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血盟クロスリリィ  作者: 猫郷 莱日
二章 ≪賽は投げられた≫
34/43

共存する弊害 4


 実力テスト。ジーヴル学園で一学期初めに毎年行われるそれは、、一般生徒とヴァンパイア生徒の差が浮き彫りになる行事である。


「おそろいですわね、リリィ」


「うん」


 順位そのものには一切興味のない態度で、プリムローザが笑った。

 テスト結果が書かれた小さな紙を見ながら、リーリウムは安堵を含んだ首肯を返す。


「…そりゃあ、当然よね。“月華”だし」


「ぅおーすげえ、リリィも一番か!」


 対面の二人を見やり、さして驚きもせず絢草はフォークでパスタをくるくる巻いて口に運ぶ。ほんのり口角を上げた様子から、お気に召したらしい。

 口元に米粒をつけた友が純粋な感嘆と賛辞を送る。すでに半分以下になった天丼のどんぶりを片手に持って、もう片方の手でお茶を流し込んだ。


 昼休み、充実した食堂で昼食をとっているリーリウム達は四人がけのテーブルを囲んでいた。

 実力テストの翌日である今日は、いたるところで生徒たちがテスト結果を見ては声を上げている。


「“月華”が満点以外とるところなんて想像できないわね」


 絢草は納得の感情でリーリウムの会員証を一瞥し、各科目の欄に180分の16と記された紙を鞄にしまった。


「そう言うけれど、“月華ワタクシたち”を除けば常にトップである絢草の優秀さも大概ですわ」


「そうだぜ。友なんかいっつも下から十番以内だからな!」


「……アンタはドヤ顔できることじゃないでしょうに」


 胸を張って語る友に頭痛を覚える。


「でも絢草の言葉は一部訂正しなければなりませんわ」


「は?何か間違ってたかしら」


「“月華”が満点以外とらない、とは限りませんわ。テストという形式と合わない、困った方もいらっしゃるでしょう?」


「…どういうこと?」


 プリムローザの言い方に引っかかるものを感じて、リーリウムは疑問に思った。



「ああああああぁぁぁぁっ!まただよぅもおー!!」


「っぶははは!今回も盛大にドジってるよこいつ」


「っふふっふは、ひーおかしぃっ」


「裏面の問題に気づかないとか!アホがいるっ!」


 二つテーブルを挟んだ先で、そんな賑やかな声があがる。

 何事かと注目する生徒たちの視線の先にいたのは、リーリウムのクラスメイト。人間味を感じるヴァンパイアの繋を中心に集まるグループだ。


「解いた問題は相変わらずの全問正解なのに残念すぎるわー」


「あれだよねー。“月華の雑草”とか言われちゃうのも仕方ないドジっぷりと庶民オーラ」


「うう…人が気にしてることを」


「ま、そこが繋ちゃんのチャームポイントでもあるけど」


「雑草のお花が好きな人もいっぱいいるから大丈夫だよ」


「そんなの慰めにならないもん~っ」


 うなだれる繋を囲んで励ます友人たちは楽しそうで、からかってはいるが、蔑むような空気はない。いい意味で騒々しくも温かで、異種族であることを忘れさせる光景だ。

 繋の周囲にいる一般生徒たちは、繋が人間でないなどとは夢にも思わないだろう。



 クラスメイト一行の会話が耳に入った絢草はやれやれと冷めた目を向ける。


「ああ、結相さんがいたわね。そういえば」


「なあ、なんで繋は頭いいのに、いつも変な感じにミスるんだ?」


「さあ……ワタクシには分かりかねます」


 空になったどんぶりをテーブルに置いた友の疑問に、プリムローザは玩具を見るような光を宿した瞳で、くすくすと上品に笑い声をもらす。

 これが答えだとリーリウムに言うように、プリムローザの言葉は続いた。


「繋さん、何故か必ずといっていいほどテストでミスをするんですの。答えれば正解を書けるのに、問題を解き忘れたり、解答欄を間違えてしまったり。名前を書き忘れた、なんてこともありましたわ。あれでワザトではないのだから、学園側も他の生徒も信じられない思いですのよ」


 珍獣を見ているような気分ですわ。

 最後の感想に、リーリウムはなんともいえない哀愁を帯びた繋を見つめ頷く。ヴァンパイアとしては確かに面白い存在だから。


「ぬけてるんだね」


 しみじみ呟くと、比較的近い位置から謎の声が。


「ぐはっ」


「……?」


 何事かと奇声を発した人物を確かめる。驚くことに、傍で繋が膝をついて呻いていた。

 実はリーリウムとプリムローザが自分のことを話しているのを感じ取り、それに感づいた友人たちの強引な後押しで、半ば無理矢理リーリウムの下に来たのだった。


「そんな……アルゲントゥム様に言われた…アルゲントゥム様公認の出来損ない…」


 悲壮なオーラを振りまく繋のセリフに、リーリウムは慌てて否定する。


「出来損ないなんて言ってない。欠点がない人はいない」


「わたしなどに慰めの言葉はもったいないですっ!こんな威厳の欠片もないヴァンパっあ、違う、“月華”には、同じ種族であるのもおこがましい高貴なる御身がお心を砕かれずともよいのですっ」


 膝をついた体勢からあわあわと卑下する繋。うっかり正体をばらす様な危ない発言をしそうになるあたり、さすがは繋クオリティである。


 遠巻きに観察しているギャラリー達は繋の想定以上のへりくだりに、様々な噂をする。


「結相 繋は身分の高い者に対する言葉遣いが自然にできたのか、意外だ」「また何かやらかしたのか」「あの子面白いよな」「妖精様と話してる、いいなぁ」「やはり“月華”に相応しくない雑草だ」「繋ちゃんのポジション変わって欲しい」


