勝者
魔装を解除したフィンは、黒い液体で染まった王都に降り立った。
ルトアートを取り込んだ魔装の破片が、触手を出して蠢いている。
破片は目玉を出現させ、フィンを見ると触手を伸ばしてくる。
『おっと、俺様の相棒に手を出すなよ』
ブレイブが前に出ると、触手がフィンから離れるのだった。
「黒助、頼む」
『おうよ!』
ブレイブに口が出現すると、そのまま魔装の破片を食べてしまった。
飲み込み、そして口を閉じる。
『うむ! 俺様パワーアップ!』
満足しているブレイブを見て、フィンは肩を回すのだった。
「面倒な連中が回収に来る前に終わってよかったな」
だが、その面倒な連中が来てしまう。
『相棒、お客さんだぜ』
王国の兵士たちとは違うローブをまとった男たちは、訓練されているのか動きが違う。
手にはそれぞれ武器を持っていた。
そして、ブレイブを見て驚いていた。
「完全体だと」
「現存していたのか」
「王国は魔装の完全体を保有していたのか?」
魔装について知識があるようだ。
そんな彼らを見て、フィンはアゴに手を当てる。
「ラーシェル神聖王国だったか? あんたら、とんでもない連中を敵に回したな」
リーダーらしき男が剣を抜いてフィンに襲いかかった。
「捕らえろ。連れて帰る!」
部下たちも動き出す中、フィンは落ち着いている。
「黒助、やれ」
『ブレイブって呼んで欲しいのに』
落ち込むブレイブが、目を見開くと周囲に魔法陣が浮かび上がる。
電撃が周囲の兵士たちを襲い、全員の体が麻痺してその場に倒れて動かなくなった。
フィンは、リーダーらしき人物に近付く。
リーダーがフィンを見上げて言うのだ。
「お前は誰だ? バルトファルト侯爵ではないな?」
リオンについて随分と詳しい。
「帝国からの留学生だ。悪いが、友人を助けるために参戦させてもらった。それから、魔装は俺が処分したよ」
「な、何? お前、あれがどれだけ貴重なものか分かっているはずだ!」
慌て振りを見て、ブレイブが笑っていた。
『お仲間のなれの果てを見ているのも忍びないからな。俺様が食べちまった。ところで相棒、こいつらはどうするんだ?』
フィンが肩をすくめる。
「リオンに突き出すさ。後のことは任せるよ。俺は部外者だからな」
◇
学園の倉庫。
息を切らしたゾラが、ソファーに腰を下ろした。
髪を乱し、そして横たわるジェナを見て唾を吐く。
「小娘が調子に乗って私を馬鹿にするんじゃないわよ」
そんなゾラを見てから、メルセはフィンリーを見下ろすと腕を組んでニヤニヤしていた。
「なら、私はこっちをいじめるわ。あんた、昔から気に入らなかったのよ」
「な、何よ」
メルセがフィンリーの頭を踏みつけ、持っていた拳銃を向ける。
「ひっ!」
「怖い? でも、撃つわ。あんたらみたいな女が、私よりもいい暮らしをしているなんてあり得ないのよ。あんたら程度のゴミは、王都で遊んでいられる身分じゃないのよ」
自分が隠れ潜んで生活しているのに、この二人は王都で遊んでいた。
それがメルセには許せない。
震えているフィンリーを見て、グリグリと踏みつける。
「怯えろ。もっと怯えるのよ」
怯えたフィンリーの顔を楽しんでいると、急に目つきが鋭くなった。
「何よ?」
「今に見ていなさいよ。リオン兄さんがあんたらを絶対に許さないわ。言っておくけど、うちの兄さんたちはシスコンだからね。口では色々と言うけど、いざとなったら助けてくれるわ」
その言葉を聞いて、メルセはお腹を押さえて笑うのだった。
「馬鹿じゃないの。いくらあいつでも、化け物になったルトアートには勝てないわよ。あんたらも見たでしょう? 飛行船でも勝てない敵を、あのリオンが倒せるわけがないわ」
リオンの戦い振りを知らないメルセには、ルトアートが負けるとは思えなかった。
それはゾラも同じだ。
