思い出
冬休み。
ミアはアルバムを開いていた。
ルクシオンが用意してくれたアルバムは、色がつきとても綺麗だ。
寮の自室で、写真を見てこれまでを思い出す。
「楽しかったな~」
学園での生活がまとまっている。
リビアと一緒に勉強をしている写真もあった。
アンジェと一緒にドレスを買いにいった写真や、ノエルとダンジョンでお宝を見つけた写真もある。
夏期休暇前のパーティーでの写真では、フィンが大勢の女子に囲まれていた。
ドレスを着たミアの写真もある。
二学期には、文化祭やら体育祭の写真が多い。
文化祭での思い出は、マリエプロデュースの喫茶店だ。
ユリウスたちをはじめとした男子たちが、女子を接客するという変わった喫茶店だった。
スーツ姿のリオンが、凄く嫌そうな顔をして参加している。
フィンは少し緊張した様子だ。
ジェイクやオスカルの姿もある。
「色々とあったな~……本当に色々とあったよね」
喫茶店に押し寄せる女子。
フィンは女子にもみくちゃにされ、他の男子も同様だ。
それを見てリオンが笑っている写真もあったのだが、クラリスたち卒業生に囲まれたリオンが冷や汗をかいている写真もある。
アンジェとリビア、そしてノエルも出て来て女子たちと言い合いをしている写真もあった。
「あの時は怖かったけど」
もみくちゃになる男子たち。
修羅場になるリオン。
それを見た名前も知らない青髪の男子が大笑いをしていた。
そして――次のページでは、ジェイクが他の男子たちとアーレをかけて決闘している写真が出てくる。
遠い目をしたリオンとフィンが印象的だ。
「――色々とあったなぁ」
ミアも遠い目をする。
「本当に色々とあったなぁ」
アーレ先輩が実は男だった。
だが、ジェイクは「それでも構わない!」と堂々と宣言した。
写真を見れば、頭を抱えているリオンやアンジェ。
フィンは両手で顔を覆っていた。
複雑そうな表情をしているユリウスの姿もある。
だが、ユリウスも自分のことがあるためか、最後には「応援するぞ」とジェイクに声をかけていた。
兄弟仲は、今までにないくらいに良くなったようだ。
(王国はこれで良いのかな?)
王族の男子が、二人揃って王太子の地位を蹴った気がするミアは少し不安になる。
ページをめくった。
体育祭では、リオンが賭け事で荒稼ぎをした写真があった。
エリカに冷たい目を向けられており、その後すぐに謝罪している。
ミアも大会に出場して、三位に入賞できて嬉しかった。
フィンがこれでもかと褒めてくれた写真は、ミアは照れて俯いている。
「修学旅行も良かったな」
大きな飛行船で向かった先は、リゾート地だった。
水着で並んだ女子たち。
サングラスをかけてシャツを着た柄の悪い男子たち。
ミアに声をかけてきた男子に、フィンとリオンが絡んでいる写真もあった。
リオンはその後、アンジェとリビア、そしてノエルに連れて行かれる写真もある。
沢山の楽しい思い出たち。
だが、一番はこれだ。
「夏期休暇の温泉は良かったな」
マリエとエリカ、そしてミアが温泉に入っている写真。
クリスとグレッグが、露天風呂ではしゃいでいる写真もある。
リオンとフィン、そしてマリエが、お米を食べて大喜びしている写真。
周囲がそれを不思議そうに見ている。
ミアも食べてみたが、初めて食べたのでよく分からなかった。
ページをめくれば、女性たちが怖い顔をしている写真がある。
アンジェがマリエの像に向かって、大きなハンマーを振りかぶっている写真。
リビアがそれを止め、自分はノミやカナヅチを持っている写真。
ノエルは魚釣りをしていた。
ミアがリオンと肩を抱き合った写真がある。
その次には、武器を持ったフィンにリオンが追いかけ回されていた。
次に、フィンがエリカと撮った写真がある。
その後は、お約束のように武器を持ったリオンにフィンが追い回されている写真がある。
写真の中のフィンは、とても楽しそうにしていた。
「花火も綺麗だったなぁ」
フィンと一緒に浴衣を着て、綺麗な花火を見ることが出来た。
沢山の写真があった。
「また、みんなで遊びたいな」
叶うかどうかは微妙だが、また楽しい学園生活を送れたら嬉しいと考える。
