送りをもっと増やして欲しいくらいだわ」

 この世界の女性が、全てこいつのように勘違いしているとは言わない。だが、こんな女を見ていれば嫌にもなってくる。

 この世界の女性へのイメージ――特に貴族のイメージは最悪だ。

 父は片手で顔を押さえていた。

 俯き、絞り出すような声で言う。

「時間をくれ。なんとか用意してみよう」

 そんな父の姿に腹立たしい気持ちもあったが、俺のために無理をしてくれる父に申し訳ない気持ちが強かった。

 本当になんて酷い世界だろう。



 ゾラが出て行った部屋には俺と父だけが残された。

 腹立たしい女だ。

「あいつ、これだけのために船を出せとか、滞在の準備をさせたのかよ」

 日頃は首都で暮らしているので、こちらに来るとなると準備が必要だ。

 飛行船は定期便を使うとしても、宿泊する部屋の用意や食事の準備はこちらが行う。交通費もこちらが持つのだ。

 父は弱気だ。

 それだけの理由もある。

「怒るな。この結婚はどうしても必要だった。ゾラと結婚したから、うちは男爵家として相応の格を得た扱いになっているんだぞ」

 離島――辺境に嫁に来てくれただけでもありがたいというのが父の考えだ。同じ辺境出身の貴族の娘たちは、都会に憧れ都会に住む相手を見つけるらしい。

 中には変わり者がいるのだが、そういった女性は奪い合いになる。

 ゾラが結婚してやったと思うように、父は結婚して貰ったと思っているのだ。

「ところで、金を用意できる予定はあるの?」

 俺は父に確認するが、難しい表情をしていたので察した。

「金を借りるのも厳しい。あの様子だと、本気でコリンの奴も婿に出してしまいそうだな。どうしてこんな事になったのか」

「……なんで兄貴に話を持っていかなかったのかな?」

 父も俺の話を聞いて首をかしげていた。

「ニックスでも年齢が離れすぎているが……確かに変だな。学園に入学させたくないみたいだった」

 気になったので俺たちは次兄に対して手紙を出し、少し確認することにした。

 実家でこういう話が出ているが、そちらは大丈夫なのか、と。

 だが、返答は俺たちの想像を超えていた。



 一週間後――実家の倉庫。

 俺は保管されている武器を取り出していた。

 武器も実家の財産であるから、無理矢理俺が使おうとすれば父が怒る。だが、今の俺を止められる奴はいない。

 随分と旧式のライフルは、弾倉に五発しか入らないタイプだ。

 その中でも一番まともそうなものを手に取り、整備するために分解する。

 飾られてあった剣をテーブルの上に置き、使えるかどうかの確認もした。その他必要な道具も全部かき集めた。

 父がそんな俺を見て。

「お、おい、どうするつもりだ」

 先ほど次兄から返事を見て俺は覚悟を決めた。

 俺なりにゲーム知識を使って金を稼ごうとのんきに考えていたのだが、事実を知った俺は悠長なことを言っていられなかった。

「変態婆に売られる前に、何が何でも金を稼ぐんだよ! 嫌だぞ。俺は嫌だからな!」

 父の後ろで母も涙目だった。

 俺が売られるように婿入りする家は、とにかく評判の悪い家らしい。

 淑女の森? とかいう集まりを開催しており、男は奴隷であるからどんな扱いをしても良いと言っている婆たちだった。

 実際に奴隷として扱い、亜人の使用人などよりも待遇が酷いらしい。

 どれだけ男を使い潰すかを楽しむ連中……。

 最悪だ。

 しかも、身分だけ高い貴族の婆が揃っており、使えない男は戦場送りにして殺していると言うから酷い。

 何が酷いって……ゾラがその関係者だったことだ。

 集まりの一員ではなく、俺たち部屋住みと呼ばれる跡取りの予備を売り払って儲けようと考えていたらしい。

 まともな人なら関わり合いにならない連中のようで、同じ女性からもドン引きされる集団だった。

「なんでモブにそんな変態共が関わってくるんだよ! もっと穏やかで山も谷もない人生の方がマシだ!」

 母が俺を見て心配している。

「あなた、リオンが何を言っているか分からないわ」

「俺も分からない。というか、武器を持ちだしてどうするつもりだ? まさか、王都に乗り込むつもりか? や、止めておきなさい」

 武器を整備している俺を見て、父が心配そうな顔をしている。

 今すぐ乗り込んで消してやりたいが、今の俺では無理だ。

 首都――王都には武装した騎士たちがいる。

 乗り込んだところで取り押さえられるし、貴族の女性が側に置く亜人の使用人は鍛えられており強いことが多い。

「……一攫千金を狙うなら冒険者が一番だ」

 俺の話を聞いて両親が顔を見合わせた。

 この世界では冒険者というのは認められた職業だ。認めなければならない職業とも言える。

 何しろ、貴族というのが元は冒険者たちの末裔だからである。

 ゲームの設定では、貴族というのは冒険者として新しい大地を発見して領地を得た人たち。数々の冒険で財を得た冒険者が貴族になった。

 だから、学園では貴族は冒険者となる必要がある、とかそんなゲーム的な言い訳がある。

 ダンジョンで主人公がチヤホヤされ好感度を稼ぐための理由が、ここでは俺を救うために利用できる。

 父が首を横に振る。

「止めておきなさい。ダンジョンなんて一人でどうにかなるものではないし、金を稼げるようになるのも時間がかかる」

 母も同じだった。

「そ、そうよ。それに、今は浮島を見つけるのも大変なのよ。大金なんか稼げないわよ」

 人が住める浮島とか、資源が採取できそうな浮島を発見すればそれは冒険者の物になる。その気があれば領地を持って独立も可能だが……条件の良い島なんて大陸周辺には残っていない。

