あるヴァンパイアの独白
今回は短めです。
一応、次回の投稿から始まる新しい章の前フリといいますか、暗示といいますか、そんな感じです。
彼女はこの世の不条理を嘆いた。
「行動で示してくださった姫君に感謝を。自然に同胞を労わり、愛する事すら隠さねばならないだなんて、道理に合いません」
銀の一族。
彼女達が憧れる剣の一族は、やはり英雄に違わない高潔さを持っていた。新しく加わったばかりの姫君も、例外ではない。
例え無自覚でも。影響力を知らずにとった行動だったとしても。尊敬に値した。
現在までの彼女が出来ないことを成したのだ。
「どうして、我々が隠れねばならないのでしょう」
彼等はいつだって、堂々と表を歩いているのに。
「数は正義だとでも言うのですか」
そのようなこと、暴論でしかない。
「嗚呼。彼等にとっては、正しくそうでしたね」
大勢を決する重要な場面では、必ず多くを味方につけた者が勝利する。
多数決とは、なんと業の深き文化を生み出したものか。
「多数が認めた事実が世の常識。正しい意見。…それ以外は異常で異端で、価値がない」
くっくっと、喉に引っかかるような笑い声が漏れた。
否定。罵倒。侮蔑。
少数は、多数に叶わない。まるで本能のように、生を受けた瞬間から常識だと刷り込まれる。
「そうやって出来上がった世界の住人は、排他されたものに無頓着。自らを脅かすとは欠片も思っていない」
欲しい部分だけを搾取して、益だけを毟り取ろうとするのに必死で。
自身の卑しさ、浅ましさゆえに、気付かないのだ。
「でも、もういいでしょう?十分でしょう?」
そろそろ、自覚するべきだ。
「たくさん、沢山、分け与えました。幸せだったでしょう。我々が、一方的に恵んであげたのだから」
弱くてすぐに死んでしまう、可哀そうな彼等に対する慈悲だったのですよ。
彼女はひどく哀しげに、顔を歪めた。
技術の提供も、躍進も、数多の協力も、彼等の生活を潤すために行われた全てが。彼女が言うところの慈悲である。
「だから、もう、止めますね。大丈夫です。その前に沢山歩みを合わせて差し上げましたし、強くなれるよう手伝いましたし。…そのせいで多少、増長させてしまったのは、我等の落ち度かもしれませんが」
――動物の育成は難しいのですね。
一変し、とても明るく言ってのける。
「失言でした。これでは王に叱られてしまいます。だって、公平ではないですから」
恥じらう彼女もまた、ヴァンパイアの例に漏れず美しい相貌だった。
どんな表情でも、魅力的だった。
「一応、彼等も動物ではないと主張している訳ですから、対等に扱ってあげなければ。偉大なる始祖の王は、本当にお優しく寛大でいらっしゃる。彼等さえ愛おしんで…友となろうだなんて」
理解に苦しむ。そう言ってしまうのは簡単で、しかしそれを言ってしまえば、彼女は自身の存在の根源を否定することとなってしまう。
「ともかく。もう潮時でしょう。盟約も法も破る気はありませんが…それらのどこにも、我々の秘匿や彼等への救済を執行させる項目など存在しません」
つまり、彼女達が偽る必要はない。
今まではいらぬ諍いを避けるため、彼女達の配慮で隠れてきたに過ぎない。表向き平和な世界が成り立っていたのは、彼女達のボランティア精神があってこそ。
「我々が一方的に無償で奉仕するなど、なんの冗談でしょうか。いけません。早く彼等の大好きな流儀に則って、止めなければ」
喜び勇んで支援を止めるだろう同胞を想像して、彼女は肩を震わせた。
「彼等、人間もきっと大いに喜んでくれますよね」
瞳を輝かせ、満足げに一つ頷く。
「昔から大好きですもの―――『平等』という言葉が」
いかがでしたか。
このヴァンパイアは誰だ、と皆さんお思いでしょう。
次回から始まる新章以降で「彼女」の正体も分かります。
前回の話を覚えていますでしょうか。
最後のほうで小夜風浅黄が人間を、「下等生物」だと考えている場面です。
一見とても友好的な人物でも、ヴァンパイアという種族は浅黄のように人間を捉えている。
もしくは近いことを思っている。
それを知ってもらうために描いた話です。
察している方も多いかもしれませんが、実は人間を対等に、種族の一つとして認めているヴァンパイアはごく少数。
上記をふまえて言えるのは、独白した「彼女」は浅黄よりも過激である、ということです。




