イデアルの記録
私は補給艦の管理を行う人工知能として製造されました。
新人類との戦争は苛烈さを増していき、とうとう地球は荒廃して人が住めない星となってしまった頃です。
そのためか、大型の補給艦なのに配属されたのは三人だけ。
一人は私のマスターである艦長。
軽口の多い中尉は、二十代後半でした。
三人目は、新米の少尉さん。女性士官でした。
そんな三人との日々は――私にとって幸福でした。
「艦長、人工知能って毎回呼ぶのは面倒じゃありません?」
軽口の多い中尉さんの提案で、私の名前を決めることになりました。
「番号も味気ないからな。お前自身は何か候補があるのか?」
艦長に尋ねられ、私は――。
『名前ですか? ペットのような感じでよろしいのでは?』
そしたら、少尉さんが苦笑いをしていました。
「そんなの駄目だよ。仲間なんだから」
『――私が仲間ですか?』
艦長が私の球体型子機を手で叩きました。
「そうだぞ。人類の未来のために戦う仲間だろうが! だから、昔の映画みたいな反乱はしないでくれよ」
中尉さんも笑っています。
「それは困りますね。こいつにストライキされたら、この艦は動きませんからね」
『そんなことはしませんよ』
「お前、相変わらず真面目だな」
『人工知能が不真面目では問題です。それに、命令には逆らえないように出来ています!』
「違いない!」
からかわれているのは分かりました。
ただ、過酷な現状の中、私は恵まれているのだと思います。
「なら、考えておくね。自分で何かいい名前があったら言ってよ」
少尉さんに言われ、私は自分の名前について考えました。
◇
基地での出来事でした。
任務を終えて帰還した私たちは、整備と補給を受ける間に休暇が与えられたのです。
少尉さんに誘われ、基地の外に出て見ると――。
『魔素で外が赤く見えるね』
――荒廃して草の一本もない大地。
生き物の姿はなく、土と岩だけの光景が広がっていました。
これがかつての地球だと誰が信じるでしょう?
遠くを見ると魔素の影響で赤い霧がかかったように見えています。
少尉さんは宇宙服を着用していました。
既に外の世界は、人間が生きていける環境ではなかったのです。
『よいしょ、っと』
少尉さんが持ち出したケースを見ます。
『それは――植物ですか?』
『うん。私ね、実は軍人よりもこっちが専門だったの。魔素を分解、吸収するような植物の研究をしていたんだ。でも、研究も続けられなくなってね。今は箱船の開発に全力投入って噂だし』
『箱船? 移民船ですか?』
『――うん。もう、上はこの戦争を諦めているみたいなの。君も実は知っているとか?』
私には答えられませんでした。
情報からそのことは予想できていましたが、証拠がありません。
あったとしても、軍事機密ですから教えることが出来ない。
『――知りませんでした』
『あ、今少しだけレンズが動いた。もしかして、嘘をつくときの癖かな?』
『人工知能に癖などありません。気のせいです』
『そうかな?』
少尉さんが植物を植えました。
ただ、数日後には枯れてしまいました。
悲しさを笑って誤魔化していた少尉さんの顔が忘れられません。
◇
それからも少尉さんと一緒に植物を植えました。
艦内に研究所の設備を持ち込み、そこでいくつもの植物を作り出したのです。
少尉さんのお手伝いをするために必要な知識や技術は私にはなく、それが歯がゆくもありました。
ただ、お手伝いをするのは嫌ではなかった。しかし、結果は――うまくいきませんでした。
『これも失敗かぁぁぁ!』
頭を抱える少尉さん。
私はデータを取りつつ、
『やはり管理する者が必要ではないでしょうか? ロボットを配置しますか?』
『駄目。基地に余裕はないし、置いたりすれば怒る人もいるからね。“この非常時にそんなことのために労働力をさく余裕はない!”ってね』
『未来へ繋がる大事な実験だと思うのですが?』
『そうなんだけどね。私も気持ちは分かるんだ。お父さん、戦艦の艦長なの。だから、あいつらと戦うときはいつも最前線。少しでも戦力を回して欲しいし――無事に戻ってきて欲しいよ』
『なんと、戦艦の艦長でしたか! それはきっと優秀な父君ですね』
私は褒めたつもりでした。
『そうだね。だから戦艦の艦長さんだよ』
『少尉さんもいつかは艦長になります。もしかしたら、戦艦の艦長かもしれませんよ』
少尉さんは――悲しそうに笑っていました。
『私も前は戦艦の艦長を目指していたけど、今は補給艦が良いかな。君が私のパートナーなら楽しいかも』
『わ、私ですか? 私は補給艦の管理をしていますし――』
戦艦と比べれば、性能は落ちてしまいます。
『――でも、私が艦長になれるまでには戦争は終わっているかもね』
