双子の姉妹
アインホルンの船内。
マリエは口を開けて外の光景を見ていた。
聖樹の振り下ろされた木の根が、鞭のようにしなって遠くにまで届いていた。発生する衝撃により、大地からは土煙が舞い上がる。
衝撃がアインホルンまで届くと、船内は揺れるのだった。
そして思い出す――あそこは街があった場所ではないか?
ゲームで見た光景そのものだが、違うのはこれが現実だということだ。
「一振りでいったいどれだけ犠牲者が出るのよ」
恐ろしい化け物。
本来なら船内で横になるアルベルクがラスボスのはずだったのに、エミールやイデアルを取り込み暴れ回っている。
「こんなのどうやって倒せばいいのよ!」
落ち込んで膝をつくマリエに、エリクが声をかける。
「姉御、しっかりしてください!」
切り札のルクシオンもボロボロでは、もはや打つ手はないように見えてしまう。
そんな中、リビアはノエルの治療を行ないながら声をかけている。
「しっかりして。大丈夫。ルク君が治してくれますから」
ノエルが力なく微笑んでいる。
「もう、いいから。あんた、疲れちゃうよ」
涙を流し、リビアがノエルの治療を続けていた。
そんなリビアにアンジェが声をかける。
「リビア、必要な物があれば言え。すぐに用意させる」
「――ありがとうございます。なら、綺麗なタオルやお湯をお願いします」
戦っているルクシオンにそんな余裕があるのだろうか?
そもそも、リオンが化け物に勝てるのか? 倒すまでの時間は?
そんな疑問を抱いたマリエだったが――リビアに近付くと、交代を申し出る。
「どきなさいよ。私が代わりにやるわ」
「でも」
「私がやっている間に休めって言っているのよ! 一人で無理でも二人で交互にやれば間に合うかもしれないでしょうが!」
リビアが頷きマリエと交代する。
マリエは傷口に手を当てて、ノエルの様子を確認するのだった。
(反応が弱い。こんなの私じゃどうにもならないよ――兄貴、本当に早くしてよ)
レリアがノエルの側で立ち尽くしていた。
その側にはクレマンの姿もある。
「姉貴――私、私は」
ノエルがレリアを見ている。
唇は青くなり、顔色も凄く悪い。目の下に隈ができて、無理をして喋ろうとしていた。
マリエは止めようとするが、ノエルは「どうしても伝えたい」と言うので喋らせる。
「レリア、これから言うことをちゃんと聞きなよ」
「え?」
ノエルが語るのは、レスピナス家の家庭事情だった。
◇
ノエルの覚えているレスピナス家は――あまりいい家族とは言えなかった。
双子の姉として生まれたノエル。
妹のレリア。
よく似ている二人だが、決定的に違うのは性格だ。
「可愛いわね、レリア」
「レリアは賢いな」
「えへへ」
両親は賢いレリアを可愛がっていた。
子供ながらに、両親に可愛がられる秘訣を知っていた。
対して自分は出来の悪い姉――屋敷では扱いにも差があった。
そのため、レスピナス家の当主を決める際にレリアの名前が挙がってしまう。
本来なら当主はノエルだった。
だが、明るく誰にでも好かれるレリアを当主に、という声は日増しに強くなっていた。
若い騎士たちもレリアこそ当主に相応しいと声を上げるようになる。
レスピナス家で日陰者、新参者、若手――それらが集まり、大きな派閥が出来てしまうまで時間はかからなかった。
そんなある日、ノエルは母親に呼び出される。
父親もその場にいた。
「ノエル、あなたには適性があるわ。次の当主はあなたよ」
「は、はい!」
聖樹に認められる。
ノエルにとって嬉しいことだった。
誰にも認められてこなかったが、当主に認められたのが嬉しかった。
だが――。