 好き放題に囁きが広がっていた。

 有象無象の外野を気にかけることなく、リーリウムは再び口を開く。


「少しくらいの欠点は気にすることない。むしろ、可愛いと思う」


 含むもののない真っ直ぐで、だからこそ本気が伝わってくる顔で、リーリウムは告げた。最後に、繋に出会ってから垣間見た人柄と楽しさを思い出し、思わず小さな笑みをこぼす。


「へ………。!っぇ、ぁう、っっ~~~~~!!!」


 何を言われたのか理解できず硬直し、思考を停止させる繋。かと思えば、ボンと音や湯気でも出そうな勢いで赤面した。

 ハクハクと口を開いては言葉にならない思いを空気として吐き出し、羞恥から震えだす。


 繋からすれば、とんでもない事態であった。


 同胞からも奇妙なものを見る目を向けられてきた自分が、可愛いという。それも、ヴァンパイアの貴族ノビリスであり、格上の、貴く気高き位階の者が。

 これだけでも畏れ多く平伏すべき案件なのだ。であるのに、加えてリーリウムは単なる上位者では済まない偉大なる“月の剣アルゲントゥム・ルーナエ”の血族だ。レクスに次ぐ影響力を持つ存在に褒められて、一般のヴァンパイアにどうしろというのか。


 歓喜と困惑と羞恥と恐縮する思いで脳がヒートしてしまうのも頷ける。


「リリィ…もう、そうやってすぐに人を魅了して。いけない子ですわね」


「私、何か変なこと言った?」


「いいえ。リリィは悪くないですわ……ふう、罪作りなお姫様ですわ」


 若干拗ねた響きを持った声音で、プリムローザがリーリウムの左腕を両腕で抱きしめる。撫でるように掌を絡めた。


「罪作り…?」


「ええ。ご覧ください。繋さんが熟れたリンゴのごとく真っ赤になって、呆けているでしょう。意識を現実に引き戻してさしあげてくださいませ」


 意味がよく分からないが、繋が先ほどから黙り込んで虚空を見つめているのは自分のせいらしい。

 リーリウムはむむと内心呻き、どうするべきか思案する。しかしこれといって良案もなく、ひとまず普通に声をかけることにした。


「結相さん」


「…………」


「結相さん?」


「…………」


 意外と難敵だ。リーリウムは強硬手段に出る。

 プリムローザの手をやんわりと解き、椅子に座ったまま繋の方に体を向けた。やや手を伸ばして繋の頭に触れる。


「…―――繋」


 こっちを見て。


 妖力を流し込み、彼女の名を呼んだ。

 変化は劇的で。


「っ!あ…」


「繋、やっと見てくれた」


「も、申し訳ござ――」


「謝罪はいいから、聞いて」


 ほんの少しの茶目っ気を含んで、感情の薄い表情をやや和らげる。


「クラスメイトなんだから、あまり畏まらないで」


「……」


「私はアルゲントゥムだけど、それが私の全部を表すわけじゃない」


 それはヴァンパイアのリーリウムとしての言葉であり、交じり合った人間の氷丘 由璃としての言葉であった。


 リーリウムは求めていたのかもしれない。繋のような、生まれが生粋のヴァンパイアでありながら人間と変わらぬ存在を。人間にとけこんだヴァンパイアの少女なら、人間であったヴァンパイアを受け入れてくれる。そんな、期待を抱いた。


「だから、名前を。リーリウムの方で呼んで欲しい」


 アルゲントゥム様。そう呼ばれる度、何かがリーリウムの全身に膜を張る。うまく言えないが、リーリウムにはそう感じられた。


「できれば、リリィと。私は貴女に呼ばれたい」


 これではどちらが上位者か分からない。

 自嘲めいた思いがよぎる。願い請うように、リーリウムは繋に望む。


「繋」


 一度だけ長く目を閉じて、じっと繋を窺った。


「……そう、ですね。本人の意思が重要なこと、忘れてました」


 ふにゃりと、気の抜ける笑みで。


「―――リリィ様」


 嗚呼、と。

 望みを叶えてくれた少女の笑顔に、リーリウムはこらえ切れない喜びを感じた。


「ありがとう、繋」


 この瞬間、ヴァンパイアになってから起伏の激しくなった感情が、前面に喜びを押し出す。

 幼い頃から久しく浮かべなかった、花咲くような満面の笑み。嬉しくてまらないことを嫌というほど分からせる、鮮やかで、蕩けるような、見た者全てを惹きつける顔。


 もしかすると、リンデやウィスタリア、それこそ親友であった葵という人間の少女さえも、見たことのない表情かおだったかもしれない。




「―――結相 繋。感謝はするけど、気に入らない」


 リーリウム達の一つ後ろのテーブルにて。


 主の笑顔が見れたことを自分のことのように嬉しく思う。しかし、そんな表情かおを引き出したのが自分ではなかったことに、強い憤りと嫉妬を抱いた者がいたのは言うまでもない。


「っや、やっば。なにあの笑顔。え、あれで同じ生き物なの?うわ、顔ちょー熱いし、鳥肌とまんないしっ」


 同じテーブルで顔を覆ったり腕を擦ったりと忙しい少女は、不穏な空気の同席者に構う暇などなかったのであった。






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