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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
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バレンタイン小話 それは氷菓よりも甘く溶けて


一週間遅れですが、バレンタインに乗っかってみました。

一応実際にあった話として執筆しています。



 これはヴァンパイアになって日が浅い、目覚めたばかりの頃に迎えた二月十四日の出来事。



 家々の屋根が薄く白に染まったネオン彩る夜の町並みに、弾む心を感じてリーリウムは一息つく。


(やっぱり、何もなくても冬ってだけで嬉しい)


 自室の大きな窓から外を眺める。窓際に運んだ椅子に腰掛け、雪がちらついた日から飽きることなく暇があればこうしていた。

 氷を操る能力ゆえか、適応するために変化した肉体は寒さがとても好ましく思えるらしい。暑さが苦手な変わりに、冬の凍てつくような空気がおいしく感じられるのだ。


 実はリーリウムのために用意されたこの部屋には、暖房と呼べる類はいっさい存在しない。夏に必要な冷房があれば、アルゲントゥムの一族は快適なのである。


 扉をノックする音。しかし聞こえる前から、リーリウムには誰が来るか分かっている。


「おはようございます、リリィ様」


 囁くような声音でリンデが部屋に入って来た。  

 そして、恒例化していたやりとり。


「もう、やっぱり起きてるんですね。主を起こす夜の特権・・・・がなくなって、すごく残念なんですが」


 唇をやや尖らせ、拗ねた眼差しを向けるリンデ。

 彼女の態度は、冬になってから早起きになったリーリウムの寝顔が見られないことへの不満が原因である。


 ヴァンパイア達の起床時刻は日が暮れてからで、逆に就寝時刻は日が昇ってから数時間後。つまり、現在は午後六時頃であるが、リーリウム達にとっては起床する時間であった。

 人間にとってはおおよそ朝方六時に該当する。現代の若者にしては健康的な起床時刻で、充分に早起きと言えるだろう。


「おはよ、リンデ」


 毎度のことなのでリーリウムも何も言わない。


「でも、いつもより少し早いね」


 だが、今日は普段より十分ほど早い訪れであった。

 リーリウムの疑問に、ピクリと肩を震わせ、そわそわし始めるリンデ。


「…リンデ?」


「その、あの、えーと…」


 不思議そうな主の呼びかけに、右に左にと忙しなく視線を泳がせ、リンデは挙動不審となる。


「っリリィ様、今日は、わ、渡したい物がございまして」


「うん」


「日本で生まれ育ったリリィ様には、やはり大事な日かと愚考するしだいでして…」


「…あ、そっか。今日は」


 バレンタインデー。日本では男性が女性からの贈り物で一喜一憂する、様々な愛が渦巻く日である。


 リンデはどうやら、日本の文化に合わせてくれるようだ。

 主人に喜んでもらえるよう努力する自らの専属騎士に、リーリウムは口元を緩める。


日本こちらでは恋人や夫婦でなくとも、想いを込めたチョコレートを送ると聞きました」


 耳の先を赤くしながら一生懸命に言葉を紡ぎ、リーリウムの傍で片膝をついた。

 気恥ずかしげにぎこちない動作で、後ろに隠していた手をリーリウムに差し出す。


「―――っ」


 恭しく差し出されたそれを見て、リーリウムは息を呑んだ。


「…これ、チョコ?」


「はい。リリィ様の名前になぞらえるなど、不敬かと思ったのですが…」


「そんなことない」


 むしろ自分が名前負けしているとリーリウムは思う。


 真っ白で、本当にチョコレートなのかと疑いたくなるそれは、美しい百合の花。

 精巧に作られた花弁と、瑞々しい艶やかな緑の茎と葉は、息づいているかのようであった。本物よりも全てが小さく、両手の中に納まっている。


 冷された透明なケースに入っていることもあり、たった一輪の百合が、金銭では買えない価値と存在感を感じさせる。


「こんなにすごいチョコ、初めてもらった」


 感嘆しか出てこない。


「…喜んでいただけましたでしょうか?」


「うん。嬉しい」


「っ!~~~ありがとうございますっ」


「どうしてリンデがお礼?」


「いえ、受け取っていただけてボクも嬉しいので!」


 零れたリーリウムの微笑に悶えているとは露知らず、リーリウムはチョコレートを大事に抱えた。もちろん壊れ物を扱うように。


「でも私、何も準備してなかった。ごめん」


 ヴァンパイアの自分に慣れるので精一杯で、イベントごとはすっぽり頭から抜け落ちていた。


「何を謝る必要がるのですか。これはボクが勝手に用意したのです。もとより見返りなんて求めていません」


(これはあれだね、気にしてないアピールしてれば絶対何かくれるよねリリィ様!)


