聖女マリエ
コアを失った魔装に取り込まれると、もう人には戻れない。
逆説的に、コアの存在する状態なら、まだ人間と切り離すことが出来るということだ。
「可能性はあるはずだ」
今は痛みを感じなかった。
体中が悲鳴を上げていたのに、投薬で痛みを感じなくなった。
本当にとんでもない薬だ。
こんなボロボロで死にかけているのに戦える。
ミアが俺に憎しみを向けてくる。
『許さない。絶対に!』
「はっ! 許してもらおうなんて思ってないんだよ。いいか、もう勝負はついた。後は、お前からコアを抜き取って破壊すれば何の憂いもない!」
『貴方は――騎士様の友人だったのに!』
「だから殺してやったんだろうが! それも分からないなら、余計なことをせずに引っ込んでいろよ! フィンは無駄死にだな。お前を生かすために命懸けで戦ったのに、それをお前が全て無駄にするんだからさ!」
『――目の前で殺されて、黙っていられるわけが! それに、殺さなくても!』
「責任者っていうのは責任を取るのが仕事だ。帝国の英雄を生かしておく理由なんかない。あいつだって分かっていたことだ」
『貴方って人は!』
アルカディアが沈んだとしても、あいつは最後まで戦っただろう。
俺だって同じだ。勝てないからと戦いを放り投げてしまったら――この戦いに巻き込んだために死んでいった人たちになんと言えばいい?
「お前の出る幕じゃないんだよ! さっさとコアを渡せ!」
『誰が貴方なんかに!』
アルカディアのコアが生き残っている状況では、死んでも死にきれない。
――それに戦争は終わりだ。こんなのオマケである。
自分の体を無理矢理動かし、アロガンツを操縦して大剣を下から振り上げた。
ミアちゃんが仰け反ったので距離を取れば、ルクシオンが俺に解析結果を伝えてくる。
『マスター、コアの位置を確認しました。そこをピンポイントで貫けば、操縦者から切り離すことが可能です』
「ミアちゃんは無事なんだろうな!?」
『助かる可能性はあります。ですが、少しでも外れれば人体の急所を貫いてしまいます』
「アロガンツだと無理だな」
ミアちゃんの小さな体に、ブレイブの大剣を突き刺せば即死だ。
俺はアロガンツの操縦桿を撫でる。
そして強く握りしめ、ミアちゃんの方へと向かわせた。
向こうは両手を俺に向けてきて、魔法を撃ち込んでくる。
赤黒いエネルギーの塊が、打ち出されると拡散された。
拡散されたそれを避けながら向かうが、アロガンツでは避けきれずに当たると装甲を貫かれる。
ブレイブの大剣を盾代わりに進むも、そろそろ限界だった。
アロガンツが火を噴き、コックピット内の機器から放電していた。
そんなアロガンツが大剣を放り投げると、両手でミアちゃんを掴んだ。
『ハッチをパージします!』
「助かる!」
目の前のハッチが吹き飛び、風が入り込んでくる。
体がシートから解放され、素早く横に置いていたライフルを手に取った。
素早くコックピットから出ると、ミアちゃんはアロガンツの手から無理矢理抜け出したところだった。
アロガンツの左手の指が簡単に千切られ、それを俺に投げ付けてくる。
ミアちゃんは俺を見ると、一瞬驚いていたが――すぐに眉間に皺を寄せていた。
可愛らしかった女の子の顔が、憎悪でここまで変わるのかと一瞬驚いたよ。
歯を食いしばり、あの可愛かった顔がまるで獰猛な獣のような顔になっている。
無理もない。それだけのことをした。
「出て来たところで!」
ミアちゃんが俺に右手を向け、魔法を放とうとする。
素早くルクシオンが俺の前に出て、シールドを展開すると俺の視界が炎に包まれた。
黒い炎がシールドの向こうで広がっている。
『マスター、耐えきれません! 五秒後にシールドエネルギーがつきます!』
「五秒もあれば十分だ」
ライフルを構えると、ルクシオンのアシストでスコープに狙う場所が表示されていた。
黒い炎の向こうにいるミアちゃんが、どこにいるのかルクシオンには見えているのだろう。
引き金を引くと、ルクシオンのシールドを内側から破り、黒い炎を突き破ってそこに穴を開けた。
黒い炎にポッカリと穴が開き、その向こうでミアちゃんが弾丸に貫かれ後ろに吹き飛んでいた。
体に取り付いていた黒い鎧のような何かも剥ぎ取られ、銀色だった体はパキパキと音を立てて崩れていく。
「いいだろ。レアアイテムの特別製だ」
黒い炎が消えると、ライフルに銃剣を取り付けてミアちゃんに近付く。
ミアちゃんが仰向けに倒れている横で、黒い球が小さな手を使って俺から這って逃げていた。
『み、認めない。こんなの認められない』
ルクシオンが俺の右肩辺りに浮かぶが、いつもより安定感がないのかフラフラしていた。
