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幕間 ホーガン家の事情

 これは内乱が鎮圧された直後の話だ。


 オスカル・フィア・ホーガンという男がいる。


 実家は宮廷貴族――領地を持たない子爵家で、第二王子ジェイクの乳兄弟である。


 ジェイクの片腕とも言うべき存在だ。


 そして、ユリウスが失脚したことにより、ジェイクは王位に手が届きそうになっていた。


 つまり、乳兄弟のオスカルはとても重要な立場にいる人物である。


 そんなオスカルの両親は――頭を抱えていた。


「ジェイク殿下がやっちまったぁぁぁ!」


 オスカルの父である子爵は、学園で起きた出来事を耳にして叫んでしまった。


 オスカルの母がオロオロとしている。


「一体何があったのですか?」


 子爵が髪を乱し、青白い顔をしながら妻を見る。


「――学園で、ジェイク殿下が恋人のために決闘をしたそうだ」


「そ、それは大変ですね」


 過去にはユリウスも、同じように決闘をして敗北している。


 そのことがきっかけになり、王太子の地位を剥奪された。


 王族が決闘騒ぎを起こすなど、貴族たちからすれば勘弁して欲しいのだ。


 妻が首をかしげ、頬に手を当てる。


「それで、お相手は誰なのですか? 相手によってはジェイク殿下のお立場も色々と面倒になりますね」


 相手次第で認めてもいいし、駄目なら身を引いて欲しいという考えだった。


 何しろ、ホーガン家はジェイクを支援している派閥に所属している。


 ジェイクが王になれば見返りは大きく、そのために今まで支援もしてきた。


 跡取りであるオスカルをジェイクの乳兄弟にしたのも、そのためである。


 そして、子爵の妻は息子であるオスカルと、預かったジェイクを育てたのだ。


 情もあるため、ジェイクに相応しい相手である事を願っているようだ。


 だが、子爵は俯く。


「――男だ」


「え? 貴方、ごめんなさい。よく聞こえなかったわ。何ですって?」


「男なんだよ! ジェイク殿下が恋したのは、女装した男だ! 見た目は女性にしか見えないが、本物の男だ!」


 子爵が両手で顔を覆う。


 そして、妻も両手で顔を覆う。


「何で男が男をかけて決闘するのよ!」


 妻はジェイクの幼い頃を知っており、同性に恋愛感情を抱くとは思えなかったようだ。


 子爵が顔を上げ天井をうつろな目で見る。


「――終わった。ホーガン家は終わりだ。このままいけば、ジェイク殿下も失脚する」


 妻がハッと気が付いた。


「いえ、まだです! たとえ、同性が好きであろうと、妻にはしっかりした女性を迎えればいいのです! 王族の義務としてお世継ぎを作っていただき、その男は後宮に押し込んでしまえばいいのです!」


