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勇者と魔王

 落下していく要塞のデッキ。


 倒れた俺は立ち上がる力もないので、そのまま全てが終わるのを見届けた。


「俺たち、勝ったんだよな?」


 ルクシオンを見れば、俺を守って随分とボロボロだった。


 表面はへこみや傷が多く、赤いレンズにはひびが入っている。


『――はい。ただ、無理をしすぎました。本体も主砲を撃ち、また沈んでいきます』


 ルクシオンにも随分と無理をさせてしまった。


「そ、そうか。悪か――ごほっ」


 そうしている間に強化薬の効果が切れてしまったようだ。


 体が急激に苦しくなった。


『マスター! 中和剤を――っ!?』


 俺のからだからバックパックが落ちているのを確認したルクシオンが、すぐに薬を探して飛んでいく。


 落ちていたバックパックに近付くと、棘に貫かれてバックパックから中和剤がこぼれていた。


『中和剤。マスターの中和剤が! ――マス――ターのぉ――』


 ルクシオンの子機も限界に来たのか、床に落ちてしまった。


 それでも中和剤を集めようとしている。


『マスターの中和剤ぃ。マスターが死んじゃう――これがないと、マスターの命が』


 まるで泣いているような声に聞こえてくる。


 そんな姿を見た俺は、ルクシオンを呼ぶ。


「もう――いい。こっちに――来い」


 浮かぶことすら出来なくなったルクシオンが、転がって俺のところにやって来る。


 そして、俺の右手に当たって止まった。


 右胸を貫かれてしまった。


 血も流れすぎて、体はボロボロである。


 もう、中和剤があっても助からない。


 それはルクシオンも理解しているはずだ。


「マリエはどうなったかな? アンジェやリビアも――無事だよな? ノエルは? それから――それから――」


『マスター、もう喋らないでください。助けが来ます。そうしたら、必ず助けますから。肉体を再生させます。何としても生きてください』


 いじらしいことを言ってくれる。


「いつものお前らしくないぞ。もっと軽口を叩けよ。――もう、俺は助からない。分かるだろ? 間に合わないよ」


 命を繋ぐ前に、タイムリミットが近付いている。


「あぁ、でも――二度目の人生は、一度目よりもいいかな? 前は、階段を転げ落ちたんだ。そしたら、こんな世界に転生して――」


 咳き込むと、ルクシオンが話しかけてくる。


『後悔されているのですか?』


「どう――かな? 結構――楽しかったんじゃないか? もう一度、同じ事をしろと言われたら悩むけどな」


 ループしろと言われたら、全力で拒否する自信はあるな。


 でも、ちょっと勿体ない気もする。


 やり直したい気持ちもあるが、きっとここで終わるのが一番ではないだろうか?