『――子機のバッテリーが限界に近付いています。マスター、シールドエネルギーも尽きました。手早く止めを刺してください』
「了解だ」
『イギャァッ!』
ライフルを構えて黒い球を撃てば、黒い液体を噴出しながらもがいていた。
何発も撃ち込むが、アルカディアのコアと思われる魔法生物は死ななかった。
「しぶといな」
弾倉を交換しようとしていると、魔法生物が膨れ上がって俺に一つ目を向けてきた。
『貴様だけはぁぁぁ!』
黒い球体から鋭い棘を生やすと、それらを俺に向けてくる。
まずいと思っていると、ルクシオンが俺を庇うために前に飛び出した。
鋭い大きな棘――六十センチ程度の円錐状の黒い物体が俺たちに飛んでくると、その大半をルクシオンが弾いていた。
『マスターはやらせません!』
ルクシオンのボディによって、そのほとんどが弾かれた。
ボディをへこませながら、俺を必死に守ろうとしている。
魔法生物が笑っている。
『残念だったな、鉄屑。――後ろを見ろ』
ルクシオンがすぐに振り返って俺を見ていた。
俺は自分の胸を見る。
黒い何かに右胸辺りを貫かれていた。
背中のバックパックが外れて落ちる。
不思議なことに痛みはないが、体は正直で口から血が流れていた。
『マスター?』
ルクシオンが震えているように見えたが、きっと俺の目の焦点が合っていないのだろう。
もう限界を超えていた体に力が入らなくなっていた。
ルクシオンの後ろで魔法生物が笑っている。
『このまま全てを破壊してやる! 貴様らの国だけは――必ず消し飛ばしてやる! もう、止める手立てもないだろう!』
「させ――ない!」
そんな魔法生物に、俺は持っていたライフルを――投擲した。
『ギャァァァ!』
銃剣部分が魔法生物の瞳に突き刺さり、黒い液体を噴き出させる。
だが、アルカディアに命令は伝えられたのか、残っていたエネルギーを主砲にため込み発射しようとしていた。
膝から崩れ落ちる。
魔法生物は、体中から黒い液体を噴出しながら笑っていた。
『ギャハハハ!』
最後の最後で失敗してしまった。
「く、くそ――」
◇
リコルヌの船内。
力を使い果たしてリビアとアンジェが倒れていた。
リビアが全力を出してしまったことで、リコルヌも限界が来ていたのか機器から放電している。
クレアーレが指示を出していた。
『急いで聖樹にしがみついて! そこ、脱出用の装置になっているから!』
聖樹の若木を移植した部分は、リコルヌから脱出できるようになっていた。
いつでも聖樹だけでも切り離せるようにしていた。
ノエルがリビアを背負い、ユメリアとカーラがアンジェを運んでいた。
カイルは聖樹の脱出装置の準備をしている。
そんな中、マリエだけは窓の外を見ながらボンヤリと立ち尽くしていた。
窓の外を見ていると、アルカディアの大きくペイントされたような目が輝いていた。
主砲を撃とうとしている。
リコルヌがリオンたちの会話を拾っており、それがどこに向けられているのかをマリエは聞いてしまった。
ノエルが涙を流しながら、マリエに声をかけてくる。
「マリッチもさっさと乗って!」
リオンが倒れてしまい、ノエルも気が動転していた。
マリエがゆっくりと脱出装置に近付く、カイルとカーラが手を伸ばしてくる。
「ご主人様も早く!」
「マリエ様、気持ちは分かりますけど、今は逃げないと駄目ですよ!」
泣きそうな顔の二人を見て、マリエは杖を手放してから両手を伸ばして――二人の手を掴むのだった。
マリエは笑顔を見せる。
「あんたたち――今までありがとね。私みたいなのを慕ってくれて、本っ当ぉに――ありがとう」
二人が唖然としている間に、マリエは手を離すのだった。
聖樹を包み込むように、ガラスのようなものが展開される。
二人が慌ててガラスを叩いているが、音は聞こえてこない。
必死に何かを伝えようとしているが、声も聞こえない。
マリエはクレアーレを見るのだった。
クレアーレの声だけは、リコルヌの通信装置を使って聞こえてくる。
『――いいのね?』
マリエは杖を拾い、肩に担いでから笑って見せた。
「最後くらい、兄貴の尻拭いをしてあげないとね。次に再会したら、これをネタに兄貴を煽ってやるのよ。――だから、さっさと兄貴を助けてあげて」
クレアーレは、マリエが何を言っているのか理解していた。
『脱出』
それだけ言うと、聖樹の若木と乗り込んだクレアーレたちがゆっくりと沈んでいく。
カイルとカーラが泣きながら何かを叫んでいたが、マリエは笑顔で手を振るのだった。
そして、二人が見えなくなると――涙を拭う。
「馬鹿兄貴、失敗してんじゃないわよ」
振り返って前を見れば、今にも主砲が発射されそうになっていた。
リコルヌに語りかける。