 内心などおくびにも出さず、リンデは殊勝に告げる。


「リンデ。それじゃあ私が落ち着かない」


 案の定、リーリウムはお返しをしようと意気込んだ。


(きたきたきた、きたァァァァァ!)


 すでにリンデはリーリウムが何を提案するか予想できている。今からチョコを作るか、してほしいことを聞いてくるかの二択だろう、と。

 そして確率は後者の方が高い。なぜなら日々の予定はだいたいウィスタリアが決めており、今日も勉学と能力の訓練がある。さすがに休憩時間だけで作りきるのは難しい。材料も揃えなければならないのだから。

 寝る時間を削ると叱られるだろう。母たるウィスタリアに心労をかけるのを良しとしないリーリウムは、予定の変更も言い出せない。


 となれば、バレンタイン当日である今日中にお返しをしたければ、片手間でできることが望ましいと考えるはず。

 一瞬でそこまで予測したリンデは、リーリウムの次の言葉を待った。


「……何か私にしてほしいこと、ある?」


「是非!あ、…こほん。はい、お許しいただけるのであれば」


(ボクの大勝利ぃ!)


 思わずガッツポーズまでしてしまい、何事もなかったかのように取り繕う。


「…えっと、何してほしい?」


 想像以上に嬉しげなリンデに戸惑いつつ、リーリウムは尋ねた。


「あの、よろしければボクと絆結ウィンクルスをしていただけないでしょうか」


「え」


 じわりと熱がリーリウムの顔に集まり、硬直。

 リンデは早まったかと血の気が引き、慌てて撤回するために早口で謝罪する。


「申し訳ございませんっ、身の程をわきまえない願いでした!どうか忘れ――」


「いいよ」


「――忘れてくださ………今、なんと」


「……リンデは私の…だ、大事な専属だか、ら。…恥ずかしいけど、いいよ」


「っ~~~~~!!」


 羞恥からつっかえながら言うリーリウムの可憐さに、リンデは萌え死にしそうだった。


 おもむろに椅子から立ち上がり、リーリウムはリンデの手を引っ張って猫足ソファーに移動する。

 百合のチョコレートはテーブルにそっと置かれた。


「リリィ様、何故ソファーに」


「立ってると、たぶん辛くなるから」


 羞恥からふいと逸らされた顔を直視し、リンデはまたもや内心で大興奮である。


(ヤバいヤバいっやば過ぎるでしょその表情かおは!反則級に可愛すぎるぅぅっ!あぁ、しかも辛くなるって…立ってられなくなるって…どれだけ濃厚な絆結ウィンクルスしてくれるつもりなのリリィ様は!?これはもう、いいってことだよね?ちょーぜつ濃厚なやつしていいってことだよね!?)


 今こそ人生の絶頂期かもしれないとリンデは思った。

 もしかしたら、これから先もっと最高に幸せなコトをリーリウムとできる未来が訪れるのだろうか。ならばこの初めての絆結ウィンクルスは、幸せな二人の未来への第一歩だったりするのだろうか。


 リンデの期待という名の妄想は止まらない。


「リリィ様…」


「…リンデ」


 二人の視線は見つめあう形で留まり、恥じらいと期待と、相手を大切に想う熱が宿る。潤んだ瞳が映すのは、互いに想い合う存在だけで。


 どちらともなく近づいていく距離。相手の匂いも息遣いも分かってしまう。


 自然と二人の手が互いの手を探し彷徨い、見つけたところで緩やかに結ぶ。指と指を隙間なく絡めあって、リンデの余った片手はリーリウムの腰に回され、リーリウムの手はリンデの胸元で握り締められる。

 能力ゆえに低いはずのリーリウムの体温が信じられないほど、掌からは温もりを感じられた。


(あー…リリィ様ほんと純粋で綺麗で可愛くて……絆結ウィンクルスで溺れちゃうかも。あぁ、でももうリリィ様にどっぷり嵌ってたか…)


(恥ずかしい……え、というか絆結ウィンクルスに応じちゃったけど、どの形でするんだろ。母上マトレムみたいに吸血?それとも…友達同士ならみんな気軽にしてるっていうキスっ、とか)