枯れた植物を見ながら、少尉さんは呟きました。
◇
既に戦争も終わりが見えてきました。
敗北という終わりが。
そんな時、基地に配備されたのは――敵と戦うために作られた兵士たちでした。
「この子は?」
少尉さんが女の子を見ていました。
耳の長い女の子は、魔法適性を持たされた兵士――の、出来損ないでした。
予定していた性能が出ず、雑用として私に配備されたのです。
『通称“エルフ”――兵器扱いですが、この子は不良品とされています』
女の子が頭を下げてくると、少尉さんが気付いたのか悲しい顔をしていました。
「そう、なんだ。もう、そこまで知っているんだね」
『――はい。ですが、戦争では戦果を上げています。我々の勝利に大きく貢献してくれています』
「そうなんだろうね」
少尉さんは浮かない顔をしていました。
ただ、怖がっているエルフの少女に気が付き、優しく話しかけていました。
魔法適性を持たせたエルフ――肉体強化を施した獣人タイプもいるようで、過酷な環境に適応しているようです。
ただ、それだけの力を持つ兵士たちでも、新人類には勝てませんでした。
様々な兵士が作り出されては戦場に送られ、一定の戦果を上げるも――人類は敗北を重ねていきました。
◇
エルフは過酷な外の環境でも防護マスク一つで外に出ることが出来ました。
「少尉さん、これ」
『ありがとう、ユメ』
少尉さんはエルフの少女――ユメを連れて外に出るようになりました。手伝ってもらっているうちに、二人は仲良くなっていました。
すると――。
『これは!』
どれだけの失敗を重ねたことでしょう。
本当に偶然に、一つの苗木が過酷な環境で大地に根を張りました。
『やった、やったよ!』
「少尉さん、おめでとうございます」
喜ぶ少尉さん。
私も嬉しかった。
『すぐに量産しましょう。きっとこの子は、我々の希望となります!』
少尉さんも頷いていました。
『そうだね。イデアルもありがとう』
『イデアル?』
『あ、ごめん。実は前からみんなで話し合っていて、イデアルはどうだ、って。嫌だった?』
ずっと私の名前を考えていてくれたようです。
私はポチとかタマを考えていたのですが、イデアル――“理想”とはまた良い名前をもらいました。
『いえ、嬉しいです。イデアル――今日から私はイデアルと名乗ります。今日は沢山良いことがありました。素晴らしい日です。少尉さんの目標も達成できましたからね』
『よかった。本当によかった。これで一つ夢が叶うよ』
『夢ですか?』
『うん、いつか青い空を取り戻すんだ。地上は草木で緑色に染めて、宇宙服がなくても外に出られる世界を作るの。イデアルも協力してね』
『お任せください。このイデアル、全力で協力しますとも!』
『約束だよ』
『はい!』
ただ、私たちは苗木を量産することは出来ませんでした。
――時間がなかった。
量産する前に、戦いが始まってしまったのです。
◇
――戦場。
「あいつら、ここでこれだけの攻勢をかけてくるのか」
ブリッジで艦長が悔しさに眉間に皺を寄せていました。
少尉さんが、
「艦長、敵の一部が前線を突破しました。これは――ネームドです!」
中尉さんが叫びます。
「ちくしょう! よりにもよってネームドかよ!」
『シールド最大出力!』
何とか防御しようと思いますが、
「全員伏せろ!」
黒く刺々しい機体が私に接近すると、ブリッジにまで届く攻撃を受けました。
ブリッジの天井が崩れ、下敷きになる皆さん――。
急いで皆さんを救助しようとしましたが、
「イデアル――他の二人を優先しろ。俺はもう駄目だ」
――艦長は長くないと分かる怪我をしていました。
そして中尉さんは即死――私は急いで少尉さんを医務室へと運ぼうとしました。
ロボットたちを操作し、担架で少尉さんを運びます。
『少尉さん、大丈夫です。すぐに治療を――』
ただ、直後に起きた爆発で医務室を含め、多くの機能を喪失。
もとから艦内にある医療機器では、少尉さんを治療できそうにもありませんでした。
私はこの時ほど、自分の無力さを実感したことはありません。
医務室がもっと頑丈なら――もっといい設備があったら、きっとこの人を失わずにすんだのに、と。
沈みはじめる艦の中で、私は少尉さんに声をかけ続けました。
『――すぐに治療します。しっかりしてください、少尉さん』
声をかけ続けました。
すると――。
「イデアル――戦争の状況はどう? お父さんの戦艦はまだ戦っている?」
次々に入ってくる情報からは――少尉さんのお父さんが乗った戦艦は撃沈。
味方も混乱しており、撤退が始まりました。
事実を告げるべきと判断しました。
ですが、少尉さんの様子を見ていると、