ドアからノック音が聞こえてくる。
「は~い」
相手はフィンだ。
ドアを開けたフィンは、婚約式に参加するためにスーツを着用していた。
「ミア、そろそろ出発しよう」
「はい!」
今日はエリカとエリヤの婚約式の日だ。
◇
婚約式の会場。
参列する人たちの中にいたのは、姉のジェナ――妊婦だった。
隣に立つオスカルが、俺に手を振ってくる。
「お義兄さん、この間のプロテインは最高でした! おかわりを所望します」
「――お前、本当にそれでいいのか?」
ジェナが俺を睨んでくる。
「何よ? 文句でもあるの?」
オスカルは勘違いをする。
「ジェナさんは素敵な女性ですよ」
「プロテインの話だよ! 毎回、筋肉の話ばかりしやがって! あと、その年齢で子供ってどうよ!?」
オスカルは笑顔で照れていた。
「両親は『よくやった!』と褒めてくれましたよ。確かに少し早いですが、跡継ぎが生まれてくれるのはいいことですからね。それに、個人的に楽しみですし。ただ、両親が『これでうちは安泰だ!』と大喜びしていたのが気になりますね」
ジェナが俺に耳打ちをしてくる。
「ほら、ジェイク殿下が王位を蹴ったじゃない? あんたに近付けるから、義理の両親が大喜びしているのよ」
「――義実家に迷惑をかけてないだろうな?」
「ゾラやメルセを見て、さすがに私も反省したわ。アレはないって思ったから、今後は慎ましく幸せに生きるの。――だから、邪魔をせず、大事な姉を支援してね」
ジェナから視線をそらして、フィンリーを見た。
こちらを複雑そうな表情で見ている。
オスカルが手を振る。
「フィンリーさんもこっちに来てください」
――止めろよ! いたたまれないんだよ!
俺が逃げようとすると、ジェナが俺の腕を掴む。
「ちょっと、逃げないでよ。私もちょっと悪かったと思っているんだから」
「ちょっと!? お前、反省してないだろ!」
「いいから、フィンリーにも誰か紹介してよ。出来れば、オスカルよりも少し劣るくらいがベストね。ほら、家族のバランスってあるじゃない」
「お前はオスカルの前で一生猫をかぶっていろよ」
フィンリーが来ると、オスカルがジェナのお腹を見る。
「もうお腹を蹴るんですよ。フィンリーさんも確かめてみますか?」
「う、うん」
ジェナのお腹を触るフィンリーは、どこか嬉しそうにしていた。
このまま姉妹が和解してくれることを祈るばかりだ。
「リオン、あんたも触ってみる?」
「いいのか?」
ジェナがそう言って、俺にお腹を触るように言うのだ。
「今から私の子を可愛がってもらうようにしないといけないからね。あんた、甥や姪に甘そうだから」
「――そ、そんなことないし」
視線をそらしつつジェナのお腹を触ると、元気よくお腹を蹴っていた。
――何だろう。
命って凄いね。
◇
正式な婚約を行う式典。
参列者は大貴族と関係者たちだ。
女神の前で結婚することを誓うだけだが、それでも貴族になると意味が大きくなってくる。
白いドレスを着用したエリカが入ってくると、リオンが右手で顔を隠して泣いている。
嗚咽が漏れていた。
「エリカ」
その隣では、マリエが大粒の涙をこぼしながら泣いていた。
「エリカァァァ」
そして、その隣には号泣しながらハンカチを噛みしめているローランドの姿があった。
「エリカァァァ!」
女性陣はドン引きである。
アンジェやリビアは恥ずかしそうにしており、ノエルの方は笑ってみていた。
怖いのはミレーヌだ。
微笑んではいるが、どこか冷たい気がする。
参列した貴族たちも困惑している。
エリカとエリヤが、女神の前で婚約を誓う。
すると、ローランドが涙を拭いながら言うのだ。
「エリヤ――もしも、エリカを泣かせるようなことがあったら、この小僧をお前にけしかけてやるからな!」
小僧というのはリオンだ。
その扱いに、リオンがローランドに抗議をする。
「どうしてお前の命令に従うんだよ、この仮病野郎。だが、エリカを泣かしたらその時はけしかけられる前に――俺が潰す」
マリエも同様だ。
「嫁いびりをしたら、リオンに泣きついて実家を燃やしてやるんだから」
エリカ可愛さに物騒な発言を繰り返す三人を見て、周囲は苦笑いをしていた。
アンジェがリオンの耳を引っ張る。