「私と一緒に戦ってもらうわよ」
リコルヌの機械的な音声が聞こえてきた。
『所有者をマリエに変更。指示を願います』
マリエは両手に持った聖女の杖の石突きを、勢いよく床に打ち付けた。
マリエが淡く輝き出すと、髪が揺れる。
キラキラと輝いて見えていた。
「敵の攻撃を受け止めるわ。あいつの前に移動して!」
『了解しました』
リコルヌが揺れながら主砲の前まで移動すると、マリエは握りしめた杖に語りかける。
「お願い。私に力を貸して。私に守らせて」
マリエの声に反応するように、聖女の杖も、首飾りも、そして腕輪も輝いた。
リコルヌの前に、三つの大きな魔法陣が並んで展開される。
主砲を受け止めるために、マリエは三つのシールドを展開した。
すると、アルカディアの目が光って主砲が撃たれた。
すぐに目の前が赤黒い光に包まれて、シールドの一枚目が簡単に破られた。
リコルヌの船内も激しく揺れる。
マリエは杖を握りしめ、揺れに耐えながら立っていた。
「舐めるなぁぁぁ!」
魔法陣が強く輝き、力を増していくが二枚目のシールドも破られる。
マリエは今までを振り返っていた。
(私って本当に駄目よね)
思い出すのは転生して第二の人生を得たこと。
そして、前世から兄に頼ってきたことだ。
いつも迷惑をかけて来た。
だが、いつも兄は守ってくれた。
時々腹も立ったが、それでも今にして思えば自慢の兄だ。
恥ずかしくて口に出して言えないが、マリエは兄が大好きだった。
最後のシールドにひびが入り、リコルヌも各部から火を噴いていた。
船内の機器が吹き飛び、煙が充満している。
その中でマリエは、涙を流していた。
「私が兄貴の人生を駄目にしたから、今度は私が守ってあげる。だから、兄貴は――ちゃんと生きないと駄目だから」
マリエは心の中で納得する。
(そっか、多分――私の二度目の人生って、きっと兄貴を助けるためにあったんだ)
一度目の人生で、マリエはリオンに迷惑をかけた。
二度目も同じだ。
だが、最後に役に立てた。
自分の役目を果たせた気がした。
「苦労性の馬鹿兄貴、今度は自分の人生を楽しみなよ」
そう言ってマリエは笑う。
聖女の道具が限界に達したのか、バラバラに砕けていく。
そして、三枚目のシールドが破かれ、リコルヌが光に飲み込まれるとマリエは意識が薄れていく。
最後に見た光景は、自分が吹き飛んでいる中――リビアに似た女性に抱きしめられ、守られているような光景だった。
そして、炎の中――鎧四体が、こちらに向かってくるのが見えた。
「マリエェェェ!!」
ユリウスたちが自分を呼ぶ声が聞こえる中、マリエは意識が途切れる。
◇
アルカディア最後の攻撃を、リコルヌが耐えきった。
その代わりにリコルヌも吹き飛んでしまったが、ルクシオンが俺に伝えてくる。
『アンジェリカ、リビア、ノエル、ユメリア、カイル、カーラ――そしてクレアーレの脱出を確認。マリエの安否は不明ですが、爆発前にユリウスたちが飛び込みました』
マリエは何をやっているんだ?
お前が死んだら意味がないだろうが。
あの世で――両親に怒られる。
「ば、馬鹿が。無茶をする――から」
俺は視線の先にいる魔法生物を見ていた。
言葉もなく、ただ浮かんでいる。
しばらくすると、俺たちを見て叫ぶ。
『どこまでも我々の邪魔をする! 汚い旧人類の末裔が、今更出て来て支配者面をするな!』
叫んでいるが、こちらは怒ってやれるだけの力が残っていなかった。
立ち上がろうにも体が動かない。
そして、ルクシオンが言う。
『マスター、準備が整いました』
「き、切り札はまだ残して――」
声が出ない。
最後の最後に、切り札が残っていて良かった。
魔法生物が再び棘を生やした。
『お前らだけでも八つ裂きにしてやる! な、何だ!?』
俺は目の前の光景を驚いてみていた。
「アロ――ガンツ?」
アロガンツが魔法生物に体当たりをすると抱きしめるように掴み、そして俺たちから引き離した。
『は、放せ、この鉄屑!』
アロガンツに棘が撃ち込まれ、ボロボロになっていくが魔法生物を放さない。
アロガンツがこちらを見てツインアイを光らせたように見えた。
ルクシオンが操作したのか?
『――感謝します、アロガンツ。――主砲、発射します』
最初に沈んだルクシオン本体が、応急修理を終えて姿を見せた。
主砲をアルカディアの真下から放ち、青白い光が天に伸びて柱のように見える。
その光の中に、魔法生物を掴んだアロガンツもいた。
手を伸ばすと――アロガンツもこちらに手を伸ばしていた。
魔法生物の断末魔が聞こえてくる。
『おぉぉのぉれえぇぇぇ!』
光の中に消えていくと、アルカディアは大きく削られて爆発を起こす。
要塞が落下していく。