幕間 クレアーレレポート五章その2
「私ってばお金持ちよねぇ!」
人型のボディーに入ったクレアーレは、札束の前で両手を広げていた。
ボディーの形状は、背の高いスレンダーな女性だ。
胸は大きくも小さくもないが、眼鏡をかけてインテリ風に見えている。
商売でエステを始めてみたら、需要はあるため客が多い。
他にはないサービスが受けられると、連日大盛況だ。
「ふははは――ただの紙切れで騒いでみたけど、あんまり嬉しくないわね」
人工知能であるクレアーレは、札束の一つを手で掴み眺める。
その周囲に浮かぶ部下のロボットたちが、「ぴぴぽぽ!」と何かを注意していた。
「五月蠅いわね。忘れていないわよ。情報収集もちゃんとやっているわ。けど、この国って面白いわね。いえ――新人類が面白いのかしら?」
エステを経営して分かったことがある。
それは、女性が今まで以上に美容にお金をかけているという事実だ。
今までの価値観が崩壊したのに、むしろ女性向けの店が儲かっていた。
これまでと違い、女性を優遇する風潮が消えていくのに、だ。
「女性向けのサービスをする店は減ったけど、代わりにエステなんかは増えたわね」
美男子がサービスをするような遊ぶ場所は減り、代わりに自己投資の意味合いもあるエステなどが儲かっている。
見た目をあまり気にせずとも、これまでは男が集まってきた。
だが、事情が変わり、少しでも見た目を、ということだろう。
「おかげで予約がいっぱいで嫌になるわ。まぁ、ぼろ儲けだけどね! この程度で、これだけの対価をもらうなんて悪い気がするわ。でも、新人類相手に心なんて痛まない! 私に心があるか分からないけど!」
テンションの高いクレアーレだった。
マスターと同様に、何とも酷い人工知能である。
趣味で実験を行いつつ、情報も集めて小遣いも稼げる。
クレアーレのお金の使い道が、マリエに甘えられたいという歪んだものというのが救えない。
ロボットたちが、わざわざテーブルに用意した札束を片付けていた。
「ぴぽぽ」と、クレアーレに開店時間だと告げる。
「あら、もうそんな時間なの? 急いで開店しましょうか。今日はモルモ――じゃなかった、大事なお得意様が来られるわ」
口を三日月に歪め、大事なお客様が来るのを待つクレアーレだった。
◇
「アンジェ、王都で有名なエステが開店したそうですよ」
「エステ?」
学生寮。
アンジェの自室に押しかけたリビアは、チラシを見せていた。
それは、王都で人気が広がっているエステのものだ。
「暇がないな」
「そ、そうですか。疲れも取れると聞いたので、アンジェのためになればと思ったんですけど」
期間限定の格安サービス。
リビアのお小遣いでもどうにかなる値段だった。
残念がるリビアを見て、気持ちを察したアンジェが困ってしまう。
「分かった。休日に顔を出そう」
「はい!」
「それよりも、最近クレアーレを見ないな?」
アンジェが部屋の中を見渡せば、浮かんだ筒状のロボットが部屋を片付けていた。
クレアーレは、最近姿を見せていない。
「忙しいと言っていましたよ」
「リオンに何か頼まれたのか? それとも、何かあるのかな?」
情報収集で忙しいのか、それ以外で忙しいのかが気になるアンジェだった。
◇
「もう一押し! もう一押し!」
誰もいない店内で、手拍子をしているクレアーレは大喜びだ。
エステに通ってくれるアーレちゃんに、色々と吹き込んだ成果が出てきた。
あと少しで、大きな決断をしてくれそうだ。
「趣味と実益を兼ねてはじめたけど、結構面白いわね。このまま続けてみようかしら?」
楽しそうなクレアーレに、部下のロボットが「ぴぽぽぽ!」と強めの電子音を発していた。
それを聞いたクレアーレが、窓の外を見る。
「何? 午後の営業はまだなのに、人が沢山並んでいるですって? それがどうしたのよ。あいつら暇よね」
客に対して酷い態度だったが、クレアーレは部下に押されて窓の外をよく見た。
「だから何よ? 待たせておけばいいのよ」
そんな態度だったクレアーレだが、並んでいる女性たちの中にアンジェとリビアを見つけてしまった。
「――何であの二人がいるの?」
「ぽぽぽ」
部下のロボットが頭を抱える仕草をすると、クレアーレも焦りはじめた。
クレアーレの中で、二人というのは重要度が高い。非常に高い。
遊び程度のこの場所に来られても困る。
「私に言ってくれれば、エステくらいしてあげたのに!」
しかし、来てしまったものは仕方がない。
クレアーレは店を開けることにして、急いで行列に並んでいる二人を店に入れようとした。
だが、何やら二人が絡まれて揉めはじめている。
◇
「あら、公爵令嬢ともあろう方が、このような場所に来るなんて意外ですわね」
「それだけ人気がある証拠よ」
「若いのにこんなところに通って大変ですわね。私が学生の頃は、何もしていなかったわ」
相手は三十を過ぎた貴族の女性たちだが、リビアとアンジェに絡んでいる。
リビアは困っていた。
「あ、あの――」