 残っていないのだが、たった一つだけ俺は知っている。

「ごめん。決めたんだ」

 俺一人なら逃げても良いが、弟のコリンはまだ九歳だ。

 そんな弟が変態共に売られるなど見てはいられない。

 俺の覚悟を父が察してくれると、口を開いた。

「欲しいものはあるか?」

 俺は迷わず父に揃えてほしいものを告げた。多少無理を強いるが、俺にとっては生きるか死ぬかの瀬戸際でもある。

 何もしないで変態婆たちに玩具にされるくらいなら、前のめり――可能性がある方に賭けたい。

「ボート型でも良い。飛行船を一隻。それから、弾丸が欲しい。特別な弾丸が欲しいんだ」

 父は首をかしげていた。

「いったい何をするつもりだ? どこかのダンジョンに挑むのか? なら、定期船でも良いだろうに」

「定期船が出ていない場所に行く」

 ライフルを構える。

 剣と魔法のファンタジー世界にライフルは微妙だが、飛行船が大砲を撃ち合う世界だ。魔法もあって銃もある。

 引き金を引くとライフルは動作して金属音を鳴らした。

 この世界に転生して、なんとなく生きてきた。

 だが、流石にモブでも譲れないこともある。

 玩具にされる人生などこりごりだ。

 だから抗おう。

 父が頷く。

「分かった。出来るだけ早く用意してやる。だが、絶対に戻ってきなさい。それが約束できないなら準備はしてやらないぞ」

 俺だって戻って来たいが、人生がかかっている。

「……必ず戻ってくるさ」

 俺の人生を守り、弟の人生を助け、ついでにゾラの鼻を明かしてやりたい。俺を売ろうとした糞女にいつか復讐してやる。

 そんな強い気持ちを抱きつつ、俺は出発まで準備に費やすのだった。



「こうして真剣に取り組むのは初めてだな」

 乙女ゲーの世界とは言え、ゲームの世界。

 ゲーム知識で無双してやると考えたことは一度や二度ではない。

 ただ、日々の生活で疲れていた。

 質素な食事。朝から父に鍛えられ、その後は農作業。

 終わる頃には日が暮れており、家に戻れば勉強が待っている。

 この世界、辺境やら離島の男爵家など貧乏だ。

 要因が結婚相手にあるが、基本的に都会と比べると貧乏である。

 陞爵――出世せずに準男爵のままなら、まだ裕福だったと父が愚痴をこぼす事が多い。

 金持ちの男爵家も当然いるし、実家とは比べるのもおかしいくらい裕福な家もある。

 浮島の端に向かった俺は、飛んでいる魚のような酷く不気味な何かを見つけてはボルトアクションのライフルを構え引き金を引いた。

 モンスターと呼ばれる存在は、このフワフワした設定の世界では悪である。もう清々しい程に悪という存在なので、倒すことに忌避感はない。

 倒してしまえば消えてしまうと言うのも大きな理由の一つだろう。

 人を見つければ襲いかかってくるこいつらは、とにかく倒す方が良い。

 もっとも、倒した事で得られるのは目には見えない【経験値】である。

「くそっ! 外した」

 すぐに次の弾丸を装填すると、構えてよく狙う。

 相手はこちらに気が付いて向かってくる。

 大きさ的には一メートルくらい。

 本来なら引き寄せたところで撃てば良いのだが、外して組み付かれると最悪死ぬ。

 俺が戦えるのはライフルがあるから。

 だが、弾丸も無料ではない。

 一発一発がとにかく高い。

 近づいて来たモンスターは、大きな口を開けて俺にかみつこうとしていた。口の中には刺々しい歯が並んでおり、見ていて怖くなる。

「この程度で逃げたら……人生が終わるんだよ!」

 今までいつか経験値稼ぎでもやってみよう。冒険者になって島を発見して探検しよう。金を稼ごう――そう、“いつか”しよう。

 そう思ってきた。

 だが、もう時間もなく逃げられない現状でようやく尻に火が付いた。

 引き金を引くと、弾丸はモンスターの口に入り背の部分を貫く。

 急に方向を変え、島にたどり着くことなく落ちていく。

 様子を見れば、海水に到達する前に黒い煙に包まれ消えていった。

「……これで経験値が手に入ったのかな?」

 自分の左手を見るが、そのような感覚はない。やはり、ゲームと現実は違うのだろう。

 ただ、射撃の腕は磨かなければいけない。

 ボート――空を飛ぶボート型の乗り物も操ることになれなければ目的地に到着すら出来ない。

 いつかやろうと思っていた事は、ゲームで言うならチート級アイテムの回収だ。中でも有料コンテンツで手に入れたアレがあるのなら話が早い。

 なかった場合も考えがある。

 本来は主人公が手に入れるべき財宝やらアイテムなどだが、俺も人生がかかっている。主人公様に悪いが、俺にも幸運を分けて貰おう。