 ルクシオンのレンズから液体がこぼれていた。


 本当に泣いているみたいじゃないか。


 ルクシオンが俺に話しかけてくる。


『マスター、もしも――また繰り返すなら。また、出会えるのなら。また、私を迎えに来てくれますか?』


 急にどうしたと尋ねようとしたが、声が出なかった。


『また、マスターが転生して――同じ状況でも、私を迎えに来てくれますか? 今度は失敗しません。必ずマスターを幸せにして見せますから』


 やり直し? 輪廻転生――じゃないな、ループとかそっち系だな。


 もう一度、最初から――最初に戻れるなら、という話だ。


 まったく、主従揃って同じ事を考えるのか。


 だったら答えは決まっている。


「――絶対に嫌だね」


 それを聞いたルクシオンが、落ち込んだように見せてくる。


 だから、理由を教えてやる。


「もう一度お前を――迎えに行っても、成功するか分からないからな。――もしもやり直しがあるなら、今度はお前が迎えに来い」


 ルクシオンを得るために、柄にもなく大冒険をした。


 小舟に乗って、何度死にそうになった事だろう。


 もう一度、同じ事をやって成功するとは思えない。


 それなら、ルクシオンに迎えに来てもらいたい。


 出来れば、ゾラに売り飛ばされる前に助けて欲しい。


『――もし、マスターがまた転生したら、また私のマスターになってくれますか?』


「お、お前が――俺を見つけたら――な」


 もう限界だった。


 目がかすんで何も見ない。


『――必ずマスターを見つけます。必ずマスターを――迎えに行きます』


「期待して――るから」


 気が遠くなっていると、緑色の機体が俺たちの近くに降り立った。


『見つけた! まだ生きていますよね、リオン君!?』


 駆けつけたのはジルクのようだ。


「な、何でお前が?」


 鎧から降りてきたジルクが、俺の姿を見て驚くがすぐに応急処置をしてきた。


「他の皆さんはマリエさんを助けに来ましたからね」


「な、なら、お前も」


 お前もマリエのところに行け、そう言いたかった。


 だが、声が出ない。


 ジルクは言いたいことを理解したようだ。


「殿下たちが必ずマリエさんを助けてくれますよ。それに、お義兄さんを助けた方が、マリエさんからの評価は上がりそうですから」


 抜け目のない奴だ。


 笑ってやると、ジルクが真剣な顔付きになる。


「だから、死なないでください。私のためにも――マリエさんの。いえ、皆さんのために、貴方には死んでもらっては困るんです」


 無茶を言う奴だ。


「無理を――言う――な」


 意識が途切れそうなところで、右手の甲が温かく感じられた。



 波の音が聞こえてきた。


 マリエが目を覚ますと、ゴムボートの上に横になってた。


 お祭りのはっぴを毛布代わりにかけられていた。


 そして、夕日の光を受けたユリウス、ブラッド、グレッグ、クリスが泣きそうな顔をしてマリエを見ている。


「みんな?」


 ユリウスがマリエを抱き起こすと、怒鳴ってくる。


「どうして危ないことをしたんだ!」


「ユリウス」


 ユリウスがマリエを抱きしめてくる。


「よかった。本当に良かった。――お前が無事で、本当に良かった」


 ブラッドが泣いている。


「マリエが死んだら、僕たちは生きていけないよ!」


 グレッグは鼻をすすっている。


「もっと俺たちを頼ってくれよ、マリエ! お前はリオンと同じで、大事な時に一人で頑張りすぎるんだよ!」


 クリスが眼鏡を外し、手で目元を隠していた。


「でも、マリエが無事で良かった」


 泣いている四人を見て、マリエは空を見上げてハッとする。


「ね、ねぇ、兄貴は? それからジルクや他の人たちはどうなったの!?」


 ユリウスが口を開こうとすると、海に浮かんでいる飛行船が近付いてくる。


 それはバルトファルト家の飛行船だった。


 ニックスが甲板で手を振っている。


「お前ら無事か!」


 その甲板の上には、聖樹の若木の姿が見えた。


 ジルクの鎧も見える。


 マリエが起き上がろうとすると、ユリウスが抱きかかえた。


「ジルクは無事だ。脱出した者たちも生きている。だが、リオンは――」


 それを聞いて、マリエは嫌な予感がするのだった。


「――兄貴!?」



 落下して飛べなくなったバルトファルト家の飛行船は、人命救助をしていた。


