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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
一章 ≪転換≫
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アルゲントゥムの娘 4


 ウィスタリア達と屋敷へ帰り、部屋で落ち着く。

 ウィスタリアに紹介されなかった屋敷の使用人達―――ウィスタリアにとって重要度の低いその他大勢―――が運ぶお茶と菓子に舌鼓を打ってリーリウムは気分を浮上させた。


 そういえばと、右手の甲に刻まれた紋章を興味深く思って見つめる。


 妖力を手の甲に集めると浮き出るそれは、宝石があしらわれた豪華な懐中時計を模したデザインであり、ヴァンパイアを象徴するような赤色だ。だがよく見ると普通の懐中時計とは異なり、時を刻む針はない。

 タトゥーにも見えるこれが、貴族ノビリスの位階を象徴する身分証である。


 妖力を集めたり霧散させたりしてその紋章の浮かび上がりを確かめていると、ウィスタリアが尋ねてきた。


「どうだった、リリィ?ウェーレ君に妖力で探られてみて」


 微笑んではいるが、どこかリーリウムを案じるような響きだ。


「…少しビックリした。正直、もうされたいとは思えない」


「でしょうね。誰だってあの感覚に心地よさは感じないわ。特にリリィは敏感みたいだから、すごく勉強になったんじゃないかしら」


「うん。妖力がどんな感じか、知識だけじゃない感覚的なことも分かった」


「良かったわ。あと、配慮が足りなくてごめんなさい。貴女はまだ目覚めて間もないのに、余計な不安を抱かせてしまった」


「…?大丈夫だよ。リンデが気づかってくれたし」


 リーリウムはウィスタリアが何を思ってこれほど心配げにしているのか理解できない。

 何故なら防衛本能による妖力の暴走が起きていたことに気付いていないからである。自らが持つ固有能力に適した性能の身体になっているリーリウムは、多少気温が下がろうと何も感じない。


 しかし同じ体質である離れた部屋にいたウィスタリアは暴走に気付いた。それどころか、建物内にいた全てのヴァンパイアは異変を察知できた。大きな妖力の揺れを感じ取っていたためだ。


 ウィスタリアは思わず駆けつけようと腰を浮かせたが、直後に妖力が安定したことで大事には至っていないと踏み、急いで書類を書き終えてからリーリウムを迎えに来て今に至る。


(二人の距離が縮まって嬉しいけれど、やっぱり傍にいるべきだったわね)


 子を思う母の気持ちが強まり、母とは大変でどうしようもなく子が愛しいのだと痛感する。

 ここに過保護な親が誕生してしまったなどとは露知らず、リーリウムは呑気にリンデに話しかけており、キーファは主の心中を慮るのと娘のリンデの処遇について考えるので忙しい。


 人間より遥かに長い寿命を持つヴァンパイアゆえか、屋敷に流れる時間は非常にゆったりとしたもの。皆が皆あまり時間を気にせず過ごす。

 その最中さなか、リーリウムは目覚めて初めて暗い眼差しで目を伏せ、顔に陰を落とした。


 変化に目ざとく気が付いたリンデが、会話を切って気づかう。


「リリィ様?お加減が優れないのでしょうか」


 もしや位階判定の際に妖力を探られた影響で今になって気分が悪くなったのでは、と。


「何でもない。ちょっと、人を思い出してた」


「…それは、人間だった頃のお知り合いで?」


「うん」


 時間に余裕が生まれたからだろう。

 考えるのを後回しにしていた事がらが、堰を切ったように溢れてくるのだ。


 もう一度会いたい。


 言っても良いものか迷い、リーリウムは逡巡する。


 リーリウムが人間ではなくなっても生きたいと強く望んだのは、大切な者と再び会うため。リーリウムにとって、否、氷丘由璃にとって、「死」は「己の人生を失う恐怖」というより「大切な者を永遠に失う」という感覚であった。

 氷丘由璃は後者の方が耐えられなかった。


(父さんは…葵は…みんな、どうしてるかな)


 誰よりも尊敬し、愛する父。家族といっていいくらい信頼している、大好きな親友。そして世話になった多くの友人や知人。


 氷丘由璃という人間が死んで一年も経った。由璃はリーリウムになったが、世間では死んだことになっているとウィスタリアに聞いている。そういう風に手を回したらしい。


(いつか、必ず会いに行く)


 今は会ってもいいか判断が付かない。ウィスタリアに許可をもらわなければ。


 現保護者はウィスタリアなのだ。リーリウムが勝手な真似をしてなんらかの問題が起きた場合、責任をとるのはウィスタリア。

 ウィスタリアがどう思っていようと、リーリウムの中では恩人にして母である。迷惑をかけたいと思うはずがない。すでにリーリウムの“大切な者”のくくりに入っている。


(大丈夫。時間は沢山あるし、母上マトレムは頭ごなしに否定したり禁止したりするような人じゃない。もし止められても、理由があるだろうし)


 いつになるかは分からないが、会えることは確実だ。

 ただ一つ不安なのは、ヴァンパイアになった自分への対応。


 嫌悪され、拒否されたら、リーリウムは己の心が耐えられるとは思えなかった。正確には己が拒絶されることではなく、氷丘由璃が拒絶されることが、だ。

 リーリウム・アルゲントゥムはヴァンパイア。拒絶されても仕方がない。だが、氷丘由璃の存在までも否定されることは、恐ろしくてたまらない。


(怖いなぁ…。自分で選んだ道なのに…今さら、会いたいけど会いたくない、なんて我儘だよね)


 自嘲ゆえに零れた哀しげな笑み。


 リーリウムの表情に、リンデの胸は締め付けられる。


(そんな顔しないでっ!あぁ、そんな顔をさせたくて聞いたわけじゃない…。どうすればいい?どうすればリリィ様を元気づけられる?)