「そこまでにしておけ。リオン、無事に婚約式も終わったんだ。お前には仕事もあるだろ」
この婚約式――というよりも、エリヤの後ろ盾になっているのはリオンである。
色々と段取りをしたのはアンジェだが、リオンにも仕事があった。
参列者などへの挨拶だ。
「挨拶苦手なんだよね」
「お前の場合は、嫌がって避けているだけだ。ほら、行くぞ」
リオンが連れて行かれる。
◇
エリカは婚約式が終わると、着替えのために控え室にいた。
リビアとノエルの他には、侍女たちがいて片付けを行っている。
「エリカ様、綺麗でしたよ」
リビアがそう言うと、鏡の前に座っているエリカは微笑むのだ。
「ありがとうございます」
ただ――どこか悲しそうな顔をする。
それを見逃さないのはノエルだった。
「何か気になることでもあった?」
エリカは首を横に振ると、黒髪が揺れるのだった。
「違います。何だか夢のようだったので」
エリカにしてみれば、自分の晴れ姿をマリエにもミレーヌにも――そして、リオンやローランドにも見せることが出来た。
ただ、とても申し訳なく思うのだ。
エリヤのことを考えれば、婚約式などしない方が良かった。
リビアが手を合わせて喜んでいる。
「白いドレスっていいですよね。とても特別な感じがしますから」
「あたしも着てみたいな」
そう言うノエルに、リビアが笑顔を向ける。
「卒業式後に、婚約式が出来るじゃないですか」
リオンとノエルの婚約式だ。
エリカは思う。
(それまでに、私の命は持つかな? ――難しいかな)
あの乙女ゲーには大事な設定がある。
三作目をやりこんだエリカにしか分からない設定だ。
リオンもマリエも、そしてフィンも知らなかった。
気付き難い設定であり、ほとんど表に出てこない裏設定だ。
本来、エリカの立場は悪役であり、最終的に追放されてしまう。
だが、それで終わりではない。
終わらないのだ。
――エリカは黙っていたのを申し訳なく思う。
穏やかな空間で、急にドアが開くと侍女たちが背筋を伸ばしてお辞儀をする。
入室してきたのはミレーヌだ。
「――エリカと二人きりにさせてもらえるかしら。親子だけで会話がしたいの」
そう言われて、リビアもノエルも拒否できずに部屋を出ていく。
エリカがミレーヌと二人きりになる。
ミレーヌは言うのだ。
「エリカ、貴女は私の期待以上の働きをしてくれたわ」
「母上?」
ミレーヌがエリカの後ろから抱きつくと、鏡越しにエリカを見ていた。
「婚姻を結ばずに、これだけの成果を出せたのは凄いわよ。バルトファルト公爵を手玉にとって、自分は大好きなエリヤ君と結婚も出来て――羨ましいわ」
女のドロドロとした感情がそこにあった。
娘への愛情やら嫉妬が入り交じった顔を見て、エリカは察する。
自分を必要以上に強く抱きしめるミレーヌの腕に、手を置いて優しく語りかけるのだ。
「母上のおかげです」
「――貴女の実力よ。私が欲しても手に入らないものを、貴女は袖にしても許される。どんな手を使ったのか、是非とも聞いておきたいわね。もう、いつ会えなくなるのか分からないもの」
「母上、私は何もしていません」
「魅力がある娘を持って、母として嬉しく思うわ。でもね、エリカ――女として、私はとても悔しいのよ」
涙を流すミレーヌは、娘に何を言っているのだという後悔が顔に出ていた。
エリカはミレーヌの手を優しく抱きしめる。
「母上は間違っていませんでした。ただ、リオンさんは、私を望んでいなかったんです」
「――羨ましいわ。それだけアンジェたちを愛していたのね。私は愛されなかったのに」
「私は母上を愛していますよ」
そう言われて、ミレーヌは腕の力を弱めるのだった。
「――ごめんなさいね。晴れの日に酷い姿を見せてしまったわ」
「いえ、母上の苦労を考えれば、これくらい平気です」
エリカは、ミレーヌは立場的に政治を優先する傾向が強いと理解している。
それは間違ってはいない。
何しろ、政治を考えるなら、間違っているのはリオンたちだ。
ただ、個人的な意見を重視するなら、ミレーヌは間違っていただけだ。
(女尊男卑――元の世界なら、男親が娘のためを思って婚約者を決めるようなものかな?)