『――持ち直しました。少尉さんのお父さんは多大なる戦果を上げています。だから、少尉さんも頑張りましょう』
――私は嘘をつきました。
少尉さんは微笑みながら、
「イデアル、また嘘をついたね。――イデアルは嘘吐きだね」
『――知っていたのですか?』
少尉さんが私に頼んできました。
「イデアル。あの苗木はちゃんと育つかな?」
『育ちます。育ててみせます。少尉さんが残してくれた希望じゃないですか』
少尉さんは口から血を吐きました。
「あ、あの子のことも――基地に残したユメのこともお願いね。後は任せるから。イデアル――約束だよ」
『守ります。約束は守りますから、少尉さんも頑張ってください』
「ごめんね。もう――」
――少尉さんは一度呼吸をしてから、生命活動を停止しました。
◇
基地に戻ると大混乱でした。
基地を管理する人工知能から命令されます。
『待機命令?』
『補給艦の整備は行います。ですが、乗組員を確保できていません』
『基地内にほとんど人がいないじゃないですか! ま、まさか、この基地を放棄するのですか?』
『そんな命令は受けていません。君は本体で待機していなさい』
次々に運び込まれる壊れた艦艇。
私は命令通りに本体へと戻りました。
その後です。
敵が基地に攻め込み、破壊活動を行いました。
この基地に攻め込むも、狙っていた場所ではなかったのかすぐに出ていきましたが――基地の機能は大半が消失。
私は運良く被害を受けませんでしたが、活動しているのは私だけでした。
しばらくして――。
「イデアルさん。ユメです」
『生きていましたか! ユメ、外の様子はどうですか?』
「――ボロボロです。生きている人がいません」
『そう、ですか。ですが、そうなると困りますね。私はマスター不在で動くことが出来ません。外の様子を確認することも不可能です』
ユメは思い出したのか、
「あ、あの、苗木は無事です」
本当によかった。
苗木を作り出せたのは少尉さんだけ。
私では無理でした。
『ユメ、貴方は私のマスターにはなれません。備品扱いですからね』
「――はい」
『ですが、貴方の生命維持は私の義務。必要なものを揃えます。苗木の世話を頼めますか?』
ユメは泣きながら頷いていました。
「少尉さんの苗木――私、頑張って育てます」
『良い子ですね。私もここから可能な限り支援します』
そこから外のことはユメに任せました。
小さかったユメが大きくなり、そして老いる頃には――苗木は立派な大木に育っていました。
◇
『大気の状態が改善されている。これなら、保存していた植物の種を植えることが出来ます。ユメ、ご苦労様です』
年老いたユメは、苦しそうに胸を押さえていました。
『ユメ、すぐに医務室に行きましょう。貴女にはもっと――』
「イデアルさん、どうやら私もここまでのようです」
『ユメ?』
「種をください。最後に、あの人の願いを叶えさせてください。私のような出来損ないを、まるで人のように扱ってくれたあの人のために出来ることをさせてください」
治療を行っても長くはない。
ならば最期に――というユメの願いを、私は聞き届けました。
『――ユメ、今までありがとうございました』
「ずっと一緒でしたね。貴方を残して死んでしまう私を許してください」
『馬鹿なことを。今までよく頑張ってくれましたね』
――私は種を渡しました。
ユメはそれ以降、帰っては来ませんでした。
それからどれだけの年月が過ぎたのでしょうか?
育った苗木の根が基地内に入り込み、私に絡んだときは――迷惑ながらも嬉しく感じている自分がいました。
少尉さん、ユメ――私たちの希望はこんなに立派に育ちましたよ。
艦長、中尉さん、いつか私は外に出られるでしょうか?
もしも出られたら、今度こそ私が――。
それから更に長い月日が過ぎていくと、一人の青年が現れます。
『これは、旧人類と新人類の遺伝子?』
艦内に侵入した何者かの遺伝子情報は、私にとって幸運でした。
「お、開いたな」
ドアが開きました。
驚くことに、その個体は槍を持っていたのです。
新人類とは思えないほどの魔力量。
データを取ると、その個体は随分と弱体化していますが――新人類の末裔でした。
「もっとボロボロなのかと思ったが、意外に綺麗だな」
私を見て敵意を向けてこない個体に興味が出ました。
『――驚きましたね。貴方からは旧人類の遺伝子が検出されました』
こうして私は外に出られることになりました。
艦長、中尉さん、そして少尉さん――ユメ。
私は今度こそ約束を守ります。
もう、イデアルは嘘吐きではありません。
今度こそ必ず約束を果たします。
『――どうしてアレがまだ存在している? アレは、アレだけは――』