 つまり、奥さんにはちゃんとした地位のある女性を迎え、跡取りを生んでもらう。


 ジェイクの相手であるアーレは、後宮に入れて二人で愛し合ってもらえばいい。


 だが、当然そんなことは子爵も考えていた。


「私だってそれくらい考えていた! だが――オスカルからの手紙には」


 ジェイクの側にいるオスカルからの手紙には『二人が愛し合っているので、自分は応援します』と書かれている。


 妻が手紙を見て、握りしめる。


「あのお馬鹿ぁぁぁ! そこは止めるところよぉぉぉ!」


 自分の息子なので可愛いが、オスカルは貴族の当主として見れば素直すぎた。


 それに、頭脳派でもない。


 体を動かすことが大好きで、どちらかと言えば――いや、完璧に脳筋タイプだ。


 そのため、ジェイクがアーレに夢中になっているのを応援してしまっている。


 オスカルが止めていれば、こんな面倒なことになっていなかった。


 ただ、オスカルもジェイク殿下に、「それでは王になった際に困るのでは?」と一応は忠告したらしい。


 だが、それに対してジェイクは「俺は真実の愛を見つけた。王位などいらぬ!」と返したらしい。


 オスカルは手紙に「その心意気に感動しました。自分はこれからもジェイク殿下を応援したいと思います」と書かれている。


 子爵が膝から崩れ落ちる。


「バカ息子ぉぉぉ! そこはお前がフォローするところだぞ! 応援していないで、殿下を諌めろぉぉぉ!」


 子爵は「これではユリウス殿下を笑えないではないか」と、力なく呟いていた。


 ジェイクの兄であるユリウスは、女に誑かされた。


 そしてジェイクは男に誑かされた。


 妻が悲しそうに笑っている。


「兄弟揃って一体何をしているのかしら? このままだと、本当に王国は詰むわよ。というか、もう詰みかけたばかりなのに」


 ここ数年で目まぐるしく状況が変わっている。


 少し前の内乱など、本当に国が割れるところだった。


 その危機を脱したと思えば、次は王太子候補のジェイクが男に恋して継承権を放棄すると言い出している。


 子爵がオスカルの手紙を妻から受け取り、悲しそうに呟き先を読む。


「終わった。もうホーガン家も終わり――ん?」


 だが、先を読むと徐々に子爵の顔に生気が戻ってくる。


 立ち上がると妻に抱きついた。


「ど、どうしたの、貴方!?」


「喜べ! 私たちの息子はやはりやればできる子だ!」


 ちょっと筋肉バカで心配もした息子だが、続きにはこうある。


『追伸――バルトファルト家の長女であるジェナさんとお付き合いをしております。実は子供ができたと言われました』


 妻がそれを見て叫ぶ。


「追伸で書くことじゃないわよぉぉぉ! そこをもっと詳しく書きなさいよぉぉぉ!」


 手紙には「大丈夫な日だと言われたのですが」云々と書かれており、自分たちの息子が騙されたと分かる。


 だが、子爵は大喜びだ。


「バルトファルト家と言えばリオン殿が公爵だ! オスカルの伝で、我々もそちらの派閥に参加できる!」


 しかし、妻は心配した顔をしている。


 何しろ、息子を罠にはめた女が嫁に来るのである。


「で、でも、大丈夫なのかしら? お相手の年齢からすると、丁度酷かった時の子よ?」


 酷かった時とは、学園の女性優遇が行きすぎていた頃の生徒という意味だ。


 その頃の女子と聞けば、警戒だってしてしまう。


 子爵の妻は伯爵家の出身であり、専属奴隷を連れ回さない女子だった。


 そのため、余計にジェナを警戒する。


「確かにお前の不安も理解できる。だが、公爵は親族に対して甘いと聞く。問題がある女性ならば――いや、問題があればきっとこちらに負い目を持つだろう」


 そこにつけ込むと子爵は意気込む。


 何しろ、リオンは現在では間違いなく王国の英雄である。


 そして、王家とも深い繋がりを持っており、今後は国の中核を担う人物だ。


 そんなリオンと縁が出来ると思えば、悪くない話だった。


 妻は悲しんでいた。


「オスカル――本当にお馬鹿なんだから。あれだけ学園の女子には気を付けなさいと言ったのに」


 子爵が妻を強く抱きしめる。


「我慢してくれ。これも家のためだ。私たちで息子を支え、ホーガン家を存続させるぞ」


「――はい、貴方」


 後日、二人の予想通り――予想以上のことが起きた。


 リオンが父であるバルカスを伴い謝罪に来たのである。


 子爵は心の中でガッツポーズをした。



 ジェナがやりやがった。


 妹のフィンリーといい感じだったオスカルを横から奪い、おまけに妊娠した。


 おかげで家族は迷惑している。


 幸せいっぱいという感じのジェナに対して、フィンリーは酷く冷たい目を向けていた。


 まぁ、とにかく――。


「――やり方が汚ぇよ」


 俺と一緒に相手の家に謝りに行った親父は、頭を抱えていた。


「よりにもよって、宮廷貴族の子爵家なんて――これからのお付き合いを考えると胃が痛いぞ」


 相手の家は殿下の乳母を務めるような家だ。


 王家から信用されている証拠であり、家柄もしっかりしている。


 そんな家にジェナが嫁ぐことになり、親父は胃を痛めていた。


「それにしても、子爵は優しかったね」


「逆にそれが怖いけどな。俺は、よくもうちの息子を誑かしてくれたな! って怒られるかと思ったぞ」


 普通ならこちらが怒る立場なのに、ジェナのやり方が酷すぎて謝罪する羽目になった。


 子爵さんが良い人でよかったけど、良い人たちを騙した感じが出て心が痛い。


 親父が疲れた顔をしている。


「――こんなことなら、もっと早く結婚させておけば良かった」


 幸いにしてオスカルは子供ができたと聞いて喜んでいた。


 学生で子供ってどうなの? と思ったが、相手もうちも貴族だ。


 そこは問題ないらしい。


 ただ、ここで俺は思うのだ。


「どうして俺が謝りに来ているんだろう?」


 ジェナのために頭を下げている俺って、前世でマリエのために尻拭いをしていた頃から何も変わっていない気がした。


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