エピローグ
「さぁ、皆さん――張り切っていきましょう!」
「う~すっ」
朝から元気なユメリアさんに連れられ、やって来たのは随分と荒れた浮島だ。
ルクシオンで引っ張ってきた新しい浮島は無人島だ。
今日は苗木を植えるために俺たちはやって来ている。
マリエが凄く眠そうにしていた。
「お願い。早く終わらせて。補習であまり寝てないのよ」
遅れている分を取り戻すために、朝から晩まで授業が続いていた。
マリエの世話をしているカイルが、ユメリアさんを気にして集中できていない。
「か、母さん、あれをやるの? みんなの見ていないところでやらない?」
「駄目だよ。侯爵様が仕事ぶりを見たいと言ってくれたし、それに今回はボーナスが出るんだよ。カイルに新しい服を買ってあげるんだ!」
嬉しそうにしているユメリアさんを前に、複雑そうな息子のカイル。
気持ちは分かるが、第三者として見ていると楽しい。
リビアがノエルの車椅子を押していた。
「あの、ここに苗木を植えるんですか? 周囲が荒れているというか――」
自然豊かとは言えない浮島だ。
苗木を植えるにしても条件が悪いように見えるのだろう。
俺もそう思うのだが――。
「大丈夫です! この子は強くてたくましい子ですから、ここでも平気で育ちます!」
ユメリアさんが断言するので、俺はそういうものかと納得した。
この人、植物関係に関しては天然の専門家だ。
エルフの中では混ざりものと呼ばれ嫌悪されているのだが、その魔法が混ざりもの故に独特で植物関係に特化している。
巫女のように聖樹の声は聞こえないが、感覚で何となく分かると言っていた。
ノエルが困った顔をしている。
「え? でも、何か嫌がっている気がするんだけど?」
苗木が嫌がっているように聞こえるらしい。
ユメリアさんが胸を張る。
「大丈夫です! それに、この子を植えれば周囲も緑豊かになりますよ。浮島も海水をくみ上げてくれるかもしれません」
浮島はどこから水を得ているのかと言えば、海水を汲み上げている。
海水から水の柱が伸び、浮島を通って川からまた海へと流れている。
その仕組みは解明されていない。
アンジェの側に浮いていたクレアーレは、興味深そうに聞いている。
『あら、結構凄いのね』
「そうです。この子は凄いです。だから、優しい環境に植えるよりも、こういう荒れ地の方が力を発揮してくれます」
周囲が「そんなものか」と納得していると、アンジェが浮島を眺めていた。
「久しぶりにリオンの浮島にもいきたいな」
半ばマリエのものになってしまったが、アンジェは気に入っていたらしい。
取り返せないのが残念だ。
今は、正式には王国所有になっているからね。
ユメリアさんがトコトコとノエルに近付くと、苗木をケースから取り出した。
そしてそのまま苗木を――。
「そいや!」
――地面に突き刺した。
「ユメリアちゃん、何してんの!」
ノエルが青い顔をして叫ぶと、ユメリアさんが拳を作って両の手を空に向かって上げた。
「この子は強いぞ! 根を張れ、育て、大きくなれ!」
歌にも呪文にも聞こえない言葉。
その言葉に合わせて踊り出すのだが――バルンバルンと胸が揺れていた。
「朝からいいものを見られたわ」
俺が紳士的に凝視していると、カイルが俺の視界を塞ごうと飛び跳ねていた。
「おい、見るなよ! 見るなって!」
「馬鹿野郎。俺は雇用主としてユメリアさんがちゃんと働いているのか見ているだけだ」
よし、追加報酬を出すかと思ったところで――俺の視界は手で塞がれた。
「な、何!?」
聞こえてくるのは、たぶん笑顔だろう二人の声だ。
「安心しろ。私たちがしっかり見ておこう」
「リオンさんは見なくても大丈夫ですよね」
アンジェとリビアの声に、俺は絶望してしまう。