 リンデが望んだのだから合わせればいい。リーリウムは体温を上昇させながら心構えをする。


 小さな灯りのみで照らされた薄暗い室内で、二人の影が重なり合う。かとおもわれた。



「リリィー。起きてるわよね?それとも珍しくお寝坊さんなのかしら」



 扉をノックする音が響いてすぐにそんな声がかけられるまでは。


「!…母上マトレム……――うん、起きてるよ」


「っ…もっと早く起こしにくればよかったぁっ」


 ぴたりと行為を寸前で止め、リーリウムは急いでリンデから距離をとった。心なしか動揺した声で扉に向けて返事をする。

 一方、両膝に肘をついて頭を抱えるのは、待望の一瞬を逃してしまったリンデ。悔やんでも悔やみきれないとはこのことか。


 残念な結果に終わって今日一日は調子が出ないだろうことを予感して、リンデの気分は急降下中だ。


「まだ着替えてないから、先に食堂に行ってて」


 おや、と疑問を抱いたのは屋敷の主人であるウィスタリアが去っていく気配を感じなくなってからだ。

 リンデはやる気のなくなった顔を上げ、リーリウムを見やる。


「リリィ様、もう着替えはお済みですよ」


 そう、リンデが起こしにくる前から、着替えも済ませて窓際にいたのだから。

 苦笑交じりなリンデの反応に困ったリーリウムは、少々気勢をそがれる。


「…こんな時だけ、鈍感だよね。でも、そんなリンデだから、私は一緒にいられて楽しいのかも」


「それはどういう――」


 意味ですか。

 続けられるはずの言葉は、不自然に途切れた。


 唐突に額に生じた柔らかな感触。そして、小さく漏れる吐息と、花とも果実ども違う甘い香り。


 さらさらと絹のようなものが、リンデの頬にかかった。 

 気づけば視界には影のある白皙と、薄暗い中でも浮かび上がる銀の煌き。


「―――」


「J'aime tes qualités et j'aime tes défauts.」


「っ!」


 目元を色付かせたリーリウムの、照れ笑いとおもわれる小さな笑み。

 すでに現実に起こったとは思えない出来事に、リンデの脳は沸騰してしまいそうだった。その状況で囁くように放たれたリーリウムの言葉が、リンデの精神をノックアウトする。


「今日はチョコ、ありがとう。Joyeuse Saint Valentin.(ハッピーバレンタイン)」


 去り際にそう言い残して、リーリウムは先に部屋を出て行った。


「ぅ、あんなの…こっちの身がもたないって…」


 一人残されたリンデはソファーに座り込んで動けない。

 思い出されるのは先ほどの感触と言葉。


 額への口づけと、バレンタインには男女の愛の言葉として使われてもおかしくないセリフ。


『あなたの長所も短所も好き』


 お気に入りのフランス語で言ったのは、そんな、なんでもない言葉。

 けれど、リンデには何よりも尊く感じられた。


(心臓に悪いよ……これ以上あなたを好きにさせてどうするのさ。それに、ボクは――)


 あなたに出会ってから人生は変わった。

 あなたとなら地獄でも天国かのように幸せを感じるだろう。

 あなたはこの世で一番きれいな存在だ。

 あなたのことで頭がいっぱいで、あなたへの想いは、日に日に募るばかり。


「まったく、本当にあなたという人は…こんなお礼をもらったら、欲張って欲しくなっちゃうのに」


 心が喜びで震えている。

 漏れ出す妖力の抑えがきかないまま、主に聞こえないのをいいことに、本心を返した。


「Mon cœur ne bat que pour toi.Tu es la cime de mes désirs.」


 あなたに夢中です。

 ボクが一番欲しいのはあなたです。


「…なんて言ったら。リリィ様、どんな反応するかな」


 身を焦がす熱を持て余しつつ、リンデは主を追いかけて食堂へ向かった。





 ◆◇◆◇






「主従の仲の良さはいいことなんだけど…ちょっと羨ましいわね」


 リンデがリーリウムのためにチョコレートを一生懸命作っていたこと。それはリーリウム以外の住人は全員が知っていた。

 見守るつもりだったのだが、思わず声をかけてしまったウィスタリアは、二人を待つ食堂で悩ましいため息をつく。


 複雑な心境のウィスタリアの姿に、キーファの中で僅かに面白くない心情がわきあがった。


「…娘に構いたいし構われたいのは分かっていますが、たまには私のことも思い出してくださいね」


「あら、キーファ…?」


「私だってタリア様を想う気持ちは誰にも負けるつもりはありませんから」


「ふふ…ありがとう」


 掌サイズの綺麗なラッピングの箱と、のせられたカード。

 開いてみると、ウィスタリアの育った国、フランスの母国語でメッセージが書かれていた。


『Je t'aime et je t'aimerai pour toujours.』


 あなたを愛しています。これからもずっと愛します。


「珍しく隠し事をしているのは気付いていたけど…本当に、似たもの親子だこと」


 頬に朱がさしたキーファを嬉しげに見つめ、ウィスタリアもまた子供たちの前では見せない少女めいた照れ笑いを浮かべるのだった。




 これは二組の主従と親子の、冬の寒さも氷もとけてしまう様な、甘いバレンタインの一日である。







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