エリカとミア
上級クラスの教室。
一年生たちが集まるのは、今年入学した中で一番話題の――王女様の席だった。
「エリカ様、私はルノール子爵家の――」
「私は伯爵家の――」
「じ、自分は男爵家跡取りの――」
普段、表にあまり出てこないエリカに自分を売り込む生徒たち。
その大きな要因は、リオンとエリカが婚約していることにある。
エリカ単体でも人気は高いのに、そこに王国一と言われる戦力が加わるのだ。
自分を売り込むために多くの生徒が必死だった。
教室内で、二人だけで座っているのはミアとフィンだ。
「お姫様、凄い人気ですね」
遠くから見ていても、とても綺麗なお姫様だと分かった。
ミアも女の子であり、エリカに憧れを持つ。
だが、フィンは普段以上に警戒しているようだ。
「――そうだな。だが、自分を売り込む貴族の子弟が多すぎるな」
離れて座っているのは自分たちと――エリカたちを複雑そうな顔で見つめている一人の男子だった。
ポッチャリ系の男子は、寂しそうに座っている。
「誰だ?」
一人距離を取る男子に興味を持つフィンだが、相手が誰だか分からないようだ。
ミアは教室内に視線を巡らせる。
(今日からここで勉強するんだ)
ワクワクするミアに対して、フィンはどうにも焦っている様子だった。
「おかしいな。王子様が来てもいい頃だろうに」
ミアは、そんなフィンに教える。
「騎士様、王子様は謹慎室に送られたと聞きましたよ」
「ほ、本当か!? どこで聞いた?」
自分は知らなかったぞ、というフィンに対して、ミアはどこで聞いたのかを言えなかった。
「え、えっと、あの――教室に来る途中で」
嘘だ。
実は女子トイレで聞いたのだ。
「俺も情報集めのために周囲の会話は聞いていたが、そんな会話はなかったぞ。だが、あの王子が来ないとなると面倒だな」
普段以上に周囲を警戒するフィンを見て、ミアは落ち着いて欲しいと思うのだった。
◇
(くそっ! いきなり王子が謹慎室送りとか、予想外にも程があるぞ)
フィンが慌てている理由は、入学式後にある王子様との出会いイベントだ。
俺様系のジェイクとの出会いは、教室で起きることになっている。
それも、意地の悪いエリカと――その婚約者である侯爵家の跡取りが絡んでくるのだ。
表面上はただの挨拶なのだが、棘のある言い方をしてくる。
そこに現れるのがジェイクなのだが、そもそも教室にいないのが問題だ。
(こうなれば、ミアを教室から連れ出すか? いや、だがもうすぐホームルームの時間だ。いきなり授業を欠席するのはまずいし、ミアが許さないか)
色々と考えているが、先程からおかしいことがいくつもある。
まず、エリカの周りに人が多すぎる。
あれではこちらに来られない。
次に、その婚約者である【エリヤ・ラファ・フレーザー】が見当たらない。
(エリカとかエリヤとか、似たような名前をしやがって)
きっと制作者が面倒だから、似たような名前にしたのだとフィンは思っていた。
ただ、エリヤの外見はエリカとは大違いだ。
醜く太った男子――それがエリヤだ。
なのに、どこにも見当たらない。
目立つ外見なので、絶対に見つかるはずなのだが――見当たらない。
(いきなり予想外のことが多すぎて、対処に困る!)
フィンが頭を抱えたくなっていると――教室に一人の女子が入ってきた。
プリプリと怒っている。
「何よ。せっかく期待したのに、兄貴の方がいいってどういうことよ!」
そんなフィンリーをなだめているのは、厳つい顔をしたオスカルだった。
「フィンリーさん、申し訳なかった。まさか殿下が男子を望まれるとは思わなかった」
「――オスカル様、自分の間違いに気が付いています?」
「ま、間違い? 自分に何か落ち度が?」
何やら意味の分からないことを言って、二人は席に座っていた。
(何なんだ? というか、あの背の高い男子はオスカルか? 何でいきなりミア以外の女子と仲良くなっているんだよ)
フィンは一度深呼吸をする。
(落ち着け。ゲームとは違うんだ。予想外のことが起きても、俺が対処すれば問題ない。それに、攻略対象の男子はジェイクやオスカルだけじゃない)
攻略対象の男子だが、ジェイクの他にオスカルがいる。
同級生にはもう一人、攻略対象の男子がいるはずだった。
あと、上級生に一人。
来年には、下級生として年下の男子が入学してくる。
(五人の内、誰かとくっつけば問題ないんだ。その中に、俺がミアの相手と認められる男がいて欲しいな)
考え込んでいると、教室内に教師が入ってきた。
◇
一年生の教室に設置したカメラが壊されていた。
「――野郎、やりやがったな」
これではエリカを見守れないではないか!
