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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
三章 ≪タイトル未定≫
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生まれた歪 1



「うまれたひずみ 1」





 私立ジーヴル学園。

 通う生徒は何かしら平凡とは言い難い要素を持つ者ばかりである、知る人ぞ知る名門校。芸能関係者や日本記録保持者のスポーツ選手、経済界で名を馳せる名家の子息や、果てはすでに能力を買われ企業から声がかかるような技術者など、あきらかに一般的な学校ではない生徒層だ。


 しかし、世間一般でいう非凡な生徒たちの中には、さらに別格の存在とされる者たちがいた。


「“月華”の編入生だ…」


「うわぁ~朝からラッキー!」


「え、あの子が噂の妖精さん?うそ、マジ妖精なんだけどっ」


「ちょー儚げ…ってか銀髪が尊すぎる」


「やばやばやばやばやばっ……~~~~~はう」


「くっそ美人だなぁおい!あ、誰か来てくれ!“月華”にあてられてぶっ倒れたやつがいる!!」


 フランス様式の美麗な校舎までの整えられた道。週明け月曜日であり気の抜けた表情の生徒たちが多い中、颯爽と歩く二人組の女子生徒。


「銀髪碧眼であの美貌とか、二次元かよ」


「一緒にいるのって、確か家ぐるみでお仕えする系の従者だっけ」


「あ~凄いおうちあるあるネタの」


「あのお付きの子って不愛想なんでしょ?話しかけても無視されるって」


 周囲の生徒たちは口々に話題の二人組について話し出す。


 透き通るような美しさの銀の髪に、エメラルドよりも尊いと誰かが言ったグリーン・アイ。西洋系の顔立ちは驚くほど整っており、シミ一つない真っ白な肌は、触れることを躊躇わせる清廉さがある。