「いや、しかし!」
不思議というか、コミカルな踊りで可愛らしく踊っているユメリアさんが見たい! ――そんなことは言えなかった。
マリエが舌打ちをしている。
「何よ。胸なんて飾りなのよ」
「ならお前はもっと着飾れば? 飾らないにも程があるぞ」
返事をしてやると、俺は脛を蹴られた。
「痛っ! お、お前、今は蹴るなよ!」
「うるせぇ!」
そうこうしている間に、ユメリアさんは仕事を終えてしまう。
アンジェとリビアから解放されると、俺の目の前には――苗木ではなく若木があった。
大きさは一メートルを超えている。
「――は?」
驚いていると、アンジェが腰に手を当てて感心していた。
「まさかこんなに早く育つとは思わなかった。見ていて驚いたぞ」
リビアは興味深そうにしている。
「もっと大きくしないんですか?」
ユメリアさんは、汗をタオルで拭きながら達成感に満ちた顔をしていた。
「これ以上は逆に成長の邪魔になりますからね。そもそも、この子は過酷な環境で生きていて、本来ならこれくらいは成長していてもおかしくなかったんです」
苗木ではなく、実は若木だったのか。
まるで年齢を誤魔化しているように感じられた。
ルクシオンが補足してくる。
『聖樹の側にいる間というのは、ろくに栄養が取れない状況でしたからね。栄養豊富なこの土地なら、十分に育つでしょう』
「こいつの栄養って普通の植物とは違うのか?」
『はい。魔石のもとになる――魔素とでも呼べるものですよ。それを聖樹が全て吸い上げるので、苗木は育たなかったのです。あと、普通に聖樹が育つのを邪魔していましたね』
それ、植物としてどうなのだろう?
聖樹は植物としてどこか間違っている気がするな。
「聖樹っておかしいよな」
『そんな聖樹に守護者として選ばれたマスターは、いったい何なのでしょうね?』
「嫌みか」
『はい』
俺は若木となった聖樹を見ながら、
「こいつも将来は暴れるのかな? それは困るぞ」
アンジェも同様のようだ。
「暴れるのは何百年と先の話だろうが、確かに面白くないな」
すると、ユメリアさんが首をかしげて、
「あの、侯爵様はこの子が暴れるのは嫌ですか?」
「嫌というか、共和国みたいに聖樹に頼りっぱなしの状況が嫌だな。暴れて欲しくないし、適度に共存したいの。共和国を見ると、恩恵が大きいのも考えものだと思ったよ」
ルクシオンとクレアーレも同意してくる。
いっそ滅ぼした方がいいのではないか? そう思ったが、どうやら存在が消えると駄目らしい。こいつはこいつで、この世界のために貢献しているそうだ。
『数百年後の状況もあるでしょうが、聖樹の恩恵は確かに大きすぎますね』
『守護者と巫女以外に、加護を与えるのもどうかと思うわ』
ユメリアさんが考え込み、そして閃いた顔をした。
「だったらお任せください! 私がこの子に言って聞かせます!」
ノエルが驚く。
「え? いや、無理だって。巫女だって満足に会話が出来ないのよ。ほとんど聖樹からの一方通行だし、言い聞かせるなんて――」
「出来ます! では、見ていてくださいね。すぅ――」
深く息を吸い込むユメリアさんは、今度は激しく踊り出した。
「おぉぉぉ! ――あ、やっぱり視界は塞ぐんだ」
興奮していると、やはり二人に視界を塞がれてしまった。
「良い子になぁれ! 良い子になぁれ! 良い子になぁぁぁれぇぇぇ!」
ユメリアさんの言葉に、聖樹が葉を揺らした音が聞こえてくる。
ノエルが、
「嘘、聖樹が反応している」
――どうやら効果はあったらしい。
「良い子になれぇぇぇぇ!」
ユメリアさんの大声が、周囲に響き渡った。
◇
飛行船に乗り、浮島から離れると俺は今後のことをアンジェとリビアに話すのだった。
内容はもちろん――。
「結婚するとか聞いていないんですけど」