「外国から送りつけられた秘密兵器らしいけど、ルトアートもようやく役に立ったわね。まったく、男は本当に役に立たないわ」
メルセも肩をすくめている。
「そうよね。ま、元の王国を取り戻すために、命を捧げたんだからルトアートも本望でしょ。本人は最後まで命を落とすなんて知らなかったけど」
それを聞いてフィンリーが目を見開く。
「あ、あんたら、姉弟じゃない。なんで笑っていられるのよ」
「なんで? そんなの決まっているじゃない。男なんて、女のために命を賭けるものよ」
メルセは本気で言っていた。
その姿を見て、フィンリーは理解できないという顔をしている。
「この聖戦が終われば、私はお姫様よ。きっと公爵婦人になれるわ」
そんな夢みたいな事を言うメルセに、フィンリーが呆れるのだった。
「あんたみたいなのが公爵夫人になれるわけがないじゃない」
それを聞いて、メルセがフィンリーに銃口を向ける。
「そう。理解できないのね。なら、死になさい。リオンの屑野郎に、あんたの死体を見せつけてやるわ。シスコンなら、少しは心が痛くなるでしょう」
引き金を引こうとすると、倉庫内に隠れていた小さな丸い球体が拳銃に体当たりをした。
「痛っ! な、何よこれ!?」
慌てるメルセを見て、ゾラが苛立ちはじめる。
「何をしているの、この馬鹿娘! さっさとこいつらを処分しなさい!」
「わ、分かっています、お母様」
慌てて銃を拾おうとすると、倉庫のドアを開けようとする音が聞こえてきた。
鍵をかけており、中には入ってこられない。
メルセが驚くと、鍵を撃ち壊して中にリオンが入ってくる。
「久しぶりだな、ゾラ――メルセ」
リオンはショットガンを持っており、メルセが拾おうとした拳銃を撃って破壊した。
そのまま煙が出ている銃口を二人に向ける。
リオンは笑っていた。
「姉と妹がお世話になったようだな。お礼をさせてくれよ」
ゾラが立ち上がった。
「ぶ、無礼者! 女性に銃を向ける奴がいるものですか! そんなことだから、お前は駄目なのよ!」
ここに来て、まだ上から目線を崩そうとしなかった。
だが、リオンは言う。
「男も女も関係ない。殺せば糞の詰まった肉の塊だ」
実戦を経験したリオンの凄味に、ゾラもメルセも怯んでしまった。
リオンはナイフを取り出し、フィンリーの拘束を解く。
「姉貴を助けてやれ」
「う、うん」
絶対に銃口を自分たちからそらさないリオンに、メルセは震えながら聞く。
「ルトアートはどうしたのよ。外で戦っているはずよ」
リオンは表情を変えずに答える。
「俺が殺した」
「――あの役立たず」
メルセがそう言うと、リオンが問いかけてくる。
「それだけか?」
「お前に勝てないなんて、やっぱりあいつは愚図よね。男って本当に役に立たないわ」
メルセと同様に、ゾラも悔しそうにしている。
ただ、それは役に立たなかったからだ。
「ルトアート、なんて情けない子なのかしら」
「――息子を殺されてその程度の反応か」
リオンは少しだけルトアートを憐れんでいるようだった。
だが、すぐに気持ちを切り替える。
「お前らのクーデターは失敗だ。もう、逃げ回っている連中を捕らえるだけで終わる」
ゾラは、リオンの言葉を信じなかった。
「嘘を吐くな! 私たちが負けるわけがないわ。私たちは正しいのよ! 女性を苦しめる今の王国は間違っている! これを正す私たちが、負けるはずがないのよ!」
叫ぶゾラを唖然として見ていたリオンが、次第に笑いはじめた。
ゾラもメルセも、そんなリオンを見ていぶかしむ。
「ウケる。何? お前ら、女性のために立ち上がるって大義名分だったの?」
◇
俺に怯えるゾラとメルセを前にして、俺は笑うしかなかった。
隣に浮かんでいるルクシオンが呆れている。
『マスター、何がそんなに面白いのですか?』