そう憤っていると、肩を叩かれる。
「リオンさん、ホームルーム中ですよ」
隣に座るリビアに注意された俺は、姿勢を正して黒板を見る。
教師が色々と今後について話をしていた。
「皆さんは最上級生として、下級生の手本とならねばなりません。特に、学年を代表する生徒には気を付けて欲しいですね」
俺の方をチラチラ見てくるので、リビアとは反対側に座るアンジェを見た。
「アンジェも大変だね」
「私じゃないぞ。リオン、お前のことだぞ」
「何で?」
「――お前は跡取りではなく、本物の侯爵だからな。学生の身でありながら、お前の立場は本物だ。当然、私よりも扱いは上になる」
少し離れた位置に座るユリウスたちに視線を向けると、アンジェは首を横に振る。
「言うな。王国からすれば、今のユリウス殿下にはお前ほどの価値がない」
アンジェにそんなことを言われるユリウスだが、他の馬鹿共とマリエを囲んで楽しそうにしていた。
「今日は串焼きを食べに行きたいな」
「ユリウス、あんた昨日も屋台巡りをしていたじゃない」
「今日は違う屋台を回るつもりだ。マリエもどうだ?」
「毎日串焼きとか飽きるわよ」
「そうか? 俺は飽きないぞ。店によって味も違うし、毎日でも問題ない」
串焼きに取り憑かれてしまい、買い食いをするのも全て串焼きという可哀想な王子になってしまった。
ホルファート王国の未来は暗いな。
何しろ、ユリウスはもう王にはなれない。
そして、王太子候補のジェイクは痛い奴だ。
この国は終わったな。
まぁ、エリカのために俺が裏から支えるしかない。
そう、エリカのためだ。
両親の最期を看取ってくれたエリカのために、俺は出来る限りのことをすると決めたのだ。
教師の説明を聞く。
「三年生は今後の進路を決めなければなりません。残り一年を有効に使ってくださいね」
そもそも、大学など存在しないため、受験のない三年生だ。
ただ、受験の代わりに就職活動があるくらいか?
それも、コネがあればすぐに決まる。
「俺はどうするかな?」
本気で悩んでいると、リビアが少し驚いた顔をしていた。
「リオンさん、ちゃんと考えていますか?」
「あぁ、ちゃんと引きこもりたいと考えているよ」
アンジェが俺の腕を掴む。
「おい、もっと真剣に考えておけよ。領主になるのか、それとも宮仕えなのか、それすら決めていないのでは、私も手伝えないぞ」
どこかに土地をもらって領主になるにしても、俺の立場ではどこか大きな領地を押しつけられそうで怖い。
最悪、国境に配置される可能性すらある。
かといって、宮廷貴族になるのも問題だ。
宮廷貴族になれば、あのローランドの下で働かなくてはならない。
――そんなのは嫌だ。
結果、どちらも嫌ということになる。
「難問だな」
「早く決めてくれ。そうすれば、私も色々と動けるからな。それから――リオン、あまり私の実家を頼らない方がいい。できるだけ早く独立するぞ」
「え、どうして?」
アンジェが周囲に聞こえない声で呟いた。
「――父上や兄上が何か企んでいる」
「え、嘘? 俺、明日には二人に会うんだけど? 呼び出されたよ」
「おい、私は聞いていないぞ」
怒るアンジェに、両手で顔を押さえるリビア――何やら公爵家が動いているようだ。
◇
フィンとはぐれてしまったミアは焦っていた。
「えっと、こっちはさっき来たような――あ、あれ?」
女子寮へと向かっているはずなのに、どうにも違う場所に来ていた。
――迷ってしまった。
「おかしいな。こっちのはずなのに――っ!」
急に胸が苦しくなってくる。
「ま、まただ。最近苦しい」
以前から苦しくなる間隔が短くなってきている。
自分の体がおかしいことには気が付いており、とても不安だった。
迷ったことで心細くなり、胸が苦しくなると余計に焦る。
すると――黒髪の綺麗な女子が近付いてきた。
(お姫様?)
手を伸ばして、そのままミアの体を支えてくれる。
「大丈夫? 立てる?」
どうしてお姫様が一人でこんな場所にいるのだろうか?