 制服の左胸に輝く銀月のバッジを身に着けた、高等部二年の編入生、リーリウム・アルゲントゥム。

 リーリウムの斜め後方、半歩ほどずれた横をもう一人の女子生徒が追従する。リーリウムの従者と噂される、リンデ・フルウムである。


 柔らかそうなライトブラウンの髪を片側にまとめ、サイドテールにしたリンデは、唐突に離れた位置で会話していた生徒たちを一瞥した。


「うお」


「ひえっ」


「この距離で聞こえてんの!?」


 その場にいた生徒たちは慌てて体ごと向きを変え、速足で校舎へと逃げる。


「…リンデ」


「はい。ですぎた真似をして申し訳ありません」


「ううん。謝る必要はないけど、あんまり他の生徒をおどかしたらダメだよ」


「かしこまりました。善処いたします」


 澄ました顔のリンデを見やり、リーリウムは困ったように眉を下げたが、何も言わずに校舎へと歩みを進めた。



 そのすぐ後、校舎への道を歩く別の特別な生徒たちがいた。

 左胸に銀の月のバッジを身に着けた彼女らには、やはり周囲の生徒が注目する。


「お、また“月華”だ」


「あ~一年生の」


 リーリウムを目撃してすぐだったこともあり、比較的落ち着いて生徒たちは眺めていた。

 学園で特別である証の“月華の会”の会員証。これを持つ生徒は有名だが、その中でも特に話題の多い会員がいる。目の前の存在は一年生ではあるものの、その内の一人だ。


「でもさ、なんかいつもと雰囲気が」


「いっつもニコニコしてたのに、どうしたんだろ」


「…?」


「なんであの子蹲ってんの」


 赤みがかった長い髪をなびかせ、愛らしい笑顔を常に浮かべているはずのその女生徒は、無機質な眼差しだった。無関心な様子は、普段とは似ても似つかない。

 やや後ろの、リーリウムにとってのリンデと同じポジションをとっている女生徒も、常時醸し出していた優しい空気がまるでない。


 加えて、くだんの彼女に挨拶したであろう同学年と思われる男子生徒が、膝をつき両手で頭を抱えている。


「おい、大丈夫か?」


「全然…大丈夫じゃないぃぃぃぃぃ…!」


 不審に思った男子生徒が声をかけたところ、情けなくも弱々しい返事があった。


「どうしたんだよ」


 朝から“月華”の生徒に会えたうえ、必ず笑顔で会話をしてくれる愛想の良さで有名な女生徒相手だ。何があったというのか。


「…ぇしてくれなかった」


「聞こえない。なんだって?」


「だから…挨拶を返してくれなかったんだよっ」


 とても信じられない、信じたくはないといった様子で、蹲っている少年は話した。


「…たんに聞こえなかったんじゃね」


「さ、三回だ。一度目は声が小さかったと思った。でも、恥ずかしかったけど、大声で二回、声かけたんだ!……それなのに」


 一度も表情を崩さず、視界にも入れず、彼の女生徒は歩き去ってしまった。


 事実を話すと、さらに少年の憂鬱さが増した。

 もしや学園で唯一、自分は彼女らに嫌われたのではないかと。


「…マジか?」


「その子の言ってることは本当みたいだよ。ほら、あっちにも何人か同じような人いるし」


「げ、マジだ」


 校舎付近に数人の生徒が意気消沈した顔で佇んでいるのが見えた。

 蹲る一年生の男子生徒を疑う要素がなくなり、他の生徒たちは驚きを隠せない。


 アイドルばりの人気を誇る“月華”の女生徒。彼女の急激な変貌に、ただただ困惑が満ちていった。






 空気がおかしい。


 どうおかしいかと問われると、学園に来て日が浅いリーリウムは説明に困る。だが、確実に昨日とは何かが異なるのだ。

 背後に控えるリンデがいつも通りであるのは、リーリウムに害がある類ではないと判断したからだろう。


「ねえ、リンデ」


「はい。少々、奇妙ですね」


 言うわりには欠片も興味のなさそうなリンデに、リーリウムは苦笑。

 この専属騎士が主人以外に関心がないのは、今に始まったことではない。


 登校したばかりのため、誰かに、具体的には繋あたりにでも事情を尋ねようかと、教室内を見渡したところで、プリムローザと浅黄が連れ立ってきた。


「おはよう。ローズ、浅黄」


「おはようございます、リリィ」


「おはよー。どしたのリリィ様。落ち着かない様子で」


 学園内の空気を気にするでもなく変わらない二人に、リーリウムは訳を話した。


「なんか、学校の空気?がおかしいな、と思って」


 二人なら何か知っているのだろうか。


「あ~。もしかして、ウィスタリア様って意外と教育に厳しかったり?それとも放任主義?」


「…?なんで母上(マトレム)?」


 すると浅黄から理解に苦しむ答えが返ってきたので、ますますリーリウムは困惑する。


「浅黄、おそらくは前者ですわ。彼のお方はリリィを溺愛していると、お父様が苦笑いしていたくらいですもの。大事な愛する娘だからこそ、心を鬼にしているのでしょう」


「あ、マジ?へぇ~あのウィスタリア様がね~」


「それでなくとも、アルゲントゥム家は血族への情が深いと有名。ましてリリィは生まれたばかりも同然。可愛くて仕方がない時期に、このような教育をしないといけないだなんて…」


「まー仕方ないっしょ。リリィ様はファミリアなんだから、体感してもらわないと分からないことだって多いしね」


 繰り広げられる会話に、さすがにリーリウムも大雑把に事情を察することができた。


「この学園の変な空気、ヴァンパイア側で何かあったってこと?」


 彼女らの話から感じ取れたのは、ヴァンパイアなら皆おおよその事情を把握しているらしいことだ。

 そして、母であるウィスタリアが、リーリウムに情報を意図的に与えなかったということ。


(なんだろ…リンデも知らされてなかったことだよね)


 つまり、これを機にリーリウムとリンデに何かを学ばせたいのだろう。


(私にはヴァンパイアとして、リンデには専属騎士として、成長してほしいと思われてる。ということ?)


 自分たちに関わることなのであれば、意図したのはこの方面で間違いはない。


「…母さんやタリア様からの試練、ですか」


 どうやらリンデも同じ結論に至ったらしい。


 非常に珍しいことだが、リンデが難しい顔をしていた。深く考えるそぶりを見せるのは、リーリウムに関わる事柄ゆえに。


「それで、聞いてもいいことなの?何が起こってるのか」


 ひとまず、問題がどういうものなのか、確認すべきである。


「聞くのは構いませんが、すぐに分かることですわよ。なにせ、学園生が始めた…といいますか、現在進行形で広めているので」


「全員じゃないけどねぇ。半分くらい?あれ、確か一年生はほとんどでしょ?あとは、二年は大半が様子見か無関心、三年は…半数近く。中等部は五割か六割…やっぱ全体的に半分より少し多いぐらいだね」


 これ以上増えるとしたら二年の様子見連中じゃない。


 けらけらと笑いながら話す浅黄の言葉は、リーリウムには理解しがたい。いったい何の人数なのか。


「二年生にはワタクシとリリィがいますから、ワタクシ達の動き次第でしょうね」


 プリムローザの怪しげな笑み。

 胡散臭いものでも見るかのようにリンデは眉間のしわを深くし、警戒心を持ってリーリウムのより近くへ寄った。


「あらあら、そんなに身構えないでくださいな。別にワタクシが何かしたわけでもありませんのに」


「厄介そうな事態をより引っ掻き回すのが貴女の趣味でしょう…。いいから、早く話してください。何が起きたのか、何が起ころうとしているのか」


「仕方ありませんわね。浅黄、説明してあげてちょうだい」


 これ以上はまたリンデが爆発する可能性があったので、プリムローザは楽しい会話を諦める。

 ただし、自身の専属騎士に面倒な役回りを押し付けて。


「…ほんっとーにローズ様は」


 盛大にため息をついて、浅黄は押し付けられた説明役を引き受ける。


「簡単に言うと、未成年の同胞たちが盛り上がって、人間との交流を断ち始めた」


「え」


「は?」


 思わず驚いて出てしまった声。

 リーリウムもリンデも、想定外の出来事だった。





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