「いや、だって今の話を聞いたか? 女性を苦しめる王国は間違っているってさ! 今は貴族連中が『男を苦しめた王国は許さない!』って怒っているから、こいつら似ているなって思ったんだよ」
『経緯が違いますよ』
「それは知っているし、俺自身が凄く理解している。さて――」
俺は二人を見ながら教えてやる。
「勘違いしているお前らに教えてやる。男だとか、女だとか関係ない。お前らが落ちぶれたのは、お前らの責任だ。分かるか?」
「な、何ですって」
ゾラが扇子を握りしめていた。
「落ちぶれたのはお前らのせいだ。親父を騙して、他の男の子を生んだ。結婚したのに協力もせず、ただ贅沢な暮らしを送っていた。男なら死んでもいいと、俺を殺そうともしたよな? 別に性別に関係なく、お前らが屑だから今の状態なんだよ」
メルセが俺に言い返してくる。
「嘘よ! 私たちを不当に冷遇したわ! いきなり追い出して、これまでの権利を全て否定したじゃない!」
こいつは世間に出たことのないお嬢様だ。
おまけに、今までの優遇を当たり前だと思っているから手に負えない。
「権力を失っただけだ。――お前らは負けたんだよ。大人しく地べたを這いずり回っていれば、生きていられたのにな。反逆罪は死刑だ。覚悟しておけ」
そう言うと、二人とも怒りで震えていた。
怒りたいのはこちらだが、話の通じない奴と議論するのは無駄である。
「それから、女を冷遇しているみたいに言わないでくれる? お前らと違って、賢い女性たちはちゃんと幸せを掴んでいるし、中には身分違いの恋を成功させた人もいるんだよ」
モットレイ伯爵の奥さんは、まさしくシンデレラストーリーだな。
こいつらは性別に関係なく、自分たちを優遇しろと騒いでいるだけだ。
男だろうが、女だろうが、駄目な奴は駄目だ。
――俺のようにね。
「お前らが落ちぶれている間に、幸せを掴んだ女性たちは多いぞ。何故だか分かるか? お前らが酷すぎて、まともな女性が女神に見えるからだよ!」
いや、本当にそうなのだ。
プレゼントをしたらお礼を言ってくれたと、俺の同級生がそう言って喜んでいた。
もう、そういうレベルだよ。
大体、こいつらが優遇されている時にも、まともな女性はいた。
アンジェたちだ。
それに、少数だが賢く生きていた女子はいた。
「賢い女たちは、今頃言っているよ。お前らのおかげで選り取り見取り。ありがとう、ってさ!」
ま、話など聞いていないから、何を考えているのか知らないけどね。
目の前の二人が何か言い返そうとしていると、俺の後ろにナイフを持ったフィンリーが立っていた。
二人を睨み付けている。
俺はフィンリーからナイフを奪い取った。
「殺すな。それ以外なら、何をしてもいいぞ」
「――分かった」
頷くフィンリーが、指を鳴らしながら二人に近付くのだった。
きっと、平手打ちをするつもりだな。
意外とグーで殴るかもしれない。
ただ、それぐらいは、ゾラとメルセの二人には甘んじて受けてもらうとしよう。
ルクシオンが俺に知らせてきた。
『マスター、ジルクがこちらに向かっているそうです。それから、オスカルも一人でこちらに向かっています』
「あいつも? ま、いいか。――すぐに人が来る。お前らは終わりだ」
顔を酷く歪め、俺を睨み付けてくるゾラとメルセに、フィンリーが低い声を出して威圧していた。
「姉さんをボコボコにした恨みもあるから手加減なんてしないわ。――ぶっ殺してやる!」
メルセが怯えていた。
「私は女よ。暴力を振るうつもり?」
「それがどうしたのよ。私も女よ。それから、あんたも分かっているわよね? 女の敵は――同じ女なのよ!」
フィンリーは二人に襲いかかると、まずはメルセの髪を掴んで顔面に――膝を叩き込んでいた。
鼻血を出すメルセが、顔を押さえて泣き出す。
「な、何をするのよ!」