「これでレリアを守れるな。あの子に適性がないと言えば、あの子を担ごうとする者はいなくなる」
父親の言葉を聞いて「え?」と呟く。
母親も俯いていた。
「そうね。あの子には不要な苦労をかけたくないわ。あの子なら、紋章がなくても立派に私たちの意志を継いでくれるはずよ」
「あぁ、そうだ。聖樹を絶対視しないあの子なら、きっと私たちのやることを信じてくれる」
母親と父親の会話を聞いた幼いノエルは思った。
(そっか、あたしはレリアの身代わりなんだ)
それでも、聖樹に認められたなら、そう思っていたのに――。
――なのにあの日。
フェーヴェル家が攻め込んできた日に、ノエルは母親に言われる。
「いい。絶対にレリアを守るのよ。あなたはお姉ちゃんなんだからね!」
「は、はい」
「あの子ならきっと分かってくれる。レスピナス家が滅んでも、私たちの意志は受け継がれる。――さぁ、いきなさい!」
燃える屋敷から逃げ出したあの日。
――両親はレリアの心配だけをしていた。
◇
ノエルは苦しそうに過去の話を終えた。
「そこからは――あ、あんたも知っているわね? あたしたちは燃える屋敷から逃げ出して今まで平和に暮らしてきたわ――はぁ、はぁ――ちゃんと、伝えたからね。父さんと母さんのこと――伝えた――から」
アインホルンの船内。
ノエルの話を聞いていたアルベルクが目をつむり「我が子をそこまで」と、悲しんでいた。親として思うところがあったのだろう。
レリアは脚が震えていた。
(ち、違う。私は嫌われないために。将来のために行動していただけで、姉貴を追い込むつもりはなかった。私は! “姉さん”みたいなことをするつもりはなかった!)
ノエルから聞いた事実に、自分と嫌いだった姉が重なってしまう。
もっとも嫌いだった姉と自分が同じだったと気が付いてしまった。
「適性があると分かれば――あんたを利用する人たちも出てくる。だから、気を付けなさいよ。これからは――はぁ、はぁ――守ってあげられないから」
「な、なんで姉貴は! 姉貴は私を守ってきたのよ! そこまでされたら、普通は私を恨むはずよ!」
レリアの言葉に、ノエルが汗をかきながら微笑む。
「馬鹿ね。あたしがあんたの姉だからよ。けど、もう無理みたいだから――後は、あんたが一人で頑張るのよ」
――レリアは、自分では考えつかないだろうノエルの答えに立ち尽くす。
馬鹿にしていたノエルの方が、自分よりも優しく――大人だったのだと気付かされてしまう。
ノエルが血を吐くと、マリエが止めに入った。
「もうここまでよ。喋らないで、体力を温存しなさい。兄貴が何とかしてくれるから」
ノエルが微笑んでいた。
「あんたのお兄ちゃん、優しいよね。あたしも――お兄ちゃん――欲しかったな」
マリエは治療を続けながら、
「羨ましいでしょ。元気になったら甘えるコツを教えてあげるわ。怒らせない限り、結構チョロいから簡単に甘やかしてくれるの。だから、それまで頑張って」
意識を失ったのか、ノエルは喋らなくなってしまった。
外を見れば、大きな虫たちが共和国中に広がっている。
ユリウス――仮面の騎士が次々に指示を出していた。
「モンスターか? 聖樹とは名ばかりだったな。鎧を出せ! 飛行船の防衛に徹しろ!」
エリクが外へと駆け出す。
「俺も出る。姉御、ノエルを――ノエルさんを頼みます!」
「あんたも絶対帰ってきなさいよ! 帰ってこなかったら許さないからね!」
苦笑いをして出ていくエリクを見ていたセルジュが、仮面の騎士に声をかける。
「俺にも鎧を貸してくれ。このまま見ているだけなんて出来ない」
ただ、仮面の騎士は冷たかった。
「悪いが予備など用意していない。お前は大人しくしていろ」