 ニックスがその指揮を執っていた。


 無事な飛行船を浮かべて、そこに人を乗せている。


 甲板の上には、包帯だらけのヴィンスやバルカスの姿がある。


 二人は並んで座り、周囲に指示を出しているニックスを見ていた。


「――いい息子さんをお持ちだ」


 ヴィンスがそう言うと、バルカスは照れくさそうにしていた。


 手当を受けてはいるが、動けないバルカスはその場から長男を見ていた。


 運び込まれた次男も心配だが、自分は動けないのでこの場から無事を祈っている。


「あの子がいるなら、うちも安泰ですよ。――俺には出来すぎた子たちです。ニックスも、そしてリオンもね。公爵様の息子さんも立派じゃないですか」


 ヴィンスが空を見上げる。


 そこにはレッドグレイブ家の飛行船が浮かんでいて、周囲の無事な飛行船をまとめている様子だった。


「私がいなくても、もう大丈夫でしょう。あの子に当主の座を譲るのは、思ったよりも早くなりそうだ」


 安心している様子だが、ヴィンスは少し寂しそうにも見えた。


 バルカスは俯く。


「俺はさっさと譲りたいですけどね」


 ヴィンスが笑う。


「男爵は楽隠居でもしたいのかな? 親子で似ているな」


 バルカスは困った顔をする。


 それを見て、ヴィンスが謝罪をした。


「失礼した」


「いえ、あの子はきっと無事です。どんな状況からでも生き残ってきましたからね。それにしても、十五で冒険に出てから、リオンには驚かされっぱなしですよ」


 始まりは十五歳で未開のダンジョンを探し、そこから財宝とロストアイテムを発見してきたことだ。


 リオンは随分と濃い時間を過ごしている。


「気が付けば俺と並んでいて、すぐに追い抜いて――今では天辺ですからね。親として、鼻が高いというか、理解できないというか」


 手の届かない存在になってしまった。


 そんな息子を、バルカスは自慢にも思うし――心配もしている。


 ヴィンスが空を見上げ、公爵家の飛行船が降りてくるのを見る。


 一緒に、浮島も降りてきていた。


「新しい時代が来ますな。ロートルである私は、もう何の心配もない。私も楽隠居をしますかな」


 自分たちの時代が終わったと笑うヴィンスに、バルカスは一つ夢を語るのだった。


「いいですね。でも、俺はその前に一つだけ心残りがあるんです」


「心残り?」


「生きることに精一杯で、満足に冒険者として活動していませんでしたからね。息子のように、大冒険とまではいかなくても、何かしたいものですよ」


 ヴィンスが笑う。


「いいですな」


「まぁ、ニックスの嫁を捜すのが先ですけどね。こいつが一番の問題でして」


「すぐにでも見つかるだろうに」


「これが難しくて」


 すると、話を聞いていた男性が、ヴィンスやバルカスに話しかけてきた。


「何やら面白い話をしていますな、公爵様」


 その相手を見て、ヴィンスはすぐに誰かを理解する。


「ローズブレイド家の?」


「誰です?」


 バルカスは知らないので、素直にヴィンスに聞いた。


「ローズブレイド伯爵だ」


「え!? 伯爵様でしたか! こ、これはとんだご無礼を」


 驚くバルカスを見て、伯爵は笑うのだった。


「撃ち落とされたところを助けていただいたのだ。かしこまらないでください」


 伯爵は甲板で指示を出しているニックスを見る。


「――実にいい息子さんをお持ちだ。どうです? うちには娘がいましてね」


 ニックスの知らないところで、婚約の話が出ていた。



『医療用のポッドを早く!』


 バルトファルト家の船内。


 そこに色々な機材が運び込まれていた。


 ロボットたちがクレアーレの指示で動き回り、運び込まれたリオンをポッドに入れると大急ぎで治療を開始する。


 ノエルがリオンに話しかけていた。


「起きてよ! ねぇ、リオン!」


 ユメリアがノエルを、ポッドから引き離す。


「ノエルさん、今は安静にさせてあげないと駄目ですよ」


 カイルとカーラはマリエが無事と聞いて、ジルクとそちらに向かっていた。


 アンジェとリビアは別室で治療を受けている。


 クレアーレは、ボロボロになっているルクシオンの子機を見る。


『あんた、さっきから動かないけど壊れたの!? 状況が何も分からないじゃない!』


 ルクシオン本体がどうなったのかも分からない。


 沈んだまま動かないのか? それとも無事なのか?


