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本物の聖女

 以前にリオンが手放した浮島。


 そこのドックにやって来たリビアは、クレアーレによって改修を受けているリコルヌを前にしていた。


「アーレちゃん、ヴァイスは修理しないの?」


『必要ないわ。だって、ヴァイスから聖女関連の装置は抜いて、リコルヌに積み込んでいるもの。“こんなこともあろうかと”ってやつよ』


「い、いつそんな事をしていたの?」


『マスターが共和国にいる時』


「それって、リコルヌが建造された時からじゃない!」


『そうよ。いざという時に使えるようにしていたの』


 笑っているクレアーレは、悪びれた様子が少しもない。


 リビアは額に手を当てる。


(でも、これで私もリオンさんのために戦える)


 ヴァイス――かつて王国が所有した切り札は、広範囲に精神干渉を行う装置を積み込んだ飛行船だった。


 公国との戦いで沈み、使えなくなってしまった――はずだった。


 だが、今はその装置をリコルヌに積み込み、聖女が乗り込めば最凶の兵器となる。


 アルカディアに効果があるかは微妙だが、ないよりはいいだろう。


 クレアーレがリビアから通路奥に視線を向ける。


『お、来たわね』


 リビアもクレアーレの視線の先を見ると、そこには手を振るノエルの姿があった。


「お~い」


 元気よく手を振るノエルの後ろには、ロボットたちが聖樹の若木を運んでいる。


 リビアはそれを見て、クレアーレに説明を求めるのだ。


「聖樹の若木をどうするの?」


『あの子って魔素を吸い込むのよ。そして、吸い込んだ魔素をリコルヌのエネルギー源にするわ。これでリコルヌはもっと強くなるわよ』


 ノエルがリビアに近付き、そして若木を見るのだった。


「この子にも頑張ってもらうわ。何しろ、私たちの未来がかかっているからね」


 クレアーレは若木に近付き、怖いことを呟いている。


『あんたは魔素を吸い込んで空気を浄化するから、新人類側からすれば有害な植物よね? 負けたら焼かれちゃうわよ。嫌なら私たちに協力してね』


 そんなクレアーレの様子を見て、リビアは苦笑いをする。


「アーレちゃん、それって脅しだよ」


『いいのよ。こいつは脅すくらいが丁度いいの。さて、これでリビアちゃんの力と、ノエルちゃんと聖樹を積み込めたわ。問題はもう一手――聖女の力が欲しいわね』


 ノエルがマリエを思い浮かべたようだ。


「マリッチ? でも、マリッチって確か――神殿に嫌われていたわよね?」


 聖女を騙った極悪人として、マリエは神殿から嫌われている。


 そのため聖女のアイテムに認められたのに、偽りの聖女となってしまった。


 本来であれば聖女認定を受けるところなのだが、公国との戦い後の対応が酷くその話も流れている。


 つまり、マリエは聖女として力を振るうことができない。


『リコルヌが最大の性能を引き出すには、どうしても聖女の力が必要よ』


 クレアーレがそう言うと、リビアはゆっくりと頷くのだった。


「なら、神殿に協力を求めます」


『――協力するかしら?』


 ノエルが難しい顔をする。


「あれよね? 公国との戦争後に、リオンがマリッチを庇ったから仲が悪いのよね? 力を貸してくれるかな?」


 だが、リビアは引かない。


「貸してもらいます。――今まで、リオンさんに散々頼っていたんです。少しは協力してもいいはずです。いえ、協力させます」


 リビアの瞳は力強く、何としても協力させるつもりだった。


『向こうはそう思っていないだろうけどね。そもそも、これが生存競争だなんて思っていないわよ。それと、悪い話があるの。神殿側の一部の勢力が、帝国に近付いているわ』


 リビアが目を見開く。


「どうしてそんな?」


『王家に虚仮にされた腹いせ? まぁ、自分たちの首を絞めている自覚なんてないからね。それに、王国内の貴族も怪しい動きをしているわ』


 すぐにリビアは神殿に向かうため歩き出す。


「ちょっと! あんた一人で向かっても――」


「ここで頑張らないとリオンさんの助けになりません。それに、王宮や貴族のことは、アンジェが必ず何とかしてくれます。だから、私はできるところで頑張らないと」


 ノエルがリビアの手を握る。


「分かった。私もいくわ。これでも聖樹の巫女よ。少しくらい役に――」


 すると、クレアーレが青い瞳を少し上げる。


『あら、どうやらマリエちゃんがやってくれたみたいよ』


 クレアーレの報告に、リビアは拍子抜けした声を上げるのだった。


「え?」



 神殿。


 それはかつて、聖女と呼ばれた癒し手を崇める宗教施設だ。


 ホルファート王国の建国に関わる六人目の女性。


 彼女は優れた治療魔法の使い手であり、その技は神に祝福された力だと言い伝えられている。