「それより、予約はしているのかしら? ここは簡単には予約が取れない店なのよ」
言われて、リビアが焦りつつチラシを見た。
「え、そうなんですか?」
「そんなことも知らないの?」
口調は優しいが、ネチネチとした彼女たちの態度にアンジェが苛立っている。
リビアが何とか宥めようとしていると、周囲の女性たちがざわつきはじめた。
「先生がおいでになったわ!」
「先生! 今日もよろしく願いします!」
「今度お見合いなんです! 今日は特別念入りにお願いします!」
女性たちに騒がれながら出てきたのは、眼鏡をかけた知的な女性だった。
綺麗な黒髪がサラサラと揺れている。
歩く姿も美しい。
店についてあまり詳しくないリビアだが、こんな綺麗な人が経営しているなら間違いないのかもしれないと思えた。
女性が二人の前に来ると、丁寧に対応してくる。
「お待ちしておりました。さぁ、お二人は中へどうぞ」
アンジェが周囲に視線を向けていた。
周囲は、憧れの先生の態度に、困惑を隠しきれずにいるようだ。
「――悪いが予約をしていない。今日は帰ろうと思っていた」
女性は頭を上げると笑顔を向けてくる。
「必要ありません」
「何故だ?」
特別待遇に警戒するアンジェに、女性は事情を話すのだった。
「戦時中、バルトファルト伯爵に助けていただいたことがあります。その婚約者であられるお二人に恩返しをさせてください」
リビアが驚いた。
「リオンさんが?」
「はい。本人は覚えていないでしょうが、王都で逃げ回る私を助けくださいました」私を助けてくださいました
アンジェは納得しつつも、周囲の嫉妬のこもった視線に遠慮をする。
「いや、ならば余計に今度にしよう。今回は予約を入れておこう」
「そうですか? では、その日をお待ちしております」
予約を入れたリビアとアンジェは、その場を後にする。
◇
帰り道。
「私の確認不足でした。ごめんなさい」
「気にするな。それに、少し気分も良かったからな」
大勢に恨まれているリオンだが、恩を感じてくれている人間もいるのだ。
それを知れて、アンジェは上機嫌だった。
「そうですね。リオンさんに恩を感じてくれている人もいるんですね」
「貴族の評判は悪いけどな」
「い、一部からは凄く人気ですよ」
「その一部が問題――」
話をしていると、路地から学生たちの声が聞こえてきた。
二人が立ち止まって聞き耳を立てたのは、とても緊迫した声だったからだ。
だが、犯罪というわけではない。
二人がそっと様子をうかがうと、そこには男子たちが集まっていた。
「みんな――私のためにこんなに」
一人の女性に、大金を渡している男子たちがいた。
何事かと様子を見ていると、
「泣くなよ。この金はみんなで用意したんだ」
「決めたんだろ? なら、使ってくれ」
「俺たちの気持ちだ!」
女性一人を男子たちが囲んでいる光景は、少し警戒したがおかしい様子ではない。
「みんな――ありがとう!」
アンジェが首をかしげていた。
「女子に大金を渡している? 何かあったのだろうか? どうした、リビア?」
とても複雑な表情をしているリビアは、アンジェに問われて言うべきか迷った。
だが、黙っていてもいずれ分かることだ。
「アンジェ、ここからだと分からないでしょうけど、あの人は男ですよ」
「何!?」
アンジェが男子に囲まれた女子を見て、確かに体つきが――と言っていた。だが、それ以上に驚いているのはリビアだ。
「あのアーロン君が女の子になるなんて」
まるで夢でも見ている気分だった。
◇
夜。
クレアーレは店内で大笑いをしていた。
「ついに来た! マスターを迎えに行く前に片付いて良かったわ。ついでに、マスターの株も上げておいた私って、仕事の出来る女よね!」
「――ぴぽぽ」
部下のロボットたちが呆れている。
文句を言っていた。
「五月蠅い! 気持ちは女なの。それにしても、このボディーは思った以上に上出来ね。新人類が私を先生と敬って気分がいいわ。けど、もう飽きてきたわね」
当初の目的を達成できたのも理由だが、最近ではクレアーレをお抱えにしようとする貴族が出てきた。
商人たちもクレアーレに接触してくるので、余計な仕事が増えている。
「アーロン君をアーレちゃんにしたら、マスターを迎えに行く前に店じまいね」
「ぴぽ?」
「店じまいの理由? そんなの、新しい技術を学ぶため、ってことにするわ。それより、今度二人が来た時は、真面目にしないとマスターに怒られちゃう。せっかく褒めて貰えそうなのに、落ち度があったら駄目よね」
「ぽぽぽぽ」
「マッチポンプ? それが何? 私はマスターに褒められたいのよ。あと、マリエちゃんが甘えてくれたら最高! ゾクゾクしちゃう」
旧人類の遺伝子を持ち、転生者であるマリエをクレアーレは特別視していた。
「さ~て、色々と片付けてから、マスターを迎えに行きましょうか」
「ぽぽ」
高笑いをはじめるクレアーレは、全てがうまくいっていると思っていたようだ。
部下たちがクレアーレを無視して仕事を開始した。
――クレアーレが重大なミスに気付くまで、あと少し。