 無事であれば、以前にイデアルから手に入れた医療ポッドを持って来て欲しかった。


 クレアーレがリオンを見る。


 裸になったリオンには、色んな機器が取り付けられていた。


 大きく開いた右胸の部分が酷い。


 だが、もっと酷いのは強化薬でボロボロになってしまったリオンの肉体だ。


『再生治療するにしても、マスターがこのまま死んだら意味がないわ。それに、設備が――ルクシオン、あんたの本体はどこなの!?』


 ノエルがリオンの手を握る。


「リオン、あんたこんなところで死んだら許さないからね!」


 リオンは医療ポッドの装置があって、何とか心臓を動かしている状態だった。


 だが、いつ死んでもおかしくない。


 そんな部屋に、病衣姿のリビアとアンジェが駆け込んでくる。


 ノエルが二人のために場所を譲ると、リビアとアンジェがリオンの体に触れた。


「リオンさん! 目を開けてください、リオンさん!」


「――馬鹿者が。お前が死んだら、何の意味もないだろうが!」


 リオンが薄らと目を開けると、リビアとアンジェ――そして周囲が笑顔になる。


 だが、すぐに目を閉じると――リオンはゆっくりと一呼吸した。


 その後すぐに、心電図がリオンの鼓動が途切れて「ピー」という音が鳴り続けた。


 クレアーレが悔しそうに言うのだ。


『――マスターの馬鹿』


 何を意味しているのか周囲も理解し、ノエルがその場に膝から崩れ落ちて座り込む。


 ユメリアも泣き出してしまった。


 リビアが無表情で涙を流し、アンジェがリオンの体にすがりついて泣いてしまう。


「私を置いていくな! 約束したじゃないか。お前を必ず幸せにするって!」


 アンジェがリオンに抱きついて泣いていると、部屋の外が騒がしくなる。


 リビアは気にせずに、黙ってリオンの顔に手を触れた。


 そして涙をポロポロとこぼしながら、必死に笑顔を作ろうとする。


「リオンさん――私たちを置いていくなんて絶対に許しません。お願いですから、目を開けてくださいよ。また、リビアって呼んでください」


 リオンの顔にリビアの涙が落ちる。


 リオンは動かなかった。


 そして、騒がしく部屋に入ってくるのは、マリエたちだった。


「兄貴!?」


 駆け込んだマリエが、リオンの手を握る。


 既に心肺停止状態だ。


 クレアーレも諦めていた。


『たった今、亡くなったわ』


 その言葉を聞いて泣きそうになるマリエだが、すぐに涙を拭う。


「まだよ。まだ間に合う!」


 アンジェが顔を上げた。


「間に合うだと? ほ、本当なのか!?」


 リビアがマリエの肩を掴んだ。


「何か方法があるんですか?」


 もの凄い力で痛かったのか、マリエが手で払う。


「私のゲーム知識を舐めないでよね! ――聖女にしか使えない魔法っていうのがあるのよ」


 アンジェが驚く。


「この状態から治療できるのか? 聞いたことがない。クレアーレも諦めているんだぞ!」


 クレアーレもアンジェの意見に同意する。


『そうね。この世界の魔法でもどうにもならないと思うわ』


 だが、マリエは何か知っているようだ。


「安心しなさい。私が兄貴を連れ戻してあげるわ。でも、兄貴の魂が離れたら、連れ戻せないのよ。何かでつなぎ止めたいんだけど、ここには道具もないし。とにかく急がないと」


 ノエルがマリエにしがみつく。


「マリッチ! 何でもいいから教えて! どんな道具が必要なの!?」


「魂をつなぎ止める道具よ。肉体はクレアーレが何とかしてくれると思うけど、魂が離れちゃうとどうにもならないから」


 すると、リオンの右手の甲が強く輝き始める。


 心電図も僅かだが復活し始めた。


 全員が目を見開くと、リオンの右手の甲に聖樹の守護者の紋章が強く輝く。


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[一言] 書籍版の最終刊の表紙を飾るのはこのシーンだったか。
[良い点] ルクシオン好き
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