ふて腐れる俺にアンジェが、
「私だって認めたくない。だが、ミレーヌ様はルクシオンを警戒しているからな。お前の首に首輪と鎖を繋ぎ、鈴も付けたいらしい」
雁字搦めにしたいのだろう。
まったく――ミレーヌさんに雁字搦めとか、興奮してしまいそうだ。
『マスターが変なことを考えています』
リビアが怒っていた。
「リオンさん、メッ!」
想像すら許されないというのか? 束縛が強い女ってどうかと思うが、この二人ならちょっと嬉しいぞ。
アンジェが話を戻す。
「共和国に同行した理由も、条約は建前だ。実際には、リオンの実力を見るためだな。あの人は天真爛漫に見えるが、実は強かだぞ」
「そう? 可愛い人だと思うけど?」
クレアーレが一つ目を横に振っていた。
『駄目ね。骨抜きにされているわ。王妃様って凄いのね』
さて、それはそうと、問題は王女殿下だ。
「それより、エリカ王女殿下はどうするの?」
ミレーヌさんはアンジェも納得していると言っていたが、本人は認めたくない様子だった。しかし、認めないわけにもいかないという顔をしている。
「婚約しているのだが、破棄してリオンと結婚させるのだろうな。だが、よりにもよってエリカ様だ。ミレーヌ様がそれだけ本気というのがよく分かる」
リビアが不安そうにしている。
「エリカ様はどんな人なんですか?」
「ユリウス殿下とは同腹の兄妹だ。容姿端麗で品行方正。絵に描いたようなお姫様なのだが――陛下の可愛がり方が尋常ではない。王宮内にも派閥を超えた支持者が多い。本人が表に出ようと思えば、すぐにでも一大派閥が出来上がる勢いだよ」
『それをしないということは、王女として王太子のユリウスを立てていたのでしょうか?』
ルクシオンの問いかけに、アンジェは困った顔をする。
「それもあるだろうが、思慮深い方だ。そんなことをすれば、争いの種になると分かっている。――それから、年下のはずなのに、いつの間にか敬語で話をしてしまいたくなる。あのオーラはなんと言えば良いのか分からないな」
王女様的なオーラもあるが、それ以上に包み込むような何かを持っているらしい。
――後でマリエに話を聞いてみるか。
「俺としては困るんだけど」
「私も困る」
「わ、私だって困ります」
アンジェもリビアも困っているが、ルクシオンの力を警戒している王妃様の提案だ。
断るのも難しいらしい。
「リオン、この提案は拒否できない。周囲は拒否するように言うだろうが、ミレーヌ様の手を払いのければ、困るのはお前だ。ミレーヌ様は、自分が用意できる中で最高の手札を用意した。それがエリカ様だ」
アンジェ曰く、本気で俺を取り込むつもりらしい。
そのために下手な王女を送り出せないから、婚約破棄までさせてエリカ王女と俺を結婚させるそうだ。
婚約破棄っていいのだろうか?
ミレーヌ様の最大限の誠意であり、そして俺を見張るため――制御するための才覚があるのはエリカ王女だけと判断した結果らしい。
「それと、だ。ルクシオンの隠していた実力が判明すれば、お前を暗殺しようとする輩も出てくる。ミレーヌ様がエリカ様をお前に嫁がせるのは、味方を増やして欲しいという意味もあるのだろうな」
ルクシオンが即答する。
『マスターが暗殺されることはあり得ません。ただ、仮にあったとすれば――私は王国を滅ぼします』
「お前って極端だよな」
この場で、エミールに撃たれそうになったことを言ったら、きっと色々と言い訳をするのだろう。面倒だから黙っておくか。
『私も協力するわよ!』
「お前ら、俺が殺される前に協力して頑張れよ」
のんきな人工知能たちだが、本気で世界を滅ぼそうとするから手に負えない。
イデアルの件もある。
俺が暗殺されたら世界が終わるとか――いったいどうしろというのか?