 そんな彼女を神の使いと崇める神殿に、マリエは一人でやって来た。


 神殿に仕える騎士――神殿騎士たちが剣を抜く。


「よくも我らの前に現れたな魔女が!」

「その首を斬り落としてやる!」

「大神官様に報告を!」


 慌ただしい神殿の奥には、聖女の像があった。


 聖女のアイテム――杖、首飾り、そして腕輪がはめられていた。


 今は誰も扱えず、そこに大事に保管されていた。


 マリエは剣を抜いた騎士たちの前で、右手を掲げるのだ。


「一度は私を認めたなら――今だけは力を貸して」


 すると、聖女の像にひびが入る。


 左腕が砕け、首がもげ、右手が粉々になった。


 腕輪、首飾りがマリエの首と左腕に装着される。


 そして、聖女の杖は回転しながらマリエに向かってきて――そのまま掲げた右手に飛び込み、マリエが握りしめた。


 その光景を見た神殿騎士や、報告を聞いて駆けつけた大神官が息をのむ。


 聖女のアイテムがマリエを主と認めたのだ。


「――ありがとう。一度でいいの。兄貴を助けないと、私はまた後悔するから」


 聖女のアイテムに祈り、マリエは神殿から去ろうとする。


 すると、大神官がマリエに手を伸ばす。


「ま、待て! いえ、お待ちください! 聖女の聖遺物がこれほど強い反応を示したのは異例のことです! も、もしや、貴方様は本物の聖女様なのではありませんか!?」


 何を今更、という感じでマリエは振り返った。


 以前にリオンが言っていたことを思い出す。


 自分で偽物だと言おうが、聖女のアイテムはマリエを認めたのだから「お前が聖女だ」と。


「当たり前じゃない。それより、私は忙しいからもういくわよ」


「お待ちください!」


 大神官がすがりついてくるが、マリエは振り解く。


「うっさいわね! あんたらみたいなのに関わっている暇はないのよ」


「な、何という言い草! 貴方は聖女様なのですぞ。もっと物言いを――」


 マリエが手にした杖の石突きを床に叩き付けた。


「この大事な時に協力もせず、グダグダ文句を言っているあんたらに構っている暇はないのよ!」


 瞬間、弾けるように青白い紫電がバチバチと周囲に四散して消えていく。


 大神官や神殿騎士たちが動きを止めた。


「私にはやることがあるのよ! 邪魔しないで!」


 聖女のアイテムをほとんど持ち逃げしたようなマリエを、神殿の関係者たちはただ見送るだけだった。



 王宮ではアンジェがある人物と面会していた。


「学園長――いえ、公爵にはご協力願います」


 窓の外を見ているその人物は、手を後ろで組んで背筋を伸ばして立っている。


 アンジェには背中を向けていた。


 何も答えない公爵に、アンジェは言葉を続ける。


「それとも、このままリオンを見殺しにするつもりですか? 貴方の弟子が王国のために戦おうとしているのに、見捨てるおつもりか?」


 振り返る公爵――先王の弟である公爵は、リオンが師匠と仰ぐ男だった。


 少し悲しそうにしている。


「――ミスタリオンに背負わせすぎてしまいましたね」


「ならば、貴方が王になるべきでした」


 先王の時代。


 王弟である師匠と、ローランドの間に後継者争いが起きようとしていた。


 師匠は多くの支持を集めていたが、正統な後継者はローランドだ。


 ローランドは当時から問題視されており、師匠を担ぐ貴族は多かった。


 師匠は首を横に振る。


「私ではこの国を変えられなかった。陛下――ローランドならば可能性があると、託してみたのですけどね」


 アンジェは言う。


「以前から思っていました。公国との戦争ではリオンに助言した貴方が、前回の内乱では特に何も言わなかった」


 師匠はアンジェから顔を背ける。


「ローランドに期待したように、ミスタリオンにも期待してしまいそうでした。だが、王位から逃げ出した私には、何も言う資格はないと思ったのです」


 徐々に病んでいくリオンを見て、師匠は声をかけられなかった。


「ミスタリオンに、逃げろと言えなかった。私はただの卑怯者ですよ。そして、今は名ばかりの公爵に過ぎない」


 ローランドに王位を譲るため、お茶やら趣味に没頭した。


 そうして人が離れていき、ローランドが無事に王位を継いだのだ。


 その時にローランドがヴィンスに「あの野郎、俺に押しつけて逃げやがった!」と言ったのをアンジェは聞いている。


「公爵にも協力していただきます。貴方の声を聞けば、集まる貴族たちも多いはずだ」


 アンジェの申し出に、師匠は黙って頷くのだった。


「いつまでもツケをミスタリオンに押しつけるわけにもいきませんね。ですが、私一人ではどうにもなりませんよ」


 自分一人が協力しても、どうにかなる状況ではない。


 そう言われたアンジェは小さく頷く。