近くにあったベンチに座る二人は、そのまま話をする。
「落ち着いた?」
「は、はい。ありがとうございます」
段々と落ち着いてきたミアは、お礼を言うとエリカの顔を見る。
とても優しい笑みを浮かべていた。
「そう、よかった」
「あ、あの、お姫様ですよね? その、私なんかと話しをしていいんですか?」
普段、取り巻きがいっぱいいるエリカにミアは近付けない。
周囲も近付くな、という雰囲気を出していた。
だから近付かなかったのだが、エリカは気にした様子がない。
「問題ないわよ。クラスメイトだもの。仲良くしてくれると嬉しいわ」
「はい! えっと、私の名前は――」
「ミアさんでしょう? 知っているわ」
名前を知ってもらえていたと思い、嬉しくなるミアは照れていた。
だが、エリカは少しだけ悲しそうに微笑んでいた。
「どうかしました、お姫様?」
「エリカでいいわよ。それから、何も問題ないわ」
呼び捨てでいいと言うエリカに、ミアが感動していると一人の女子生徒が駆けてくる。
「エリカァァァ! ここにいたのね! 何でいなくなっちゃうのよ!」
エリカが苦笑いをしながら立ち上がる。
「ごめんなさい。かあ――マリエさん」
金髪の女子が息を切らし、そしてミアを見ると目を見開き、驚く。
「え、えっと――お友達?」
「はい」
エリカが肯定すると、マリエは「そっか――」と言って、ミアにも挨拶をしてくる。
「私は三年生のマリエよ。ミアちゃんよね?」
「は、はい!」
(あれ? この人はどうして私の名前を知っているんだろう? 留学生ってやっぱり目立つのかな?)
同級生かと思ったら、三年生の先輩だった。
「とりあえず、二人とも女子寮に行くわよ。私が案内するから付いてきなさい」
エリカは少し恥ずかしそうにしていた。
◇
茂みの中。
マリエたちが消えると、フィンが姿を現す。
先程から様子をうかがっていたのだ。
なら、どうしてミアを助けなかったのか?
それには理由がある。
「出て来たらどうだ?」
ブレイブが目を血走らせ、最大限に警戒している。
『相棒、やっぱりだ。――あいつらは危険だ』
フィンと同じように茂みから出てくるのは――リオンだった。
その横には、メタリックな球体に赤い瞳を持つ物体が付き従っている。
(黒助と同じ? チートアイテムなのか?)
リオンもこちらを警戒している様子で、その隣のチートアイテムは興奮しているように見える。
「留学生――いったい何が目的だ?」
『マスター、奴らは危険です。すぐに処理するべき敵です!』
こちらを敵と断定するチートアイテムに、フィンも警戒を強める。
ブレイブは、
『負け犬の残骸が、調子に乗るなよ! 相棒、すぐに俺をまとえ!』
「馬鹿! ここでお前を使ったら、ミアも危ないだろうが!」
それは向こうも同じだった。
空に――透明な何かが浮かんでいる。
それを見てブレイブが一つ目を見開き『糞が! 最悪一歩手前なのが出て来やがった』と吐き捨てるように言う。
「ルクシオン、誰がお前の本体を出せと言った?」
『マスター、アレは新人類の兵器です。しかも、完全体ですよ』
「ここで暴れるなって言っただろうが!」
『敵は待ってくれません』
その様子から、リオンもここで戦いたくないというのが伝わってくる。
フィンは汗を拭う。
(黒助がここまで警戒するとなると、かなり厄介だな。出来るだけここでは戦いたくない。なら、いっそ――)
そう考えていると、相手も同じ気持ちだったようだ。
リオンから提案してくる。
「とりあえず、話をしようじゃないか。――少し付き合えよ」
『マスター、危険です! 破壊の許可を!』
「駄目だ。――こいつら次第だ」
その誘いに、フィンも乗る。
「いいだろう」
『相棒! あいつらを信用するな。あいつは――あの兵器は危険だぞ!』
「ここで戦うよりマシだ。――相手の話を聞いてやるくらいしてやる」
互いに警戒心をむき出しにしながら、一定の距離を保ち歩き出す。
ブレイブも――そしてルクシオンも互いをかなり警戒していた。
『相棒、あいつは上に待機している戦艦の子機だ。本体は上の戦艦だぞ』
「――全体がよく見えないな」
飛行船の姿は、光学迷彩で隠れており、言われなければ気が付かない。
「ブレイブ、お前はあいつらに勝てるか?」
『すぐにあの機械野郎のマスターを殺すことをお勧めする。勝てなくはないが、こっちにも相当な被害が出る』
チートアイテムであるブレイブにここまで言わせるのだ。
相当危険というのがフィンには分かった。
(さて――これからどうなるか)
最後に、ミアと話をしておきたかったと思いながら、フィンは覚悟を決める。
(最悪、こいつは刺し違えてでも俺が止める)




