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ジルクの審美眼(笑)

 これは聖樹が倒れて数週間した頃の話だ。


 復興作業が続くアルゼル共和国で、俺とマリエはジルクの詐欺行為について調べていた。


「見つかったのか!」


『調べたらすぐに分かったわ。被害者の一人は豪商で、骨董品は趣味で集めていたみたい。ティーカップ一つに随分な大金を出したそうよ』


 クレアーレからの報告を聞いた俺は、ソファーから起き上がり毛布を畳む。


 気が付けば日が高い。


 どうやら寝過ごしてしまったらしい。


「もっと早く起こせよ」


『疲れていたじゃない。マスターが無理をする必要はないわよ。無理をしても、全体に大きな影響はないわ』


 俺一人の頑張りなど、全体で見ればちっぽけなものなのだろう。


「――すぐに会いに行く。マリエも呼べ」


『謝罪にいくの? でも、マスターは勝利した側よ。呼び出せば?』


「それとこれは別問題だ。ジルクが詐欺をしたなんて知られてみろ。ローランドが俺にネチネチと嫌みを言うに決まっているんだ」


『確かに面白くないわね。言い返すにしても、とっておきのネタはまだ隠しておくべきね』


 ローランド関連で何かネタを握っているようだ。


 後で聞いておこう。


「マリエは?」


『炊き出しで疲れて寝ているわ』


「ジルクのせいで、こっちはゆっくり休めないな」


 文句を言いつつ部屋を出ると、バタバタと慌ただしく人が動いていた。


 大使館で部屋を借りているのだが、どこもかしこも大忙しだった。


 外に出ると、建物が崩れて瓦礫の山が広がっている場所もある。


 モンスターは多いし、人手も道具も足りない。


「――本当に忙しいな」



 ジルクが騙した豪商――商家の当主は、ちょび髭をしたスマートな男性だった。


 俺たちが来ると聞いてスーツ姿で出迎え、お茶の用意をしていたのには驚いたね。


 そんな余裕があるようには見えなかったのに。


 当主が緊張した様子で、


「バルトファルト伯爵――ご用件とは何でしょう?」


 実は面会を求めた際に理由を言っていない。


 うちの馬鹿が詐欺行為をして貴方を騙しまして~、なんて言えないからね。


 それでも俺と会ってくれるのは、俺が有名人だからだ。


 マリエが俺の横で緊張していた。


 小声で文句を言っている。


「あのお馬鹿。どうしてこんな人を騙せたのよ。無茶苦茶紳士で厳しそうな人じゃない。謝って許してくれなかったら、どうするつもりなのよ」


 あの五人の世話役――おかんであるマリエも大変だな。


 同情するね。


 ま、俺には関係ないけどさ。


 俺は咳払いをしてから、


「あ~、うちのジルクがそちらに売った品の件で話があるわけでして」


 話を切り出すと、当主が目を見開いた。


「やはり、そうでしたか」


「知っていたのですか?」


 当主が使用人に声をかけて品を持ってくるように言うと、俺を見て項垂れていた。


「――こうなると思っていました。彼は王国の人間であると分かっていましたからね」


 ジルクについて色々と知っているようだ。


 話が早くて助かるのだが、どうにも雰囲気がおかしい。


 マリエも困っている。


「兄貴、様子がおかしくない? この人、もの凄く落ち込んでいるんだけど?」


「何でだろうな?」


 二人でボソボソと話し合っていると、使用人が大事そうにティーカップを持って来た。


 直接手で触れないように手袋をして、更には綺麗な箱にしまい込んでいた。


 偽物を掴まされたと気が付いていないのだろうか?