 ライフルを両手に持つ。

「俺の幸せのために主人公には犠牲になって貰おう。大丈夫だ。計算したら、俺は主人公と同じ学年。いつか恩を返せばチャラだ」

 罪悪感もあるが、それ以上に変態婆に売られたくない。

 俺の貞操の危機だ。

「変態中年親父の後妻に送られる女もこんな気持ちなのか? くそっ! なんて世界だよ」

 残り時間は少ない。

 俺はまたモンスターを探して周囲を見渡すのだった。



 一ヶ月後。

 一隻の小さな船は作りがしっかりしていた。

 プロペラのエンジンが取り付けられ、操作もしやすい。

 船の上。

 日差しが強く体を覆うローブをまとい、フードをかぶっていた。積み込んだ水や食料の他には武器関係。

 人一人ならしばらく大丈夫な量はある。

「親父も無理をしたな」

 用意してくれたのは船だけではなく、ライフルに剣。他にも色々とある。

 両親には感謝しても足りないくらいだ。

 これだけの物を揃えるために随分と無理をしただろう。

 船自体は持っていた物に小さなプロペラエンジンを付けたようなものだ。それでも、貧乏貴族には大事な財産と言える。

「それにしても、電気もガスもあるなんてファンタジー世界としてどうなんだ?」

 ライフルを肩にかけ座っている俺は、双眼鏡を手に取って周囲を見る。

 地図を手に取り、コンパスを取り出した。

「こういうところはファンタジーなんだよな」

 コンパスは方位を知らせ、そして進むべき道を示してくれる。方位を知らせる針とは別に、目的地を知らせてくれる針があった。

 二つの針が存在するコンパス。

 場所をダイヤルで数値として設定するとその目的地を示してくれるのだ。

 十年も前のゲームの記憶など薄れているが、当時の俺は覚えている限りの数字を書き記していた。

 あの頃はチートで暴れ回る妄想をしていたが、日々の生活の忙しさに何も手を付けていなかった。

「もっと前から努力しておけば良かったな」

 そう思っても動き出せないのが人間だ。俺はその典型だったといっても言い。

 俺も尻に火が付くまでダラダラ日々を過ごしていた。

 いや、前世よりも過酷ではあった。

 朝早くから起きて、夜は勉強をして……農作業って本当にきつい。全部終わってベッドに横になればそのまま眠るのが普通だった。

 毎日クタクタだった。その後に自主練などする余力もないし、俺には特別な知識も技術もなかった。転生してチート? 持っていたら苦労しない。

 知識チートで内政? そんな知識は持っていないし、異世界で通用するか分からない。

 時折浮かんでいる岩があるくらいの空を進むボート。

「青い海と空……白い雲もあるけど、それだけじゃな」

 気が狂いそうになるのを我慢して、ライフルを握りしめる。

 いっそこのライフルで自決でもすれば、次はもっと良い人生が待っているのかも知れないと前世を持つ俺は考えて――首を激しく横に振った。

「俺だけが死んでも何の解決にもならない。俺の代わりにコリンが変態共餌食になるだけだ」

 思いとどまり顔を上げる。

 太陽がまぶしい。

 いっそ、全てを捨てて逃げ出してみようか? などと何度も考えた。

 だが、この世界は前世の日本より危険だ。

 モンスターもいれば賊もいる。

 俺が一人飛び出したところで、仕事にすらありつけないのが現状だった。前世の日本が恋しい。

 逃げ場はないのだ。

「モブには辛い世界だよ」

 独り言が多くなってきたが、気にしてなどいられない。

 周囲を警戒する。

 こんな時に空賊にでも出会ったらおしまいだ。

 そう思って再び周囲を警戒するのだが、急に風が強くなってきた。地図がパタパタと音を立てている。

 風に流されないように置いたコンパスの目的地を示す針がぐるぐると回っていた。

「なんだ?」

 立ち上がると風が強くなり、体が倒れそうになるのを耐える。近くの手すりにつかまり周囲を見るが、海は穏やかだった。

 雲の動きも普通。

 嵐など発生しているようには見えない。

 ボートが進むにつれて太陽が遮られる。

「――上か」

 見上げると白い雲があった。

 大きな雲だ。

 その雲を見上げた俺は左手の拳を握りしめた。

 ボートの下。

 海面を見れば、一部緑色に光っていた。

 俺は背を丸め、そして手すりに額を当てて笑うのをこらえる。

「そうか、よりにもよって――アレが手に入るのか! 課金をしたからか? それとも元から存在していたのか? まぁ、そんな事はどうでも良い。……当たりだ。大当たりだ!」

