生まれた歪 1
「うまれたひずみ 1」
私立ジーヴル学園。
通う生徒は何かしら平凡とは言い難い要素を持つ者ばかりである、知る人ぞ知る名門校。芸能関係者や日本記録保持者のスポーツ選手、経済界で名を馳せる名家の子息や、果てはすでに能力を買われ企業から声がかかるような技術者など、あきらかに一般的な学校ではない生徒層だ。
しかし、世間一般でいう非凡な生徒たちの中には、さらに別格の存在とされる者たちがいた。
「“月華”の編入生だ…」
「うわぁ~朝からラッキー!」
「え、あの子が噂の妖精さん?うそ、マジ妖精なんだけどっ」
「ちょー儚げ…ってか銀髪が尊すぎる」
「やばやばやばやばやばっ……~~~~~はう」
「くっそ美人だなぁおい!あ、誰か来てくれ!“月華”にあてられてぶっ倒れたやつがいる!!」
フランス様式の美麗な校舎までの整えられた道。週明け月曜日であり気の抜けた表情の生徒たちが多い中、颯爽と歩く二人組の女子生徒。
「銀髪碧眼であの美貌とか、二次元かよ」
「一緒にいるのって、確か家ぐるみでお仕えする系の従者だっけ」
「あ~凄いおうちあるあるネタの」
「あのお付きの子って不愛想なんでしょ?話しかけても無視されるって」
周囲の生徒たちは口々に話題の二人組について話し出す。
透き通るような美しさの銀の髪に、エメラルドよりも尊いと誰かが言ったグリーン・アイ。西洋系の顔立ちは驚くほど整っており、シミ一つない真っ白な肌は、触れることを躊躇わせる清廉さがある。
制服の左胸に輝く銀月のバッジを身に着けた、高等部二年の編入生、リーリウム・アルゲントゥム。
リーリウムの斜め後方、半歩ほどずれた横をもう一人の女子生徒が追従する。リーリウムの従者と噂される、リンデ・フルウムである。
柔らかそうなライトブラウンの髪を片側にまとめ、サイドテールにしたリンデは、唐突に離れた位置で会話していた生徒たちを一瞥した。
「うお」
「ひえっ」
「この距離で聞こえてんの!?」
その場にいた生徒たちは慌てて体ごと向きを変え、速足で校舎へと逃げる。
「…リンデ」
「はい。ですぎた真似をして申し訳ありません」
「ううん。謝る必要はないけど、あんまり他の生徒をおどかしたらダメだよ」
「かしこまりました。善処いたします」
澄ました顔のリンデを見やり、リーリウムは困ったように眉を下げたが、何も言わずに校舎へと歩みを進めた。
そのすぐ後、校舎への道を歩く別の特別な生徒たちがいた。
左胸に銀の月のバッジを身に着けた彼女らには、やはり周囲の生徒が注目する。
「お、また“月華”だ」
「あ~一年生の」
リーリウムを目撃してすぐだったこともあり、比較的落ち着いて生徒たちは眺めていた。
学園で特別である証の“月華の会”の会員証。これを持つ生徒は有名だが、その中でも特に話題の多い会員がいる。目の前の存在は一年生ではあるものの、その内の一人だ。
「でもさ、なんかいつもと雰囲気が」
「いっつもニコニコしてたのに、どうしたんだろ」
「…?」
「なんであの子蹲ってんの」
赤みがかった長い髪をなびかせ、愛らしい笑顔を常に浮かべているはずのその女生徒は、無機質な眼差しだった。無関心な様子は、普段とは似ても似つかない。
やや後ろの、リーリウムにとってのリンデと同じポジションをとっている女生徒も、常時醸し出していた優しい空気がまるでない。
加えて、くだんの彼女に挨拶したであろう同学年と思われる男子生徒が、膝をつき両手で頭を抱えている。
「おい、大丈夫か?」
「全然…大丈夫じゃないぃぃぃぃぃ…!」
不審に思った男子生徒が声をかけたところ、情けなくも弱々しい返事があった。
「どうしたんだよ」
朝から“月華”の生徒に会えたうえ、必ず笑顔で会話をしてくれる愛想の良さで有名な女生徒相手だ。何があったというのか。
「…ぇしてくれなかった」
「聞こえない。なんだって?」
「だから…挨拶を返してくれなかったんだよっ」
とても信じられない、信じたくはないといった様子で、蹲っている少年は話した。
「…たんに聞こえなかったんじゃね」
「さ、三回だ。一度目は声が小さかったと思った。でも、恥ずかしかったけど、大声で二回、声かけたんだ!……それなのに」
一度も表情を崩さず、視界にも入れず、彼の女生徒は歩き去ってしまった。
事実を話すと、さらに少年の憂鬱さが増した。
もしや学園で唯一、自分は彼女らに嫌われたのではないかと。
「…マジか?」
「その子の言ってることは本当みたいだよ。ほら、あっちにも何人か同じような人いるし」
「げ、マジだ」
校舎付近に数人の生徒が意気消沈した顔で佇んでいるのが見えた。