 当主が酷く落ち込んでいる。


「こちらがお探しの品です」


 箱から取り出されたティーカップは、随分と光って見えていた。


 丁寧に磨かれ、大事に保管されていたのだろう。


 マリエが震えている。


「これ、偽物ですって言わなきゃいけないの? この雰囲気で言わないといけないの?」


 大事にしていた宝物を偽物と告げなければいけない。


 こんな役回りは俺だって嫌だ。


 だが、マリエ一人に任せるわけにもいかない。


「あ~、えっとですね――」


 俺が口を開くと、当主が涙を流していた。


「ど、どうしました!」


 慌てて当主に事情を聞くと、


「いえ、失礼しました。私が生きている間に、このような宝を二度と手に入れることが出来ないと思うと悲しくて。せめてこれだけは家宝として残そうと思っていたものですから」


 そんなに大事に思ってくれていたのが、余計に心に来る。


「そ、そうですか。そんなに気に入っていたのですか?」


「当然です!」


 当主が急に熱く語りはじめた。


「見てください。この透き通るような白! そして音色です!」


 優しくティーカップを叩き、その澄んだ音に当主は目を閉じて聴き入っていた。


 マリエも、


「あ、何か綺麗な音がするわね」


 当主は感動していた。


「こちらは五百年以上前の外国で製造された物になります。当時の技術は失われており、二度と手はいらないという意味ではこれもロストアイテムでしょう」


 何でも滅んでしまった外国で作られた品で、数自体が非常に少ないらしい。


「え、お詳しいんですか?」


 騙されただけかと思えば、随分と詳しく語るので聞いてみた。


 すると――。


「当然です。同じ物を所持していました。ですが、そちらは状態が悪かった。ですが、こちらはほとんど完璧な状態です。このような完全な形で残っているなど、最初は信じられませんでしたよ」


「ま、間違いとか?」


「これでも商人です。専門ではありませんが、詳しい知り合いは多い。全員が本物だと認めました。商売敵ですら、頭を下げて売って欲しいと頼んできた一品ですよ。間違いなどあり得ません」


 本物の鑑定士たちが絶賛し、涙を流した一品らしい。


 マリエが驚く。


「え、本物なの!?」


 そんなマリエに当主が涙を流す。


「しかし、敗戦国の商人である私は、貴方に差し出せと言われれば応えるしかありません。いえ、進んで差し出すべきだったのでしょう。ですが、どうしても渡せなかった。これだけは手元に残したかったのです」


 悔しそうに泣いている当主を見て、俺は首を横に振る。


 見れば見る程、輝いて見えるティーカップは、ジルクが絶賛していた量産品とは違って見えた。


 実用的ながらも、美しい曲線や白さ――溜息すら出てくる。


 あいつ、偽物を売りつけたんじゃなかったの?


 正直、このまま持ち帰りたい気持ちもあるが――。


「い、いえ、大事にされているなら問題ありません。ジルクの話をお聞きしたかったものですから。あ、あいつが古美術商をしていると聞いて驚いたもので」


 当主が俺の言葉を聞いて、まるで花でも咲いたような満面の笑みを向けてくる。


 頬を赤らめているナイスミドルというのも――まぁ、言うまい。


「彼は天才ですよ! 砂漠の中から小粒のダイヤを見つける作業を、いとも簡単にやってしまう。骨董品とは名ばかりのゴミの中から、本物を直感で見つけ出す才能は異能と言っても間違いありません! 王国にはとんでもない人材がいるものだと驚愕しました」


 あのジルクがベタ褒めされているだと?


 俺とマリエは信じられなかった。


 だったら――今までは何だったのか?


「あ、あの――他にもジルクについて知っている人を教えて貰えませんか? ティーカップはそのまま所有していて構いませんから」


 当主は涙を流して喜んでいた。


「ありがとうございます! 全財産を奪われることも覚悟していたというのに、王国の英雄殿はなんと紳士なのか! 噂など当てになりませんね!」


 う、噂? そんなに俺の噂って酷いの?


 俺をなんだと思っているのだろうか?