腕を拘束されているセルジュは、俯いてしまう。
アルベルクが声をかける。
「お前は黙って見ていなさい。これは、お前がしたことの結果だ」
「俺は――あいつに騙されて」
セルジュの言い訳を誰も聞いていなかった。
◇
ルクシオンに絡まった木の根やら蔦を取り払った俺は、船体の上に立ち聖樹――ラスボスを見上げていた。
「聖なる樹、って感じじゃねーな」
『同意見です』
ルクシオンが周囲の虫たちを次々に焼き払いながら、聖樹の足下を攻撃している。
足首を切られ、倒れる聖樹だが――すぐに再生して立ち上がろうとしていた。
「ノエルはこいつをどうやって倒したんだろうな」
本来ならノエルが対処するはずだったのに、今は重傷だ。
さっさと助けたいので時間もかけたくない。
「あれを使うか」
そんな俺の言葉に、ルクシオンは即座に――強い口調で答える。
『――認められません』
「違うな。これは命令だ。いいからさっさとやれ」
ルクシオンに命令をすると、出てきたのは筒の中に液体が入った注射器だ。針は見えず、パイロットスーツにある差し込み口にセットされると「プシュッ」という音が聞こえてくる。
「――っ!」
体の中に入ってくる液体は、ゲーム的に言えばステータス強化アイテムだ。
体が熱くなり、血管が浮き上がる。筋肉が膨れ上がり、呼吸が荒くなってきた。
心臓がバクバク音を立て、強く脈打っている。
まぁ、あれだよ。簡単に言ってしまえば――ドーピングだ。
ステータスを強化してくれる薬を調合し、ルクシオンは俺の体に合わせたベストな薬を用意してくれた。
結果、性能的には素晴らしい薬が出来上がったわけだ。
肉体的、魔力的に能力が向上する。操縦面でも反射神経や判断力――その他にも色々と恩恵が得られる。
俺の奥の手の一つだ。
ただし――デメリットもある。
『身体能力、魔力、共に向上。ですが、肉体への負担が大きいと判断します。使用後は医療ポッドに入ってください』
「色々と片付いたら入ってやるよ」
体の中から力があふれるような――そして、筋肉が膨れ上がって周囲の動きが徐々に遅く見えるようになってきた。
反射神経も向上しているらしい。
「強化アイテムがドーピングって――世の中、こんなものか」
操縦桿を握りしめてアロガンツを飛ばすと、次々に虫が集まってくる。
「遅ぇ!」
大剣を振り回して斬り裂けば、周囲の虫たちは黒い煙になり消えていく。大剣は炎のような魔力の光をまとっている。
「まるでモンスターだな。これじゃあ、聖樹じゃなくて魔樹とかそっち系だろうに」
『魔石を生み出す時点で予想は出来ていましたけどね』
アロガンツが大剣を握りしめれば、中央から割れて横に広がり光が発生する。
光で出来た大剣のような武器になると、巨大な聖樹の腕を斬り裂いた。
『ッアァアァァァァア!!』
聖樹の声はイデアルの声。
痛みに苦しんでいるようだ。
俺に目がけてくる木の根や蔦を避けながら、空中で縫うように動いて頭部を目指す。
「首を斬ればどうにかなるだろ」
マリエにもらったノートには、聖樹の倒し方はそう書かれていた。これを相手に、ノエルたちがそれを実行できたと思えば凄いことだ。
俺はルクシオンの力を借り、アロガンツに乗ってドーピングまでしているのにてこずっているというのに。
すると、大きな頭部の一つ目が俺を見た。
『別個体の守護者――お前さえいなければ! お前さえ消えていれば! お前を倒して、私はあれを――あいつを倒さなければ!』
「あいつ?」
何を喋っているのか分からない。
一つ目が光ったので、即座にその場から上昇すると俺のいた場所をビームの光が通り過ぎた。
ビームと呼んでいるが――これ、いったい何なのだろうか?