「キーキー五月蠅いのよ」
髪を無理矢理振り回すものだから、投げ飛ばした際に結構な数の髪をフィンリーは握りしめていた。
壁にぶつかり、メルセが気を失うと――フィンリーは、次にゾラに襲いかかる。
「散々やってくれたわね。お前は前から嫌いだったのよ」
「や、止めて。待って、降参するから――ぶっ!」
馬乗りになって拳を何度も叩き付けるフィンリーを見て、俺は震えてしまった。
もっと女の子らしく平手打ちとか、その辺りを想像していた。
なのに、今は目の前で妹が暴れ回っている。
「おら、どうした! 姉さんはもっと蹴られたのよ! この程度で終わると思うんじゃないわよ!」
両腕を振り回し、ゾラの顔を殴るフィンリーの拳には血がついていた。
「ゆ、ゆるじ――で」
――ドン引きだ。
俺が震えていると、倉庫に入ってくるのはオスカルだった。
「フィンリーさん! 助けにきま――した」
どうやら、フィンリーを助けたくて駆けつけたらしい。
だが、フィンリーはゾラやメルセをボコボコにしている。
「逃げるなぁぁぁ!」
「ひっひぃぃぃ!」
俺はフィンリーを止めるために声をかけた。
だって、オスカルもドン引きしているから、早く止めないと大変なことになりそうだから。
「お、おい、もういいだろ。相手は女だぞ」
容赦なく顔を攻撃するフィンリーは、とても恐ろしかった。
振り返ったフィンリーが、俺に向かって叫ぶ。
「それが何よ! 私も女よ! だから問題ないわ!」
「いや、でもやり過ぎ――」
「この程度じゃ、私の気が収まらないわ! 叩ける時に、しっかり叩くのよ!」
髪を振り乱して、再びゾラを殴りはじめるフィンリーが怖かった。
オスカルも同様で、今はジェナを介抱している。
「大丈夫ですか、お姉さん」
「オスカル様? は、恥ずかしいから見ないでください。こんな顔を、貴方には見せられません」
しおらしい態度が、フィンリーのこともあって神々しく見える。
「そんなことはありません。辛かったでしょう。助けるのが遅くなって申し訳ない」
「いえ、助けに来てくれただけでも嬉しいです」
ジェナの手を取って涙を流しているオスカルは、悪い奴ではないのだろう。
だが、そんなオスカルの心につけ込む女がいた。
「オスカル様――私のために泣かないでください。こんな汚れてしまった私のためなんかに」
その汚れた、ってどういう意味かな? 色んな意味で汚れた、って意味?
オスカルは、ジェナの手を握りしめる。
「貴女は汚れてなんかいません。ジェナさん――貴女は美しい」
――は? こいつ何を言っているの?
「オスカル様!」
ジェナが抱きつくと、オスカルも抱きしめていた。
この状況が吊り橋効果にでもなったのか、オスカルは血迷ってしまう。
「ジェナさん、自分に貴女を守らせてください!」
「――はい」
オスカルに見えない位置で、ジェナが拳を握って「やった!」という顔をしている。
そして、俺に「変なことを言ったら許さない」という目をして睨んでいた。
――こっちもドン引きだ。
すると、メルセとゾラの髪を握り、引きずって持って来たフィンリーがその光景を見て二人の髪を手放す。
「う、嘘」
床に頭部を打ち付けられるメルセとゾラは、気を失っていた。
俺は返り血で顔や服、そして拳を赤く染めたフィンリーを見て顔をそらした。
ルクシオンが冷静に告げる。
『マスターの姉君は、無事に結婚できそうですね。王都住まいのお金持ち、そして自分の好みの男性という条件もクリアしており、まさに望んだ結果通りかと』
フィンリーがプルプルと涙目で震え、血だらけの手を握っている姿を見て俺は呟く。
「だからやり過ぎだって注意したのに」
結果的に、ジェナは自分の望む男性を手に入れてしまった。
姉妹で一人の男を奪い合うなんて――駄目だと思いました。