 正直にいってそこまでリーリウムに思われる者達への嫉妬もある。ヴァンパイアである自分がこれからは傍にいるという優越感も。


 しかしけっしてリーリウムを悲しませてでも自分に想いを向けてほしいとは思っていない。


(ボクが大きな存在になってみせる)


 リーリウムの心が悲しむ暇もないほど、その心を占める自分の存在を大きくしよう。


 ひとまずの目標をたて、そのためにもより一層の努力を誓う。リンデはさり気なくリーリウムの手を握った。






 ◇◆◇◆






 同時刻。イタリア某所にて。



「近頃やけに違法浮浪者イリーガルが増えてやがるせいか、ヴァンパイアどもが騒がしいな」


「まったくだ。おかげでお偉方もピリピリしたまんまで、たまったもんじゃねぇよ」


「おーいお前ら!俺も話にまぜろ」


「ん?よう久しぶりだな」


「しばらく顔を見なかったが、仕事は終わったのか?」


 それなりに混雑した酒場で話し込んでいた二人の男は、一か月ほど顔を合せなかったアジア人の男に同席を頼まれ承諾する。


「ああ、ちょっくら日本まで行ってたんだ。いやービビったぜ。ハイカミ殿の依頼でよぉ」


「はあ!?あの御方の指名依頼だとっ、お前どこでお目に留まったんだよ!」


「はっはっは、羨ましいだろ~…っていうか理由は俺も聞かされてねーんだわ。普段の行いが良かったんじゃね?」


「んなわけあるか!お前ぐらいでいいんだったらオレ等でも普通に話くるだろうが」


 何故か偉大な人物に仕事を任されたらしい仕事仲間に羨望と疑問をぶつける男達。


「まあ冗談はさておき、おそらく今回は俺が知り合いだったからだな。日本のヴァンパイアに対応する警察のお偉いさんと」


「…え、お前そんな人脈つくってたの?」


「いや。何回か仕事で会ったことがあるだけだ。知り合いは知り合いでも、仕事上の表面的なもんだけ」


 ジョッキに入った酒をあおり、二人の男は怪訝な顔をする。その程度の仲なら他にも適任な奴がいるだろう、と。


「俺が指名された詳しい理由までは知らんしさすがに任務内容は言えんが、例の噂に関することとか、いろいろと情報は仕入れてきたぞ」


 二人の仲間に語りつつ、アジア人は意味深な笑みを浮かべる。


「噂って…あれか?【蒼き魔狼フェンリル】が日本にいるのはハイカミ殿の孫がいるからってやつ」


「それある」


「…?」


「噂はほぼ事実。最新情報は【蒼き魔狼フェンリル】が任務に失敗した。つまりお孫殿の身に何かあったらしい」


「………」


「………」


 男二人は驚愕のあまりポカンと口を開けたまま放心状態に陥った。しかし【蒼き魔狼フェンリル】の任務失敗は彼等にとって大事件である。咎めるのは酷というものだ。


 【蒼き魔狼フェンリル】とは男達のとある同業者の異名。人間とは思えぬスペックを持ち、依頼達成率一〇〇パーセントを誇る最年少Sランクハンター。

 盟約を守らず、人間の法を犯し、人間を害するヴァンパイアである違法浮浪者イリーガル。その違法浮浪者イリーガルを狩るハンター協会に属する、トップクラスのハンターである。


 隙がなく、一度たりとも仕事に黒星がついたことのないあの【蒼き魔狼フェンリル】が、失敗した。


 これはハンター業界において特大スキャンダルだと、男達は戦慄する。


「……一大事じゃね?」


「ああ、ヤバい。御上の方々がピリピリしてんのはそういうことか。こりゃあマジでヤバい」


「まさかあの『若様ご乱心』騒動って、それが原因か!」


「だろうな。でなきゃ興味ないことにはとことん無関心で温厚な若様が、物を破壊しまくったあげく【蒼き魔狼フェンリル】に会った瞬間殴りかかるなんて暴挙をするはずがない」


 半年ほど前、珍しくイタリアにあるハンター協会本部に顔を出した【蒼き魔狼フェンリル】を視界に入れたハンター協会次期会長は、周囲の物を破壊しながら【蒼き魔狼フェンリル】に襲いかかった。自他ともに認める「最強」がSランクハンターと大乱闘を始めたことにより、被害は甚大であった。


 風の噂によると「最強のハンター」である次期会長は、ハンター協会大幹部の灰狼はいかみ じんの孫にご執心だとか。


「で、しかも間が悪いことに、アジア領域の六王玉ドミナスがファミリアを持った。これはついさっき入手した情報だがな」


 アジア人の男は酒をあおり、疲れたように溜息を吐く。眉間に刻まれたしわが、男の疲労と憂いを表していた。


違法浮浪者イリーガルも妙に集団を形成しているトコが出てきたし…」


「ああ、加えてBランク以上も増えてきてんだろう?一昨年辺りからハンターの死亡率が上がった」


 アジア人の男の言葉に、二人の男の片方がハンターの仕事の危険度が上がった心配をする。


「…ふー…お前らも気を引き締めろよ?」


 アジア人は煙草を取り出して一服し、ここ数年の事件や変化を思い出しながら男達に己の考えを告げた。



「―――俺らがいる時代は、荒れる」



 いつものふざけた様子のない深刻な表情に、二人の男は反射的に頷いたのだった。







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