当たれば危険というのは分かる。
「さっさとくたばれ! ノエルを助けられないだろうが!」
斬りかかると、木の根やら蔦が俺の行く手を遮る。
◇
ルクシオンの周囲に浮かび、虫の相手をしていたクリスがアロガンツの動きを見ていた。
「あの動きは何だ?」
グレッグが虫を槍で串刺しにして倒すと、クリスに怒鳴る。
『見てないで戦え!』
「わ、分かっている。分かってはいるが――あれが人間の動きか?」
遠目に見ているのでアロガンツの動きは把握できるが、近付けばそのデタラメな動きはすぐに見失うだろうと思った。
今も時折見失ってしまう。
「あんな操縦、体が持たないぞ。これがお前の本気なのか、バルトファルト?」
アロガンツの性能が高いのは知っているが、パイロットへの負担も大きいとクリスは判断する。
アロガンツを乗りこなしているリオンに、クリスは驚嘆するのだった。
◇
その頃――アインホルンで指揮を執るユリウスは、泣き叫んでいるリオンの友人たちを怒鳴りつけていた。
『あんなのにどうやって勝てって言うんだよ!』
「泣き言を言うな!」
『共和国の問題だろうが! 俺たちは逃げてもいいはずだ!』
確かにそうなのだが――。
「あんな化け物を放置して、王国に来られでもしたら対処など出来るか! ここで倒さなければ、王国が共和国と同じように焼け野原になるんだぞ!」
ルクシオンとイデアルが戦っただけで、周囲は焼け野原になっている。
王国に攻め込まれたらと考えるだけでも頭が痛くなる。
そもそも、モンスターをまき散らす聖樹を放置など出来なかった。今も凄い数のモンスターが、共和国中に広がっている。
あまりの数に不気味さを感じるほどだ。
「今ここで倒す。これは、王国を守る戦いでもある! お前たちの力を貸して欲しい!」
そんなユリウスの言葉に、
『そんなの知るかよ! 俺たちを散々虐げてきた王国に命まで捧げられるか!』
リオンの友人たちの声を聞き、ユリウスも怯んでしまう。
(くっ! ここに来ても王国のしてきたことが仇になるか)
まとまりがなくなる王国の艦隊。
そんな中、ノエルの治療をリビアと交代したマリエがマイクを持った。
「お前ら、リオンに逆らったらどうなるか分かっているんでしょうね? せっかくもらった飛行船が使えなくなってもいいの!」
『い、いや、それは困るけど。困るけど!』
「だったら戦いなさい! 国のためでも誰かのためでもない。自分のために戦いなさい! あんなのを放置したら、枕を高くして眠れないのよ!」
マリエの言葉に困惑し、そして揺れ動くリオンの友人たち。
『い、いや、でも、あのですね。それでも怖いものは怖いわけでして。あれが王国に来るかも分からないですし、ここは一旦距離を置いて――』
どうしても逃げ出したいリオンの友人たち。
そんな彼らを奮い立たせるため、アンジェがマリエからマイクを奪った。
「この女の言う通りだ。それから――ここで逃げていいのか?」
一呼吸置いてから、アンジェは演説を続けた。
「私の婚約者は勝てない戦いはしない男だ。そんな男が、わざわざあの化け物と戦っているのは何故だ?」
『――あ!』
誰かが気が付いたような声を上げる。
『何か裏があるのか?』
『リオンだぞ。あのリオンだ。絶対に何か企んでいるはずだ!』
『あいつ勝ち馬に乗るのは神がかりだよな。だったら今回も――』
アンジェが声を張り上げる。
「我が夫に続け! 約束された勝利は目の前だ! ここで戦った者は、末代までの誉れとなる武勲を得られるぞ!」
『あいつに付き合うとこんなんばっかりだ!』
『報酬はもらうからな! 絶対だからな!』
『俺、この戦いを武勇伝にして二度と戦争に出ないことにする』
リオンの名前を出したことでまとまりを見せると、ユリウスは仮面の下で苦笑いをする。
(バルトファルト、お前は凄いな。名前だけで味方が勝利を確信したぞ)