蹲る一年生の男子生徒を疑う要素がなくなり、他の生徒たちは驚きを隠せない。
アイドルばりの人気を誇る“月華”の女生徒。彼女の急激な変貌に、ただただ困惑が満ちていった。
空気がおかしい。
どうおかしいかと問われると、学園に来て日が浅いリーリウムは説明に困る。だが、確実に昨日とは何かが異なるのだ。
背後に控えるリンデがいつも通りであるのは、リーリウムに害がある類ではないと判断したからだろう。
「ねえ、リンデ」
「はい。少々、奇妙ですね」
言うわりには欠片も興味のなさそうなリンデに、リーリウムは苦笑。
この専属騎士が主人以外に関心がないのは、今に始まったことではない。
登校したばかりのため、誰かに、具体的には繋あたりにでも事情を尋ねようかと、教室内を見渡したところで、プリムローザと浅黄が連れ立ってきた。
「おはよう。ローズ、浅黄」
「おはようございます、リリィ」
「おはよー。どしたのリリィ様。落ち着かない様子で」
学園内の空気を気にするでもなく変わらない二人に、リーリウムは訳を話した。
「なんか、学校の空気?がおかしいな、と思って」
二人なら何か知っているのだろうか。
「あ~。もしかして、ウィスタリア様って意外と教育に厳しかったり?それとも放任主義?」
「…?なんで母上?」
すると浅黄から理解に苦しむ答えが返ってきたので、ますますリーリウムは困惑する。
「浅黄、おそらくは前者ですわ。彼のお方はリリィを溺愛していると、お父様が苦笑いしていたくらいですもの。大事な愛する娘だからこそ、心を鬼にしているのでしょう」
「あ、マジ?へぇ~あのウィスタリア様がね~」
「それでなくとも、アルゲントゥム家は血族への情が深いと有名。ましてリリィは生まれたばかりも同然。可愛くて仕方がない時期に、このような教育をしないといけないだなんて…」
「まー仕方ないっしょ。リリィ様はファミリアなんだから、体感してもらわないと分からないことだって多いしね」
繰り広げられる会話に、さすがにリーリウムも大雑把に事情を察することができた。
「この学園の変な空気、ヴァンパイア側で何かあったってこと?」
彼女らの話から感じ取れたのは、ヴァンパイアなら皆おおよその事情を把握しているらしいことだ。
そして、母であるウィスタリアが、リーリウムに情報を意図的に与えなかったということ。
(なんだろ…リンデも知らされてなかったことだよね)
つまり、これを機にリーリウムとリンデに何かを学ばせたいのだろう。
(私にはヴァンパイアとして、リンデには専属騎士として、成長してほしいと思われてる。ということ?)
自分たちに関わることなのであれば、意図したのはこの方面で間違いはない。
「…母さんやタリア様からの試練、ですか」
どうやらリンデも同じ結論に至ったらしい。
非常に珍しいことだが、リンデが難しい顔をしていた。深く考えるそぶりを見せるのは、リーリウムに関わる事柄ゆえに。
「それで、聞いてもいいことなの?何が起こってるのか」
ひとまず、問題がどういうものなのか、確認すべきである。
「聞くのは構いませんが、すぐに分かることですわよ。なにせ、学園生が始めた…といいますか、現在進行形で広めているので」
「全員じゃないけどねぇ。半分くらい?あれ、確か一年生はほとんどでしょ?あとは、二年は大半が様子見か無関心、三年は…半数近く。中等部は五割か六割…やっぱ全体的に半分より少し多いぐらいだね」
これ以上増えるとしたら二年の様子見連中じゃない。
けらけらと笑いながら話す浅黄の言葉は、リーリウムには理解しがたい。いったい何の人数なのか。
「二年生にはワタクシとリリィがいますから、ワタクシ達の動き次第でしょうね」
プリムローザの怪しげな笑み。
胡散臭いものでも見るかのようにリンデは眉間のしわを深くし、警戒心を持ってリーリウムのより近くへ寄った。
「あらあら、そんなに身構えないでくださいな。別にワタクシが何かしたわけでもありませんのに」
「厄介そうな事態をより引っ掻き回すのが貴女の趣味でしょう…。いいから、早く話してください。何が起きたのか、何が起ころうとしているのか」
「仕方ありませんわね。浅黄、説明してあげてちょうだい」
これ以上はまたリンデが爆発する可能性があったので、プリムローザは楽しい会話を諦める。
ただし、自身の専属騎士に面倒な役回りを押し付けて。
「…ほんっとーにローズ様は」
盛大にため息をついて、浅黄は押し付けられた説明役を引き受ける。
「簡単に言うと、未成年の同胞たちが盛り上がって、人間との交流を断ち始めた」
「え」
「は?」
思わず驚いて出てしまった声。
リーリウムもリンデも、想定外の出来事だった。