「理解していますよ。ローランド陛下には王位を退いていただきます。王国は強く誰もが認める王のもとで生まれ変わる必要があります」


 貴族たちがまとまらないのは、簡単に言ってしまえばこれまでの経緯と不信感があるから――ではない。


 それも理由の一つだが、王国に力がないからだ。


 王国には新しい王が必要だった。


 師匠がアゴに手をやる。


「なるほど。その手伝いをしろということですか。大役ですね」


「それから、公爵にはもう一つ仕事をしてもらいます」


「できることなら何でも言ってください」


 アンジェは申し訳なさそうに、そして悲しそうに俯く。


「リオンと話をしてください。リオンが信頼しているのは――公爵ですから」


 師匠が首を横に振る。


「ただの趣味友達ですよ。ミスタリオンは師と仰いでくれていますがね。ですが、承りましょう」


 アンジェは深々と頭を下げる。


「ありがとうございます」


 師匠が言う。


「さて、そうなるとラーシェル神聖王国への対策が急務ですね。あそこは、長年我が国と争い続けてきました。この機を逃すとは思えません」


 他にも帝国との戦いで忙しい王国に、攻め込みたい国は多いだろう。


 だが、中でもラーシェル神聖王国は一番危険だった。


「そちらはフレーザー家に任せます。時間稼ぎをしてもらいますよ」


「フレーザー家も抱き込みましたか」


「エリヤ殿のためにリオンは泥をかぶったのです。――しっかり働いてもらいますよ。それに、フレーザー家は元から国境の守護が役割ですからね」


 落ちぶれつつあるとは言え、これまでラーシェル神聖王国と戦い続けてきた。


 言ってしまえばラーシェル神聖王国との戦争になれている。


 そして、国境を預かる貴族たちは、帝国との戦いに参戦できないことを意味していた。


「王国を一つにまとめても、帝国との戦力差は大きいでしょうね」


 アンジェもそれは理解している。


「それでも、まとめる必要があります」


 アンジェの力強い瞳を見た師匠は、目を閉じるのだった。


「――私も微力を尽くしましょう」



 王宮内。


 アンジェが次に向かったのは、ミレーヌのところだった。


 ミレーヌは執務室で書類仕事をしていた。


「王妃様」


 アンジェが来たことで、ミレーヌは色々と察したようだ。


「――帝国から接触があったわ。リオン君を差し出せば戦争を回避する、とね」


 あの手この手で攻めてくる帝国に、アンジェは苦々しく思う。


 対して、王国はグダグダ――まとまれていない。


「引き渡すおつもりですか?」


「まさか。今の私たちでリオン君には勝てないわ。でも、嫌がらせ程度はできると考えている貴族は多いわね。何としても、帝国との戦争は避けたいみたいよ」


 事情を知らない貴族たちは、これが帝国の罠だと気付かない。


 帝国との戦争を回避すれば、生き残れると思っている。


 もしくは、弱体化した王国を捨て、帝国側に付く考えだ。


「――王妃様、今回の帝国の一件には裏があります。帝国は、我々を滅ぼすつもりです」


 アンジェがゆっくりと事情を話すと、ミレーヌは黙ってその話を聞いていた。


 馬鹿にせず、真剣に話を聞いたミレーヌは天井を見上げる。


「生存競争、ね。突拍子もない話ね」


「その割には真剣に私の話を聞いていましたが?」


「貴方がこんな場面で嘘を言う子ではないと知っていますからね。それに、これでも私は王族ですよ。――過去に今よりも進んだ文明があったというのは知っています」


 ロストアイテムと呼ばれる再現不可能な道具の数々がある世界だ。


 過去には今よりも進んだ文明があったのだと、知識人たちは知っている。


 ただ、それがどの程度だったのかまでは知らないだけだ。


 ミレーヌが口元に手を当てる。


「その旧人類と新人類の話だけど、私の実家にもいくつか伝承があるわね。もちろん、この国にもね」


 アンジェは驚く。


「あるのですか?」


「王族の秘密というやつよ。おとぎ話と思っていたのだけどね。もっとも、アンジェのような詳しい話じゃないわ」


 かつて新しい人たちが古い人たちを滅ぼし地上を支配した――というような話だった。


「問題は生存競争だと言っても、多くの貴族たちは理解できないことよね。帝国側に寝返る貴族たちも出てくるわ」


 アンジェにとってはそれが問題だ。


 ミレーヌがアンジェに言う。


「私の力は必要かしら?」


「ご実家に協力を求めていただければ助かります」


「――他には?」


「国内の方は私の方で対処します」


 これくらいまとめて見せるという、アンジェの強い意志をミレーヌは感じ取る。


 ミレーヌはアンジェに伝えるのだった。


「陛下が謁見の間でお待ちです」


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