 立ち上がって両手を大きく広げた俺は、空を仰いで大声を出した。

 まさに、存在してくれていてありがとう、だ。

「おっと、まだ手に入れていなかったな」

 気持ちを引き締め、ボートの後部に移動するとプロペラ機を操作する。

 両手で抱えるくらいの大きさの機械を操作して、海面近くまで移動する。光っている一部に移動すると、そこでボートがきしむように揺れ始めた。

 体を低くしてボートにしがみつく。

「耐えてくれよ」

 ボートはそのまま操作をしないのに、勢いよく上昇し始めた。その勢いは立てないほどだ。

 まるで打ち上げられるようにボートが雲の中まで放り出されると、周囲は真っ白だった。

 体が冷たい。

 服が濡れる。

 ライフルをローブで包み保護した俺は、何も見えない雲の中でボートを動かす。

 雲の外に外にというなんらかの流れがあるため、それに逆らう方向へボートを動かすのだ。

 何も見えないが、流れとは逆方向で間違いない。

 エンジンの出力を限界まで上げて使用すると、凄い音を立てる。

 コンパスは二つの針がぐるぐると回転していて役に立たず、今自分がどこにいるのかも分からない状況。

 ただ、流れに逆らい続けて進むしかなく、気が付けば体が濡れていた。とにかく寒い。

 水がしたたり、そして服が重く感じる。

 ボートをどうにか操作して流れに逆らっているが、これで正しいのか不安になってくる。

「頼むぞ。チャンスなんてそう何回も――って!」

 数十分か、それとも数時間か。

 時間の感覚も怪しくなる中で、酷使し続けたエンジンが火を吹き始めた。

「待って! 本当に待って! このまま外に投げ出されたら、そのまま遭難して――」

 一瞬、最悪の結果を予想したらエンジンが爆発してプロペラが燃えながら回転し、吹き飛んでいった。

 火は木製のボートにも燃え移り、火を消さなければと思っているとボートが急激に揺れ始めた。

 激しく揺れるボートが外へと投げ出されると――そこには雲に覆われた一つの浮島が存在していた。

 雲から飛び出し、そのまま投げ出される形になった俺だが、その浮島の形を見て目を見開く。ゲームで何度も見た形そのままだが、現実で見ると大きかった。

 島は巨大樹の根に絡まれ、自然に包まれ緑色をしていた。

 下部の土肌が見えている場所にも木の根が突き出て、そこに植物が生えている。

「――凄いな」

 徐々に近づく浮島。いや、俺のボートが向かっているのだろう。

 慌てて動かそうとするが、エンジンは吹き飛んでいる。

「マジかよ!」

 浮島の地面が近づく中、俺は荷物を持ってタイミングを計り飛び出した。

 持っていた荷物を手放し、そして地面を転がると巨大な地面に出ていた根に背中をぶつけ止まる。

 ボートは激突して粉々に砕け、荷物をばらまき火が燃えていた。

 痛む体を起こして冷や汗を拭う。

「あ、危なかった。やっぱりボートは危険だったな」