ミレーヌが涙を指で拭う。
「エリカ、貴女は幸せになりなさい」
エリカは、貴女“は”というところに、ミレーヌの覚悟を感じるのだった。
「母上、あ、あのね!」
リオンに頼めば――そこまで声が出そうになって、飲み込んでしまうのだった。
(駄目。伯父さんには頼れない。これ以上は駄目)
そこに、慌ただしく乱入してくるのはリオンだった。
部屋の外で待機していた侍女たちが止める声を無視して、乱暴にドアを開け入室してくるとエリカに近付いてきた。
「エリカ、大丈夫か?」
「え? な、なんで? 挨拶があるって」
「クレアーレがお前のピンチを知らせてくれたんだ。挨拶はアンジェに任せてきた」
自分を心配しているリオンに困惑するエリカは、鏡に映る冷めた目をしているミレーヌを見た。
エリカを心配するリオンを見て、愛憎入り交じった顔をしている。
(どうして伯父さんは)
前世の伯父と、今世の自分の母の関係にエリカは悩むのだった。
エリカがミレーヌを気にしているのを察したリオンは、そちらへと向き直るのだった。
「ミレーヌさん、どういうつもりですか?」
「――娘の晴れ姿を見て、声をかけたくなっただけよ。それにしても、随分とエリカを気に入ってくれたのね。――嬉しいわ」
張り付けたような笑顔のミレーヌに、リオンが距離を詰めた。
壁際まで追い込むと、互いの顔が拳一つ分程度の距離まで近付く。
(お、伯父さん?)
「あんた、娘を俺に押しつけてどうしたかったんだ? 俺はそんなことを望んじゃいなかった」
少し慌てるミレーヌだが、すぐに顔を引き締めて言い返す。
「もっとも血が流れない方法を、公爵も選んでくれると思っていたのよ。私の勘違いだったわ。そこは認めましょう」
ミレーヌがリオンに愛娘を託した理由だが、政治的な意味合いもあるが――それ以上に、自分が出来る精一杯のお礼でもあった。
アンジェには申し訳なく思う気持ちもあったのだろうが、アンジェの実家はレッドグレイブ家だ。
リオンを奪われてしまえば、自分たちは抵抗すら出来ないのだ。
だから、妥協できるラインとして、エリカを正妻にしてアンジェを側室にするという考えを提示したのである。
リオンがミレーヌの胸元に、人差し指を押しつける。
「あんたの勘違いはそこじゃない! 俺が欲しかったのは――エリカじゃない。あんただよ」
「――え」
ミレーヌの表情が徐々に崩れて、耳まで真っ赤にしてしまった。
「な、何を言うの! 私は人妻で、貴方とは歳の差があるのよ! エリカが相応しいと思ったから!」
そもそも、ミレーヌがリオンに嫁ぐなど不可能だ。
不可能と言うよりも、選択肢にもならない。
リオンが微笑む。
「関係ない。俺が欲しかったのは――ミレーヌさん、貴女だ」
「――リオン君」
エリカは思う。
(私は一体何を見せられているんだろう)
乙女の顔をするミレーヌを残して、リオンは部屋を去っていく。
「後は任せてください。俺が何とかしますから」
ミレーヌは、頬に手を当てて頷くのだった。
エリカはその気持ちを察する。
(母上、能力はあるから、今まで頼られる側だったのよね。だから、頼りになる男性がいると弱いのよ)
今日のリオンは見ていて別人のようだ。
夏期休暇前から、どこか一皮むけたような気がする。
というか、調子に乗っていた。
ミレーヌがエリカを見て、恥ずかしそうにしていた。
「な、なんだかごめんね、エリカ」
とても嬉しそうな母上の顔を見たエリカは、両手で顔を覆うのだった。
何しろ、今世の母親が前世の伯父に口説かれて、嬉しそうにしているのだ。
しかも、今世の伯父は、まだ十代だった。
複雑すぎる事情に、エリカも苦悩する。
(伯父さんが、何を考えているのか分からない)