リビアがルクシオンを見ながら、
「え、えっと、なら王女殿下と結婚しないと駄目なんですよね?」
アンジェは頭が痛そうだ。
「一つだけ手がある。エリカ様本人を説得出来れば、そこからミレーヌ様を説得できる。難しい話ではあるが、ミレーヌ様もエリカ様を可愛がっていたからな。利益と情を絡めて説得すれば、可能性くらいはあるさ」
王女様を説得することができればあるいは、か。
難しい話なのか、アンジェもいつものような自信のある顔をしていない。
ただ、アンジェは思慮深いと言っていたし、話くらいは聞いて貰えるだろう。
嫁とか、これ以上は増えて貰っても困る。
「なら、とりあえず説得しようか。それよりも、これからどうすればいいのかな? 俺、復学できるの?」
本来なら留学していたはずが、学園に戻ってきてしまった。
このまま復学するのかと思っていると、
「短期留学の話が出ている。あの六人を復学させるには、もう少し時間が欲しいそうだ」
マリエたちは周囲に敵を作りすぎたから、もう少し復学はまって欲しいそうだ。
「なら、休学?」
「それでは留年になってしまうからな。手頃な留学先を見つける。またしばらくは海外だな」
「――また外国語を勉強しないといけないのか」
とても気が重かった。
どうしてあいつらのせいで俺まで巻き込まれるのかと言えば――俺があいつらの寄親だからだ。
――もう嫌。マリエのせいで俺まで呪われているのではないだろうか?
◇
飛行船の一室。
今度は、マリエと話をしていた。
内容はゲーム的な話――今後について、だ。
「王女殿下? もしかして、ミレーヌの娘?」
「お前、義理の母親を呼び捨てかよ。それはいいとして、そろそろ三作目の開始だろ? 色々と話を聞いておきたいんだよ」
ルクシオンとクレアーレを伴い、マリエと今後の打ち合わせをすることに。
すると、
「え? でも、そのエリカ王女って――三作目の悪役令嬢よ。令嬢というか、悪役王女様? もう敵側よ」
「――は? いや、だって敵はヘルトラウダだろ?」
「ラスボスを召喚するのはヘルトラウダだったけど、ストーリー的なお邪魔虫は王女殿下よ。思慮深いというか、陰険? 根回しがうまくて猫をかぶるのが上手なの。主人公は王国に来た留学生になるわ」
『あら、今度は留学生を迎えるパターンなのね』
「凄いわよ。実は帝国の皇女殿下よ。自分の出自を知らないけど、実は――ってパターンね。来年入学してくるわ。留学期間はきっちり三年よ」
『実は凄い、というのは黄金パターンですね。主人公の皆さんはそんな人ばかりですよ』
ルクシオンがからかってくると、マリエは続きを話す。
「注意しないと駄目よ。最終的に国際問題を起こした王女殿下は追放されるの。あと、王女殿下の婚約者は、これまた凄く悪い貴族の跡取りよ。侯爵家の跡取りだけど、悪い貴族の見本みたいな奴ね」
『マスターも今の地位は侯爵よね? これ、何かの運命かしらね。ワクワクしちゃう』
嬉しがるクレアーレを無視して、俺は一気に警戒を強めるのだった。
「実は腹黒か。アンジェも気付いていないみたいだし、これは結構きついかもしれないな。他に何か情報はあるか?」
「今すぐって言われても困るわよ。あとで思い出しつつノートにまとめるけど――あ、そうだ! 一つ思い出したわ」
マリエは攻略対象の一人を思い出したらしい。
「今度の攻略対象の一人は、既に入学しているはずよ。リビアと同じ特待生枠で、不良男子枠ね。凄腕の冒険者で、名前は【アーロン】って言うの」
『――え?』
「先輩枠か? まぁ、後で調べておくか。ルクシオン、戻ったら調べてくれ。いや、王国に残るクレアーレの方がいいか?」
俺たちはすぐに留学すると思うし、それならアーロンのことはクレアーレに任せよう。
『――任せて頂戴』
いつになく真剣なクレアーレを、ルクシオンが赤い瞳で見ている。
『どうしました? 何か知っているのですか?』
『し、知らないわ。だからこれから調べるんじゃない!』
仕事に関して真面目なのは助かる。
「なら、王国のことはクレアーレに任せるとするか。聖樹の管理も頼むぞ」
『任せて! 頑張るから! 私――頑張るから!』
お、おぅ、やけに気合が入っているな。
「それにしても次から次に問題が出てくるな」
マリエが笑っていた。
「兄貴、呪われているんじゃないの?」
「お前に言われたくないんだよ!」
どうして俺は――こんなにあの乙女ゲーの世界で頑張っているのだろうか?