 そして、ジルクから商品を購入した人たちを聞き出した。



「この絵画を見てください。汚れ、価値も分からない店でゴミのように扱われていたそうですが、彼が見つけてくれたのです。彼は一つの貴重な作品を救ったのです!」

「あたくし、ジルクさんの才能に惚れ込んでしまいましたわ。支援できない今の自分が情けないくらいです。彼の審美眼は本物ですわ」

「贋作も多い中から、本物だけを手に取る才能――いえ、あれは天からの贈り物。違いますね。そんな生易しい言葉では言い表せない。――彼は芸術の神に選ばれた人間です」


 ――どいつもこいつもジルクを絶賛していた。


 専門家が調べても本物だったらしく、ジルクは本物を売り歩いてまっとうに稼いでいたらしいことが分かった。


 でも、素直に喜べない。


 マリエなど、家に戻ってきたから膝から崩れ落ちた。


「何なのよ! だったら、どうして偽物を掴まされたりするのよ! 私にくれたプレゼントは、一つも売れなかったじゃない!」


 そんなジルクが本物で荒稼ぎをし、手に入れたのはどれも価値がない物ばかり。


 本人にしてみれば価値があるのだろうが、他から見ると理解できない品ばかりだ。


 クレアーレがマリエを見下ろしている。


『これはあれよね? マスターが言っていた、主人公がもらったプレゼントをすぐに売って換金する効率プレイだったかしら?』


「リアルでやるとドン引きするのに、マリエを見ていると同情したくなるから凄いよな」


 ゲームでは、攻略対象がくれたプレゼントを売ってお金にする方法がある。


 当時は「リアルで見たらこの糞女って思うよな」とか呟いていた。


 だが、現実はどうだ?


 マリエを見ていても同情しか出来ない。


 ――憐れすぎて笑えない。


 呼び出したジルクが困っていた。


「ほ、本物だったのですか? 私としては、あれは皆さんが好きそうな物を選んだだけなのですが?」


 マリエがジルクを指さし、泣きながら怒っていた。


「出来るならちゃんと選んでよ!」


「いえ、私がマリエさんに贈った品は、本当に自分で選び抜いた品々です。そこに嘘偽りなどありません」


 クレアーレが笑っていた。


『偽っていた方がマリエちゃん的には好みだったのが笑うわね。いっそ、ジルクから見て偽物をプレゼントしてもらえば?』


 それを聞いたマリエが、一瞬で元気を取り戻した。


「それよ! ジルク、貴方から見て偽物を集めて頂戴。今度こそ売れるわ!」


 ジルクは困りながらも、マリエのためならと――。


「ふ、複雑な気分ですが、それでマリエさんの笑顔が見られるなら安いものです!」


「楽しみね! 今度こそ、私に相応しい芸術品を選んでね」


「はい!」


 二人が意気揚々と部屋を出ていく。


 俺としては――。


「とりあえず、詐欺じゃなかったんだからどうでもいいか。安心したわ」


『そうね。マスター、それよりレリアが面会を求めてきているんだけど?』


「――却下」



 数日後。


「ジルクの馬鹿野郎ぉぉぉ!」


「す、すみませんでしたぁぁぁ!」


 売れもしない贋作ばかりの骨董品の山を前に、マリエは泣き崩れていた。


 ジルクが偽物を選んだら本物だろう、って?


 ――甘いね。


 あいつ、マリエのためにとか、そういう欲が絡んだせいか審美眼が鈍ったらしい。


 もともと鈍っているというか、あってないようなものだけどね。


 手に入れたのは、どれも偽物ばかりで売れもしなかったよ。


 ちなみに購入費用は――。


「私のへそくりがぁぁぁ!」


 地面を叩きながら伏せって泣いているマリエを見て、ジルクがオロオロとしていた。


 周囲では、ふんどし姿のグレッグが手ぬぐいを肩にかけ呆れた顔で見ている。


 というか、こいつもクリスもふんどしが普段着になっていないか?


 お前らもいったいどこに向かっているんだ?


「売れもしないプレゼントとかどうしろって言うのよ!」


 最低なことを言っているが、何でだろうな――マリエが可哀想になってきたよ。


 こいつらの面倒を見るって大変だな。


 あとでお小遣いを渡して慰めておくとしよう。


 俺なら、こいつらの面倒を見るなんて絶対に嫌だね。


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― 新着の感想 ―
あれ?次はアーレちゃんになってしまったアーロンと褌がコラボっちゃうの?
もしかしたら人に合う品を選べる才能、品質は貰う相手次第で、価値有無は度外視の能力かも。
[一言] 詐欺は戦争で有耶無耶になったかと思ったらこう来たかぁ
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