 もっと大きな飛行船があれば楽だったのだが、購入するだけの金がない。ついでに言えば、借りる金もない。

 誰かを頼ろうにも、この辺りは特に何もないとされる場所。

 誰も飛行船を出してくれないのだ。

 まだ視界がチカチカする。痛む頭を押さえ、急いで大事な荷物を回収した。

 燃えてしまった荷物も多いが、それでも残った荷物だけでなんとかなりそうだ。

 荷物を一カ所に集め、燃えたボートの火を消す。

 目的地に到着できたが、ボートを失ってしまった。これで、他に知っている財宝やらアイテムの回収は難しくなった。

 この島に眠る“アレ”を回収できれば何の問題もないが、この島に“アレ”がなかったら俺はこの島から出られない。

 休憩のために腰を下ろすと、随分と時間が過ぎていたらしい。

 暗くなり始めている。

 荷物から食料と水を取り出し、そして口に入れた。

 乾パンのような食べ物をもそもそと食べて水を飲む。

 味よりもとにかく腹を満たすことだけを考えた。

 明日から忙しくなる。

 ボートの砕けた木材を集め焚火を行った。

 ライフルの状態を確認し、他の装備に関しても確認をする。

 焚火の明かりの中、弾丸を数えて弾倉に装填していく。

 弾丸は特殊な物を用意して貰った。丁寧に表面には雷のマークが刻まれており、一般の弾丸とは違うというのを示している。

 弾丸一発が日本円で言うなら三千円から五千円くらいはする。

 この特殊弾丸――魔弾は弾丸に魔法の効果を付与した物だ。直撃すれば炎が発生するとか、凍るなどの効果が付く。

 そのため、値段なら一発で一万円を超える。

 そんな弾丸を数多く揃えてくれた両親には感謝するしかない。

「生きて戻れたら親孝行もしないといけないな。……あ、俺って前世で親孝行していないや」

 今になって思えば、親より先に死んだことになるのだろう。

 とんでもない親不孝野郎だ。

「妹はどうなったかな。一発叩かれてくれると嬉しいが」

 この世界で目を覚ましたというか、記憶を取り戻した日は今でも覚えている。妹に乙女ゲーをやらされたのが懐かしい。

 そのおかげでこうして知識が役に立っているのだから、妹に感謝しなければいけないのだろうか?

 だが、乙女ゲーを押しつけられなければこうなっていないような気もする。俺が死んで異世界に転生するなどなかっただろう。

 なかったか?

 ライフルや弾丸の確認を終えて横に置いた俺は、巨大な木の根を背中にして体を休めていた。

 久しぶりの大地はやはり落ち着く。

「……どうして俺は乙女ゲーの世界に転生したんだ? これなら、普通に剣と魔法のファンタジー世界に転生したかった。いや、元の世界の方が良いのか? うん、出来れば日本の方が良かったな」

 モンスターもいなければ、空賊の心配もしなくて良い日本は幸せだったのではないだろうか?

 そう思って目を閉じた。
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